自動販売機の一日
ここに来てから一日のスケジュールはこうなっている。
早朝、宿屋の前から始まる。夜は寝なくてもいいのだが、最近スリープモードを覚え、消費ポイントが半減して眠ることが可能となった。まあ、眠らなくても何ら問題は無いのだが、起きた時に何となく気分がいい。
「おはよう、ハッコン!」
朝っぱらから元気いっぱいのラッミスの声が響く。宿屋の作業着に着替えた姿も最近ではさまになってきている。
ちなみに、ハッコンというのは俺の名前らしい。命名はもちろんラッミスだ。宿屋の娘、ムナミが箱と呼んでいたのを聞いて、それは可愛げが無いという理由でハッコンとなった。
そのネーミングセンスは正直どうかと思うが、彼女の嬉しそうな顔を見ていると「いらっしゃいませ」と同意せずにはいられなかったのは、仕方のないことだと思う。
「今日も一日頑張ろうね!」
「いらっしゃいませ」
俺の体を綺麗な布で拭きながら、いつものように話しかけてくれる。彼女は危険なハンター稼業をするよりも、宿屋の従業員の方が似合っていると思うのだが、彼女には彼女の考えがあるのだろう。
今日も一日お互い頑張ろうという気持ちを込めて、受け取り口に数日前に仕入れたスポーツドリンクを落とす。
「今日も貰っていいの?」
「いらっしゃいませ」
「ありがとう!」
美味しそうに飲み干す彼女を見ているだけで、機械の体が温まった気がしてくる。
最近ではかなり自分の体――自動販売機の仕組みを理解できてきたので、こうやってタダで商品を出すことも可能になった。
隅から隅まで綺麗にしてもらったボディーが、朝日を浴びて眩しく輝いている。今日も一日、商売に励むとしよう。
彼女が宿屋に戻ってから数分が過ぎると、いつものように常連が俺の前に現れる。
「いらっしゃいませ」
「はい、おはよう。やっぱり朝はここのスープ飲まないと始まらないねぇ」
「お婆さんもそうですか。僕もここの甘いお茶が好きで好きで、これを飲んでからじゃないと気合が入らないのですよ」
「いやいや、朝は水じゃろう。目覚めの一杯が最高なんじゃよ」
老夫婦とやせ気味の青年が話をしている。
確か、老夫婦はこの近くで加護の鍛錬方法や扱い方をハンターに教える生業をしているらしい。元凄腕ハンターと言う噂だ。
青年の方は近くの道具屋で働いている跡取り息子らしく、昼になるとこの宿屋の一階にある食堂に毎日食べにきている。ラッミスによると、この青年は宿屋の看板娘ムナミに気があるらしい。
「ありがとうございました。またのごりようをおまちしています」
三人にいつものようにお礼を口にして、立ち去る背を見守っている。
彼らが消えるタイミングを計ったかのように、四人の屈強な男たちが姿を現す。
「ふぅー、ようやく夜の見張り終わったぜ。今日は何にすっかな」
「いらっしゃいませ」
売り上げ貢献度ナンバーワンのカリオス一行の登場だ。彼らはこの集落の門番と治安維持を担当しているので、交代のタイミングで利用してくれることが多い。
今日もいつものように飲料と成型ポテトチップスを買っていった。ここからは少し暇になる。ちなみに、おでん缶は朝、宿屋の前にいる時は陳列をしていない。宿屋で朝食を提供しているので、商売の邪魔をしたくないからだ。
ここから、客はぽつぽつと不定期になる。値段が少し割高なので、頻繁に買える人が限られてくるので、週に二三度購入してくれる客が大半になる。
昼にはまだ少し早い時間帯になると、ハンターギルドの方角から鎧を着込み、手に武器を携えたグループが姿を現すようになる。
「今日は日帰りだが、水は忘れずに購入しておけよ。懐に余裕があるなら煮物の入った缶と赤い筒も買った方がいいぞ」
「ええと、これはどうやって商品を買うんですか?」
「わからないのか。なら俺が教えてやろう」
グループのリーダーらしき黒い鎧を着込んだ髭もじゃの男が、ちょっと自慢げに説明をしている。確かこの人は四日前に自動販売機の前に現れて、誰もいないタイミングを見計らって、おっかなびっくり商品を購入していた人だよな。
ちゃんと前もって練習していたのか。厳つい顔つきも何処か可愛く見えてくるのが不思議だ。
