自動販売機として出来ること
自分の機能だけで現状を打破する方法はないのか。
敵を自ら作り上げたクレーターに誘い込み、事前に流し込んでいたドライアイスで窒息させる……これは、意味がないか。骸骨が呼吸をしているとは思えない。それに、今のように宙に逃げられたら、それで終わりだ。
食品系は無意味。氷や水も効果は期待できない。やはり、倒すことは諦める方針でいこう。逃走のみを考えるべきだよな。
「おや、ご教授願えないのかね」
「口達者なやつとまともに問答するんじゃねえよっ!」
不意に聞こえてきたこの声はヒュールミ! そうだ、後衛のシュイとヒュールミは荷猪車で離れた位置にいたので、まだ健在だった。
怒声に続いて俺たちの元に届いたのは数本のペットボトル。それは宙に浮かんでいる冥府の王を目掛けて一直線に飛んでいる。
即座に彼女の行動を理解して、ペットボトルだけを消滅させ、前と同じ手段で中身を冥府の王にぶっかけようとした。
「あの燃えやすい油か。ふっ」
小さく息を吐いただけで冥府の王の脇に風の壁が発生した。軽油を吹き飛ばすつもりのようだ。
「甘いっすよっ!」
シュイの言葉と共に火矢が飛来して空中の軽油――ではなくガソリンに引火。風の壁に触れる前に爆炎が発生した。
「ラッミス、ハッコン今の内に逃げるっす!」
「早くしろ!」
二人の言葉に促されて、ラッミスが地面を蹴り上げクレーターの縁まで跳躍する。その時はもちろん〈ダンボール自動販売機〉になって軽量化を忘れていない。
「団長、ミシュエル早く乗るっす。とっととずらからないと!」
荷猪車は起き上がろうともがいている二人の近くに止まり、彼らを荷台に押し込んでいる最中だった。
「うちも手伝うよ」
ラッミスが一足飛びで近寄ると、軽々と二人を荷台に放り込んだ。
「一旦逃げるぞ!」
「でも、まだみんながっ」
返事も待たずにヒュールミが発進させると、ラッミスも渋々ながら付いて行く。
後方に視線を移すと、地面に倒れたままの仲間に変化はない。宙に浮かんでいた冥府の王は爆炎を吹き飛ばした状態で、何故か動きもせずに睥睨している。
どういうことだ、殺す価値もないと見逃してくれるのか? どんな理由であれ生き延びられるなら、それで構わない。今は逃げられさえすればいい。
『何処に行くのかね。まだ教えてもらっていないのだが』
脳に直接、横柄な物言いの骸骨の声が届く。これは加護にあった〈念話〉っぽいな。
全員聞こえたようだが、振り向きもせずに速度を上げている。
『やれやれ、話をする時は目を見て最後までちゃんと聞くと習わなかったのかね。最近の若い者は礼儀を知らぬから困ったものだ』
田舎の爺さんみたいなことを言っているな。これがただの礼儀作法にうるさい爺さんなら何の問題もないのだが、あの馬鹿げた強さを保有している冥府の王となると話が違ってくる。
〈念話〉が、どこまで届くのかは知れないが、話すだけで攻撃をしてこないのであれば、幾らでも独り言を呟いていてくれて構わないぞ。
「仲間を見捨てるのかね」
唐突に何の前触れもなく、進路方向に冥府の王が現れた。世の中そんなに甘くないか。
このままぶつかって接触事故で倒せる相手じゃない。それを理解しているヒュールミが手綱を操り進路を変更しようとする。
「会話ができぬとなれば、それはもう獣と同じではないかね」
何を思ったのか手元の杖が消え、フリーになった両手を前に突き出している。何かはわからないが、嫌な予感がするぞ。〈結界〉を全開にして相手の一挙手一投足を見逃さないように注視する。
肉が一辺もない銀色の指が少し閉じると冥府の王の手の中に――ヒュールミとシュイが出現した。
「ヒュールミ、シュイ!」
さっきまで御者席にいた二人が何故そこにいる。荷猪車を見ると、無人となった荷台があるだけだった。
冥府の王は二人の首を掴んだ状態で宙に浮いている。何とか抵抗しようと手足を振り回しているが、全く堪えていない。
「そこの面白い加護を持つ娘と来訪者の魂を持つ魔道具よ。お主らは興味深い。なので生かしておいてやろう。まだまだ成長過程で今後に期待できそうだからな」
「二人を離してっ!」
ラッミスが感情の高ぶるままに飛び出していく。止めたいところだが、今、無理やり止めたら一生彼女は後悔するだろう。誘い出す為の挑発だとわかっていても、ここはいく場面だ!
