金策
「おかみさーん。ただいま!」
宿屋の扉を開け放ち、扉脇に俺を置くとラッミスが元気よく挨拶をしている。
掃除が行き届いているホールらしき場所には、箒を手にした恰幅のいい女性があんぐりと大口を開け、こちらを見ている。
「あんた、無事だったのかい! 心配したんだよ。はあぁ、死人魔じゃないよね、ちゃんと呼吸してるかい」
「生きてる、ちゃんと生きてるって。色々あったけど、何とか帰ってきたから」
体を叩いて確認する宿屋の女将さんに、ラッミスが引きつった笑みで説明している。この集落の人は優しい人が多いのか、ラッミスが愛されキャラなのかは不明だが立場は悪くないようだ。
「あんたと組んでたハンターたちは傷だらけで戻ってきて、死んだって言っているし、娘は絶対に信じないって、あいつらに怒鳴りつけていたよ」
「ムナミにも心配かけちゃったね。後で謝っておかない――」
「ああああああああっ! ラッミスゥーーー!」
ホールを揺るがす絶叫に二人の肩が縦に揺れた。ラッミスが振り返った先には階段を下りてくる少女がいた。
少女は両腕で大きな籠を抱きかかえ、その上には洗濯物が満載されている。赤みがかった髪を三つ編みにして、額には三角巾を巻いている。服装は宿屋の制服なのか女将と同じ配色のエプロンスカートなのだが、少しアレンジが入っている。
丈が短くフリルが追加されている。若者向けの制服といった感じか。
目を引くような容姿ではないのだが、素朴な感じでありながら鋭い目つきが利発そうな印象を抱かしてくれる。ぶっちゃけると、ぱっとしない地味メイドって感じだ。
そんな彼女が猛烈な勢いで階段を駆け下り、ラッミスの前まで特攻してくると洗濯物を床に置き、両肩をがしっと掴んだ。
「え、生きてるの! 死人魔じゃないよね!」
「ム、ムナミ、生きてる、生きてるから!」
ムナミってことは女将さんの娘か。さすが親子だ、言っていることが同じ。
体を激しく前後に揺らされているので首がもげそうだ。そろそろ、やめてあげたほうが……。
「まったくもう、どれだけ心配させるの。ラッミスと一緒に行動していたあいつらを問い詰めたら、見捨てて逃げたって言うから二度とこの集落で生活できないように、悪評広めてやったわ。ふふふふふ」
俯き気味の顔に影が差してめっちゃ怖いんですが。怒らしたら危険なタイプか。
「だから、慌てて荷物まとめて出て行ったのね……」
女将さんがため息を吐いている。
「ところで、それなに? 入り口にドンと置いてある重そうなそれ」
「ああ、この子は湖畔で見つけたの」
「ラッミス……また変なのを拾ってきたの。前は蛙人魔の子供拾ってきて大騒ぎになったのを覚えている?」
「う、うん。で、でも、今回は違うよ? この子はすっごく便利で私を助けてくれたんだから」
ジト目で親子に見つめられ、しどろもどろになりながら俺との出会いと性能、これからどうしたいかを説明している。
「大体は理解できたけど……ラッミス、地上に戻ってヒュールミに会わせるとしても転送陣のお金どうするの? 宿屋代もあるの? 荷物全部失ったみたいだけど?」
「あ、はい。何もないです……どうしようもないです」
矢継ぎ早に質問をされ、ラッミスが力なく崩れ落ち、両膝を突いてうなだれている。
……貴重な財産の殆どが俺の中なんだよな。今までの会話に出てきた単語を抜き出して考えると、地上に転送陣とダンジョンか。
ここはダンジョンの中で地上に戻るには転送陣を使用しなければならない。そして、利用代金が結構する。そして、ラッミスは金欠。すまん。
ダンジョンの中か。現実味が無いが、無いが、俺って自動販売機なんだよな……。その時点で常識とか現実味って、鼻で笑うレベルだ。そういうものなのだろうと、受け止めるしかない。
二人の会話に口を挟むにしても「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」「またのごりようをおまちしています」「あたりがでたらもういっぽん」「ざんねん」「こうかをとうにゅうしてください」でどうしろというのか。
