一人と一台の力
「氷の礫よ、穿て」
死霊王が呪文っぽい言葉を呟くと、先端の尖った氷が視界を埋め尽くす。数は十までは数えたが残りは放棄した。
「突っ込むよ!」
「いらっしゃいませ」
安心してくれ、そんなもの全部、防いでみせるから。
〈結界〉の青い壁に氷が着弾していくが今のところ貫かれていないな。
《ポイントが1減少 ポイントが1減少 ポイントが1減少――》
毎秒ごとのポイント減少と氷の礫が命中する度に減るポイント。それを知らせる文字が頭の中で滝のように流れている。
だが、まだ多くのポイントが残っている俺にしてみれば、この程度の減少なら何の問題もない。
「ふむ、面倒な加護だ。それはそこの娘……いや、後ろの魔道具に宿りし魂のなせる業か。ならば火は……貫いてきおったか。それでは、吹き荒れろ唸る風」
氷の雨の後は暴風か。もう数歩も進めば相手に届きそうだったのに。
正面から吹きつける風に〈結界〉外の地面が抉れ墓石と共に後方へとすっ飛んでいる。
これって風は防いでいるが〈結界〉で表面積が増えた分、風の影響をもろに受ける羽目になっているぞ。
「ふはははは。不可侵な結界であろうと対応策など幾らでもあるのだよ。結界ごと吹き飛ぶが……んっ?」
勝ち誇っていた死霊王が大口を開けて、こちらを凝視しているな。
大地が削られる程の強風の中、ラッミスは前へ前へと進んでいる。風圧は確かに凄いのだが、ラッミスは大地に足をめり込ませながら前のめりになって歩き続けていく。
「何故、吹き飛ばされん。どうなっている、魔法で強風に干渉しているのか」
いえ、ただの怪力です。物理的に抗っています。
「風にも雹にも負けず、特攻、粉砕、粉砕」
正に力押しで突き進むラッミスが物騒なことを呟いている。
「氷も風も火も、さほど影響を与えぬとなると……これか。大地よ慟哭を叫べ」
呪文ってあの台詞必要なのだろうか。カッコいいとは思うが、聞く度に俺の心がざわつく。そう、中学二年生の頃に男子なら誰もが患う、あの病気が再発しそうになる。
と馬鹿なことを考えている場合じゃない。足元から伝わる振動と共に足下に亀裂が入っていく。そして、轟音と共に大地が二つに裂け、深淵が大きく口を開けた。
「ちょ、ちょっとっ!」
そのまま真っ逆さまに落ちていくラッミスを放っておくわけにはいかない。フォルムチェンジで〈ダンボール自動販売機〉に変化した。これで、数百キロの重荷がなくなりラッミスの負担が減るはずだ。
「な、なんのおおおぅぅ」
ラッミスは深淵の側面を蹴りつけ、斜め上へと飛翔すると、更に反対側に位置する深淵の側面を蹴りつける。それを繰り返す様は壁を蹴って駆け上る忍者アクションゲームのようだ。
「中々、歯ごたえのある人間ではあった。咢よ閉じろ」
割れた大地が徐々に閉じていくが、完全に閉まりきる前にラッミスが最後の一蹴りで天高く跳躍した。
「何とっ!」
深淵から舞い上がったラッミスを見て驚愕している。今、相手の頭上10メートルぐらいか。また一気に跳んだな。真下には死霊王がいるってことは絶好のポジションだ。
「ええと、取りあえずキーーック!」
跳躍の頂点に達したところで急下降を始め、ラッミスが蹴りの格好で落ちていく。と言っても、ラッミスの体重では威力が知れている。どれだけ怪力があろうと、身体を踏ん張れなければ威力は激減する。
今の攻撃力を加算させるためには体重を増やせばいい。単純なことだ。となると――。
「そんな蹴り何ぞ喰らう訳がなかろう! 迎え撃ってくれるわ。集え集え集え、深淵より来たれし魔窟の邪――」
って、させるか。以前も化けた巨大な自動販売機に変化する。落下速度が微量だが増したことでタイミングをずらし、尚且つ、空中で姿を変えた俺に戸惑い、詠唱が中断した死霊王の顔面を捉えた。
「ぐごっ」
足裏がめり込み背負われている俺にまで、何かを砕いた手応えが伝わってきた。
「わっわっ、とおおぅ!」
踏みつけている死霊王の顔から飛び降りたラッミスが、着地した際に体が揺れたが何とか体勢を立て直し、握りしめた拳を相手の身体の中心に叩き込んだ。
可愛い掛け声とは裏腹に、打撃音を越えた爆発音が響き、見事なまでにくの字に折れ曲がった死霊王が高速で飛んでいく。あ、残像が見える。
地面と平行で飛んでいた死霊王の体が上下に分断され、上半身は空へときりもみ回転をしながら舞い上り小さくなっていき視界から消えた。下半身は地面に激突すると砂煙を上げながら転がり続けていたが、足を天に向けた状態でピタリと止まった。
打撃に弱い体質だとはいえラッミスが本気で殴るとこうなるのか。やっぱり、強いよなラッミスは。この破壊力を自在に操ることが出来たら、彼女はもっともっと強くなれる。
「おいおい、お前さんたちだけで終わらせちまったのかよ」
他のメンバーも骸骨を倒し終えたようで、全員が集まってきた。いつもの自動販売機に戻っておこう。
ミケネは遠くまで飛ばされた死霊王の辛うじて残っている頭蓋骨を掴んで持ってきてくれている。ショートは逆さになっていた下半身を引きずってきた。
半分以上が消滅しているが、ここに消滅寸前の死霊王の断片が集まっている。
「こいつ、まだ辛うじて生きていやがるな」
頭蓋骨に足を添えてケリオイル団長が見下ろしているが、あれは妙な動きをしたら即座に砕くという意思表示なのだろう。
「偉大なる……我を……足蹴に……すると……は……万死に……」
「死にかけている癖に偉そうな。さっさと砕いてコインになってもらうとするか」
「コイン……ふはははは……きさまら……もしや、我をただの……階層ぬ」
「全員、離れろっ!」
表情を豹変させ団長が唐突に叫び、近くにいた団員たちを蹴り飛ばして飛び退く。
大食い団も「ヴァアアアアアッ!」と久しぶりの叫び声を響かせながら逃げ惑っている。
何かよくわからんが〈結界〉発動!
