孤児院と自動販売機
はしゃぐ子供たちと一緒になってラッミスとシュイが遊んでいる。元々、無邪気な所があるので子供とは相性がいいらしく、物の数分で仲良くなったな。
今は〈高圧洗浄機〉となった俺のシャワーから子供が逃げ惑っている。もちろん、操作しているのはラッミスなのだが。
遊び疲れた子供たちは、ずぶ濡れになった状態で家に入ろうとしたのだが、扉の前で腕を組み凄味のある笑みを浮かべた園長先生の前で硬直している。
「皆さん、そんなびしょびしょの泥まみれで何処に行こうというのですか」
「え、園長先生」
「その場で服を脱いで、この籠に入れてから風呂に行きなさい」
「は、はーい」
萎縮している子供たちが扉の前で服を脱ぎだしている。ラッミスとシュイも一緒になって服を脱いで……こらこらこら。周りに人の目が無いとはいえ屋外だ。若い娘がはしたない。と忠告したかったが、どうやら早とちりだったようで、靴と靴下だけを脱いでいる。
それじゃあ、バスタオルを提供しておこう。
「ありがとう、ハッコン。シュイもどうぞ」
「ハッコンは気が利くねー。人間だったらモテモテっすよ!」
「今のままでも人気者だもんね」
褒めてくれた二人に対して照れ隠しをするように〈コイン式全自動洗濯機乾燥機一体型〉へとフォルムチェンジした。褒められるのは嬉しいが、正面から素直な感情をぶつけられると、少しむず痒いような妙な感覚になる。
「あ、これは洗濯するやつだよね。じゃあ、室内に運ぶよ」
俺はラッミスに抱き上げられて玄関の隅に設置された。そして、脱ぎたての汚れた服と下着を突っ込まれ、洗濯を開始した。
「これは一体……」
「ハッコンは不思議な魔道具で色んな形に変化できるんっすよ。凄いっしょ」
シュイが自分のことのように胸を張って自慢していると、隣でラッミスが大袈裟に頷いている。
「あらまあ、よくわからないけど凄いわね。最近の魔道具って便利なのね」
最新の電化製品を前にした機械音痴の母親の様な反応だ。理解はしていないけど、凄いということだけはわかってくれた。って俺が凄い訳じゃなくて、日本の技術力が優れているだけなのだが。
「洗濯は直ぐに終わるから、それまで皆でお風呂に入るっすよ。ほら、早くいかないと捕まえてべろべろするぞぉぉ」
「わああああっ」
舌を出して上下に揺らしながらシュイが子供たちを追いかけ回している。子供たちは悲鳴を上げて逃げ回っているが、何処か楽しそうだ。
これシュイが男なら完全に犯罪だよな。いや、女性でも子供が嫌がっているならアウトか。
「下着も洗うなら、ハッコンお風呂場の近くまで運ぼうか」
「いらっしゃいませ」
そうだね。10分もあれば乾燥までやるから、風呂に入っている間に終わる筈だ。
「あ、でも、重さで床抜けないかな」
「それなら、裏口まで回っていただけたら、風呂の裏側につきます。そこには勝手口もありますので」
「じゃあ、外側からぐるっと回り込もうか」
ラッミスに背負われて外壁沿いに移動すると扉が見えてきた。あれが勝手口か。
壁に背を預けるようにして置かれると、ラッミスがそっと扉を開けた。扉の向こうは風呂の脱衣所になっていて、全裸半裸状態の子供が密集している。
しかし、これだけの大人数が一斉に入れるのだろうか。だとしたら、相当大きな浴槽だぞ。
「こらこら、暴れない。じゃあ、みんなお風呂で洗いっこするっすよー」
一糸まとわぬ姿のシュイが小さい子供を抱きかかえてお風呂場に消えて行く。ショートカットで色気より食い気のシュイだが、ちゃんと女性なのだなと妙な感心をしてしまった。
「あーっ、お風呂お湯入ってないよ!」
「あらあら、今日のお風呂当番は誰だったかしら」
脱衣所まで見に来ていた園長先生が頬に指を当てて、首を傾げている。誰だ誰だとお互いに視線を交わす中、手を挙げて二人の女の子が進み出てきた。
「ご、ごめんなさい。シュイ姉ちゃんと遊んでいて、忘れていました」
その身を縮ませて萎縮している少女の頭に園長先生がそっと手を添える。びくりと体を揺らした少女が俯いていた顔を上げて、視線を合わせた。
「当番を忘れていたのは良くないことですが、正直に話してくれてありがとう。失敗は誰にでもあります。でもそれを誤魔化すのではなく、失敗を認めて反省することが大切なのです」
頭ごなしに叱りつける親が多い昨今、ちゃんと諭せるというのは当たり前のように見えて難しいことじゃないかと思う。
俺の親せきや友人でも、子供が可哀想に思えるぐらい怒鳴りつける人がいて、そんなに怒らなくてもと止めに入ったことは一度や二度じゃない。全く怒らないで放置している親よりかはマシだが、やり過ぎだと……って独身男性が子育ての辛さも知らないくせに、偉そうに語ることじゃないか。
「しかし、困りましたね。今から水を溜めて薪で沸かすのには時間がかかってしまいます。今日はお風呂諦めましょうか」
水遊びで体が冷えた状態でお風呂が無いとなると、風邪をひかないか心配になるな。何とかして上げられないだろうか。機能に何かあったかな。
「あ、ハッコン洗濯終わったんだね。中身出しておくよ」
もう乾燥まで終了したようだ。ラッミスが綺麗になった洗濯物を取り出している間に機能欄に目を通していく。
お風呂関係じゃないな。ええと、水では沸かすのに時間がかかるからお湯……あ、あれいけるな!
