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合流

 騒がしい夜が過ぎ、またも大量の朝食を平らげると、彼らにしては珍しく準備を始めている。いつもなら満腹感が薄れるまでダラダラしているというのに。

 あの戦いを経験して暴食の悪魔団の面々も学んだようで、バックパックにミネラルウォーターを詰め込んでいる。


「炎飛頭魔は水を掛ければ倒せるから、各自一本は所持しておこう」


「あと、食料も幾つか持っておこうよ。この箱と離れた時お腹空いちゃうよ」


 食欲優先のペルだが、尤もな意見なので全員が頷き商品を選んでいる。から揚げは保存食にならないので、商品にお菓子や保存も利く缶の食料品を並べて置く。


「この魔法の箱って凄いよね。から揚げ食べたいと思ったら、から揚げ置いてくれるし。今は保存食っぽいの並べてくれて。まるで、意思があるみたいだなぁ」


 おおおっ、ペル。わかってくれるのか! ようやく、彼らと意思の疎通が可能になるというのか。


「いらっしゃいませ」


「ないない。ほら、今も、いらっしゃいませしか言ってないだろ」


 顔の前で手を振りミケネが完全否定をしている。くそ、今度冷えたから揚げ提供するぞ。

 はぁ、まあわかっていたよ。ここで「はい」「いいえ」が言えるなら、幾ら彼らでも察してくれるだろうが、いらっしゃいませじゃ無理だよな。

 彼らは俺に危害を与えるわけじゃないし、今のままでも充分か。取り敢えずの目的は迷路の入り口付近まで運んでもらい、清流の湖階層の人たちに見つけてもらうことだ。

 その際には彼らにお礼を支払ってもいいと考えている。でも、自動販売機で購入する際に割引とかの方が喜ばれるかもしれないな。


「じゃあ、今日も元気にみんな頑張ろう!」


「おー!」


 ああ、和むなぁ。魔物が徘徊する危険と隣り合わせの状況だというのに、暴食の悪魔団を見ているだけでニヤついてしまいそうになる。自動販売機じゃなかったら顔が酷いことになっていそうだ。

 彼らが交代で俺を押しながら進んでいくと、進路方向のかなり先で砂埃が上がっているのが目視できた。誰かが争っているのか。あまりに距離が開き過ぎていて、対象が人間なのか魔物なのかも判断できない。


「みんな、この先で誰か戦っているみたいだ、どうする」


 ミケネも気づいたか。全員が足を止め背伸びをして先を見つめている。


「良く見えないが、確かに争っている音がするぞ」


「うんうん、ボクも聞こえる」


「ハンターっぽいね。数も多いし」


 俺も……は聞こえないな。彼らはかなり耳が良いようだ。


「どうしようか。このまま合流して助けてもらう?」


「それをすると、この魔道具の箱奪われないか」


「でもでも、ボクたちだけで迷路階層を抜けるのはきつくないかな」


「そうよね。命あってこそだし。交渉してみる価値があるかも」


 少しもめたが、戦っているハンターたちが苦戦しているようなら、助力をして恩を売れば、悪い対応はされないだろうという結論に達したようだ。


「まずは単独で様子を窺ってくる。交渉が可能かどうか確かめないとな。ミケネたちはゆっくりでいいから、それを運びながら近づいて来てくれ」


「わかった。くれぐれも気を付けるんだぞショート」


「任せておけ」


 ショートが先行して飛び出し、あっという間にその姿が小さくなっていった。

 俺は残った三人と一緒に少しずつ様子を窺いながら進んでいる。戦う者たちの姿もまだ米粒に辛うじて手足が生えた程度にしか見えず、全く判別がつかない。


「ハンター側が優勢みたいだ」


「何か、変な奇声を上げている人いない?」


「うん、意味不明なこと叫んでいるね。女性かな」


 奇声を上げながら戦っているのか、独自の気合の入れ方かもしれない。ハンマー投げの選手も聞き取れないことを叫んで放り投げているし。ああやると、力が入るって話だからな。

