遠征と駆け引き
「冬が過ぎてからで構わないんだが、俺たちの遠征に付き合う気はないか?」
ケリオイル団長の急な申し出に俺は一呼吸もおかず、
「ざんねん」
と答える。その頼みごとは予想通りだったので、迷う必要がなかった。
俺が行くということはセットでラッミスもついてくるということだ。勝手に判断していい事案じゃない。彼女の判断に任せよう。
「相変わらず即答するな、ハッコンは。なあ、もしかして俺って嫌われているのか?」
「いらっしゃいませ」
「お前なぁ……お得意様には愛想よく接するものだぜ。それに、こんなことは言いたくないんだが、お前さんを救出に行くときに進んで立候補したんだけどなー。別に恩を着せるつもりはないけど、ハッコンを救出するのに団員から怪我人もでたんだけどなー。いや、別にだからといって、どうこうってわけじゃないけどよー」
確かに団長というか愚者の奇行団には借りがある。それは重々承知しているのだが、ケリオイル団長の胡散臭い雰囲気が苦手なのだ。ただの憶測なのだが、笑って人を裏切りそうな気がする、この人。
だけど、相手の言い分もごもっともだ。愚者の奇行団が力を貸してくれたから、あっさり盗賊団を殲滅できたって話だしな。
「いらっしゃいませ」
「お、少しは打ち解ける気になったか。まあ、ラッミスにも話を通してからってことだよな。雪解けまでには時間があるからな。のんびり考えておいてくれや」
そう言ってケリオイル団長は立ち去った。これって俺があれこれ頭を悩ませても意味がないな。ラッミスがどうしたいか、それだけだ。
って、今は打倒鎖食堂だった。夜も更けてきたので、各店舗も店じまいのようだ。先日までと比べて、どの店も軽く三倍を超える客入りだったと思う。大盛況といっていいだろう。この調子で二週間耐えることができれば、望みはある。
団長の話は取り敢えず置いておいて、集中しないとな。
あれから評判が評判を呼び、日に日に客が増えて行き、二週間も過ぎると客の大半をこちらが奪い返していた。
この数日、夕方から夜にかけて雪が降る日が多く、住宅地から近いハンター前広場の飲食店に暖を取りに入る人が増えたのも、ついていたな。
鎖食堂が開店してから一ヶ月が経過すると、あっさりと清流の湖階層の集落から撤退した。この引き際の潔さも大手チェーンらしいといえば、らしいのだが。正直肩透かしをくらった気分だ。
店主たちは喜んでいるので、不満がある訳じゃないのだが。ここまで見事な引き際だと裏があるのではないかと疑ってしまう。何にせよ春に向けて、ハンターの活動時期に入った時の憂いは消えたかな。
そうそう、春になったら愚者の奇行団が遠征に付き合わないかと誘ってきた件なのだが、ラッミスと相談の結果、受けることにした。
彼らの遠征は往復二週間かかるかどうからしく、目的はとある魔物の偵察及び、可能なら討伐となっている。
同行を決めた話し合いをした時は、ラッミスと俺とヒュールミもいたな。人に聞かせる内容じゃないので、幼馴染の二人で借りているテントに俺もお邪魔したのだったか。
「愚者の奇行団と言えば、超有名どころだ。それに同行できるのなら、喜ぶべき事態なんだが……大丈夫か?」
「うーん、団長さんは戦うのが怖ければハッコンを運ぶだけでいいって言ってたけど、私は戦いたい。そうじゃないと、うちはいつまで経っても強くなれないから」
ぐっと拳を握りしめるラッミスの横顔がいつにも増して真剣で、少し怖いぐらいだ。
傍から見ているだけでも強い意志を秘めているのがわかる。何故、彼女が強くなりたいのかは、ヒュールミが話していた生まれ故郷の出来事が原因だとはわかるが、それだけにしては……。
「ラッミス。あんた、やっぱり――仇を討つつもりかい」
「うん。あの日、私たちの村を襲ったアイツを殺さないと、うちは自分を許せないっ!」
ラッミスの口から殺すという物騒な言葉が飛び出し、俺の体内でパーツが異音を上げる。俺が誘拐された時も怒りを露わにしていたが、殺意を漲らせた瞳を見ていると保温効果が壊れそうだ。
魔物が村を滅ぼしたという話だったが、アイツとは魔物の親玉なのだろうか。
「ラッミスが見たっていう、魔物を操っていた奴のことか」
「アイツは、あの男は、笑いながら魔物を操っていた! おかんとおとんを殺した時も、嬉しそうにっ、笑ってたんやっ!」
叩きつけた拳が地面を穿ち、手首まで埋まっている。
彼女が向いていないハンター稼業を続けている理由が判明した。仇を討ったところで死んだ人が蘇る訳じゃなく、無駄な行ないだという人もいるだろう。
俺は偉そうなことを言える立場じゃないし、そんな経験をしたこともない。甘いことを言うなら、そんな殺伐とした考えは捨てて、ハンター稼業を営んで欲しい。
