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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
三章

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始まりの階層の夜

 腹がはち切れんばかりに晩御飯を食べきった子供たちは、全員床に就いたようだ。ここは空が見えない洞窟内なので、夜と朝の区別が曖昧になりそうだが、現在は夜らしい。

 ここで暮らしていたら昼夜の感覚がおかしくなりそうだな。

 夜なら省エネモードにしてもいいのだが、周囲の明るさに差が無いので、このままでも問題は無いだろう。

 元屋敷を改造した孤児院の窓から明かりが漏れているということは、園長先生やラッミスたちが、まだ起きているのか。


「ハッコン、今日はお疲れさまっすよ。みんな大喜びで感謝感激っす」


 シュイが俺の隣に腰を下ろして胡坐をかいている。身体を左右に揺らして、嬉しさを全身で表現しているな。

 あんなに素直に喜んでもらえると、こちらとしても自動販売機冥利に尽きる。

 頬が若干上気しているのは食卓に提供したカクテルをがぶ飲みしていたからだろう。ただのジュースだと思って、結構飲んでいたからな。


「今日の出費安くないっすよね。今度必ず返すんで、暫く待ってほしいっす」


「ざんねん」


「えっ、待ってくれないっすか」


 いや、違う。払わなくていいって言いたかったのだが、細かいニュアンスを伝えるのは難しいな。

 それに金銭を要求するなら飲食店の店主たちにであって、優勝者の賞品として受け取ったシュイが払う必要は全くない。


「ざんねん ありがとうございました」


「えっと、もしかして払わなくていいって、ことっすか?」


「いらっしゃいませ」


 何とか伝わってくれたか。理解してくれたお礼にコーラをプレゼントだ。

 取り出し口に、彼女の好物であるコーラ2リットルを落とす。今日の晩は大食いの彼女にしては小食だったからな。自分の分も子供に与えていたから、まだまだ腹に余裕があると思う。


「あ、しゅわしゅわだ! まだ小腹が空いていたから助かるっす!」


 蓋を開け、飲み口に口を付けて豪快に中身をあおっている。炭酸が強めだから、そんなに一気に飲むと……。


「くはあああっ、ぐえええええっぷ」


 見事なげっぷが闇夜に響く。さすがに恥ずかしかったようで、俯いた顔が赤い。

 こういう時は場を和ますために何か言った方がいいのだろうか。よっし、決めた。


「あたりがでたらもういっぽん」


 彼女の顔が更に真っ赤に染まる。どうやらチョイスを間違えたようだ。


「そ、そうだ。この始まりの階層ってダンジョンに潜る人が必ず訪れる場所って知っていたっすか?」


 へえ、そうなんだ。第一階層とか言っていたから、ダンジョン一階なのだろうとは思っていたけど。


「ざんねん」


「この階層にまず入って、奥にある転送陣まで辿り着かなければ、別の階層に移動できない事になっているっす。まあ、始まりの階層ぐらい踏破できない者は、別の階層に進む権利すらないってことっすね」


 なるほど。転送陣で階層の行き来が自由だと聞いていたが、ここだけはそうは問屋が卸さない訳か。


「でも、一度でも奥の転送陣に辿り着けば、次からは何処にでも飛び放題っすよ」


 地上に出たら毎回、第一階層を攻略しなくてもいいのか。そういう配慮もされているのか、ダンジョンの仕組みが益々わからなくなってくる。


「それで、ここの集落は何らかの理由で第一階層奥の転送陣にたどり着けなかった者たちが、少なからず残っているっす。もしくは、ここで子供を作って身動きが取れなくなった人たちもいるっすね。そうして、外の世界を知らずに産まれ、邪魔になって捨てられた子供が集まっているのが……ここっす」


 この孤児院にいる子はダンジョンの外を知らない子がいるのか。それどころか、この階層から移動したことが無いのなら、空も天気も外気にも触れたこともなく育った。うーん、それは子供の成長に悪影響を与えそうだ。


「私の願いは、孤児院の皆が幸せに――って、今日は口が妙に軽くて困るっす。今のことは忘れて欲しいっす。もう今日は寝るっす! おやすみ!」


 両手を大きく振りおぼつかない足取りで、扉の向こうに消えて行った。アルコールの影響で色々聞けたな。

 様々な人が生活して、多種多様な悩みが存在する。当たり前のことなのだが、最近は自動販売機として商売と自分のポイントのことしか考えてなかった。

 いや、自動販売機としては正しいスタンスだとは思っているが、この匙加減が難しい。安くしたり無料奉仕をすると、今度は飲食店の店主たちが困る事になるし、俺もポイントが増えない。