「圧倒的な力の差を理解していながら、まだ足掻くか。よいよい、その気概、益々気に入ったぞ。我は英雄と呼ばれる者の冒険譚が好物でな。悪に立ち向かう英雄が強くなるきっかけとなる王道は、仲間の死。我も悪役側として演出しなければなるまい!」
「や、やめてええええっ!」
最悪の展開が頭に浮かぶ。背にいる俺は〈ダンボール自動販売機〉となったので負担はない。彼女は十数歩かかりそうな距離を、たった一度、地面を蹴るだけで飛ぶように進んでいる。それでも――
「鼓動よ踊り乱れ、死を享受せよ」
冥府の王がその言葉を口にした途端、シュイとヒュールミの体を闇が包み、その体が一度だけ大きく跳ねた。
そして、冥府の王はその手を離すと、二人が真っ逆さまに落ちていく。
「うああああああっ!」
ラッミスの踏み込みにより地面が爆発して、粉塵が噴き上がる。十メートル以上の距離を一気に詰めると、落下する二人の下に滑り込み、地面に激突する前に受け止めた。
「よくぞ間に合ったな。では、褒美として、その二人の骸は返却しよう。お主らの成長、楽しみにしておるぞ。我は暫く、この階層に滞在しておる。いつでも復讐に来るがいい」
それだけを口にして杖を掲げた冥府の王は、その場から消え失せた。
「ヒュールミ、シュイ、返事をして! お願い、お願いやから……返事して」
自分の怪力で頬を叩く危険性を理解しているのか。ただ隣で涙を零し、拳を握りしめているだけのラッミス。
二人は静かに眠っているようにしか見えないが、彼女の取り乱しようを見て、そんな楽観的に考えられるほど馬鹿じゃないつもりだ。
「ヒュールミ、ずっと私の手伝いしてくれるって約束したよね……シュイ、みんなが、孤児院のみんなが待っているよ……だから、お願い、ほんまに、お願いやから」
「くそったれが……俺の仲間が、くそがあああっ」
「私は、私は、また目の前でっ」
荷猪車が近くに戻ってきていたのか。ミシュエルと団長の悲痛な声がする。
ミシュエルは片膝を突いた状態で剣を支えにして、何とかその状態をキープしているが、噛みしめた唇から鮮血が流れ落ちている。
辛うじて動ける団長が荷台から飛び降り、シュイとヒュールミの鎧と服を脱がし、シュイの心臓マッサージを始めた。
「ラッミス! お前も心停止の処置方法はハンターの基礎として学んだだろ! ぼーっとしているんじゃねえ!」
「う、うん!」
ラッミスは俺を脇に置くと、力を込め過ぎないように細心の注意を払いながら、心臓マッサージを始めている。
助かってくれ、頼むっ!
口は悪いが姉御肌でラッミスの支えになってくれていたヒュールミ。俺のことを理解しようとしてくれた大切な人。
明るく、大食いで、孤児院の為にその身を尽くしてハンター活動をしていたシュイ。
そんな二人が、今、目の前で物言わぬ身体を晒している。
「駄目、息を吹き返さないっ!」
ラッミスの悲痛な叫びが、荒れ果てた大地に響き渡る。
諦めるしかないのか? 本当に何もせずに死を受け入れるしかないのか……まだだっ! まだ、諦めるのはまだ早い!
あいつは「鼓動よ踊り乱れ、死を享受せよ」と言っていた。外傷はなく眠っているようにしか見えない二人の遺体。ケリオイル団長の判断を信じるなら心停止状態なだけだ。ならば、まだ、助かる見込みはある!
俺は以前から目を付けていた機能を即座に選び出し、それを取得した。
自動販売機の身体の中心部右寄りに透明の扉が装着され、その中に橙色の物体が現れる。その隣には赤いハートの絵柄とAEDの文字が描かれている。
俺が選んだ新たな機能は〈AED〉だ。AEDとは自動体外除細動器のことで、つまりは心停止の人に電気ショックを与えて蘇生させる医療機器のことだ。
震災が多発している昨今、非常用の設備として簡易トイレやAEDを設置できるタイプの自動販売機が現れ始めている。そのおかげで俺はこうして機能を得ることが出来た。
二人の状態ならば、これを使えば蘇生は可能だと信じる!
「え、何これ、えっ」
変化に気づいたラッミスは手を止めずに、涙が止めどなく零れ落ちる目で見つめているが、それが何かを理解できていない。当たり前だ、これを見ただけで即座に理解する異世界人なんているわけがない。日本人だってAEDだと理解していても取り扱いには躊躇うだろう。
心停止からの蘇生は時間との勝負。躊躇っている余裕はない!