洗濯物が全て体外に取り出されたのを確認すると本日三度目のフォルムチェンジをした――〈温泉自動販売機〉に。
これはその名の通り、温泉を自動で売る機械だ。四角柱の体に堂々と温泉自動販売機という日本語が筆で書かれている。側面から一本のホースが出ていて100円で2分間温泉を出し続ける仕様になっている。
温泉地で稀に見かける自動販売機で利用したことがあるのだが、家に帰るまでに冷えるので、お湯炊き必須の温泉だ。
「また見たことない形になったね、ハッコン。一体、何種類の体があるんだろう」
幾つあるのだろうか。俺もちゃんと数えたことがないな。今変形できる自動販売機だけでも二十近くあるみたいだが。
「ええと、この長いのって、今までの流れだとここから何か出るんだよね。それに、この状況だから……わかった!」
最近は機能の使い方を判断するのはヒュールミの役目が多くなっていたが、やっぱりラッミスも理解力が高いよな。
ヒュールミは状況と俺の形から能力を推測しているが、ラッミスの場合、俺の内面を読み取って理解しようとしてくれている気がしてならない。俺の性格ならこうするのではないかと。
ただの自動販売機相手に真剣に向かい合ってくれているラッミスには、本当に感謝してもしきれないな。
浴室の引き戸を開け放ちホースを浴槽に突っ込んでいる。その状態で俺を見返して片目を閉じてウィンクしたのは合図か。では、一気に放出するとしよう。
勢いよく温泉が流れだし、素早さのおかげもあるのか、あっという間に浴槽が温泉で満たされる。
「うわっ、スゲエ!」
「お風呂だお風呂だ」
「飛び込めー」
「こらこら、ちゃんと体洗うっす!」
浴室に子供たちと、それを咎めるシュイの声が反響している。お湯を溜める役割を終えたので、俺は再び洗濯機へと戻り残りの洗濯物を回すことにした。
ラッミスも全て脱ぎ去り、一緒に浴室で洗いあっているようだ。
「ハッコンさんでしたか。この度はありがとうございます。色々お手伝いしていただき助かりましたわ」
俺のことをどう認識しているかは怪しいところだが、園長先生は深々と頭を下げてくれている。
「いらっしゃいませ」
「ええと、それは肯定の意味でしたわね。シュイは最近、思い詰めているところがあったので、心配していたのですが、今日の姿を見てホッとしています。これからも、あの子のことよろしくお願いします」
ただの自動販売機相手にお礼を口にして託せるというのは立派だよな。そこまでされると申し訳なくて萎縮してしまいそうになる。
しかし、こんな暖かい場所があるシュイの望みは何なのだろうか。この孤児院を維持するには大金が必要だろうから、やはり目当ては金か。うーん、こういうのは詮索するのも失礼な話だな。
洗濯と風呂も終わり、晩御飯は俺が振舞うことになったので、食べたことのないものがいいだろうと冷凍食品セットとカップ麺を提供したのだが、ちょっと栄養バランスが気になったので、食後のデザートにと果物とクレープも出しておいた。
食堂や室内はやはり床の耐久力が怪しいらしく、孤児院での定位置は玄関脇で決定したようだ。
子供たちが食事をしている間は、一人でのんびりしておこうと思っていたのだが、子供たちが「ハッコン一人じゃ寂しいよ」と言ってくれて、外に椅子と机を出して庭で食事を取ることなった。
この孤児院の周辺には空き家が多く、はしゃいでいても苦情が来ることは滅多にないそうなので、子供たちは口一杯に料理を詰めては大声で、美味しい、美味しいと喜んでくれている。
子供たちの服装はどれも素朴……いや、言葉を濁し過ぎだな。粗末な格好でふくよかな体型の子供は一人もいない。かといって痩せすぎの子供も見当たらないので、食生活は何とか保たれているように思う。
後で下着やタオル類も提供しておくか。
俺がお金を寄付してもいいのだが、自動販売機である俺から施しを受けることを良しとするだろうか。こういう時、何処まで関わってもいいのか、俺にはそのさじ加減がわからない。普通に会話する能力があるなら、相手の神経を逆なでせずに援助することも可能なのだろうが。
自分のポイントを得る為に金稼ぎのことばかり考えてきたが、貧しくても幸せそうにしている子供たちを見ていると、自分がとても薄汚い存在に思えてきた。
「明かりがピカピカしてたけど、もしかして、変なこと考えてる? ハッコンは、ハッコンだよ。今、みんなに食事をただで提供して笑顔にさせられるのも余裕があるからでしょ。だから、もっと自信を持っていいんだよ」
いつの間にか俺の隣に立っていたラッミスが、俺の心を見抜くような言葉を掛け、にっこりと微笑んでいる。
凄いなラッミスは。言葉も話せないただの自動販売機の考えを理解してくれて、気遣ってくれる。
そうだな、うん、俺は俺だ。ポイントの為にお金稼ぎを止めるつもりはないが、これからは、もう少し周囲の状況を考えて行動することにしよう。
そして今は、純粋にこの時を楽しんで、子供たちを喜ばせることだけを考えよう。