 商売とボランティアとの違いを自覚しないとな。


「おい、ここか……」


「へい、兄貴。ここに珍しい魔道具があるって話ですぜ」


 如何にも荒くれ者といった口調の男たちの声が、遠くから流れてくる。目的が一発でわかる説明付きで現れるとは至れり尽くせりだな。

 人が少ない場所だとはいえ、お世辞にも治安がいいとは言えない場所ではしゃぎ過ぎたようだ。

 久しぶりに俺目当てのお客さんか。最近、こういった輩はご無沙汰だったので、どういった行動を取るのか興味津々だったりする。相手の姿が見える前に、灯りを消して闇に溶け込む配色に変更しておこう。


「本当に、食い物がただで幾らでも出てくるんだな」


「ええ、部下の一人がその目で確かに見たって言ってやした」


 徐々に近づいてくる人影に目を凝らしていたのだが、相手はがたいのいい男が四名。俺を載せる為の手押し車も準備済みか。

 清流の湖階層なら俺の存在は結構知れ渡っているが、この階層では無名だからな。狙われるのも当然か。

 あの男たちなら俺を運ぶことも可能なようだが、さて、どうしよう。大声を出して、ラッミスたちを起こせば、あいつらは逃げ出すだろう。だが、彼女たちが危険に晒される可能性がある。


 ここは俺一人で何とかしてみるか。既に取っている機能で使えそうなのをチョイスしてみるか。

 これと、これと、これも使えるか。〈結界〉もあれば頑丈も上がっている。余程の事が無い限り、前みたいに誘拐されることはないと思う。

 まずは〈ドライアイス自動販売機〉になって足下にドライアイスを大量にばらまく。今度は〈高圧洗浄機〉になって周辺に散水する。ドライアイスに水が掛かり、薄らと白い煙が地面に漂う。

そこから更に〈ジュークボックス〉になってミュージックスタート。


「おい、今日は足元がやけに寒いぞ」


「何か、音がしてねえか……」


「妙な音楽が……」


 ホラー映画でお馴染みの曲を流すと、男たちが辺りを忙しなく見回している。この集落の薄暗さと相まって、雰囲気はバッチリだ。

 ここからどうするか。灯油を撒いて火をつけるのは、流石にやり過ぎだよな。撤退させるだけでいいとなると、何が最良なのだろうか。

 相手は誘拐――泥棒に来たので灯りは所持していない。暗闇で目が利くとしても、あまり辺りが見えていないよな。だとしたら、脅かせば何とかなる気がする。

 今度は〈コイン式全自動洗濯機乾燥機一体型〉になると蓋を開けた状態で、洗濯槽内に水を溜めて回転させる。


「親分、水の音がしやせんか」


「ここら辺は川も湧き水もねえだろ、気のせいだ」


 そんな彼らに〈結界〉で弾いた洗濯槽の水を提供してあげよう。


「ぶはああっ、何だ、何だっ!」


「み、水ぅ? ど、何処から水がっ」


「おおあたり」


 面白いぐらいに取り乱しているな。あ、ちょっと楽しくなってきた。次はこれでいこう。

 〈卵自動販売機〉になり、ガラス張りのロッカーにも見える外観に変化すると、その蓋を全て開けて〈結界〉により卵を一斉掃射する。

 十個を一まとめにしてネットで包まれている卵が、二十以上も同時に放たれたので、その幾つかが見事に男たちを捉えた。

 食べ物を粗末にして怒られそうだが、平和的解決の為なので目をつぶって欲しいところだ。


「痛ぇっ! 何だこれ、ぬるぬるしやがるぞ」


「お、親分、か、帰りましょう! 誰かに狙われていやす!」


「くそっ、ふざけやがって! お前ら今日は帰るぞ!」


 どうやら撤退してくれるようなので、蛍の光で送り出しておく。

 あの様子だとまた懲りずにやってきそうだな。俺がいないとわかると、孤児院の中を荒らす可能性も出てくるか。対策は明日の朝、ラッミスに会った時に実行しよう。





 町中の灯りの光量が増し、始まりの階層内が少し明るくなったように思える。これがここでの朝なのだろう。

 庭のドライアイスや散乱した卵の欠片と中身は既に消してある。これで、昨日何があったのか孤児院の子供たちが知ることはない。


「おはよう、ハッコン」


「おはようっす」


 朝から元気な二人組が現れた。この二人、結構似ているところがあるので、この一日で意気投合して、かなり仲良くなっている。

 ラッミスはハンターに知り合いが少ないので、歳の近い同性の友達が出来てほっと一安心だ。愚者の奇行団というのが若干不安ではあるが、シュイ自身は気の良い女性なので、さほど警戒はしていない。