自動販売機の商品は密封性もあり使用後は消える仕様なので、外に探索や魔物討伐に向かうハンターたちに人気がある。女性のハンターには紅茶が大人気のようで最近仕入れたレモンティーとミルクティーで派閥ができているという噂を耳にした。
コーヒーも置いているのだが、あまり人気が無い。一部の熱心なお客がいるので商品をひっこめることは無いが、カフェオレに変更した方がいいかもしれないな。
この時間帯になると遅めに起床することが多いハンターが利用することが多いので、おでん缶も置くようにしている。
昼になると、おでん缶を再び引っ込める。宿屋の食堂が書き入れ時なので、昼食を出来るだけ店内でとってもらえるよう「いらっしゃいませ」と客引きに集中する。食べ終わり食堂から出て行くお客には「ありがとうございました」と言うのも忘れない。
儲け時を過ぎて人通りも少なくなってくると、視界の隅で小さな何かが動いたのを見逃さなかった。
また来やがったな、あのガキ。この時間帯になると必ずと言っていい確率でやって来る女の子がいる。頭は薄い茶色の髪でツインテールの見るからに生意気そうな子供だ。年齢は10歳ぐらいだろうか。
この集落の中ではかなり仕立てのいい服を着込んでいて、典型的な甘やかされて育ったお嬢様といった感じがする。
木の壁で囲んでいるとはいえ外には魔物がうろつき、お世辞にも安全だとは言えない集落に、こんな子供がいることが不思議でならなかったのだが、ここで最も大きな石造りの店を構える大商人の孫らしい。
数日前に気づいたのだが、一人で気ままに集落を散策しているように見えて、距離を置いて護衛の人が数人潜んでいる。まあ、それがわかったのも、お嬢様を尾行していた黒服の男がミルクティーを購入した際に、愚痴を零していたからだけど。
「スオリ様のおてんばぶりにも困ったものだ。もう少しお淑やかであれば、我々も楽ができるのだが」
あの時は黒服の男性に同情もしたが、今はもっとちゃんと躾しろと声を大にして言いたい。このスオリという小娘はおてんばという次元を通り越しているのだ。
初見で俺を見つけた時は物珍しそうに眺めていたので「いらっしゃいませ」と声を掛けると、飛び上がって驚き慌てて逃げて行った。反応が初々しくて、可愛らしいと思ってしまった当時の自分を殴りたい。
問題は次の日からだ。遠くから眺めているだけなら良かったのだが、何を思ったのか足元の石を拾って投げつけてきたのだ。非力な少女の投げた石なので傷はつかなかったが、イラッとした。それでも子供のしたことだと大目にみていたら、更に翌日。
今度は鞄を肩にかけた状態で至近距離まで近づいてきたので、買い物でもするのかと思えば、取り出し口に鞄から取り出した小石を詰め込もうとした。流石にそこで堪忍袋の緒が切れて最大音量で、
「こうかをとうにゅうしてください」
と至近距離で放ったら、腰を抜かしたらしく地面に尻もちをついた。
「ぶ、無礼者! わ、わらわをだ、誰とおもっていぇるんひゃ!」
呂律が怪しいながらも怒り狂っているようだ。そこら中から黒服の男女が四人飛び出してきて彼女を抱きかかえる姿にはかなり引いたな。
その後も俺を壊せだとか叫んでいたが、黒服に運ばれて行ってその場はそれで収まった。まあ、それからが酷かったわけだが。
かなりプライドの高い子らしく、俺に驚かされたことが許せずに、嫌がらせが日に日に酷くなっていった。ペンキのような物をぶちまけようとして俺に驚かされて自分で被ったり、固い棒で俺を傷つけようとして転んで泣いたりと、一度も上手くいってないが健気だなと笑って済ませるレベルじゃないんだよな。
で、今日は何をしでかすのかと警戒していたのだが……あれ、俯いてトボトボと歩いている。気落ちしているのが目に見えてわかるな。これが芝居なら大したものだが、こんなわかりやすい性格の子供に、そんな器用な真似はできないだろう。
んー、俺の前に立っているのに悪戯を仕掛けてくるわけでもなく、ぼーっと突っ立っているだけだな。顔を上げた目元には泣きはらした後がある。何か家庭でトラブルでもあったのか。
