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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
二章

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ワニと対処

 荷猪車を岩山の窪みに停めると、幌の上で寝転びながら全身を伸ばす男がいた。


「ふああああぁぁ。奴らの生息域に入ったから、お前ら警戒しておけよー」


「じゃあ、団長も幌の上から降りてきてくださいよ」


「下から槍で突くか」


 いいと思います。ナイスな提案だ紅白双子。

 集落を出てから二日が過ぎ、三日目を迎えた。太陽だと思わしき星が真上に達しようとした時刻に、鰐人魔のテリトリーに入り込んだようだ。


「団長、いい加減に降りてください。我々の目的は偵察と調査なのですよ」


「へーい。ったく、怒りっぽいな副団長は」


 帽子が飛ばないように右手で押さえ、ケリオイル団長が飛び降りてくる。悔しいことに、その動作がさまになっていて少しカッコいいと思ってしまった。


「んじゃま、赤と白。偵察頼んだぞ」


「わっかりましたー」


「あいあいさー」


 この二人は偵察担当なのか? 見た感じはリア充グループに一人は居そうな盛り上げ担当のキャラなのだが。うぇーいうぇーい、言っているのが似合うタイプだ。

 顔は悪くないのに軽薄な口調とノリの軽すぎる性格なので、間違ってもラッミスとヒュールミが惚れるということは無さそうだ。

 得物は赤が短めの槍。白が小剣か。防具は分厚い素材のワイシャツのような感じで、茶色が抜けかけた色合いだ。かなり使い込まれているのか。

 おっ、表情がすっと消えた。目つきが鋭くなり、纏う雰囲気が一瞬で変わる。常にこんな感じならモテるだろうに。


 姿勢を低くして二人が丈の長い雑草の中に消えていく。湿地帯なので歩くだけで足を取られかねないというのに、音も立てずに走っていったな。見た目に反してかなり優秀な人材なのか。


「んじゃ、暫くのんびり待つとするか。ハッコン旨そうな菓子はねえか」


「私は甘いお茶を」


「いらっしゃいませ」


 団長も副団長も寛ぎタイムだな。心配なんて微塵もしていない。もう一人の団員であるショートカットの女性も弓の調整をしているだけで、消えて行った二人を全く気にしていない。信頼されているのか。

 ラッミスは俺の裏側にもたれかかって気持ち良さそうに昼寝をしている。ヒュールミは缶の仕組みが気になるようで、一口も飲まずに弄り回してはメモ帳に書き込んでいるな。

 鰐人魔がうろつく地帯で無防備すぎるが彼らの腕は一流だ。俺が警戒する必要性はないのかもしれない。だけど、前回のミスを二度と繰り返さないように油断だけはしないぞ。





 太陽が半分以上沈み、愚者の奇行団の面々が野営の準備を始めている。ラッミスも手伝おうとしていたのだが、やんわりと断られていた。彼女は怪力過ぎて備品や道具を壊すことがあるので、それを警戒してのことだろう。

 少し寂しそうに俺の隣に座り込んだので、温かいミルクティーをプレゼントしておく。

 そんなに気にしないで、ドンと構えていればいいんだよ。ヒュールミを見てごらん、腹を丸出しでぼりぼりと豪快に掻きながら爆睡しているぞ……あれは見習わなくていいか。


「戻ったよー」


「たっだいまー」


 うおっ、びっくりした。紅白双子がいつの間にか俺の隣に並んで立っている。自動販売機に気配が読めるのかは不明だが、全くこれっぽっちも気づかなかった。


「団長。調べてきたよ」


「ご苦労さん。もう少しで飯だから、その前によろしく」


「あいあいさー。ええと、ここから北東に二時間ぐらいだったかな赤」


「そうだな、白。そこは小さい沼があって、三十匹ぐらいバチャバチャしてたよ」


 お互いに赤と白と呼び合っているとは。いい加減な説明だけど、こんなので大丈夫なのだろうか、少し心配になる。


「三十匹の集まりってえと、群れとしてはどうなんだ?」


 団長が視線を向けたのは、目が覚めて直ぐに今度はペットボトルの材質を調べていたヒュールミだった。


「んー、群れは十から多くて五十未満だと言われているぜ。三十ってことは中規模の群れだ。一匹のでかさはどんな感じだった」


「んーと、立った状態で僕たちと同じぐらいかな白」


「だな、赤。殆ど同じだと思うよ」


 彼らは俺より少し低いから175ぐらいか、結構大きな個体なんだな。カエル人間から連想するとワニが背筋を伸ばして二足歩行で、手足がそのままの長さだと足が遅そうだな。


「通常より個体がちっけえな。成体は二メートルぐらいが普通なんだが。カエルが増えて群れをなしていたから、襲えずに食料が不足していたのか……いや三十もいれば百近くの群れならいけるよな」