 ゆっくり、ゆっくりと近づいてくと、猛スピードでこっちに向かってくる影があった。目を凝らしてみるとそれは――ショートか。


「おーい、みんな、熊会長がいたぞ! 話は付けてきた。急いで向かおう!」


「えっ、清流の湖層にいるハンター協会の?」


「何で下の階層に降りてきたのかしら」


「でも、助かったね。熊会長ならちゃんと話を聞いてくれるし、ハンターの取ってきた宝を奪うことなんてしないよ」


 和気あいあいと話す彼らは安堵の表情を浮かべているが、俺も同様かそれ以上に安心している。熊会長が来てくれたのか。助かった……ってことはラッミスもいそうだな。

 また泣かれるか怒られるかするだろうけど、甘んじて受け入れよう。それは心配してくれているという証なのだから。


「そうだ。ハンターの中に凄いのがいたぞ。はっこおおおん、とか意味不明な奇声を上げて岩人魔を素手で打ち砕いていた人間のハンターがいてな」


 やっぱり、ラッミスも同行しているのか。かなり心配させていそうだ。これは、どんな罵倒も説教も大人しく聞き入れるしかない。


「うそだー。人間が岩人魔を素手で砕けるわけがないよ」


「いやいや、本当だってペル。それも小柄な女だったぞ。確かこうも言っていたな、心配ばかりさせて一発ガツンとかまさないと気が済まない、とか、何とか」


 ……〈結界〉で防いだら怒られそうだ。頑丈足りるか……もっと上げておこうかな。


「あれ、この箱急に重くなってないか。動きにくくなった」


「あ、うん、本当だ、すっごく重いよ」


 気のせいだ。

 会いたい気持ちと会いたくない気持ちが入り混じったまま、俺は戦いを続けている彼らの元へと運ばれて行った。





「えっ、はっこおおおおおおん!」


 お互いの姿が確認できる距離まで近づいたタイミングで丁度、ハンターたちの戦闘が終わった。ラッミスの視線が俺たちを捉えると、地面を陥没させながら跳ぶように走る彼女が、こっちに突っ込んできている。

 踏み込んだ足が地面を打ち砕く、全速力の助走はやめなさい! そこまで勢いを付けられた状態で跳びこまれたらっ!?

 ラッミスが数メートル先から両手を広げてこっちに滑空してきた。〈結界〉は……駄目だ。泣いて飛び込んできた女性を弾くなんて自動販売機ではなく、男として最低だ。

 ここで選ぶ選択肢は……受け止める!


 徐々に近づいてくる泣き顔を見つめながら俺は――大丈夫、頑丈は50まで上げているから大丈夫。と自分に言い聞かせていた。

 大気を揺るがすほどの重低音が辺りを満たし、激突の際に生じた衝撃波で運んでいた暴食の悪魔団が吹き飛んでいる。


《10のダメージ。耐久力が10減りました》


 ぐはああっ。ま、まさか、ここまで頑丈を上げた俺に10もダメージを通すだとっ!


