大会
偽物事件から数日が過ぎ、いつもの日常に戻りつつある清流の湖階層の集落で、客を取り戻した飲食店の店主たちの会合に、また強制参加させられていた。
「土魔法が扱えるハンターを大量に雇い入れたおかけで、集落の壁は九割がた修復が終わりました」
「おー、ハンター協会も頑張ったな」
「壁さえ出来上がりゃ、守りは万全だ」
いつもの司会進行役であるムナミが拍手をすると、店主たちも手を打ち鳴らし喝采している。
思ったよりも防壁の修復が早まったのは、ムナミの説明にもあった通り、ハンター協会が大量に雇った、土魔法を操れる人員を確保したことが大きかった。
以前は木の杭だけで防壁と呼ぶのも恥ずかしい出来の壁が、半分以上を占めていたのだが、今は高く分厚い土壁が集落を囲っている。
「皆さん静粛に。あと二週間もすれば防壁は完成するようです。安全が確保されれば、ますます集落は発展し、人が流入してくることでしょう。そこで、防壁完成記念と称し、飲食店共同で催しを開こうかと思っています」
鎖食堂の一件がきっかけとなって、この階層の飲食店が結束したおかげだな。全員が敵対するわけじゃなく手を取りあう関係っていいよな。
「内容は大食い大会を実施しようと思っています」
「ああ、ハンターはめっちゃ食うからな。盛り上がるんじゃねえか」
「おう、優勝者に賞品を出せば、参加者も期待できそうだぜ」
「入場料もある程度取れば、こっちが赤字になることもねえだろう」
大食い大会か。シンプルでルールもわかり易いし、盛り上がりそうだな。
「あれだな、出来るだけ腹の膨れやすい食い物が良いか」
「女性部門は別にして甘味でいくというのはどうでしょうか」
「逆に食べやすい物にしたら、大食い感が出て観客が喜ぶのでは」
様々な意見が飛び交い、活気ある討論が繰り広げられている。前回は俺に頼りきりだったが、こんな風に自主的に盛り上がるのを眺めていると、ほっとするな。
って、上から目線で語るのも失礼な話か。俺なんて自動販売機に置かれている商品の力を借りているだけだというのに。
「では、二週間後の開催を目指して、雑貨屋の店主にチラシや張り紙も制作してもらいましょう。皆さん盛り上げていきましょう!」
「おーーーーっ!」
拳を突き上げる店主たちを眺めながら、自分がここにいる必要ないよな……と思っていた。一度たりとも意見を求められてないのが少しだけ寂しい。
盛り上がる店主たちを眺めていると――本当に何故連れてきた。
あれから数日が過ぎたのだが、集落内はお祭りの準備でてんやわんやとなっている。
会場はハンター協会前の広場で決定し、会場の設置作業も進んでいる。復興作業中なので大工は有り余っているらしく、その日限りの会場だというのにやけに立派な舞台が出来上がっていく。
大会開催を知らせる張り紙が至る所に貼られ、チラシも配られている。当日に向けて盛り上がりは最高潮へと近づいているようだ。
参加者に対する賞品も各店舗が提供してくれるそうで、五位以内に滑り込むと結構な賞品が与えられるらしい。ざっと耳にした程度だが、武器屋からは武具、道具屋からはハンター道具一式等、他にもハンターなら誰もが欲しがるような賞品が揃っている。
そのおかげで大食い大会の参加希望者が日に日に増えていき、主催者たちは嬉しい悲鳴を上げているようで、なによりだ。
「ハッコンさん、お力をお貸しいただきたい!」
またも、臨時会合に招かれたのだが、嬉しい悲鳴が本物の悲鳴となった店主たちが一斉に泣きついてきた。
誰もかれもが悲壮な表情で、まるでゾンビの群れのように俺に擦り寄ってくる。
「ちょ、ちょっとハッコンが怖がっているでしょ!」
「オッサンら、ちょっと落ち着けって」
一緒に付いてきたラッミスとヒュールミになだめられ、店主たちは何とか落ち着きを取り戻してくれた。
「でだ、ハッコンに何を頼みてえんだ。大食い大会は順調に準備ができているって聞いたぞ」
「うんうん。うちも参加する予定だよ」
「それがね、ラッミス。確かに参加者も増えて順調だったの。そう、順調……だったの。奴らの参戦を知るまでは」
そこで言葉を区切りムナミは深刻な表情でじっとラッミスを見つめている。
奴らときたか。その不穏な言葉から連想されるのは、何者かが嫌がらせ目的で刺客を紛れ込ませたと言ったところか。思い当たるのは鎖食堂なのだが。
「大食い大会に、大会荒らしの吸引娘シュイと大食い団が参加するのよ」
再び口を開いたムナミの発言を聞いて、追い詰められている現状を一発で理解した。
愚者の奇行団一の大食い娘シュイの食欲は、俺に注がれた硬貨の数が証明してくれている。常日頃から人の三倍以上を軽く平らげ、