彼女に説明をする方法がないのでラッミスに任せることは不可能。ケースの中に図解の説明書があるにはあるが、それでも理解までには時間を必要とする。
俺の残りポイントは幾つだ……122万あるなっ! それだけあれば充分だ!
死霊王を協力して討伐したポイントと今までコツコツ稼いできた成果、それに炎巨骨魔のコイン報酬が入ったのでここまで貯めることが出来た。
ここで俺の取るべき能力は――〈念動力〉だ。
この加護の性能は《自分の周囲半径一メートル以内の物体を操ることが可能になる。ただし、重量に限度があり商品のみとなる》となっている。
AEDが商品の定義に含まれるのかは不明だが、他に方法がない。迷う理由はない!
100万ポイントを消費して〈念動力〉を得た俺は、AEDを見つめ強く念じる。すると、透明の蓋が開き中からAEDが抜き出てきた。今は空中にふわふわと浮いている。
よしよしよしよしっ、第一関門突破だ! 次はケースを開けて中身を取り出す。黄色の装置を地面に置き電極パットを相手の胸に……くそ、届かない。ここで1メートル縛りの壁が邪魔をするのかっ。
「ハッコン、何かしようとしてくれているんだよね。もしかして、もしかして、無いとは思うけど、生き返らせられるの?」
「いらっしゃいませ」
期待もせずに口にした言葉を肯定されて、ラッミスの目が大きく見開かれている。
「ほ、本当にっ、ええと、その紐のついた四角いので何とかしたいんだよね。ええと、ええと、二人をもっと近づけたらいいのかな」
「いらっしゃいませ」
「うん、わかった!」
充分察しのいい対応をしてくれているのだが、焦っている俺には、それすら時間がかかり過ぎだと思ってしまいそうになる。落ち着け、ラッミスは軽くパニックに陥っているのに、懸命に頭を働かせて、動いてくれているのだ。
俺だけでも冷静に対応しなければならない。やり方は〈AED〉を選んだ時に全て理解できた。あとは実行するのみ。
「連れてきたよ!」
俺の体にくっつく距離で二人が並んで寝かされている。
これなら届く。まずは……シュイ、悪いが、先にヒュールミを蘇生させるぞ。
電極は右胸の上部と左脇腹の下辺りか。この二箇所に貼りつける。これだけでAEDが自動で心電図を解析して、電気ショックが必要か判断してくれる。
『体に触らないでください。心電図を調べています』
音声ガイダンスがあるので日本人であれば誰でも扱えるのだが。
『電気ショックが必要です』
「この声誰……何て言っているかわかんない」
こっちは日本語の音声で翻訳されないのか。本体からの声じゃないからということなのだろう。あの音声が流れると充電が始まり、それが終わると『ショックボタンを押してください』再び日本語の音声が流れる。
あとは装置の赤いショックボタンを押すだけなのだが、躊躇っている暇はない。この後、シュイにもやらなければならない。心停止は時間が過ぎれば過ぎる程、蘇生の確率が下がる……押すぞ、いや、待て蘇生率を上げる為に、まだやれることがある。
僅かな可能性に賭けて俺はステータスの器用さを上げた。器用さの効果は未だに不明だが、こういう機能の効果や性能が少しでも向上するのであれば、ポイントなんて惜しくない。
10、20、30、40と上げ、ポイントは10万減ったが許容範囲だ。よっし、ショックボタンを押すぞ!
『電気ショックを行いました。体に触っても大丈夫です』
電気ショックで体がピクリと動いたが安心はできない。電気が走ったから起こった現象に過ぎない。問題はここからだ。
「ヒュールミ……あっ、息が、息を吹き返したっ! ヒュールミ、ヒュールミィィィッ!」
「マジかっ! じゃあ、シュイも……」
良かった、ヒュールミ本当に良かったっ。心臓マッサージの手を止めずに、泣きじゃくるラッミスを見て、安堵のあまり電源が落ちそうになるが、まだだ。安心するのはまだ早い、シュイも残っている。
えっ何だ、さっきよりも電極を細かく正確に操れるぞ。これは器用さが上昇したことによる恩恵か。これなら、適正な位置に貼り付けるのも苦じゃない。
ヒュールミでの経験を活かし、俺はシュイの電気ショックも行い結果……二人とも息を吹き返した。
よ、よしっ! な、何とかなったぞ。はああああああああぁぁぁ。
「シュイ、心配させやがって馬鹿野郎……が。ありがとうよ、ハッコン。お前は命の恩人だ、本当に感謝している」
今にも倒れてもおかしくないぐらいの大怪我だというのに、シュイの頭を優しく撫でながら俺に深々と頭を下げている。
ケリオイル団長と愚者の奇行団のことは、もう少し信用することにしよう。そう思えるぐらい、団長の行動は心に響いた。




