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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
二章

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暴食の悪魔

 警戒は解かれていないが、から揚げが気になっているようだ。全てタダで提供すると、欲を出されて商品を購入しようともせずに、中身を取り出そうとされても困るからな。


「もう、食べてみようよ。食料ももうないし、ボクお腹空いたよ」


 よっし、誘惑に負けるんだ、ペルと呼ばれていた熊猫。見た目通り食いしん坊キャラなのか。


「バカ、ペル。大食いの悪魔と呼ばれた、袋熊猫人魔の一員である誇りを忘れたのかっ」


 ミケネだったか。リーダーっぽいのが胸を張っているのはいいのだが、大食いの悪魔ってなんだ。それに袋熊猫人魔って名称が長いな。

 種族名から察するに有袋類で熊と猫っぽい特徴があるってことか。それに大食いの悪魔か……あああっ! 元になった動物わかったぞ! そのネーミングの格好良さに中学時代注目していた絶滅が危惧されている動物。たぶん、タスマニアデビルだ!


 一見可愛らしい顔をしているのに悪魔のような鳴き声と胸元の白い三日月模様。思い出した、タスマニアデビルで間違いない。もっとも異世界なので、もっと違う何かなのかもしれないが、もやもやが晴れてスッキリした。

 タスマニアデビルって肉食でかなりの大食いだったような。客として迎え入れられたら、売り上げが期待できるぞ。


「いらっしゃいませ こうかをとうにゅうしてください」


「逃げるかそれとも……」


「もう、ボクダメぇぇ」


 ペルがミケネを押しのけから揚げの入った箱に飛び付いた。そして、周囲が止める間もなく箱を引き裂くと、中から湯気を立ち昇らせているから揚げを鋭い爪で摘み上げて、口の中に放り込んだ。


「はふはふ、んぐっ、お、おいしいいいいいいいいぃ! 何これ!?」


 五個入りのから揚げをあっという間に平らげ、口元の油を舌で舐めとっている。


「え、美味しいの? え、硬貨入れたら、この絵と同じものが買えるってことなのかな」


「お、おい。俺たちのは! いっそのこと箱を壊すか……いや、ここは硬貨を入れておいて、後で壊して回収すればいいだけか。俺も食うぞ」


「待つんだ、スコ、ショート! これは罠かも――」


 ミケネが止めるのを無視して、黒褐色のショートがジャケットのポケットから銀貨を取り出し、硬貨投入口を何とか見つけ出すと、そこに放り込んだ。


「絵の下の出っ張りが光っているな。これを押せと言うことか」


 ここで集落の人間相手なら「いらっしゃいませ」と返事をするのだが、彼らにはそれが「はい」という意味だというのが伝わらない。集落の生活では、そういったやり取りが普通になっていて油断していた。本来なら今みたいに言葉が通じない方が当たり前なのだ。

 ショートが恐る恐るから揚げのスイッチを押すと、商品が温まった状態で取り出し口に現れる。


「やはりそうなのか。何と言う香ばしく食欲をそそる匂いだ。それに温かい。俺も食うぞ」


「じゃあ、私も」


 ミケネ以外がから揚げを購入して、はふはふ言いながら美味しそうに食べている。ペルは銀貨を何枚も取り出すと、次々と投入口に硬貨を入れ、から揚げのスイッチを連打している。

 素早さを上げていて良かったよ。この調子だと温め終わるまで辛抱できずに壊されかねない勢いだ。

 合計六個のから揚げを提供すると、その後ろで待っていたショートとスコが同じように、購入してくれている。

 短い腕を組んだ状態でじっとこちらを見つめていたミケネも、どうやら辛抱が限界に達したようで、ふらふらと俺の前に歩み寄ると銀貨を入れて、から揚げを購入した。


「全く、みんな罠だったらどうするつもりだい。まずは、毒味をしてから……はああぅ、肉汁が溢れ出すよ! なにこれ、すっごく美味しい!」


 よっし、全員陥落した。日本の冷凍食品技術を思い知ったか。って、俺の手柄のように振舞うのは違うな。ありがとう、某社! 個人的にはこのメーカーの炒飯が好きなのだが、肉食の彼らが食べるのか疑問ではある。

 でも熊会長は何でも食べていたから、その点は心配しないでもいいのかもしれないな。そんなことを考えながら、呑気に眺めていたのだが……このタスマニアデビルたちはいつまで食べ続けるんだ。既にから揚げ一人前を一人頭、二十回以上買っているぞ。

