怨み
二話連続更新になっています。こちらが一話です。
亡者の嘆き階層では冥府の王討伐に向けての準備が着々と進んでいる。
俺の存在を知った他のハンターたちは、どれだけ便利な存在なのかをいち早く察したようで、毎日の売り上げが倍増している。幾つかのチームが俺とラッミスを勧誘しようとしていたのだが、ケリオイル団長と熊会長に釘を刺されて様子を窺っている状態らしい。
そんな数日を過ごしているのだが、最近とても気になることがある。
冥府の王が何か先手を打ってこないとも限らないので、人々が出歩かなくなる深夜も警戒モード全開で見張りをしていると、宿屋の向かい側の民家に半透明の男が頻繁に現れては、窓と扉の前を行き来しているのを毎晩見かけるのだ。
半透明の体なので死霊魔であるのは確かなのだが、ここでの魔物を観察し続けている俺には、とても異質な存在に映っていた。
他のは白もしくは青白い半透明の体なのだが、彼は黒い霧のような物が体から溢れているのだ。そして、その顔に浮かぶ表情は憤怒。歯を食いしばり、血の涙を流し、その民家を覗き込もうと必死になっている。
『何故だ……何故そんなことができる……何故だっ!』
身の毛があればよだつであろう、血を吐きながら叫ぶ呪詛。その鬼気迫る姿に機械の体でも恐怖を感じるほどだった。
ある日のこと、昼過ぎだったか熊会長が不意に話しかけてきた。隣には園長先生もいるな。
「ハッコンは毎夜見張りをしてくれていると聞いている。最近、何か妙なことはなかっただろうか。特に目の前の民家周辺で」
タイミングばっちりな指摘だ。あるどころか、どうにか相談しようと思っていたところだよ。
「いらっしゃいませ」
「やはり、何かあったのですね。ハッコンさん、最近この辺りで殺人未遂事件が多発しているのをご存知ですか?」
そういや、お客が結構話題にしていたな。確か、シーミという未亡人の知り合いが連続して襲われているのだったか。
「いらっしゃいませ」
「ご存知でしたか。あの事件はシーミさんの友人が何人も襲われているのですが、背中に太めの串か小さな杭で刺した後が数か所見つかり、死には至っていませんが日を追うごとに被害に遭われた方の傷は大きくなっています。このままでは近いうちに死者がでることでしょう。そのシーミさんのお宅が正面の民家なのです」
ああ、だから、噂話をしていた連中の殆どが正面を見ながら口にしていたわけか。
「そして、当の本人であるシーミさんからハンター協会へ依頼があったのです。ハンター協会としても大事な討伐前の時期。憂いを残さないように早急な事件解決を望んでいます。私が今回、その一件を任されましたので、ご協力をお願いしたいのですが」
園長先生が担当なのか。でも、何でだ。こういうのって探偵の仕事みたいなものじゃないのか。わざわざ園長先生がやらなくても、人の多いチームが一丸となって情報収集をする方が効率的だろうに。
「あ、そうでしたわ。ハッコンさんはご存じありませんでしたね。私は一応、治癒の力がある加護と光魔法を扱えますので、この階層の魔物相手には少々自信がありますの」
弓が凄腕で癒しの力と光魔法も扱えるのか。チンピラの一件で園長先生への見る目が変わったのだが、まだ見極めてはいなかったようだ。
「ハンター協会は、この一件、憎悪のあまり魔物と化した者の犯行ではないかと睨んでいます」
ここまで情報が提供されたら誰だってわかる。毎晩、家を覗き込もうとしていた死霊魔が犯人もしくは関係者で間違いないだろう。なら、この数日何があったか教えるべきだよな。
俺は機能の〈液晶パネル〉を取りつけ、あの死霊魔を毎夜撮り続けた映像を流した。幽霊っぽいので映像として撮ることが可能なのか不安だったが、問題なく映っている。
「これは、怨霊魔と化しているな」
「いえ、会長。まだ、辛うじて意識は保っているようです。完全に怨霊魔と化していれば、襲われた者が助かるわけありませんので。この人……話を聞いてみましょう」
えっ、いやいやいや! この人完全に怨霊というか悪霊にしか見えない。そんな相手がまともに話をしてくれるわけがない。あまりにも無謀すぎる。
「ざんねん」
