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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
二章

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春が来て

「カリオスさん、襟が曲がっていますよ」


「お、おう、ありがとう。今日は遅くなると思うが、寂しくても泣くんじゃないぞ」


「はい。貴方の好きな煮物に卵をいっぱい入れて待っています。怪我にはくれぐれも気を付けてくださいね」


「お前を残して行くのは辛く、身が張り裂けそうだ……だけど、これも仕事だ。すまないっ」


「ええ、私もあなたと離れたくありません。ですが、貴方の仕事の邪魔をしたくはありません。涙を呑んで――」


 いい加減やめてもらえませんかね。毎日毎日、色ボケカップルが自動販売機の前でイチャイチャするのを。

 相棒のゴルスが額に手を当てて疲れ切っているじゃないか。二人で門番をすることが多いので、惚気話を延々と聞かされているのだろう。可哀想に。


「ムナミさん、今日もいい天気ですね。最近では日差しも暖かくなってきて、絶好の散歩日和です」


「そうね。今日はお店の方は大丈夫なの?」


 もう一組厄介なのが来た。青年商人と宿屋の自称看板娘ムナミだ。こっちは恋人同士とまでは発展していないが、ムナミが客に接する口調ではなく、友達として話しているようなので、以前と比べたらかなり仲良くなっている。

 そして、揃いも揃って何故、俺の前で雑談を始める。はぁ、最近気温が高くなってきて春の訪れを感じるようになったかと思えば、春真っ盛りの人がたむろするという事態。

 春だねぇ。と和んでいる場合でもないか。そろそろ、ハンターが活動する時期だ。そう、ラッミスが愚者の奇行団との遠征に参加する約束の――。


「ハッコン、調子はどう?」


「おっ、今日も売れ行きは順調みたいだな。今日はあったけえから、冷たいしゅわしゅわしているのいくか」


 噂をすれば何とやら。ラッミスとヒュールミがやってきた。

 カップルたちは、いつの間にか何処かに行ったようだ。仲がいいのは結構なんだが、ほんと、他所でやって欲しい。こっちは生身が無いので恋愛なんて無縁なのだから。

 別にう、羨ましい訳じゃない。今度彼らの仲を祝福して温かい炭酸飲料をプレゼントしてあげよう。


「ハッコン、明日出発になっているけど、大丈夫かな?」


「いらっしゃいませ」


 前々からわかっていた事なので、今更断る理由もない。

 心配は尽きないが、彼女は強くなることを望んでいる。俺と彼女は一心同体のような関係だ。足りないところは互いに補っていくしかない。

 ってまあ偉そうに語ってみたが、俺の方が圧倒的に足りないけどね。足も手もないからなぁ。いつもお世話になっております。


「そうか、明日からだったか。愚者の奇行団の仕事に同行するって話だったよな」


「そうだよ、ヒュールミ。ええと、確か、鰐人魔がくじんまの様子を探ってくるって話だよ」


「鰐人魔。清流の湖階層に生息している三大勢力の一端か」


 ヒュールミの言う通り、この階層に生息する魔物は大きく三種類に分かれている。カエル人間こと蛙人魔。集落を襲った蛇双魔。そして、二足歩行するリザードマンではなくワニ人間、鰐人魔。

 どうやら、蛙と蛇と鰐が住む階層らしい。蛙と蛇が出てきたところで、もう一種類いると知った時は三すくみを思い出し、ナメクジだと想像していたらワニだった。

 よく考えたら湿地帯なので、ナメクジがいる方が変なのだが。


「蛙人魔と蛇双魔を倒しちゃったから、鰐人魔が増えすぎてないか、その調査みたいだよ。討伐は二の次で、どれくらい脅威になりうるか調べて来るって言ってた」


 三大脅威の内の二つが甚大な被害を受けたので、ここでワニの生息地を調べて増えすぎているようなら、討伐隊を組む予定らしい。

 階層には生態系があり、それを無暗に崩すと何かしらの異変が起こるのが定番で、三年前の大惨事も魔物たちの勢力の均衡が崩れた結果だそうだ。


「今の内に調べておかないと厄介なのは確かだな。王蛙人魔が現れ、巨大な蛇双魔まで現れたって話だ。この階層に何かしらの異変が起こっているのかもしれないぜ……ラッミス、ヤバそうなら撤退しろよ」


「うん。危なくなったらハッコンと一緒に逃げるよ。ねえ」


「いらっしゃいませ」


 結界をいつでも張れるように、遠征中は常に警戒を忘れないでおこう。

 普通なら色々と準備が必要なのかもしれないが、俺は特にすることがない。新商品を調べて、その場の状況に合わせて商品を出せるようにするぐらいか。あっ、商店に食材を卸しておくか。