「ハッコン! ばかあああああっ! 信じてたから、絶対に壊れてないって信じてたから!」


《2のダメージ。耐久力が2減りました》


 せ、成長したなラッミス。あと、ドンドンと体を叩くのを止めていただけないでしょうか。

 離れてもらうように何か言おうとも思ったが、涙で濡れた顔を押し付けて泣いている姿を見て、これは黙って受け止めるべきだと判断した。

 彼女が満足するまで、その気持ちを受け止めるべきだ。


《3のダメージ。耐久力が3減りました》


 こそっと修復しておこう。





 何とか落ち着いた彼女からの万力のような抱擁を乗り越えると、他の面子も歩み寄ってきた。見覚えのある顔ばかりがずらりと並んでいる。


「ったく、心配させやがって。はぁぁぁ、オレも信じてたぞ。絶対無事だってな」


 ヒュールミは俺の体に額を当てると軽く拳で叩いてきた。本当に心配してくれていたんだな、声がいつもと違い弱々しい。


「ハッコン、また会えたな」


「どっか壊れていないだろうな。ハッコンが壊れたら滅茶苦茶困るんだぞ、そこんとこわかってんのか。愛しの彼女にまで心配させやがって」


 門番のゴルスとカリオスも助けに来てくれたのか。今度お礼に門付近に設置してもらえるように、ラッミスに頼めないかな。


「ハッコン、助かったぜ。お前がもし見つからなかったら……」


「危なかったよね白……」


「そうだな赤……」


 愚者の奇行団男性陣が安堵の息を吐き出し、肩を落としている。え、この反応は、どういう意味だろう。


「ハッコンさん、無事で何よりですわ。貴方を見捨てたことをラッミスさんに話したところ」


「団長が凄い剣幕で詰め寄られて、もし見つけられなかったら、どうなっていたっすかね……」


 副団長のフィルミナと射手のシュイの説明を聞いて納得がいった。

 俺の足元に座り込んで上目遣いで睨んでいる彼女が脅しをかけていたのか。ゴメンな、心配ばかりかけて。


「ハッコン。しかし、どうやって助かったのだ。階層割れから落ちて無事だった者なんて、聞いたこともない」


 熊会長がてっぺんから車輪までじっと見つめながら、疑問を口にしている。

 あの高度を落ちたら普通は即死間違いなしだ。俺もあの時はスクラップになった未来予想図が頭に浮かんだよ。


「会長、会長、お久しぶりです!」


 衝撃波で吹き飛ばされていた暴食の悪魔団の面々がいつの間にか復活して、熊会長を取り囲んでいる。


「おおっ、大食い団が全員揃い踏みだな。ハッコンを見つけた上に保護してくれていたのだな、感謝する」


 ん? あれ、暴食の悪魔団は……勝手に名乗っているだけなのか。


「えっ、会長。ハッコンって何ですか?」


「ミケネが知らないのも無理はない。この魔道具の箱はハッコンと呼ばれている、清流の湖階層の住人だ」


「住人?」


 暴食の悪魔団(自称)こと大食い団の全員が首を傾げている。

 熊会長は自動販売機である俺を住人として認めてくれているのか。俺は異世界に来てから人との出会いに恵まれ過ぎている。ったく、嬉しさのあまり自動販売機から水漏れしてないだろうな。


「ああ、住人だ。清流の湖階層の集落に住んでいる」


「え、でも、これって便利な魔道具であって……」


「ああ、そうか。お主らは気づかぬままだったのだな。ハッコンは意思の疎通が可能だぞ。なあ、ハッコン」


「いらっしゃいませ」


「だって会長。ほら、いらっしゃいませとしか言ってないし」


「ハッコンは話せる言葉が限られていてな。いらっしゃいませは、はいだ。そして、ざんねんが、いいえだ」


 熊会長の説明を聞いても信じられないようで、大食い団は半眼で俺を見つめている。


「ええと、ハッコンだったかな。ボクたち暴食の悪魔団が一番食べたのは、肉の揚げたやつで間違いない?」


「いらっしゃいませ」


「ええと、それじゃあ、彼の名前はショートだ」


 ぽっちゃりしているのはペルだから「ざんねん」だな。


「う、嘘だ。じゃあ、ボクたちが何を話していたのか、全部わかっていたの?」


「いらっしゃいませ」


 顎が落ちそうなぐらい大口を開けて、真黒な目が飛び出しそうなぐらい見開いている。

 まあ、彼らは俺と意思の疎通が可能だなんて微塵も考えてなかったからな。

 大金が転がり込むと思いこんでいた彼らのショックは相当なもので、熊会長が説明を続けているのだが全く耳に入っていない。

 あ、うん。あとで運送費として、から揚げただで振舞うから、それで勘弁してくれないかな。


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