そんなことを思案している間に話は終盤に差し掛かっていた。
「仕方ないわね。暫くうちで宿屋の仕事をすること。その箱は宿屋の外に置いて、客引きしてもらおうかしら。中身も売れるし一石二鳥でしょう」
それは願ったり叶ったりだ。
「いらっしゃいませ」
「うわ、本当に話すのね。じゃあ、客引きよろしくね」
「あっ、でも門番のカリオスさんに、たまに持ってきて欲しいって、言ってたよ」
「じゃあ、途中で抜け出して置いてきていいから」
「はーい」
こうして俺はこの集落で暮らすこととなった。
集落は100人程度なのだが住民の入れ替わりが激しい。ハンター向けの商売をしている住民だけが固定メンバーのようだ。
ハンターというのは魔物の討伐や素材集めや護衛の依頼を受けたり、もしくは迷宮探索で秘宝を見つけて一攫千金を狙う人たちらしい。ハンター協会の支部もこの集落に存在していて、ハンター達への依頼や素材の買取りをしている。
そうそう、ここは清流の湖と呼ばれるダンジョンの階層だそうだ。空もあるのにダンジョン内部って……異世界って凄いとしか言いようがない。
この階層は端から端まで移動するだけで三週間はかかるらしい。生息する主な生物は、名前にもなっている清流の湖に住む魚介類や、蛙人魔と呼ばれるカエル人間らしい。他にも多様な生物がいるらしいが、詳しいところはわからない。
ちなみに情報源は毎日何かと話しかけてくれるラッミスと、宿屋を利用する客の会話を盗み聞きして得た。それと――
「それで俺はこう言ってやったのさ。無法者からここを守るのが俺の仕事だってな」
門番をしているカリオスだ。暇を持て余しているらしく、門の近くに設置されている時は頻繁に話しかけてくるのだ。
「いらっしゃいませ」
「でよ。最近は蛙野郎が活発らしくて怪我人が多くてな、近々大掛かりな討伐隊が組まれる時期だぜ」
「いらっしゃいませ」
相槌さえあればいいらしく「いらっしゃいませ」を繰り返しているだけでいいのは楽なんだが。
討伐隊か……ここに来てから一週間が経つが、どおりで最近見たことのないハンターを頻繁に見かけるわけだ。
「って喉が渇いちまったが、どれも飲み飽きたな」
そりゃ毎日五本以上は購入してもらっているからな。新商品を仕入れてもいい頃合いか。ポイントもかなり増えてるしな。この一週間で物珍しさと味で一気に有名になって、驚くほど売り上げがあったから、ちょっと確認してみるか。
自動販売機
(冷) ミネラルウォーター 1000円 1銀貨(130個)
(冷) ミルクティー 1000円 1銀貨( 24個)
(温) コーンスープ 1000円 1銀貨( 19個)
(常) 成型ポテトチップス 1000円 1銀貨( 36個)
PT 3253
〈機能〉保冷 保温
〈加護〉結界
何度も補充をして400個以上売り上げたおかげで、ポイントが3000を越えてくれた。何があるかわからないからポイントは溜め込んでいたが、機能も追加したいところだな。
欲しい機能の追加は低くても1000ポイントを消費するので踏ん切りがつかなかったが、一つぐらいなら追加しても問題は無いだろう。
あっ、でもここは順当に品数を増やした方がいいのか。例えば、カップラーメンのお湯出し機能を追加したら、自動販売機の体が変化するってことになる。他の商品に影響を与えないか不安だ……いや、結界が張れて、機能追加ができて、人間の意思がある自動販売機の時点で、そういう常識的な心配はするべきじゃないのか。
う、うーん。あれこれ考えるぐらいなら客のニーズを一番に考えた方が良い。門番のカリオスとゴルスは一番の常連だ。二人が何を望んでいたか思い出せ。
確か、もう少し腹に溜まる物が欲しいって言っていた。なら、おでん缶を提供したいところだが、ふたの開け方わかるかな。プルトップ方式ってこの異世界じゃ浸透していないようだし、説明するにも俺には不可能だからな。
なら、諦めるしか……あっ、いや、いけるか!