「二人とも早いわね。皆さん、おはようございます」


 その後ろから顔を出したのは園長先生か。いつもの柔和な表情で挨拶をしてくれている。


「ありがとうございました」


 おはようございますの代わりに「いらっしゃいませ」を使っていたのだが、こっちの方が挨拶の返しとしては正しい気がするので、ちょっと変更してみた。

 っと、そうだ。今、子供たちがいないなら丁度いい。昨日会った出来事を伝えておかないと。


「あれ、商品のところに板が。これって地図見せてくれたあれかな」


 正解だよ、ラッミス。俺の数ある機能の一つ〈液晶パネル〉だ。これを使って昨日の一件を録画した映像を流せば注意喚起にもなるだろう。

 チンピラが現れて撤退するまでの映像を流すと、全員が興味深げに見入っていた。


「夜にこんなことがあったっすか。こいつらは、近くにアジトを構えている、元ハンターたちっすね」


「そうみたいね。ハンターを止めて犯罪行為に走るなんて、悪い子たち。それも孤児院の客人に手を出すとは……」


 二人とも顔見知りなのか。この映像を証拠に衛兵やハンター協会に持ち掛け、犯人を捕まえてもらうことも考えたが、やつら未遂なんだよな。俺がさせなかったから、そう言う話題を口にしていただけとなる。

 捕まえるには少し無理があるかも知れない。


「シュイ、少し出掛けてきますので、暫く子供たちを任せてもいいですか」


「それはいいけど……園長先生まさか」


 あれっ? シュイの頬が引きつり額からすっと汗が流れ落ちたぞ。園長先生は一度、孤児院に入ると直ぐに戻ってきたのだが、その手には大きな弓。背中には矢筒を背負っている。


「では、直ぐに帰りますので」


 そう言って俺たちに頭を下げて立ち去っていった。って、あまりのスムーズな流れに止める暇もなかったが、もしかして園長先生は彼らに武力行使で黙らせに行ったのか?

 え、それは危険すぎる。六十手前に見える女性が一人でどうこうできるわけがない。ここは、止めに行かないと。


「あー、久しぶりに園長先生のマジ怒り見たっすよ。あ、お二人とも心配しているようですが、大丈夫っすよ。園長先生は私の弓の師匠で元凄腕ハンター。熊会長と一緒に昔は迷宮を荒らしまくっていた実力があって今でも団長が一目置いているぐらいっす。そうでなければ、こんな治安の悪い場所で孤児院経営なんて無理っす。あと熊会長のように権力持っている人とも繋がりあるっすから」


 そ、そうなのか。あの細腕と雰囲気からは想像もつかないが、シュイが全く焦っていないところを見ると、心配するのも馬鹿馬鹿しいぐらいの腕なのだろう。ここは信じて待たせてもらおうか。





 あれから一時間が経過し、子供たちも朝食を食べ終わったタイミングで園長先生が帰ってきた。出掛けた時と変わらぬ姿――いや、よく見ると服の裾に返り血の滴があり、矢筒から数本矢がなくなっている。


「ハッコンさん。こちらの説得に彼らは快く応じてくださいましたので、彼らが二度とちょっかいを掛けてくることはないですよ」


「ありがとうございました」


 理屈ではなく本能が即座にお礼を言えと訴えかけてきた。今も慈愛溢れる笑みを浮かべているのだが、前までと違いその微笑みに威圧感を覚えてしまうのも仕方ないと思う。

 と、兎も角、彼らとのいざこざは解決したようで何よりだ。お礼に、一週間は賄える食料と飲料を置いて行こう。

 この人は敵に回してはいけないタイプだと即座に判断した。シュイもいずれ園長先生みたいになるのだろうか。


「ん、誰かから見られている気がするっす」


 俺の視線に気づいたのか、気味悪そうに肩を竦めるシュイを見つめ「ざんねん」と零した。


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