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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
三章

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外周

 熊会長が用意した荷猪車の荷台にはヒュールミと大食い団が乗り、脇に俺を背負ったラッミスと一人の青年が歩いている。


「ははっ、そうですね」


「でも、本当は迷路の中を探索する予定だったんだよね」


「ええまあ」


「良いじゃねえか。実力のあるハンターが同行してくれるんだ。万が一の事態に対応できるしな。頼りにしているぜ」


「ははっ、そうですね」


「まさか、孤高の黒き閃光と呼ばれるミシュエルさんと同行できるなんて、光栄だなー」


「ええ、ははっ」


 昨日の夜の一件を知らなければ、余裕のある爽やか笑顔で対応する好青年に見えるのだが……よく見ると微かに頬が引きつっているし、受け答えの単語が殆ど同じだぞ、ミシュエル君。

 俺たちは熊会長の依頼により巨大迷路の外周を進んでいる。左にはそそり立つ迷路の外壁。右には荒れ果てた大地。敵は迷路から出てくることがなく、外には生物が存在しない。

 危険度はかなり低い依頼なので、ラッミス、ヒュールミ、大食い団といった人員でも大丈夫だろうと依頼された。だが、最近は異変が立て続けに起こり、何があるかわからないということで、急な申し出ではあったが、実力者として名の知れ渡っているミシュエルの合流を許可した――というのが顛末である。


「ヒュールミ、この外周って何もなかったら一周するのに一ヶ月ぐらいかかるんだっけ?」


「一年前、調査を担当したハンターたちはそうだったらしいが、ハッコンの映像を元に計算した感じでは三週間はかからないと思うんだがな。あれじゃねえか、依頼料を多めにふんだくる為にわざと時間を掛けたのかも知れねえぜ」


 あー、なるほど。安全で日数分だけ依頼料を渡すという内容なら、そう考えるハンターがいたって不思議じゃない。


「今回は無限の食料を提供できるハッコンがいるオレたちには最適の任務だ。元々は脚の速さと生命力に定評がある大食い団に頼みたかったようだが、食料問題があったからな」


 足が速くて野生での環境に適応しやすい……らしい大食い団は調査に向いているのだが、食料の確保という最大のデメリットが存在する。なので、俺とラッミスが同行することになり、更に迷宮の壁が劣化していないか、周辺の環境に変化はないか、異変の兆しはないか、そういった細かい調査や分析を担当するのがヒュールミといった具合だ。

 のんびりと外壁に沿って旅行気分で移動するだけの簡単なお仕事なのだが、今まで予想外な出来事に巻き込まれ過ぎて、どうにも警戒してしまう。


「では、念の為に私が殿を担当します」


 不意に声がしたので意識を覚醒させて、声の主を見る。

 ミシュエルが自然な感じで、その場から立ち去り最後尾へと移動したのだが、誰の視線も自分に向いていないことを理解して、ほっと安堵の息を吐いている。

 まあ、俺の視線は注がれているのだが知らぬが仏だ。でも、これだけ人見知りなくせして何で今回の任務に同行したんだ?

 確か自動販売機である俺を買い取る交渉をラッミスに持ちかけた……筈なんだが、何処をどう間違ってこうなった。不信感とまではいかないのだが、彼の行動には疑問が残るので注意深く観察をしてみよう。

 最後尾に移動してからは、誰かが振り向いたりしてミシュエルの様子を覗き見ない限りは、若干俯き気味で黙々と歩いている。その顔を注視していて気づいたのだが、口が微妙に動いている。

 何か独り言を呟いているのか? 意識を集中して声を拾ってみる。


「この……一ヶ月……できるだけ……慣れない……女性……袋熊猫……自然に……できるように……」


 途切れ途切れではあるが、何を言っているのかある程度は理解できた。つまり、女性とタスマニアデビル族しかいない、このメンバーと同行することで、コミュ障を少しでも改善したいと考えているのか。

 大食い団の面々は人とかけ離れているので接しやすいというのはわかるが、男性よりも女性の方が緊張しないのか。まあ、男性ハンターって厳ついのが多いからな……門番のカリオスとゴルスなんて、気の弱い子供が夜に見たら泣くレベルだ。