 え、胃袋は大丈夫? まさかたった四匹というか四人でいいのかな。彼らだけでから揚げの補充をする羽目になるとは。大食いの悪魔恐るべし。


「もう、お腹パンパンだよ。逃げるのにも疲れたしぃ……」


「こら、ペル。こんなところで寝るんじゃない」


「ミケネ、ここで休憩した方が良いんじゃないか。スコも動くのは限界だろ」


「ごめんね。もう歩けそうもない」


「いや、ボクの方こそゴメン。じゃあ、ボクが見張りをしておくから、みんなここで休んでくれ」


「わかった。後で代わるからミケネ初めは頼むよ」


 リーダーらしき細身のミケネ以外は俺と壁の隙間に隠れるようにして入り込み、横になると一分も経たずに眠りに落ちた。余程疲れていたのだろう。

 この距離なら何とか〈結界〉で防いであげられるかもしれない。

 ここまで見た感じでは全員がお互いを信頼して庇いあう良好な関係に思える。見張りに立っている細身のミケネは俺にもたれかかりながら、たまに意識が飛んでいるな。立っているのもやっとのようだ。

 辺りは暗くなり始めているし、このまま寝てもいいんだぞ。俺が代わりに見張りやっておくから。

 そんな俺の思いが通じたわけではないだろうが、ミケネが力尽きたように地面へと滑り落ち、そのまま眠ってしまった。

 お疲れさん。今日は安心してぐっすり眠ってくれ。





「みんなこれからどうする」


「んがっ、はぐはぐむしゃむぐ」


 ミケネが仲間に今後のことを相談しているのだが、全員が食事に夢中で全く聞いていない。彼らは結局朝まで誰も起きることなく、目が覚めると同時にお腹が空いたようで、またも、から揚げを大量購入してくれた。

 その際に体を変化させると、また厳つい顔で威嚇されたのだが、から揚げが買えることがわかるとあっさり状況を受け入れてくれた。この種族何よりも食欲が優先されるのかもしれない。


「でも、この箱何なんだろうな」


「んぐっ。ふぅぅ。ご飯が買える魔道具じゃないの?」


「ボクたち運が良かったよね。こんなに美味しいお肉食べられるんだから」


「ペルは呑気だな。こんな状況なのに」


 朝飯を食べていた彼らの話を盗み聞きしていてわかったのだが、彼らはこの迷路に住んでいる魔物ではなくハンターらしい。

 とある一団に所属していて、その名も〈暴食の悪魔団〉と言うそうだ。何と言うか見た目に反したネーミングだが、彼らの食べっぷりを目撃した後だと納得してしまう。

 しかし、この世界のハンターグループは変な名前をつけなければいけない縛りでもあるのだろうか。

 話を聞いている限りでは、この迷路の階層かなり実入りはいいが危険度が高いらしく、安定を求めるハンターたちからは忌避されているらしい。どうりでハンターと全く出会わないわけだ。


 彼ら暴食の悪魔団は当人たち曰く何故か出費が激しいらしく、団を維持する為に一攫千金を求めて、この階層にやってきたそうだ。まあ、その理由は……第三者からしてみれば、よくわかるのだが……食べる量を抑えられないのだろうか。

 彼らは身体能力も高く、顎の強さと爪の鋭さ、それに〈咆哮〉と呼ばれる威圧系の加護を所持しているようだ。ハンターとしては無能ではないらしいが、生まれつき体が小さいので大型の敵を苦手にしている。