「腹五分目ぐらいが動きやすいっすよね」
と、平気な顔でうそぶく彼女が参戦となると、店主たちが動揺するのも無理はない。
更に彼女に加え大食い団四人も参加するのか、彼らの胃袋も尋常ではないからな。この五人が以前、本気で飲み食いしたときは商品を三度も補充させられた。
タスマニアデビルって、自分の体重の半分ぐらいの量を食べることが可能らしいからな。彼らが小柄だとはいえ50キロぐらいは体重があるだろう。だとしたら、本気を出せば20キロ以上は軽くいけるということだ。そんなのが四体も参加となると、そりゃ絶望を覚えても仕方ない。
参加費は徴収するらしいが、それじゃ全然足りないよな、あの五人が絡んでくると。
「これじゃ、赤字どころか大赤字だ! 料理がいくらあっても足りねえ!」
「大食い団が参加した大会は食材どころかゴミ一つ残らないらしいぞ……」
「折角、みんなで団結して頑張ってきたのに、これで何もかもおしまいだっ」
悲観にくれ、拳を床に叩きつける店主たちが、ちらちらっと俺へ媚びるような視線を向ける。以前、全く同じ経験をした記憶があるぞ。取り敢えず、その小芝居をやめい。
「つまり、あれか。ハッコンにその五人の大食いをどうにかする策や商品を求めているってわけだよな」
店主たちが以前から練習していたかのように、タイミングを合わせて頭を上下に振っている。
あの大食いたちを満足させるとなると大量に物を食わせる、もしくは、何かしら腹が膨らむような物を事前に、もしくは一緒に摂取させるぐらいか。
あれだな、飲み物は炭酸飲料にするというのはどうだろう。大食いの品も味を濃い目にするか辛くすれば、喉も乾きやすくなるから炭酸飲料の摂取も増えるだろう。
そう思い2リットルのコーラを取り出し口に落とした。ラッミスがコーラを手に取り机の上に置くと、店主たちが集まってきたのだが、それが何かわからず首を傾げている。
「ええとね、これは、面白い喉越しをしている、しゅわしゅわってなる飲み物だよ」
「オレは好きで飲んでいるが、こいつは甘くて結構腹が膨れるんだ。ハッコンはこれを料理と一緒に提供すれば、食べる量が減るんじゃないかって言いたいんじゃねえか。なあ、ハッコン」
「いらっしゃいませ」
二人の説明を聞いてもピンときていないようなので、ラッミスがコップに注いで全員に提供する。受け取ってもコップを見つめたまま、誰も口を付けようとしない。
泡が弾ける度にびくりと肩を揺らしている。そんな店主たちを見かねてヒュールミが一気に飲み干す。
「くはぁぁ、このピリピリくる喉の刺激が病み付きになるぜ」
美味しそうに飲み、口を拭う姿を見て彼らの好奇心が刺激された様で、全員が一口だが口に含んだ。
「ふおぅ、何だ初めての感覚だな」
「口の中で何かが弾けるような。味は甘すぎる気もするが、このしゅわしゅわのおかげであっさりと飲めるぞ」
「私、これ好きかも」
おおむね好評のようだ。ただ、苦手な人もいるかもしれないので、そこが問題になってくるだろう。
「水の代わりにこれを出して、参加者から文句が出ないかな」
「あー、確かに。俺はちょっとこれは無理だ」
「となると、水とこれのどちらを選んでもいいようにするか」
「いやいや、そうなると水を飲む方が断然有利になってしまう」
ここからは店主たちに任せるしかない。さっきまでとは打って変わって、多くの意見や提案が次々と上がっているので、もう大丈夫だと思いたい。
その場で暫く傍観者に徹し、ラッミスとヒュールミも口を挟まずにミルクティーを啜っていると、対応策が決定した。
大食い大会では参加者に水とコーラが提供されて、どっちを選んでもいいことにするそうだ。そうすると、水を飲む方が断然有利になる訳だが、そこは面白い手を打ってきた。
大会当日まで各店舗でコーラを置いて、少しの量をかなりの高額で売ることにする。そうすることにより、大会当日に無料でコーラが飲めると知った参加者の多くが、水よりもコーラを選ぶのではないかと考えた。
これって妙手じゃないか。本気で優勝を狙うなら水を選ぶべきだが、彼らは大食いを仕事でやっている訳じゃない。目先の誘惑に負けても仕方がないよな。
「そういうことで、ハッコンさん。お手頃な価格で提供していただけると、ありがたいのですが」
揉み手をしながら懇願してくる店主たちに、思わず苦笑しそうになったが、初めから赤字にならない程度の金額で売るつもりだったので「いらっしゃいませ」と了承しておいた。
これで事前の準備は整った。あとは大会当日を楽しみに待つことにしよう。