 ふむ、ならば俺も協力してあげないと。購入の際にはちゃんと話しかけて、少しでも男性の声に慣れてくれればいいのだが。

 とまあ彼のことはこれぐらいにして、周囲を見回してみるが何もないな。

 壁、荒野だけ。全く同じ風景に進んでいる実感が皆無だ。あと一か月近くこの状況が続くのか。一人ならうんざりするところだが、癒しの大食い団とラッミス、ヒュールミがいたら苦でもなさそうだ。

 昼食になると皆が俺から商品を購入して、各自が思い思いの場所で食事をしている。と言っても三つのグループに分かれるのだが。

 ラッミスとヒュールミの幼馴染二人。大食い団。そして、ミシュエル。


 これだとミシュエルだけが仲間外れでボッチなイメージだ。ラッミスとヒュールミは気さくに一緒に食べようと誘ったのだが、人見知りの激しい彼が本心を笑顔の仮面で完全ガードして、やんわりと断っていた。

 まだ、一緒に食事をするのはハードルが高いようだ。この一か月間で普通にご飯ぐらいは食べられるようになるといいな。

 こんなイケメンがラッミスやヒュールミの傍にいるというように、苛立ちも焦りも俺にはない。これまでの言動で危険性が無いとわかったのも大きいが、何と言うか、彼の言動を見ていると応援したくなるのだ。


「あ、明日は、もう1メートル近くで食事を取るようにしよう、うん」


 荒野の吹きすさぶ風に乗って、こんな言葉が流されて来たら、そりゃ応援もしたくなる。

 表面上は微笑みながら食事をしているように見えるが、常に相手の視線を察知して笑みを浮かべている。

 いっそのこと、自分は人と接するのが苦手ですと暴露した方が楽だと思うのだが、それができないから、偽りの仮面を被っているのだろうな。どんな家庭環境で育ったら、あのような感じになるのだろうか。


 食事を終えると、またものんびりと外周に沿って進み始める。平和だねぇ。油断は禁物なのは重々承知しているので、必要以上に気を抜くことは無いが、何もないのが一番だ。

 そして、本当にただ歩いただけの初日が終わろうとしている。

 この階層は夜も寒くなく年中気温の変化が少ないので、大食い団の面々は満腹の腹を晒しながら、地面の上で豪快な寝息を立てている。寝顔も愛らしいな。防犯カメラで録画しておこう。

 ラッミスとヒュールミは幌付きの荷台の中で眠っているらしく、微かな寝息が届いている。残りのミシュエルは俺と一緒に見張りに立ってくれているのだが、今日一日ずっと視線を気にしていた精神的疲れが出ているようで、胡坐をかいて座っているのだが、意識が飛びそうになっているのか、頭ががくんと何度も落ちかけている。


「はっ、ダメだダメだ。皆さんはハッコンが見張りしてくれるから大丈夫。だと言っていたけど。はあああ、もおおおう、緊張したなぁぁ。お二人は美人だし、大食い団の皆さんは可愛らしいし。表情引き締めるのに必死だったよぉ。あ、そう言えば本当に……この箱の魔道具は意思を持っているのかな」


 まあ、素直に信じられないのが普通だと思うよ。二人は察しが良すぎるし、大食い団はご飯につられただけだからな。

 顎に手を当てて額がくっつくぐらい近づき、俺の中を見通すようにじっと見つめられたら、照れるじゃないか。


「いらっしゃいませ」


「あ、はい。いらっしゃいました。こ、今晩は」


 日頃のイケメンモードより、この純朴で物怖じする状態の方が好きだな。素の彼は田舎から出てきた人見知りをする青年だと言われたら納得するぞ。


「ええと、何か買おうかな。そう言えば、あの甘くてホッとする飲み物、ほんっと美味しかった。いつもなら買い物するのにも緊張するのに、この魔道具の箱だと人の目を気にしないでいいし」


