迷路階層の集落
ラッミスに背負われることに違和感が無くなっている自分に対して、正直どうかと思うが、やっぱりこの場所は落ち着く。
迷路階層の転送陣が置かれている集落に向けて帰還中なのだが、結構な大所帯だよな。
ラッミスにヒュールミ。熊会長。門番ズ。愚者の奇行団はケリオイル団長、フィルミナ副団長、射手のシュイ、紅白双子の赤と白。元暴食の悪魔団こと大食い団のミケネ、ペル、スコ、ショート。
総勢14名+1台となっている。
今後は迷路階層の集落で暫く滞在をしてから、清流の湖階層に戻るらしい。俺が映し出した迷路階層の地図を正確にトレースして、罠の配置場所とかを記載する作業をするそうで、手伝いをすることになっている。
迷路階層は入り組んだ通路と罠の凶悪さで忌避されているので、ハンター協会としては少しでも生存率を上げる為の努力を惜しみたくないそうだ。
それが一段落つくまでは、迷路階層の集落が仮の我が家となる。
迷路の大通りにある罠の殆どは既に配置場所も起動条件も調べられているようで、時折魔物は現れるが容易く撃退されていた。
特にこれと言ったアクシデントもなく、二日後には迷路の入り口に到達していた。
入り口には門も何もなく衛兵も存在していない。迷路から脱出して少し進んだ先にポツリポツリと建物が見えてきたのだが、何と言うか寂しい光景だ。
迷路の外壁より外は荒れ果てた大地が広がり、草の一本すら生えていない。
建造物も丸太を組み合わせただけのログハウス風のものや、石を重ねた真四角な平屋が点在しているだけで、集落を囲う塀すらないのだが……魔物対策はどうしているのだろう。
「ここって殺風景だよね。ハッコンもそう思わない?」
「いらっしゃいませ」
「だよね。何で活気もなくて寂れているんだろう」
「ラッミスは知らねえのか。この迷路階層ってのは損失と危険は大きいが、その分見返りも期待できるって場所でな。死亡率が異様に高いが、一生使いきれない程の現金を手に入れたハンターだっている」
そんな話を大食い団の面々もしていたな。
「そんな場所だから来る連中は腕に覚えがある者か、実力もないのに一獲千金を夢見る馬鹿な連中の二択ってわけだ」
特に深い意味は無いのだが、思わず大食い団に視線を移してしまった。四人仲良く行進しながら談笑をしているようだ。
「滅多にハンターがやってこねえけど、ハンター協会としては転送陣を維持する為にも最低人数の職員は送り込まなければならない。人が少ないとはいえ宿屋や食堂などの施設がなければ不便だからな。そんな感じでハンター協会、宿屋兼食堂、武器防具屋、道具屋ぐらいしかねえんだよ」
「そうなんだ、ヒュールミは物知りだね。あ、でも、集落と言う割には周りに防壁がないけど、それは?」
「迷路の魔物は何故か迷路から一歩も外に出ないらしい。そして、迷路の外は一匹たりとも生き物が存在しない不毛の大地。防壁が必要ないって寸法だ」
「協会としては、もう少しこの階層に訪れるハンターを増やしたいのだがな。苦心しているところに、今回の一件だ。ハッコンの地図のおかげで展望が見えてきた、感謝する」
話に割り込んできたのは熊会長だった。どうやら近くで聞き耳を立てていたようで、話に混ざるタイミングを見計らっていた節がある。
「ダンジョンは未だに我々の理解が及ばぬ領域が余りにも多すぎる。各階層にある程度の人員を確保できなければ異変に気づくのも遅く、行動に起こした時には時すでに遅し、といった最悪の事態だけは避けねばならん。特に今回は階層主の復活が多発しておる。どうにも、嫌な予感がしてならぬのだよ」
俺はこの世界については知らないことばかりだ。こんな短期間の内に階層主二体に遭遇するなんて、普通ではあり得ないことなのだろう。
「数日は地図制作に付き合ってもらうことになるが、上空からの光景とは別口で支払いをさせてもらう」
それなら文句はない。いや、元から文句を言う気もなかったのだが。俺としてはラッミスと共に救出に来てくれただけで充分嬉しかった。それが打算込みであったとしてもだ。
なので追加報酬をもらうのは正直どうかと思うのだが、相手の申し出を上手く断れる程の会話能力が皆無なので、黙って受け取らせてもらおう。
そんな会話を続けていると、全員の足がぴたりと止まった。ここが目的の迷路階層にあるハンター協会か。
清流の湖階層と違い、あまりにも小規模で二階建ての民家を改造したようにしか見えない佇まいだ。よく言えば庶民的、悪く言えば……金かかってないなぁ。
両開きの扉を開けて中に入ると、壁際にカウンター、丸テーブルが二つに、椅子が数脚。あと本棚が一つ。それが室内にある家具の全てだ。
