秘策
「では、階層主である炎巨骨魔の討伐方法なのだが、一つ策がある」
居心地のいいラッミスの背に揺られながら、熊会長の説明に耳を傾けている。
「この先の大通りに大掛かりな罠があってな、この罠の存在を知らないハンターも多いのだが、特殊な条件でのみ発動する特異な罠になっている」
「確か、重さだったよな」
先頭にいたケリオイル団長がわざわざ歩く速度を落として、話に割り込んできた。暇なのだろうか。
「そうだ。一定の重さを越えると罠が発動して……大穴が開く。つまりは落とし穴だ。そこに炎巨骨魔を落とすという算段になっている」
あれを落とすなんてかなりの大穴だよな。そんなのがあったら、誰でも気づきそうなものだけど。
「この罠の厭らしいところは、大人数のごり押しで階層を走破させないようにしているところだ。大通りは迷路階層攻略の起点となっている。誰もが通らなければならないところに、ある一定数以上が乗ると真っ逆さまというわけだ」
「だから、今回の面子は数ではなく質を揃えているだろ」
ああ、なるほど。だから、門番である二人も参加してくれているのか。カリオスとゴルスは衛兵の中でも腕利きだからな。
「清流の湖階層はハンターが増えている状況で尚且つ、階層主も討伐し終えている。カリオスとゴルスが抜けても問題は無い」
「うちに勧誘したいぐらいの人材だが……冗談だって、会長」
熊会長に軽く睨まれ、ケリオイル団長が肩を竦めている。
守りの要と言っても過言ではない二人らしいから、清流の湖階層を仕切っている熊会長としては引き抜かれては困るようだ。
正直その心配は杞憂だと思う。少なくともカリオスはあの階層から離れることはないだろう。ちらりと件の人物であるカリオスに目をやる。
「この一件を終わらせたら、彼女がおかえりパーティーをしてくれるんだぜ。いやー、愛されるってのも辛いもんだな!」
満面の笑みで何言ってんだろう。スキンヘッドの厳つい顔が溶け切っているぞ。彼女が清流の湖に居続ける限り、カリオスは門番であり続けるだろう。今回は例外中の例外だと思う、感謝しないとな。
そんなカリオスの隣でゴルスが額に手を当ててため息をついている。いつもお疲れ様です。
「落とし穴の場所はそろそろか。みんな左側の壁際に寄ってくれ。背中が密着するぐらいに」
全員が大人しく従い壁に背を預け一列に並んでいる。熊会長だけが壁際を進んでいき、壁に手を突いて何やらごそごそやっている。暫くすると、大きく一度頷きこっちを確認した。
すると、地響きがしたかと思うと地面に一本真っ直ぐな亀裂が走り、真っ二つに割れた。俺たちのいる壁際だけを残して、一帯の地面が見事なまでに消失している。
突如現れた巨大な真四角の穴は目測だと、25メートルプールがすっぽり入る大きさのようだ。穴は深く底が見えない。覗き込んで見えるのは深淵の黒のみ。
「縁がすり鉢状に傾斜が付いている、皆気をつけるように。穴の位置をしっかりと覚えておいて欲しい。今はあえて罠を起動させているが、通常時ならば我ら全員が乗らない限り、落とし穴が開くことは無い……ハッコンは怪しいが」
重いからね。でも、熊会長も相当なものだと思う。
再び何かを操作すると地面の蓋がゆっくりと閉まっていった。
「一応、今開いた地面には触れずに進んでくれ。その先で改めて作戦の概要を説明させてもらおう」
穴の深さを知った大食い団の面々がおっかなびっくりといった感じで、地面を凝視しながら進む姿が、また可愛らしい。威嚇してない時は癒しキャラだな。
穴から少し離れた場所で円になって座り込むと、今度はケリオイル団長が説明を担当するようだ。
「さーて、ハッコンとも合流できたから、詳しい説明をしておくぞ。さっきの穴は深さが炎巨骨魔の二倍以上ある。あの穴の上に奴を誘導して落とす予定だが、上手く落とせたとしてもそれで破壊できるかは怪しい。穴の上から攻撃を加えたところで、体に纏う業火が全てを溶かしてしまうからな。そこで、副団長の水系の魔法とハッコンに水を提供してもらい、あの穴を水で満たそうと考えている」
なるほど。だから俺を必要としていたのか。
炎を消しさえすれば炎飛頭魔みたいに骨が剥き出しになり、ダメージが与えられるという寸法か。あれが浸かるぐらいの水なら確かに火を消すことは可能かもしれないが、あの穴を水で満たすにはどれだけの時間が必要なのか。
ペットボトルの水程度では何日かかるかわかったものじゃない。
学校のプールでも水を一杯にするには半日かかると聞いたことがある。この大穴は深さで考えるなら数十倍ある。普通にやったら気が遠くなる作業だ。
「無理を承知で訊ねるが……ハッコン、水を大量に売るもしくは排出する何かを持っていたりしないか?」
全員の視線が俺に集中している。そんな期待された目で見られても困るんだが。水の自動販売機となるとミネラルウォーターを売るのがあったな。機能の欄にも確かにある。だけど、その程度の排水量じゃ、アレを満たすのにはどれだけの時間を有するか。
水、水か……現在、取得している機能と合わせて何か攻略の糸口が見えてこないかな。
そういや新たに得た〈氷の自動販売機〉で氷を流し込めば、水を入れるよりも早く満たせるかもしれない。
あと、コイン式掃除機は関係ないか。セルフの洗車場でお世話になっ……ん? セルフ洗車場か。ということは、あれが選べるようになっている。
よっし、最近ポイントを消費しすぎな気もするが自動販売機はお客の役に立ってこそ。この機能を追加しよう。
