自動販売機移動する
「へうぁ? あっ、寝てもうたんか。魔物が現れへんでよかったわぁ」
目が覚めた少女が胸を撫で下ろしている。あれだな、小柄で幼い顔の割に胸は大層立派だ。革鎧で押さえつけられているというのに、上から見下ろす形だと胸の谷間がハッキリと分かる。
「お金はだいぶ減ったけど、お腹も心も満たされたわ。ほんまにありがとうな」
少女は自動販売機である俺に深々と頭を下げている。何て良い娘さんだ。俺の方こそ感謝だよ。お金を入れてくれたおかげでポイントを増やせるし。
「ありがとうございました」
この言葉が自販機に入っていて本当に良かった。こうやって感謝の言葉を伝えられる。
「え、あ、はい。こちらこそ。ええと、貴方はお話しができるの?」
答えてやりたいが、その返答ができないもどかしさに、生身の身体があったら身悶えているところだ。どうにかして、こちらの言葉を、思いを、届ける方法はないのか。
「ええと、もしかして特定の言葉しか話せないのかな。知り合いにね、魔力を込めた道具の発明をしている人がいてね、名前はヒュールミって言うんだ。ってああ、うちも名乗ってなかった。ラッミスって言うの」
ふむふむ。ちゃんと覚えておこう。初めてのお客様の名前はラッミス。よっし、忘れないぞ。
「でね、その子の発明の一つに、声を物に封じて、それを解放させる研究をしているの。店の呼び込みとかを自動で出来ないかって言っていて。貴方もそういった感じなのかな。もしあっていたら、何でもいいから声に出してくれたら嬉しいな」
おおっ、意思の疎通をする最大のチャンス! この子はかなり勘が鋭いのだろうか。これは嬉しい誤算だな。
「いらっしゃいませ」
「うわぁ。わかるんだね! ヒュールミがこれを知ったら感動するんだろうな。あ、じゃあ、そうだ、もしよかったら、はいの代わりにいらっしゃいませ。で、いいえの代わりに別の言葉を話すってのはどうかな」
何と言うグッドアイデアだ。はい、と、いいえが伝えられるだけでも世界が変わってくる。もちろんOKに決まっている。
「ざんねん」
「ぷっ、それっていいえの代わりって事でいいのかな?」
「いらっしゃいませ」
「それは、はい、だよね。うん、わかった。ええと……貴方の名前は言えたりするのかな」
答えたいけど、無理なんだよな。いつかスムーズに会話できる日がくるといいんだけど。
「ざんねん」
「名前は言えないんだね、本当に残念だなぁ。あっ、そうそう、貴方は何でここにいるの? 大事な使命があるとか?」
「ざんねん」
「うーんと、何て聞けばいいのかな。もしかしてなんだけど……寂しかったりする?」
え、何でわかるんだろうそんなこと。ラッミスは加護とやらで、そういう能力があったりするのだろうか。無機物の感情がわかるとか。
「いらっしゃいませ」
「やっぱりそうなんだ。何故か、湖畔で佇むその姿が寂しそうに見えたの。気のせいかもって思ったんだけど」
そんな哀愁の漂う姿だったのだろうか。何もない湖畔に自動販売機が一つ置いてあれば、確かに寂しそうではあるけど。
「もしかして、移動しても大丈夫とか?」
「いらっしゃいませ」
「あっ、そうなんだ! もしよかったら、ここから出てヒュールミに会ってみない? 彼女なら、貴方と話が合うと思うんだ」
「いらっしゃいませ」
それは望むところだけど、どうやっても移動できないと思うんだが。まさか担ぐわけじゃないだろうし。自動販売機を一人で抱えられるわけがないからな。
「いいんだね! 良かったぁ、余計なことかと思って冷や冷やしちゃった。じゃあ、ちょっと失礼しますっ」
え、屈みこんで何してんの。俺に抱き付くなんて、ラッミスもかなりの自動販売機マニアになったようだ。同志爆誕かっ!