いつも小憎たらしいぐらいに元気いっぱいの子供がここまで落ち込んでいると、何とかしてやりたいと思うのが人情だよな。しゃーない。ここは大人としての度量を見せよう。
商品一覧に目を通して子供が好きそうな飲み物を選んでみるか。妥当なところはオレンジジュースだよな、それも100%とかじゃなくて糖分多めがいい。
となるとCMでも有名なメーカーのが妥当か。よいしょっと。新たにオレンジジュースを仕入れて、取り出し口に落とす。
「えっ、今の音は」
「いらっしゃいませ」
今日は俺のおごりだお嬢ちゃん。今度からは金を払って購入してくれよ。
「もらっていいの?」
オレンジジュースを抱えてキョトンとした顔は結構可愛いじゃないか。いつも、怒ったり拗ねたり不貞腐れたりした顔しか知らなかったが、将来有望だな。
「あ、あの、ありがとう」
「またのごりようをおまちしています」
夕方前になると俺はラッミスに背負われて門まで運ばれていく。俺を抱いて移動するには不便だろうと、荷運び用の背負子を改良した物を彼女が購入してくれたので、かなり快適に移動できるようになった。
ラッミスにそっと置かれ門の傍に佇んでいる。夜は宿屋の食堂兼酒場が終わるまでここに滞在するのが日課である。ちなみに成型ポテトチップスとおでん缶は、女将さんが大量購入済みで、酒のつまみとして提供されているそうだ。
日頃お世話になっているので場所代の意味も込めて、女将さんが購入する際には半額で提供させてもらっている。
「ふぅ、さみぃな。おっ、また新商品仕入れたのか。ってか、ボタンが青いのは確か冷たいやつだったか。うまそうだが、やめとくか。いつものスープいっとくぜ」
「俺は温かく甘いお茶を」
「なっ、甘いお茶、温かいのもあるのかよっ! くそ、後でそっち買うぞ」
ミルクティーの温かいも仕入れておきましたので御贔屓に。
カリオスとゴルスの両名は毎回かなり購入してくれるのでありがたいが、財布の中身が心配になる。門番はかなり実入りが良いとは聞いているので大丈夫らしい……って浪費させている俺が心配するのはおかしな話か。
門の脇に俺がいるのは門番担当者たちに商品が好評というのもあるのだが、何故か俺がいる時だけは、蛙人魔が襲ってこないというジンクスが広まっているというのも大きいらしい。
「ハッコンー! そろそろ帰るよー」
お、ラッミスが呼んでいる。宿屋の仕事が終わったのか。じゃあ、俺の仕事も今日はここまでだな。
最後に二人が温かい飲料を購入してくれたのが、本日最後の販売になる。
またも背負子に置かれて、小柄な体格からは信じられない怪力で軽々と持ち上げられ、門から宿屋までの帰り道を二人……一台と一人で歩く。
「今日はね、宿屋で面白い客が来たんだよ。この迷宮に潜るのは初めてらしくて、すっごく元気な同い年ぐらいのハンターだったよ」
「いらっしゃいませ」
そう言えば、ラッミスって幾つぐらいなのだろう。勝手に15、6ぐらいだと思い込んでいるが、実際はもう少し年齢が上下するかもしれないな。
「ハッコンはどうだった」
「あたりがでたらもういっぽん」
「楽しかったのかな。いつか、いっぱいお喋りできるようになるといいね。その為にも早くお金貯めてヒュールミに会いに行かないとね。そしたら、きっと色々出来るようになると思うんだ!」
彼女は俺に命を救われたと思って、色々尽くしてくれているが助けられたのは俺の方だよ。ラッミスと出会っていなければ俺は湖畔で機能停止していただろう。
感謝するのはこっちだよ。本当に――
「ありがとうございました」
「どうしたの急に。お礼なんて言わないでよ。うちの方こそハッコンに助けてもらったんだし。ありがとうね」
彼女のたわいのない話に相槌を打つことぐらいしかできない俺だが、彼女が満足そうに笑ってくれているので、それだけで充分。
異世界に自動販売機という訳のわからない状況だったけど、こんな生活も悪くないと思い始めている自分に、顔があれば苦笑いでも浮かべてそうだ。
異常な環境だけど、こんな日常ならいつまでも続いて欲しい。心からそう思った。