それを選択することにより、俺の体が変化していく。自動販売機よりも横は倍以上に大きくに変貌して、幾つかのボタンが現れる。側面には黒く硬いホースが備え付けられて、その先に灯油計量器と似たレバーの付いたノズルが現れる。
「これは、また見たこともない形だが。ハッコン、これがお前の答えなんだよな」
「いらっしゃいませ」
ケリオイル団長の問いに即答する。普通ならこの使い道に気づいてくれるかは怪しいのだが、今回はここにラッミスとヒュールミがいてくれている。彼女たちなら何とかしてくれるのではないかという、信頼があった。
「ちょっと失礼するぞ。出っ張りが幾つかあるのは、商品を買う時と同じくこれを押すと、何らかの反応があるということか」
「ヒュールミ、何か綺麗な絵が描いているこれって使い方じゃないのかな」
一歩前に進みでて考察していたヒュールミに、俺の側面を指差したラッミスが指摘をしている。
そう、このタイプは幾つかのコースがあり、値段とその使い方と手順が写真で記載されているのだ。これを見れば理解力の高いヒュールミならわかってくれるだろう。
「へぇー何々。女性がこれを握ると水が噴出するのかっ! ハッコンやってみても構わねえかっ!」
目を爛々と輝かせて迫るヒュールミを断る理由は無いよな。
「いらっしゃいませ こうかをとうにゅうしてください」
最近無料奉仕が多かったので、一応金銭のアピールしておく。これって最終的に払うのは愚者の奇行団になるだろうから問題ないだろう。
「おっ、なら俺が払うぜ。副団長頼んだ」
「そこで自分の財布から出す気概がないのが団長らしいです」
フィルミナ副団長が財布から金貨を一枚投入してくれた。全身に力が漲り、準備が整ったことが伝わってくる。
「よっし、準備万端だな。このスイッチを押して、人のいない方向に向けてレバーを引く!」
ノズルの先端から勢いよく飛び出した水が、壁に命中し飛沫を撒き散らしてく。思ったよりも威力があったようで、ヒュールミが勢いに押されて一歩後退っていた。
「これはスゲエな。炎飛頭魔ぐらいなら余裕で消火できるぞ」
楽しくなってきたようで壁を上から横に水を掛けていき、汚れの洗浄を始めている。
それを眺めていたラッミスや大食い団のペルとスコ。愚者の奇行団のシュイ、双子が羨ましそうにヒュールミを取り囲んでいる。おもちゃを目の前にした子供のような純粋無垢な瞳だ。
「後で、順番な」
子供に言い聞かすようにヒュールミが言うと「はーい」と声を揃えて待ち構えている。この高圧洗浄機で車を洗うのは実際かなり楽しい。以前は車ごと機械で洗浄してもらっていたのだが、自分で洗う楽しみを知ってからはセルフ洗浄ばかり選んでいたな。
「これ程の水量なら、水で満たすのも荒唐無稽な話ではなくなってきたか。助かるぜ、ハッコン!」
ケリオイル団長に認められて悪い気はしないが、この水量でも数日……いや、一週間以上かかってもおかしくない。それまでずっと放水を続けるとしても、そんなに上手く事が運ぶのか。
そして、これが本当に決め手になるのか。疑問と不安は尽きないが、これが最良の策ならばやるしかない。俺も全力を出させてもらうよ。
あっ、いや、ちょっと待ってくれ。フォルムチェンジは一日二時間までだった……どうしよう。
あれから二日が過ぎた。
誰か一人が念の為に命綱をつけた状態で罠を発動させる装置をいじって大穴を開けると、俺がひたすらに水を注ぎ続ける日々を過ごしている。
と言っても、結局、不意のアクシデントに備えて一日一時間だけ高圧洗浄機になって、あとは2リットルのミネラルウォーターを続けざまに落としている。
初めは蓋を開けてもらい中身を傾斜のある部分に注いでいたのだが、俺が一度ペットボトルだけを消して、中身の水が零れたのを見てすぐさま彼女たちが理解してくれた。今はペットボトルごと穴に放り込んでいる。
途中、豊豚魔や動く骸骨も何度か出現したのだが、腕利きが集まっているこのメンバーに挑むことすら無謀で、あっという間に退けられた。
炎飛頭魔が現れるとラッミスが俺を担ぎ、事前に決めていた放水担当の者が意気揚々と近づいてきて、嬉しそうに水をぶっかけていた。
これだけの水量があるとあっという間に火が消えるので、それが楽しいらしく担当の時に炎飛頭魔が現れると、羨ましがられるようになっている。
「どれぐらい水が溜まっているか見てくるよ。命綱ちゃんと握っていて」
体の軽いミケネが腹に命綱を巻き付け、仲間たちによってゆっくりと穴の底へ降りて行く。感覚としては結構溜まっていそうなのだが実際はどうなのだろう。
暫くして、ラッミスに一本釣りされたミケネが帰還し、熊会長たちに情報を伝えている。
「穴の中って真冬みたいにすっごく寒いんだけど、水はけのいい地面みたいで水が沁みこんでいたから、全然溜まってなかった」
「うぬぅ、そうか」
「いい作戦だと思ったんだがな……落とし穴に落とすってのは有効な筈だが練り直しか」
熊会長とケリオイル団長が顔を突き合わせて唸っている。
水はけがいいのか。ってことは、試してみるのもありかもしれない。
「お、ハッコン急に変わってどうした。これって、ああ、そういうことか。寒いなら水じゃなく氷を落とせばいいってことか」
そういうこと。一日一時間ちょいだけど、やらないよりましだろう。それに、素早さが上がっているから、氷を落とす速度も前とは比べ物にならないしな。




