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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
二章

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火消し

 それからは毎日深夜になると俺がフォルムチェンジをして、自力で大量に落としていく。素早さが上がっているので、怒涛の勢いで流れ落ちて行くな。

 穴の中はかなり冷えているようで全く溶けていないと、またも確認の為に穴に吊るされたミケネが言っていたな。

 取り出し口に、木製の滑り台のような物をヒュールミが設置してくれたので、滞りなく穴へ落とせるようになった。


 深夜にやるのは一日二時間縛りがあるので、その日の最後二時間にやれば、日を越えて直ぐにフォルムチェンジの制限時間が回復するからだ。

 なので深夜の仕事は基本一人作業となる。ラッミスたちが一緒に起きておくと言っていたが、丁重にお断りしておいた。それなら普通に見張りしてもらった方がいいからな。

 炎巨骨魔が炎飛頭魔と同じ性質なら、火さえ消せば攻撃が通る。でも、水や氷程度なら一瞬にして蒸発させそうな気がしてならない。


「ハッコン、何か考え事しているの?」


 日をまたぎ元の自動販売機に戻ると、ひょこっとラッミスが後ろから顔を出した。

 しかし、何で俺が悩んでいることがわかるのだろうか。いつもと変わらない自動販売機の筈なんだが。


「気づいてないと思うけど、考え事している時って、灯りが点滅したり弱くなったりしているよ」


 そうなのか。全く気付いてなかった。よく観察しているなラッミスは。


「ハッコン、一つ聞いていい?」


 珍しく笑顔が消え、真剣な眼差しが俺に注がれている。ここは茶化したり惚けたりしていい場面じゃなさそうだ。


「いらっしゃいませ」


「ハッコンは人間に戻りたいの?」


 難しい質問だな。普通なら自動販売機じゃなくて人間に戻りたいと思うだろう。これは自動販売機マニアだとしても普通は……。

 当初は俺も人に戻ることを願っていた。人に戻ってラッミスと言葉を交わしたいという望みは今もある。でも、気づいてしまったんだ。人に戻り自動販売機でなくなった俺に――価値はあるのかと

 今はラッミスや皆の役に立っている自覚がある。だけど、人に戻るということは、これといって取り柄のない平凡な自分に戻るということだ。


 その事を考えると怖いんだ。人間に戻ったら初めは喜んでくれるだろう。だけど、役立たずであることが知れ渡り、皆が自動販売機だった頃の方が良かった……と口々に言う未来が脳裏にちらつく。

 それに〈念話〉を覚えたとしても、彼女と会話した際に幻滅されないだろうかと不安が先に来てしまう。人間時代、口が達者な方ではなかった俺が、彼女たちを満足させるだけの会話が出来るのか。話してみたら面白くない男だと幻滅されないだろうか。


 だからあの時、無意識の内に〈念話〉を取るのを避けていたのかもしれない。今のままでも最低限のコミュニケーションが取れているのだから、それで充分だと強引に理由を付けて、彼女たちと話せるチャンスを自ら手放した。

 情けないよな。人間よりも自動販売機である今の方が、存在に自信が持てるなんて。


「あたりがでたらもういっぽん」


「よくわからないってこと? うちは、いつかハッコンとお話して一緒に色んなことしたいな。あ、前も言ったけど、手料理も食べて欲しい!」


 腕があれば屈託なく笑う彼女を抱きしめることもできる。足があれば、彼女に背負われるのではなく、共に肩を並べて歩ける。

 それだけでも充分だよな。彼女がそれを望むのであれば、俺はそれを目標にして生きることにしよう。その結果、どういう結末になったとしても。





 更に数日が過ぎて穴の中にも結構溜まってきたので作戦を実行に移すそうだ。作戦の概要は、まず炎飛頭魔を見つけ出し、この落とし穴に誘導する。

 そして落とし穴の蓋は塞いだ状態で炎巨骨魔を呼び出す。そして穴の上に乗ったところで罠を発動させて穴に落とし、火が消えたところに上から攻撃を加えるという寸法だ。

 その為に荷台いっぱいに岩を詰んできていた。ここでの主戦力はラッミスになる。

 ただ、岩がさほど大きくないのが気になる。ラッミスならもっと巨大な岩でも持ち上げられるのだが、荷猪車がその重量に耐えらず、手頃な大きさの岩がなかったそうだ。

 やってみないことには何とも言えないところがきついな。穴にハメさえすれば相手が登ってこられない間は危険性が薄れる。それだけでも、攻め手側が有利だとは思うが。


「団長。赤が炎飛頭魔と接触したみたいです」


「よっし、そのままこっちに誘導させてくれ」


 耳に手を当てて白がケリオイル団長に説明をしている。確か、紅白双子は特殊な加護を覚えていて、どれだけ距離が開いていても二人限定で声をお互いに届けることが可能らしい。

 二人限定とはいえ便利な能力だよな。そりゃ、団長も重宝するわけだ。


「聞いての通りだ。俺たちは穴から離れたここで待ち受ける。ミケネはこのフード付きマントを被って定位置に頼む」


「わかったよ」


 壁と同色のマントにすっぽり覆われたミケネが落とし穴の発動装置前に陣取る。背中を向けると壁と同化しているように見えて、注意深く見なければ気づかれないかもしれないな。

 俺たちは穴の向こう側に陣取り待ち構えておく。あとは階層主を呼ぶまで時間を稼ぎ、作戦を実行する。


「ハッコン、正直な話。お前はどう見ている。この作戦成功すると思うか」


 ヒュールミが俺に口を近づけそう呟く。

 こういうのは時の運だとは思うが、上手くいくかどうかと言うより上手くいって欲しいというのが本音だ。


「いらっしゃいませ」


「そうか。オレだって成功して欲しいと思ってんだぜ。でもよ、炎巨骨魔の炎ってのは噂では水を一瞬にして蒸発させるほどの火力だって話だ。穴を満たした氷程度でどうにかなるのか……」