 それでも彼らに言わせると、追いかけてきていた豊豚魔も仲間の怪我がなく、相手が二体だったら何とか撃退する自信があったそうだ。本当かどうかは知らないが。

 全て食べつくした彼らはお腹を擦りながらボーっとしている。腹が膨れると危機感が無くなるのか、寛いでいるな。


「みんな、話がある。ちゃんと聞いてくれ。今後どうするかなのだけど、どうにか入り口に戻ろうと思っている」


「でも、お宝何も手に入れてないよ?」


「ボ、ボクは帰るのに賛成かな。だって、ここ怖いし」


「今帰ったら団の存続は不可能になるけど、いいんだな?」


 命あっての物種って言うしね。正直、戻った方がいいんじゃないかな。

 唯一のメス――いや、女性と言うべきだな。傷を負った彼女が完治したら戻るのを推奨するよ。


「みんな、宝なら見つけたじゃないか。食べ物が買える魔道具を!」


「あああっ、それもそうか!」


 宝と言われて若干悪くない気分だが、俺は誰の所有物でもないし、相棒はラッミスと決めているからな。文句の一つでも言っておくか。


「ざんねん」


「ヴアアアアッ! びっくりした。いらっしゃいませ以外にも言えるんだ」


「あたりがでたらもういっぽん」


「えっ、他にも何か話せたりして……」


「ありがとうございました またのごりようをおまちしています」


 自分が話せる音声を全て再生して相手の出方を窺ってみる。

 袋熊猫人魔こと熊猫たちは円陣を組んで顔を見合わせて、ぼそぼそと話し合っているようだ。


「今、ボクたちの声に反応していなかった?」


「偶然じゃないかしら」


「でも、受け答えしているようなタイミングだったよ」


「まさか、この箱は意思があるのか? 試してみるしかないぞ」


 話し合いが終わると、全員が俺から一歩距離を取ってじっと見つめている。くっ、黒い瞳でじっと見られたら和んでしまうじゃないか。

 ミケネが仲間を代表して一歩前に進み出ると、意を決して話しかけてきた。


「もしかして、ボクたちの言葉を理解していたりしますか?」


 その台詞を待っていた。当然答えは決まっている。


「いらっしゃいませ」


「あっ、やっぱり、言葉が通じてないよ。こっちの声に反応して適当な言葉を返しているだけみたい」


 えっ? いやいやいやいや! そこは察しようよ。決められた言葉しか話せなくて、それで対応しているって。


「ざんねん」


「あ、本当だ。ただ反応しているだけで、意味がないみたい。あー、びっくりした」


「うんうん、驚いたらまたお腹空いてきたよ。今度はこの肉を揚げたの以外も食べてみようかなー」


 ええええっ! ほら、もうちょっと頑張って考察しようよ! 色々見えてくるかもしれないぞ、頑張れ!

 とまあ、心の中で応援してみたが、我関せずとまた食事を始めている。

 はぁ……ああ、でも、そうか。冷静に考えてみれば、これが普通の反応なのか。

 ラッミスの感受性の高さに助けられて、俺は集落でも普通に意思の疎通が可能になったが、彼らの方が当たり前の感覚なのか。


「じゃあ、この魔道具の箱を持って帰るって事でいいかな」


「はーい」「いいぜ」


 満場一致で可決されました。どうにか誤解を解きたいところだが、今はいいか。入り口付近まで運んでもらえるなら、そっちの方がありがたいしな。ラッミスたちが探しに来てくれた場合、直ぐに見つけてもらえるし。


「じゃあ、スコは怪我しているから、ボクたち三人でこれを運ぶよ!」


 ミケネ、ペル、ショートが俺を取り囲み、動かそうと力を込めているが少しだけ地面を擦った程度で一センチ動いたかどうかだ。こういう場面に遭遇する度に、俺を一人で運ぶラッミスの凄さを思い知らされる。


「ふんぬうううう」


「うがあああ、ヴアアアアアッ!」


「だ、ダメだあぁ」


 三体とも俺にもたれかかって荒い呼吸を繰り返している。小柄な割には力持ちなのかもしれないが、俺を運ぶには力不足だよな。

 同行したら食料の確保が必要なくなるし、いざとなったら〈結界〉で守ってあげられる。それに、見捨てるというか放っておくのは少し心配になる。

 となると、彼らが運びやすい形になればいい。ダンボール自動販売機に成ったら彼らでも楽に運べるだろう。だけど、機種変化は二時間までという縛りがある。いざという時の為に、取っておくべきだよな。

 残された方法はやっぱりこれか。ランクアップによって増えた機能の一つ、車輪を四つ底に設置する。


「あれ、ちょっと背が高くなってない」


「見て見て、箱の下に車輪がでてきたよ!」


 気づいてくれたか。これで移動が可能になったと思うが、大丈夫だよな?

 もう一度、スコを除いた全員で俺の側面に回って押すと、ゆっくりではあるが思ったよりもスムーズに動き始めた。ここは道が平坦で上りでも下りでもないのが良かったようだ。


「動く動く!」


「これで大金持ちだね!」


「いつでもお腹いっぱい食べられるかな」


「これだけ便利な魔道具だ。鎖食堂あたりに売り込めば大金が転がり込むぞ」


 喜んでいるところ悪いんだが、売られる気はないぞ。あと、鎖食堂は断固拒否する。

 うーん、彼らとラッミスたちが出会ったら確実にひと悶着起こるだろうな。悩ましい事態になりそうだが、今は少しでも入り口に近づきたいので考えないようにしよう。


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