追手
ミシュエルを先頭に少し離れた後方から、俺を担いだラッミスも同行している。あとはミケネも一緒だ。残りの大食い団とヒュールミには荷猪車の見張りを頼んでおいた。
何が待っているのかは結局教えてもらえなかったが、表情の消えた顔を見れば、生半可な相手が待っていないことぐらい馬鹿でもわかる。
「ハッコン、いざという時はお願いね」
「いらっしゃいませ」
本当はラッミスにも控えておいて欲しかったのだが、ミシュエルが俺を担いでいくわけにもいかないしな。こうなったら俺は全力で彼女を守るだけだが、一体どんな相手が待ち構えているのか。
「ラッミス。男の数は五だよ。やっぱり、ミシュエルを狙っているみたいだね」
鼻と耳をぴくぴくとさせながらミケネが断言する。距離が近づくと嗅覚のみでそこまでわかるものなのか。相手の姿は進路方向に見えてきてはいるが、人数を正確に確認するのは難しい。
「前方の三人はかなり腕が立つようです。残りの二人は魔法、もしくは四属性かその類いの加護使いかもしれない」
ミシュエルの表情と口調が男前になっている。スイッチが入りっぱなしのようだな。
「もしかして、ミシュエルは気配が読めるの?」
「ええ、ある程度ですが」
気配が読み取れたら便利そうだな。自動販売機である俺は一生取得できるとは思えないけど。加護や機能に気配察知とかあったら面白そうだが。
さて、問題はここからだ。ミケネにも〈加護〉の効果は伝えられているから、離れることは無いと思うが、いざとなったら逃げ足の速さで何とでもするだろう。
ただ、ミシュエルが大人しく俺に守られるとは思えない。重大な秘密を抱えているようだが、それが今回の一件で判明するかもしれないな。
確かな足取りで進む一行の前に、五人の男たちが姿を現した。
一人は頬に刃物傷があり、いかにも歴戦の戦士といった雰囲気を纏っている。あれがリーダーっぽいな。三人は鋼色の全身鎧に盾とメイスという重装備。
残りの二人は先端に巨大な水晶のような石を取りつけている両手杖を持ち、フードを目深に被った理想的な魔法使いといった感じだ。
前衛三人の装備が清流の湖階層ではあまり見かけない格好だな。湿気の多い階層なので金属鎧に適していないというのもあるのだが、鈍器をメイン武器にするハンターは少なくないが、前衛三人全員がメイスというのは珍しい。
「ミシュエル様ですな。お命頂きに参りました」
「やはり、そうか。誰の手の者だ」
「それは言わずともご承知では」
「違いない」
不謹慎だとはわかっているが、雰囲気のあるやり取りだな。時代劇でこういうの見たことあるぞ。でも、自己完結せずに詳しく説明して欲しいというのが本音だが。
「ところで、そこの獣人と……少女はお仲間ですかな」
刃物傷がある戦士の視線が一瞬だが俺を見て停止していた。理解できないと即座に判断して、思考を止めたようだ。
「仲間ではない。共に依頼を受けただけだ。私を狙うのは構わないが、二人と一台に手を出すことは許さないぞ」
勘定に入れてくれるのか。ミシュエルの発言にラッミスの頬が緩む。俺も含めてくれたことが嬉しいのだろうか。
「そうですな。その首を大人しく差し出して頂けるなら、手を出さないと誓いましょう」
心底、胡散臭い発言だ。手を出さないと言って、手を出さなかった前例を見たことが無い。ミシュエルを手にかけたら、その情報が漏れるのを嫌って目撃者も殺すというのが定番中の定番だろう。
「それを信じろと?」
「どう判断するかはご自由に。さて、ミシュエル様はどうなさいますか」
「答えは決まっている。貴様らを倒し、彼女たちも傷つけさせない!」
理想的な英雄像だな。見た目が良いから様になっている。これが自動販売機の発言だったら鼻で笑われて終わりだぞ。
とまあ、傍観者として楽しむのはここまでにしよう。いつでも〈結界〉を発動できるように集中しておかないと。
「ご立派ですな。崇高な思いを胸に抱いたまま、荒野に散っていただきましょう」
敵側が構えに入った。ミシュエルの破壊力はこの身で受けて知っているが、攻撃力がずば抜けているからと言って、対人戦で勝てるかどうかはまた別の話だ。
ラッミスは破壊力ならケリオイル団長を圧倒できるが、手合せした時にいとも容易く完封されていた。「力に技が伴って初めて戦力となる」と、それっぽいことを団長が口にしていたしな。
彼らも厄介だが、一番の問題は後方に控えている魔法使いっぽい二人だ。戦士は魔法に弱いってのがゲームでは常識だが、この異世界でも当てはまるのか。
どっちにしろ、このまま大人しく待ってやる義理は無い。
俺は〈高圧洗浄機〉にフォルムチェンジをする。この姿を見て直ぐにピンときたようで、ラッミスは俺を背負ったままノズルを引き抜いて構えた。
これの扱い方は炎飛頭魔で実習済みなので問題なく操れるだろう。腰だめに構えるとレバーに指を添えている。
「ミシュエル、後ろのは任せて!」
相手の返事も待たずにラッミスが突っ込んでいく。ミケネも慌てて追従しているな。不意打ちが怖いから、予め〈結界〉を張っておくか。
「何だあの青いのは。お前らは先にそっちを始末しておけ」
魔法使い風が二人こちらに杖を突きつけている。今、ふと思ったのだが……魔法とかも防げるよな? 物理攻撃だけじゃなく炎や熱も防げたから大丈夫だとは思うが。え、いけるよな!?