 うんうん。店員相手に緊張するというのはわからなくもないからね。気軽に買えるというのも自動販売機のメリットの一つだ。

 ココアを握りしめてホッと息を吐くミシュエルの横顔を、何とはなしに眺めていたのだが、こういう時は年齢よりも幼く見える。

 油断している時の緩んだ表情と雰囲気は年上キラーっぽい。ショタ好きの相手なら一発で落とせると断言できる。普通なら嫉妬の一つもするレベルの美形だが、彼を見ていると応援したくなるのは人徳なのかもしれないな。





 それから一週間が過ぎ、本当に戦闘の一つもなく問題も生じず、順調に日々は過ぎて行った。ミシュエルはほんの少し距離感が縮まっているようだ。

 大食い団の愛らしさとラッミスの人懐っこさが功を奏した結果だろう。と言っても、まだまだ他人行儀で、素の状態で会話したことは一度もない。

 そんなミシュエルにばかり注意がいっていたのだが、今日はラッミスの調子がどうもおかしい。

 目が虚ろで足取りが重い。歩いているのが精一杯に見える。


「おいおい、どうしたんだラッミス。体調が悪いなら、ハッコンと一緒に荷台に乗りな」

「いらっしゃいませ」


 うんうん。急ぐ任務じゃないのだから、無理する必要はない。

 荷台から身を乗り出しヒュールミが手招きしている。彼女は運動能力に問題があるので、あの場所が定位置なのだが、ラッミスは一度も荷台に乗ったことがなかった。


「んー、大丈夫だよ。元気いっぱいだよー」


 手を挙げてアピールしているが大丈夫には見えないのだが。いつもの元気はつらつな笑顔に影が差しているぞ。

 しかし、急にどうしたのだろう。風邪ならくしゃみや咳の一つもしそうなものだが、鼻づまりすらしていない。たまに下腹部を擦っているので腹痛なのかもしれない。うちの商品で食あたりはあり得ないよな。なら、なんだ?


「ラ、ラッミスさん、無理をしてはいけません。ここは体を休めた方がいいです」


「えっ、ひゃっ!」


 ミシュエルがラッミスを背負おうとしたので、ダンボール自動販売機に変化しておいた。これで彼でも運べるようになり、軽い足取りで荷台まで運んでいく。


「ハッコンさんは思ったより軽いのですね」


 いやいや、俺がダンボールになっているからだぞ。いつもの自動販売機だと、今頃地面に埋まっている。

 ラッミスは抵抗しようとはしているのだが力が入らないようで、そのままひょいっと荷台に置かれた。強く反論する元気もないようで、諦めて座り込んでいる。


「ヒュールミさん看病お願いしていいですか」


「おうさ、任せな」


 何だかんだ言って面倒見のいい彼女に任せておけば安心だろう。俺を背中から取り外すと、荷台の外にそっと置いてくれた。元の自動販売機に戻って、一応スポーツドリンクを差し入れだけしておこう。

 取り出し口に落とすと、ミシュエルが即座に反応して「ハッコンさんからの差し入れのようです」と荷台の隅に置いてくれた。


「ったく、相変わらず限界ギリギリまで無茶しやがるな。服脱がして着替えさせるぞ」


「い、いいよ。自分でするから……」


「ヘロヘロな状態で格好つけるんじゃねえよ。人の親切は素直に受け取るもんだぜ」


 どたどたと抵抗する音が響いてくるが、聞いている限りではヒュールミが優勢に事を運んでいる。本当にかなり弱っているようだ。暫くは安静にしてもら――


「おおおっ! って、血が出てるじゃねえかっ! 馬鹿野郎! 何で黙ってい……い……あっ!」


「あ、あ、あ、あ」


 ヒュールミの驚いた声に続いて、ラッミスの「あ」だけをひたすら繰り返す声が届いてきた。


「ラッミス、この血は生理かっ!」


「もううう、ばかあああぁぁ!」


 大声でなんてことを口走ってんだ。ラッミスが絶望的な悲鳴を上げているじゃないか可哀想に。

 ミシュエルが目を逸らし、口に手を当てて驚いているが、俺としては急に弱々しくなったことに納得がいった。

 月一ぐらいでそんな日が今までにもあったな。気づいてあげられなくてゴメン。


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