 あと、ムナミの仮店舗に飲料を安めに売り捌いておこう。暫く集落から離れることになるので、常連客が補充できるようにしておかないとな。

 集落中に愚者の奇行団と俺たちが遠征に出ることは知れ渡っていたようで、今日は深夜まで客が現れ、買いだめしていく者が多かった。





 次の日の朝、俺の隣でラッミスとヒュールミが朝食を取っている。

 ラッミスは遠征に備えて革鎧とブーツを身に着けているのはわかるが、他には腰に小さな袋をぶら下げているぐらいだ。あと、俺を運ぶ為の背負子ぐらいか。

 食料は俺がいるので問題は無いし、灯りも俺が照らしたら大丈夫。寝る時も俺の近くにいれば保温機能が働くようで、寒さ暑さも緩和できるので適温が保たれる。何ならバスタオルを出してもいい。

 となると道具は殆ど必要ないのか。それに俺を背負っているから、どっちにしろ大きな荷物は持てない。必要最低限の道具は愚者の奇行団が用意しているそうなので、そんなに心配はいらないか。


「おーっす。ラッミス、ハッコン。準備は万端か」


 声と共に現れたのはトレードマークのテンガロンハットを斜めに被り、無精ひげを蓄えた気障っぽい男、ケリオイル団長だ。隣には青髪の副団長フィルミナさんもいる。


「皆さん、おはようございます。問題がなければ、門に荷猪車を待たせていますので」


「はーい。大丈夫です。ハッコン行こうか。よいしょっと」


 いつものように軽々と背負われて、団長と副団長の後ろをついていく。冬はずっと集落内だったから、久しぶりの外だな。最近は異世界と言うよりはファンタジー映画の撮影所にいる気分だった。

 冬場は武装している人も少なく、素朴な格好をしている人が多かったので、たまに異世界であることを忘れそうになる。まあ、熊会長や他にも動物の顔をした人が稀にいるので、現実に引き戻される訳だが。

 この世界の獣人は猫耳や尻尾だけといったファンシーな存在ではなく、そのまんま動物の顔をしている。カエル人間もそうだが、動物の骨格だけを何とか人間っぽくした存在が一般的らしい。


「壁の中で暮らすってのは窮屈だよな。たまには外に出て息抜きしねえと、腐っちまうぜ」


「いらっしゃいませ」


 と返事をしておいてなんだが、ヒュールミが隣に並んで歩いているのに今気づいた。見送りでもしてくれるのか。


「あれが、奇行団で所有している荷猪車です」


 フィルミナが指差す方向には、巨大な一匹のウナススが引く荷猪車がある。門から少し先に停めているので、近くにはカリオスとゴルスがいて、団員らしきハンターと雑談をしていた。


「おっ、ラッミス、ハッコン。気を付けて行って来いよ。あ、ちょっと待て。幾つか補充しておくぞ」


「俺も買っておくか」


 暫く会えないだろうからな、買い溜めを推奨するよ。

 大量に購入してくれたので、ちょっと確率を弄ると当たり付きのスロットにゴルスだけ当たっていた。最近リア充アピールがうざいからって、贔屓したわけじゃない。


「あっ、団長連れてきたんですね。ラッミスさん、ハッコンさん、よろしくー」


「おう、二人……一人と一台? 歓迎するぜ、よろしくなっ」


「よろよろー」


 この団はアットホームな関係らしく、一応上下関係はあるようだが基本的に馴れ馴れしい人が多い。愚者の奇行団の同行する面々は団長、副団長、カエル人間討伐の時にいた狩人っぽい女性。あと双子らしきノリのいい二人の青年だ。


「よーし、出発すんぞ。さっさと、準備しろ」


 幌付きの荷台で寛いでいた双子を急かすように、ケリオイル団長が車輪に蹴りを入れる。双子が御者席に回り、団長と副団長が荷台に乗り込む。


「ラッミスとハッコンも乗っていいぞ」


「ううん。うちはこのまま走るよ! その方が鍛錬にもなるし。それにハッコン置いたらウナススが辛いと思うし」


 まあ、大人数人分の重量だからな。全員乗りこむよりも負担が大きいかもしれない。


「んじゃ、オレが代わりに乗るか」


 そう言って見送りに着た筈のヒュールミが荷台に飛び乗った。って、えええっ。


「え、ヒュールミも来るの?」


「おうさ。化け物の生態調査となるなら、知識豊富な者がいた方がいいだろ。ちゃんと熊会長から依頼を受けているぜ」


 俺たちを驚かす為だけに黙っていたのか。そういや、俺たちを心配する素振りをあまり見せてなかったな。

 名前はあれだが腕は確かな愚者の奇行団が護衛代わりになってくれるので、戦闘力が無いヒュールミでも大丈夫だとは思うが、魔物がいる異世界は何があるかわからない。

 傍にいる時は守ってあげられるが、ラッミスと移動することがメインだから、基本は荷台で隠れていてもらうことになるだろう。


 冒険か……自動販売機として異世界に転生して、普通なら物を売るだけの鉄の箱として一生を終えるだけだった俺が、こうやって迷宮内を探索できるようになるとは。

 人生――自動販売機生、わからないものだな。

 荷猪車と変わらぬ速度で走るラッミスの背に揺られながら、遠ざかっていく集落を感慨深く眺めていた。


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