 ってことは、ワニ人間って単純計算で、カエル人間の三倍の力を保有しているということか。ワニって皮膚も鎧の様に硬いし、尻尾も巨大な口も立派な武器だよな。それぐらい実力差があっても不思議ではないか。


「俺たちはこの階層専門じゃねえから、良く知らないんだけどよ。鰐人魔ってこの階層じゃ、三大勢力の中で最も凶悪な存在なんだろ。蛙人魔が増えたら食料増えて万々歳ってならないのかい」


「普通はそう考えるよな。だが今回は王蛙人魔がいやがった。王ってのはどういう仕組みで現れるのか不明なんだが、あれは馬鹿げた戦闘力もさることながら、群れが統率されるってのが問題でな。小さな群れやはぐれも集まってきちまうんだよ」


「それで、鰐人魔は迂闊に手が出せなかったってことか。集落を襲った巨大な蛇双魔はあれも、規格外だよな」


 あー、それは知りたかった。蛇双魔って基本単独行動で二メートル前後が一般的な大きさだって聞いたことはあるけど。


「蛇双魔は喰えば喰う程、脱皮を繰り返して倍々にデカくなっていく魔物だぜ。ただ、肉が上質で素材が高値で取引されるから、ハンターたちが狙うことが多い。単体でうろついているので絶好の獲物だからな」


 蛙人魔は鰐人魔と蛇双魔から狙われる。

 蛇双魔はハンターから狙われる。

 鰐人魔は……放置プレイか。


「まあ、あれだ。食料の蛙人魔は王の元に集まり、蛇双魔がただでさえ少ない蛙人魔の残りを食い尽くし、巨大化したから手も出しにくい。で、食料不足で弱体化した状態ってのが現状じゃねえか」


「なるほどねー。なら、別にちょっかいかけないで放置でいいんじゃね?」


「団長。鰐人魔は肉食ですよ。食料が無くなった現状で、飢えを満たす為に何を襲うと思っているのですか」


「まあ、俺たち人間か。んじゃ、全滅させた方がいいか」


 この階層の生態系はどうなっているのか。魔物を全滅させたら、階層から魔物が消え去るのだろうか。それとも、何かダンジョンの不思議パワーで湧いてくるのだろうか。

 ヒュールミに訊ねたら喜々として教えてくれそうだが、質問する方法が無い。


「そうですね。集落から近い群れは全滅させて問題ないかと」


 副団長のフィルミナが珍しく同意しているな。

 そういや清流の湖階層って端から端まで三週間以上歩かないと辿り着かないのだったか。二三日の距離にある群れなら全滅させても、問題ないのも頷ける。


「で、マジでどうするよ。群れの情報収集が依頼内容だからな。別に倒さなくても収入は保証されているぜ」


「でも、素材は高く売れますよ。弱体化しているなら何体か我々で減らしておくのも手かと。素材は高いですよ」


 あれ、フィルミナ副団長が珍しく好戦的だ。え、愚者の奇行団って経営難なのか?