 ああ、なるほど。ヒュールミが危惧しているのはそこか。その心配を取り除いてやりたいのだが、それを伝える術を持たない。


「そろそろ、赤が来ます!」


「穴の上で待ち構えるのは、俺たち愚者の奇行団が受け持つ。命綱離さないでくれよ!」


「まっかせて、団長さん!」


「安心するがいい」


 彼らの腰に巻き付けてある命綱の末端はラッミスと熊会長が握っている。あと団長の命綱は俺の体に巻きつけてあるな。フォルムチェンジしたらどうなるのだろうか……興味はあるけど自重しよう。

 脇道から飛び出してきた赤の背後から、三体もの炎飛頭魔が浮遊して追いかけている。こんなに釣ってきたのか。


「ある程度苦戦しているように見せかけて二体までは倒していい。一体は残しておけよ」


「了解です!」


 愚者の奇行団が意気揚々と飛び出していく。彼らの実力なら炎飛頭魔に後れを取ることは無いので、安心して見ていられる。

 実際、余裕を持って対応しているので、あとは待ち人ならぬ待ち主が現れるのを待つだけだ。残り一体となり、それもじわじわと削られていく最中、地面から微かな振動を感じ取った。

 本命の御到着のようだ。脇道に繋がる箇所の大気が揺らいで見える。高熱による現象だろう。


「おっし、わかっているな!」


「はい!」


 残されていた炎飛頭魔をあっさり倒し、愚者の奇行団が落とし穴の中心部に陣取っている。全身の視線が集まる場所には紅蓮の炎に包まれた巨大な骸骨の手があった。そして、にゅっと炎を纏う頭蓋骨が壁の頂点近くから抜き出てきた。


「この距離で既に熱いのか」


 ヒュールミが額の汗を拭い、じっと炎巨骨魔を睨みつけている。全員の表情が硬い。無理もないか、巨大な骸骨だけでも異様なのに、壁が溶ける程の炎に包まれているのだから。


「もう少し下がるといい」


 熊会長がラッミスとヒュールミを少し下がらせる。

 愚者の奇行団も相手に怖気づいているかのように後退りを始めているが、チラチラと足元を窺う余裕があるようだ。

 一歩踏み出すごとに、前回と同じく地面が骸骨の足の形に溶解して陥没する。鈍重な動きでゆっくりと歩いていた炎巨骨魔だったが、歩行速度は徐々に上がり、今はもう駆け足になっている。

 地面を溶かしながら地響きと共に迫りくる炎巨骨魔の迫力が尋常ではなく、客観的に見て絶望感が半端ない。


「捕まるなよ! 一気に駆け抜けろ!」


 正に死に物狂いで走る愚者の奇行団の背後から迫る炎の骸骨。手を振り回しているが、辛うじて届いては無いようだが、熱風で煽られた彼らの髪が激しく揺れている。


「あっつう! 熱ぃ、熱ぃ!」


「団長、泣き言は後にしてください」


「副団長だけ水で覆ってずるいっす!」


「部下を労わる心は無いのかああぁ」


「こっちにも水をおねしゃす!」


 彼らの叫び声を聞いて副団長に目をやると、確かに水で全身をコーティングしている。どうりで、一人だけ涼しい顔をしているわけだ。

 何だかんだ言って軽口を叩くぐらいの余裕があるよな。

 彼らが落とし穴部分を抜け、続いて炎巨骨魔が差し掛かったところで、


「今だ、ミケネ!」


「はい!」


 熊会長が吠えるように叫ぶと、壁に擬態していたミケネが罠を起動させた。

 足下の地面が消え、炎巨骨魔が手を伸ばした状態で視界から消えて行く。


「みんな、水蒸気が噴き出してくる! 穴にはまだ近づくな!」


 ヒュールミが大声で叫ぶと、確認の為に中を覗き込もうとしていた彼らの足が止まった。

 だが、いつまで経っても水蒸気は噴き出してこず、全員の視線がヒュールミに集まっている。


「あ、あれ? 水が蒸発する筈なんだが……どういうことだ」


 納得がいかないようで腕を組んだまま、ヒュールミが唸っている。

壁際にいたミケネが好奇心には勝てなかったようで、恐る恐る中を覗き込んだ。


「みんなー、骸骨の火消えているよ!」


「よくわからんが、消えているならそれでいい! 投擲開始だ!」


 ケリオイル団長の号令の元、全員が巨大な石を投げ込んでいる。

 炎が消えた理由を知っているのは、この場で俺だけだろう。あの落とし穴の中に放り込んでいたのは氷ではなく実は――ドライアイスだった。

 ドライアイスというのは二酸化炭素を固めた物体なので、炎巨骨魔が落ちてきた際にドライアイスが溶けて、穴は二酸化炭素で満たされた。


 ここからは小学生の理科の内容なのだが、火は酸素がなければ燃えず二酸化炭素は酸素より重いので下に溜まる。つまり、やつの炎が消えるということだ。

 これ上手くいったから良かったものの、失敗していたら目も当てられなかったな。独断でやっていた事だから、正直ほっとしている。

 さてこのまま、何もなく退治できたらいいのだが。次々と石を落としている彼らを見つめながら、そんなことを願っていた。


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― 新着の感想 ―
これまで様子を見に行った子が死ななくてよかったね()
旗がたったおとがきこえた
[一言] 自販機機能と現代知識のコンボかぁ 読んでいて最後まで気づなかったです お見事!
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