「あら、ハッコンさんは心配してくださっているのですね。大丈夫ですよ、私はこういった案件に何度も関わっています。完全に怨霊魔となった魂は救われることがないと言われています。今ならまだ、成仏させる余地があるかもしれません」
「ホクシーがそう言うのであれば、心配はいらぬか。任せたぞ」
「お任せください」
熊会長は全幅の信頼を寄せているようだ。なら、俺が口を挟むことはないか。ただ、その結末は最後まで見届けさせてもらうけど。
深夜、いつものように見張りをしていると、宿屋の扉が開き園長先生が進み出てきた。手には弓を握っているので、話し合いが失敗したら強制的に排除することになるのだろう。
「こんばんは、ハッコンさん」
「いらっしゃいませ」
既に死人魔や骨人魔や死霊魔がうろついているので、園長先生が襲われるのではないかと気が気ではなかったのだが、魔物たちは彼女に一瞥くれるだけで、近寄ってくることはなかった。
「久しぶりにこの魔法を使ったのですが、問題ないようですね」
そう呟く彼女をじっと見つめると、仄かに体から光が溢れていることに気づいた。これが敵の認識を誤魔化しているのだろうか。
「ハッコンさん。あれから、シーミさんと襲われた方々の情報を集めたのですが、興味ありますか」
「いらっしゃいませ」
もちろん、興味ありありだ。あの憎悪剥き出しの顔をした幽霊の真相がわかるなら、ぜひ教えて欲しい。
「今回の一件はハッコンさんに見届けて欲しいのです。そして、出来ることなら前に見せてもらったように、その光景を残しておいていただけませんか」
つまり、録画しろって事だよな。それは言われるまでもない。初めからやるつもりだった。
「いらっしゃいませ」
「ありがとうございます。では、彼女について得られた情報をお話しますね。シーミさんは六年前に夫を亡くして独り身となり、女手一つでも仕事を得られる、この階層へ移り住んできたそうです」
このホラースポットは数日、肝試し感覚で過ごすならありかもしれないが、定住するには勇気がいるよな。やる気があれば仕事は幾らでもありそうだ。
「何とか仕事を見つけ働きだした彼女は一人の男性と知り合いました。二人は暫くして同居をする関係となり、順風満帆だったそうです。そんな彼は絵描きをしていて自画像も描いていたのですが、これがそうです」
懐から取り出した丸めてある紙を広げると、そこには、やせ気味で気の弱そうな顔をした男がいた。押し売りにあったら言い値で押し切られそうなタイプに見える。
「彼の名はチキナ。売れない絵描きだったのですが、ある日、その絵が商家の男に見込まれて個展を開く準備をしていた矢先に……自殺しました」
えっ、何でそのタイミングで。栄光の未来が見えていた筈なのに、何で自殺する必要があるんだ。どう考えてもおかしいだろ。これって実は他殺だという流れなのか。
「死因は筆の柄で何度も胸を突き刺して死んだそうです。自殺でほぼ間違いないとのことです。彼の遺書も残されていましたので。そこには――死んでも、あいつらだけは絶対に許さない――と血で殴り書きされていたそうです」
それは壮絶な死に様だな。筆の柄で何度も死ぬまで刺せる程の憎悪とは一体何だったのだろう。栄光を掴む直前の手で筆を掴み、自身に何度も突き刺し、自殺するまでの怨みとは。
「ハッコンさん、この肖像画を見て思うところはありませんか」
正面に肖像画を突き出されたのだが、何度見ても冴えない薄笑いを浮かべている男としか……おい、この輪郭と鼻。いや、そうか、そういうことか。
この男、毎夜民家を覗いている怨霊の男に似ている。表情が原形を留めていないので気づかなかったが、特徴的な鼻の形とやせ気味の顔が男と一致するぞ。
返事の代わりに〈液晶パネル〉に怨霊魔になりかけている男の映像を流す。
「そうです。彼がチキナで間違いないでしょう。彼が何故、そこまで怨み魔物と化すまでの憎悪を覚えたのか。被害にあった人々に話を聞いてみてわかったのですが、全員に共通点がありました。その共通点とは――」
核心に迫り、自動販売機でなければ身を乗り出して聞き入っていた俺に、
『何故だ……何故そんなことができる……何故だ』
と恨みの言葉を吐く、男の憎悪に染まった声が届いてきた。