「副団長ってお金が絡むと人変わるよな」


「いつもは冷静沈着なのにな」


「前も食べ過ぎではないですかって、怒られたっす」


 団員たちが集まると、小声で言葉を交わしている。

 ただの守銭奴の可能性が……でも、いい加減そうな団長の元だと自然に金管理に厳しくもなるか。見るからに苦労してそうだもんな。


「退治するにしても、どうすっかな。やっぱ夜に襲うってのが定番か」


「それはやめておいた方がいいぜ。鰐人魔は夜行性だ。夜の方が凶暴になる」


「へー、そうなんだ」


 へー、そうなのか。あっ、ラッミスと被った。ほんとヒュールミは物知りだ。

 ワニの生態か。以前、動物園の餌の自動販売機を見に行ったついでに、ワニのコーナーを覗いたとき何か書いていなかったか。

 確かワニの餌って……魚や鶏肉を与えていたのを見た記憶がある。自動販売機で生ものは取り扱ってない。魚……練り物……ちくわでどうにか、ならないよな。


 他に特徴としては、あっ、カエル人間も冬は苦手って話をしていたから、ワニ人間も寒さに弱いのか。ワニは変温動物だから可能性はあるよな。

 そもそも、ワニ人間の活動期に入る前に偵察してこいって話らしいし。今は春先で気温も上がってきている。寒さか……あれ、いけるんじゃないか。


「それじゃあ、今晩はゆっくり体を休めて明日の朝に動くとすっか。群れから離れた奴を各個撃破と洒落込むぞー」


「そうですね。では、行動は明日ということで夕ご飯を作りましょう。赤と白は見張りお願いします」


「えええーー。今、偵察から帰ってきたばかりなのに」


「横暴だー。断固、業務改善を求めるぞー」


「はいはい、私も手伝ってあげますから、行くっすよ」


 不平不満を口にする双子の間に入り込み腕を絡めると、射手の女性が引っ張っていった。

 俺が提供した食材で作られた食事を終えると、見張りにラッミスとヒュールミが申し出たので、俺も付き合うことにする。自動販売機の灯りは一応消しておく。


「戦いは明日か。そうなるとオレは用無しだぜ。ラッミスもハッコンも無茶しすぎるなよ。相手は食料不足で凶暴になっている可能性がたけえ。ヤバそうになったら、ハッコンが結界で守ってやってくれ」


「いらっしゃいませ」


「頼りにしているよ、ハッコン」


 おうさ。守りに関してはお手のものだ。ポイントもかなり余裕があるから、いざという時は守りに徹するよ。


「オレも何か手伝えたらいいんだがな」


 あ、それだ。さっき思いついた方法をヒュールミなら察してくれないだろうか。取り敢えず試してみよう。


「鰐人魔の弱点となると……おっ、どうしたハッコン。また妙な形になって」


 いつもよりスリムな形となり、ボディーの大半が白となり上の方には『ICE』という文字が浮かび上がる。取り出し口にはかなり大きく、小さなバケツなら楽々おけるスペースがある。


「これって何を売るものなんだろう。ハッコンが意味もなく変身するわけがないよね」


 わかっているね、ラッミス。何の販売機なのかは現物を見ればすぐにわかるよ。

 俺は自動販売機を稼働させ、取り出し口に角氷を落とした。これは、スーパーや魚市場に置いてある氷の自動販売機だ。


「おっ、これは氷か。これは夏場大儲けできそうな予感が」


「ふわ、冷たいっ。でも、氷なんて出してどうしたいのかな」


「さっきまでの流れだと、この氷を鰐人魔退治にいかせって事か」


「投げつけるのかなっ!」


 ラッミスらしい発想だけど、それは「ざんねん」だ。


「氷、鰐人魔、生態ってなると、答えは一つか。ハッコン、この氷って馬鹿みてえに出せたりするのか?」


「いらっしゃいませ」


「そういうことか。面白いことになりそうじゃねえか」


「ねえねえ、うちにもわかるように教えてよっ」


 あ、話についていけないラッミスが頬を膨らませて拗ねている。

 詳しい説明はヒュールミに任せよう。一度へそを曲げたら話し聞いてくれないからな……後は頼んだ。その代わり見張り頑張るから。

 なだめすかす姿を見守りながら、視界が全方位あることを最大限に利用して機嫌が直るまで、一人で見張りをしていた。





 翌日、ヒュールミが作戦を話すと愚者の奇行団は乗り気のようで、協力してくれることとなった。紅白双子の道案内により、池に流れ込んでいる小川に辿り着くと川岸に設置され、俺は氷を流し込んでいく。

 小川は幅三十センチにも満たないものなので水量は大したことは無いが、氷は上手い具合に水面に浮かび池へと流れ込んでいる。

 さあ、じゃんじゃんいこうか。まあ、この氷で何処まで水温が下がるのか甚だ疑問だけど、沼の規模は大したことなかった。初春なのでまだまだ水も冷たく氷も溶けにくいはずだ。鰐人魔の住む沼は浅いらしいので、それなりに水温が下がってくれる……といいな。


 鰐人魔は水の中にいる時が一番厄介らしいので、水温が下がった沼を嫌い離れてくれるだけでも大助かりらしい。ということで、氷の大盤振舞いだ。

 ジャラジャラと氷を大量に排出していく。氷はポイント変換もかなり安めなので、一時間ぐらい放出し続けても、それほど痛手にはならない。

 これで、体温が少しでも下がって動きが鈍れば儲けものだしな。ラッミスの戦いが楽になるなら、この程度の出費安いもんだ。


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― 新着の感想 ―
氷がキロ単位で出てくるような自販機もあるけど、ビルサイズなのでさすがにポイントが足りなかったのだろうか。
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