青い光がラッミスごと包み込んだ瞬間、視界が黒に染まった。
《ポイントが500減少》
な、何だ!? 周囲が黒一色だぞ!
ポイントが減っているということは攻撃を受けているのかっ! どういうことだ、最後の力を振り絞って死霊王が自爆したのかっ?
「ハッコン、どういうこと! ど、どうなっているのっ!」
ラッミス、それは俺が知りたいよ。彼女の取り乱している声を聞いて、少し冷静さを取り戻せた。焦っても何も生まれない、冷静に状況を判断しろ。
《ポイントが500減少》
まだ減少が止まらない。この黒いのは相手の魔法か何かなのか。〈結界〉の感じだと上から降ってきているのか。
暫く耐え続けていると黒の奔流が消え去り、ようやく視界に光が見えてきた。降り注ぐ黒い闇が途切れたようだ。ポイントの減少も止まった。
「うそっ……み、みんな」
闇の消えたそこには巨大なクレーターが出来上がっていた。俺たちのいる場所はクレーターの中心部で、俺たちの足元にだけ地面が残り、常識では考えられないような不可思議な地形を作り出している。
仲間は……クレーターの外側で散り散りになって倒れ伏している。死んではない――と思いたい。
おそらく気を失っているのか、大半がピクリとも動かないが、団長とミシュエルは何とか立ち上がろうともがいている。少なくとも二人は生存している、それは間違いないようだ。
「ほおぅ、我の闇魔法に耐えきった輩がおるとは」
上空から降ってきた声に視線を向けると、そこには死霊王を二回りほど大きくした骸骨が宙に浮かんでいた。
銀色の骸骨がフード付きのローブを身に纏っているのだが、そのローブの刺繍は死霊王のものより緻密で、骸骨が着ているというのに高貴さを漂わせている。
腕が四本もあり背後から、ちらちら見えるのは骨で出来た尻尾か。
「無能な弟子め。光に縋りし亡者の腕、返してもらうぞ」
宙に浮かぶ骸骨が手の平を下に向けると、クレーターの地面が盛り上がり、埋もれていた死霊王の杖が浮かび奴の手元に納まった。
「優秀な魔道具は優秀な者の手に……そうは思わないかね。異世界からの来訪者よ」
この銀ぴか骸骨は俺の正体を見抜いているのか。あの闇が佇む双眸に見つめられると、自動販売機の中まで見透かされているような寒気がする。
何者かはわからないが、俺たちの倒した死霊王の上位であることは確かだ。
「な、何者なの、あんたは!」
「ふむ、我が名など忘れてしまったが、冥府の王と呼ばれることが多いか。お前たちが死霊王と呼ぶ、クズの支配者でもあるようだ」
やっぱり、あれの上位互換か。この状況、一手でも間違えると取り返しのつかないことになる。仲間で生死不明なのは大食い団、紅白双子。辛うじて意識を保っているのが、ケリオイル団長とミシュエル。どうすれば、助かる。助けられる。
ラッミスだけを救うなら、俺がここで〈結界〉で耐えきればいい。ポイントはまだ余裕がある。さっき倒した死霊王のポイントも結構俺に流れ込んでいるので、防ぎ切る自信はある。
だが、他の面々を救えない。彼らを切り捨てていいのであれば……。
「これが階層主のコインというものか。面白みのない素材だ」
指をくいっとしただけで、コインが冥府の王の前に浮かぶが興味を失ったようで、重力に従い落下すると地面に転がっている。
「な、なんで、こんなことをしたの!」
「何故だと。我が狩りをして何が悪い。お主らも自分の欲望を満たす為に、死霊王を襲ったのであろう? 不意打ちもハンター共の得意分野の筈だが」
「そ、それはそうだけど」
「人の世界ではこのような言葉があるのではないか。自分がされて嫌なことは人にしないだったか。子供でも知っていることだ」
「で、でも、それは」
「それは何だ。それとこれとは話が別とでも言うのか。何が違うか噛み砕いて教えてもらいたいものだ。なあ、人間」
こいつ、ラッミスをからかって遊んでいるな。絶対的強者が弱者に対して見せる余裕。普通なら敵に一矢報いるチャンスなのだが、勝てる未来が全く見えない。