そんな俺の内心を考慮してくれるわけもなく、杖の先端から炎の球と石礫が横殴りの雨となり襲い掛かってきた。
俺を完全に信じ切っているラッミスは、降り注ぐ炎と石の豪雨に頭から突っ込んでいく。〈結界〉の半透明の壁に激突するが、その全てを弾き一発たりとも侵入を許していない。
よっし、魔法っぽいのも防げるようだな。ラッミス思う存分、暴れていいぞ。
俺という鉄の箱を背負ったまま、魔法らしきものを物ともせずに突っ込んでくるラッミスに敵が怯えているぞ。腰が引けた状態で後退っている。
「放水開始!」
3メートルにも満たない距離まで詰めると、レバーを引きノズルの先端から高圧力の水が噴き出す。
「なに、水操作系の加護かっ!?」
当たっても少し痛い程度の威力しかないが、視界を遮り邪魔をするには充分だ。更に俺は水から洗車時のシャンプーモードに切り替えた。水の代わりに泡が噴き出し、相手の体を覆っていく。
「ぶはっ、な、なんだ、視界が! 目が痛いっ!」
そりゃ洗剤が目に入ったら痛いだろう。泡塗れで暴れているが、濡れたローブが体に張りつきただでさえ動き辛いところに、洗剤で体が滑り豪快に転んでいる。
「あ、何か楽しい!」
水鉄砲で一方的に相手を完封しているようにしか見えないもんな、そりゃ楽しかろう。ミケネが羨ましそうに見つめているぞ。
相手も反撃を試みているのだが〈結界〉が全て防ぎ、一方的な蹂躙――というか虐めじゃないかなこれ。
「何をやっているんだ貴様ら!」
怒鳴りつけているのはリーダーらしい刃物傷の男か。あっちの戦況は三対一だというのに、ミシュエルが相手の攻撃を凌いでいる。素人目でも襲撃者の動きにはキレがあり、剣捌きも巧みに見える。
それでも押し切れずに焦っているようだが、後衛が封じられていることを知り、相手の焦りが増して動きが乱れてきているな。
今度はすすぎモードで泡を洗い落としてやっているのだが、地面の砂と混ざり合い泥まみれの格好で転がっている。直接打撃を打ち込まれたわけでもないのに、息も絶え絶えだ。
そんな相手にミケネが突っ込んでいくと、手にした縄を器用に巻き付けていく。それだけではなく、口と目にも布を巻きつけている。
「見えなければ魔法も加護も思い通りの場所に発動できないからね。言葉が発動の条件になっている加護もあるから、仲間との連絡を遮るついでに」
ミケネはこういった相手への対応に慣れているようで、手際よく二人を無力化した。
「ミシュエル! こっちは倒したよ!」
ラッミスが叫び伝えることにより相手の集中力が途切れ、あからさまに動きが鈍っている。その隙をミシュエルが見逃さずに三度大剣を振るうと、同時に膝から崩れ落ち地面に倒れ伏した。
「ありがとうございます。手を貸してもらえなければ、危なかったかもしれない。感謝しています」
深々と頭を下げるミシュエルに対し、ラッミスは「いいよーいいよー」と軽く返している。ミケネは縄を手にしたまま切り倒された三人に歩み寄り、脈や瞳孔を調べていたが首を横に振った。
殺したのか。相手が殺しに来ていたのだ、正当防衛としても当たり前の行為だ。頭では理解できているというのに、少しだけ心がざわつくのは、平和が約束された日本で生きてきた証拠のようなものだ。
「そちらの二人は無力化してくれたのですね。尋問が可能か……助かります」
その瞳には熱が感じられず、冷淡な光を宿していた。
魔物を殺したラッミスには何も感じなかったくせに、彼に対してだけ少し恐怖を覚えるなんて身勝手過ぎる。ここは異世界だ、これぐらいで動揺していたら生きていけない。
清流の湖階層での暮らしが穏やかで快適過ぎたせいで、俺の認識が甘くなっていたのかもしれない。ここでもう一度、気を引き締めておくべきかもしれないな。