俺はあることを思い出し、メーカー名を探し当て、おでん缶を100個30ポイントで追加した。
「おっ、急に光ったと思ったら、商品追加されてやがるぞ。値段は……3000か。銀貨三枚はちと厳しいな。だが、新商品が出たとなれば買わずにはいられないっ!」
わかる、わかるよ。自動販売機の新商品の魔力って恐ろしいよな。痛いほどよくわかる。ましてや、湯気の上がった美味しそうな写真が印刷されていたら、そりゃ食指が動くってもんだ。
そういや、文字は通じないくせに数字は通じるって違和感しかないが、そんなことを言っていたら何で言葉が通じるんだって話だよな。なんかこう、魔法的なもので伝わっていると信じておこう。
ダンジョンの階層というのは外の世界に比べて、かなり稼ぎやすいところのようで、その分、危険性も高いそうだ。ハイリスクハイリターンなので上手く立ち回っている連中は懐具合がかなり温かい。
ここにいる商人たちがあえて危険地帯で商売する理由がそこにある。あらゆるものが地上に比べて高値で売ることができ、貴重な品を手に入れる可能性も高い。
そんな集落を守る門番は結構な高給取りらしく、だからこそ俺を御贔屓にしてくれている。多分、地上の安全な町ならこの値段設定では商売が成り立たないだろう。
「ほぅ、熱いなこれ。ってか、どうやって開けるんだ」
やはり、そこで躓いたか。だが、よく缶を見てくれ。カリオスもゴルスも注意深い人間であることを、この一週間で知っているからこそ期待できる。
缶を摘み上げ、しげしげと見つめている。ゴルスも気になるようで、見張りそっちのけで横目でじっと観察している。缶をぐるっと回したところで、二人とも気づいたようだな。
「ん? 何か絵が描いてあるぞ。これは、開け方と食べ方か」
そう、このメーカーのおでん缶は食べ方がわからない人に向けて、説明の絵が側面に描かれているのだ。
某電気街で有名になったこれは海外にも知れ渡り、マニアックな観光客が購入することが増えた。その際、食べ方がわからずに火傷をする外国人が増えてしまい、言葉が通じなくても理解できるように、懇切丁寧な食べ方の手順が絵で側面に描かれるようになったのを、ふと思い出したのだ。
「ええと、この上のこれをくいっと折るようにして……おっ、いい匂いがするじゃねえか。で一気に上に押し上げると、開いた開いた!」
よっし、第一関門突破だ。これで二人にはこの系統の缶を提供できるようになった。商品の幅が広がるぞ。二人から他の人にも浸透するだろうから、数週間もすれば常連の殆どが対応できそうだな。
カリオスが食べやすいように串の刺さったおでんを一本取り出す。あれは、ウズラの卵とちくわ、こんにゃくの黄金トリオ串か。
薄らと湯気が立ち昇るそれを口に含み、まずは一番上のウズラの卵を頬張っている。二度噛んだところで、鼻の穴から湯気が噴き出し、目尻が下がる。
「ほおうあう。やべえ、これやべえわ。一番好きかもしれん。この茹でた卵に複雑でありながらくどくない味が沁みこんでいて、噛んだ瞬間口の中に黄身と混ざった汁が溢れやがった……くそっ、やべえな。酒が欲しくなるぜ」
ウズラを食べきると、次にちくわを噛みしめる。
「くうぅ、これも味が沁みこんでいてたまんねえな。初めての食感だが、仄かに魚っぽい味がするぞこれ。一体どうやって作ってんだ。この下のは……おおおっ、ぐにぐにしているが、いやじゃねえ。はははっ、おもしれえ」
ちくわとこんにゃくも気に入ってくれたようだ。出汁も全て飲み干し、満足げな顔で更に財布から銀貨を三枚取り出したところで、割って入ったゴルスが先に投入した。
「て、てめえ、俺が買おうとしていたところだろっ!」
「次は俺だ」
これも手ごたえはばっちりだな。おでん缶も売れ行きに期待できそうだ。
こうしておでん缶は口伝えに広まり、清流の湖の集落限定でブームを引き起こすことになった。最近めっきり寒くなってきた環境も売り上げに貢献してくれたようで、これからも期待できそうだ。