「よいしょっと!」
ふぁっ? え、身体が浮いたぞ。おいおい、何でこんな小柄な少女が500キロ以上はありそうな俺を持ち上げられるんだ。
「ちょっと重いけど運べそう。んしょ、んしょ」
おおおっ、移動しているぞ! 歩みは遅いけど、凄いなラッミスは。これって怪力の加護ってやつなのかな。指が若干めり込んでいるけど、運んでもらっている立場で贅沢は言うまい。
おー、湖が遠ざかっていく。短い日数だったが異世界に来てからずっと見続けていた風景だ、愛着が無いと言えば嘘になる。
万感の思いを込めて、俺は心の中で頭を下げる。
「ありがとうございました」
「ちょっとここで休憩するね。あ、黄色くてとろっとしたスープ買おうかな。お腹空いてきちゃった」
あれから俺を抱えたまま二時間近く歩き続けていたラッミスは、雑草が生い茂る草原の巨大な岩陰に俺をそっと置いてくれた。
「貴方と出会ってから幸運が降ってきたのかな、蛙人魔に一度も会ってないよ。ここって、あいつらの縄張りなのに」
それはちょっと違うかな。
今のところ戦闘は発生してしていないが、遠くの方からカエル人間が、恐る恐るこっちを見ている姿は何度か目撃している。俺の噂が仲間内で広がって警戒しているのかもしれない。
うーん、お腹が空いているのか。コーンスープじゃ、そんなにお腹膨れないよな。何かお腹に溜まるような物が商品になかったか。
現在のポイントは268。10ポイントを消費して入れ替えることが出来る商品に目を通す。ここでポイントの消耗は厳しいが、ラッミスにはこれからもお世話になる。なら、彼女の為にやれることはやっておきたい。
カロリーが高そうで食感がある物がいいよな。お汁粉とかいいかもしれないな甘いし、女性に喜ばれそうだ。あっ、でも餡子って外人は苦手だって聞いたことがある。見た目が泥のように見えるかとかどうとか。
となると、他に良さそうなものはハンバーガーとかカップ麺という選択肢もあるのだが、それは特殊な機能を追加しないといけないので、ポイントが圧倒的に足りていない今の自分にはきつい。
缶に入っているもので食べられる商品……あっ、あるな。局地的に有名なのが。って、これ仕入れポイントが30じゃないか。あー、おでん缶仕入れたかったのに。売値が高い物は交換ポイントも多いのか勉強になったよ。
今は出来るだけポイントを節約しておきたい、無理をせずに安い方にしておこう。
ってことは、売値が1000円というか銀貨一枚の品がいいのか。あ、お菓子類があったな。これって特殊な機能が必要な場合もあるが、普通の自動販売機で稀に清涼飲料水に並んで置いてあるお菓子がある。形状が缶に近ければ普通に置けるようだ。
ええと、あったあった。普通のポテトチップスと違いジャガイモを成型してポテトチップスに似せた筒入りのお菓子。これを一つミネラルウォーターと入れ替えておく。
「へうっ! び、びっくりしたー、何か光って……あ、商品が変わってへん? 何だろうこの赤い筒。薄くて丸い物が重なっている絵が描いてあるけど、もしかして食べ物?」
「いらっしゃいませ」
「あ、そうなんや……じゃない、そうなんだ。値段は同じだし、買ってみようかな」
訛りのままで可愛いのに気にしているのか。
取り出し口から赤い筒に入った成型ポテトチップスを受け取り、悪戦苦闘していたようだが何とか自力で蓋を開けた。
「この筒とか凄く質が良いけど、周りに書いている絵も精密で売ったら凄い値段で売れそうだよね。って、今は中身中身」
好奇心よりも食欲が圧勝したようで、包み紙を引き破り中身を取り出した。
それがお菓子のような物だと理解したようで、摘まむと躊躇いもなく噛り付く。ちなみにうすしお味だ。
「ふあああ、何、この食感。あっさりとした塩味なんだけど、何これ、止まらない」
口一杯に頬張っては、追加で購入したミネラルウォーターを流し込んでいる。ハマってしまったか、このお菓子の悪魔的魅力に。俺もこれが大好きで、気が付くとこれの倍入っているサイズを軽く一つ食べきることなんてざらだ。
「ああっ、お金が湯水のように減っていくぅぅ、でも止まらないぃぃ」
「ありがとうございました」
礼を言っておく。
今回の売り上げは銀貨六枚。日本円で六千円。ポイントで60となった。320まで回復したな。
そうそう、値段変更ができるようになったので、ミネラルウォーターを1000に代えておく。これで今、自動販売機に置いてある商品は全て1000となった。
計算が面倒なので統一したというのもあるのだが、ミネラルウォーターの仕入れポイントとコーンスープ、ミルクティーが同じだったので良心が咎めたのだ。
ラッミスのお金が尽きそうになったら、値段を一気に下げて提供するか。どんどん財布が軽くなっているようだし。暫くは俺の命もかかっているから、この値段で提供させてもらうが。