カウンターの向こうには職員らしき女性が二人いるのだが、他には誰もいない。俺たちが来るまで暇を持て余していたのか、片方は読書、もう片方は居眠りをしていた。
「えっ、あ、ボミー会長、お早いお帰りで。もう見つかったのですか」
本から素早く手を離し、慌てて立ち上がり熊会長に頭を下げている。
その声に居眠りしていた方も起きたようで、キョロキョロと辺りを見回した後に、隣の職員と同じように頭を下げている。
しかし、熊会長はボミー会長と言うのか。しっくりこないので、俺は心の中で熊会長と呼び続けよう。
「ケシャ、ウリワ。暇なのはわかるが、もう少し緊張を持ってくれ」
「も、申し訳ございません」
受付の女性は読書をしていた方が三つ編みの黒メガネでケシャ。居眠りをしていた方がウリワだよな。ショートカットで体育会系といった感じだ。
「迷路階層会長は上か?」
「はい。おられます」
「では、団長、副団長、ヒュールミ、それと……一応ミケネも来てもらえるか。他の者はここで休んでいてくれ」
ラッミスによってホールの隅っこに設置された。久しぶりに屋根のある場所で過ごせるのか。
休憩となると自動販売機としての出番だ。全員が好む商品は把握しているので、ずらりと並べておく。何度も購入してきているので、手慣れた動作で次々と商品を購入している。買い終えると丸机の上に並べて寛ぎだした。
「あ、あの、それなんですか?」
受付の職員二人がいつの間にか近くまでやってきて、好奇心を隠しきれずに愚者の奇行団の面々に話しかけているな。
「んー、あっハッコンのこと。ええとね、硬貨を入れたら並んでいる商品が買える不思議な魔道具だよ。味も美味しくてお腹いっぱい食べられるから、チョーおすすめです」
流石、愚者の奇行団で一番のお得意様シュイだ。べた褒めしてくれてありがとう。
皆が美味しそうに食べている姿を見て、受付の職員二人がゴクリと喉を鳴らす。
「買ってみようか。いつもあの食堂だけだし」
「そうよね。味も悪くないけど、飽きたよね……」
この集落には食堂兼宿屋が一件だけだもんな。そりゃ、飽きるだろう。というか、食堂兼宿屋は経営が成り立っているのだろうか。実はハンター協会から補助金とか与えられているのかもしれないな。
他の面子が買っている商品を調べた上で、黒メガネの方がミルクティーとおでん缶。もう片方がコーンスープとカップ麺を購入してくれた。
臭いを嗅いで缶を指で突いて、あれやれこれやと弄って一先ず納得したようだ。緊張しながら口にすると、かっと目が見開いた。
「あ、意外と美味しい!」
「何これ、のど越しもいいし、この甘さが病み付きになりそう」
高評価いただきました。新たな顧客をゲットできたことだし、腰を据えてポイントの確認でもしようかな。階層主二体目を倒したことでポイントが更に増えてないかな。
《自動販売機 ハッコン ランク2
耐久力 200/200
頑丈 50
筋力 0
素早さ 20
器用さ 0
魔力 0
PT 517654
〈機能〉保冷 保温 全方位視界確保 お湯出し(カップ麺対応モード) 2リットル対応 棒状キャンディー販売機 塗装変化 箱型商品対応 自動販売機用防犯カメラ 太陽光発電 車輪 電光掲示板 液晶パネル 酸素自動販売機 雑誌販売機 氷自動販売機 ドライアイス自動販売機 ガス自動販売機 風船自動販売機 野菜自動販売機 卵自動販売機 ダンボール自動販売機 コイン式掃除機 高圧洗浄機
〈加護〉結界
〈所持品〉八足鰐のコイン》
何と言うか〈機能〉が増えすぎて、よくわからない存在になっているな。殆どの機能は有意義で活躍もしてくれたのだが、電光掲示板はミスったかな。文字が自在に打てるなら、音声も自由に選べそうなものだと、考えが及ばなかった。
いつか別の使い道が思い浮かぶかもしれないから、忘れないようにはしておこう。
あとは耐久力と頑丈をかなり上げたのだが、これってどの程度の硬さなのか実感できていないんだよな。
ラッミスの助走体当たりでダメージが通ったのは、彼女の怪力がなせる業だというのは理解している。一度適度な強さの敵の攻撃を受けてみたいのだが、そんな機会は無いに越したことはないか。
で、本命のポイントなのだが51万か。八足鰐を倒した時は100万近いポイントを得たが、今回は50万ぐらい増えている。これって、八足鰐よりも炎巨骨魔がポイント少ないだけなのか、それとも今回は俺が止めを刺す前に、ある程度のダメージが蓄積していたからなのか、判断に苦しむな。
何にせよ100万ポイントには足りないことだけは確かだ。また100万ポイントに到達することがあったら、今度こそは加護を取るべきだよな。うん。
当てにならない誓いを胸に秘め、雨風に晒されることのない環境で緊張の糸が切れた俺は、迷路階層に落ちてから初めて眠ることを選んだ。