でも、こういうのは当人にしかわからない感情なのだ。同情はできるが、真に理解することはできない。なら、彼女の気の済むようにさせてあげたい。その為には自動販売機として尽力を惜しむつもりはない。
「なら、オレが何を言っても無駄か。愚者の奇行団なら何かあっても対応してくれる、と信じるしかねえ。それに、今は頼もしい相棒がいるしな」
口元に笑みを浮かべ、流し目を注ぐヒュールミに「いらっしゃいませ」と自信満々に答える。音声は一緒なので、この気持ちが伝わっているかは怪しいが。
「心配してくれてありがとう、ヒュールミ。ハッコンもありがとうな」
取り乱していた自分を恥じて、頭を掻きながらはにかんでいる。彼女の背にいる限り〈結界〉で守り通せるが、戦闘で他にも何か手伝えないだろうか。
盗賊団が貯め込んでいた硬貨を大量に吸収したので、ポイントが凄いことになっているのだが、加護を覚えられるほどじゃない。もし、ギリギリポイントが届いたとしても、ある程度余裕を持ってないと、何があるかわからないからな。それは前回の誘拐事件で身に染みた。
能力を得るなら機能一択だろう。幾つか候補があるのだが、消費ポイントが尋常じゃないので踏ん切りがつかないでいる。数万ポイントを注いで、予想通りの効果が期待できなかったら、暫く立ち直れないぐらい落ち込みそうだ。
「うじゃうじゃ、悩むのはやめとこうぜ。それに春までには、まだまだ時間がある。ってか、もう遅いから寝るぞ。明日も朝から瓦礫の撤去作業が待ってんだろ」
「うん。じゃあ、寝よっか! あ、ハッコン今日はうちらのテントで寝ていいからね」
「こんな美女二人と寝られるなんて、最高だろ」
確かに最高だけど、生身じゃないからな。間違いが起こることもない。
改めてテント内を観察してみるが、結構場所を取る俺が入っても邪魔にならないぐらい、テント内部は広々としている。円形の中心部に一本支柱が建っていてテントの屋根部分を支えている。かなりしっかりとしていて住み心地は思ったより良さそうだ。
室内にはタンスとベッドが二つずつ。頑丈そうで天板の広い木製の机。あと、工具と魔道具の部品らしいものが転がっている。あれは間違いなくヒュールミのだ。
女性二人が暮らす部屋にしては殺風景だが、机の上に置かれているカーネーションが辛うじて女性っぽさを演出してくれている。プレゼントして良かったよ。
「あ、ハッコンからもらった、お花は大切にしているからね」
「へえぇ、ラッミスにだけプレゼントを渡したのか。あー、オレって三日前誕生日だったんだがなー。そういや、今年は誰にも何も貰ってねえなぁー」
「ああっ! ごめん、すっかり忘れてた。明日、何か美味しい物食べに行こうね」
「ありがとよ、ラッミス。でだ、ハッコンは何かくれねえのか?」
半分冗談なのだろうが、彼女の知識にはお世話になっているし、これからも力を貸してもらいたい。そんな彼女に相応しい商品となると、実は既に決まっているのだ。
ただ、この商品は他の人に渡すと悪用されかねないので、周囲にバレずに渡す機会を窺っていた。なので、この状況は丁度いい。
「なーんてな。冗談だから、真に受けるな……おおおおおおっ! こ、これはっ!」
赤と白の細長いボディーに変化した俺を、抱きしめるようにヒュールミが掴んでいる。その瞳は爛々と輝き、口は荒い呼吸を繰り返している。
目が怖い、目が怖い。食いつくとは思っていたが、ここまでの反応を見せるとは。
「ガラス板の向こうに、色んな道具があるね。あ、ヒュールミが好きそうなのばっかり」
そう、今回は工具の自動販売機だ。品は、安全メガネ、マスク、コンベックス(メジャー)、手袋、八種類のドライバーセット、撥水加工に優れたナイロンヤッケとなっている。
工具専門店の自動販売機なので品質も良く、手袋だって抗菌防臭加工を施し通気性に優れ滑り止めもついている。ヒュールミにしてみれば喉から手が出るぐらい、欲しい逸品だろう。
「ね、値段は幾らだ! ラッミス、足りなかったら貸してくれ!」
「え、あ、うん」
目を血走らせて迫るヒュールミの迫力に気圧されているな。こういった品は職人にも売れるのは理解しているのだが、技術の流出を何処までしていいのかが悩みどころなのだ。だから、基本的には消耗品しか置かない事にしている。
ヒュールミは悪用しないと信じているので、こうやって提供することに抵抗はない。
手持ちの現金を確認しているが、今回は誕生日プレゼントだから料金を貰う気はないよ。
商品一式を取り出し口に落とすと、全て掴み天に掲げるようにして「おおおおおおおぉぉ」と声を漏らしている。あ、ラッミスが距離を取った。
「ハッコンマジでいいのか貰っても!」
「いらっしゃいませ」
「ありがとう、愛してるぜっ!」
感極まったヒュールミが俺のガラスに接吻をすると、踵を返して工具を机に並べて試している……って、びっくりしたー。まさかキスされるとは。こういう時、触感が無いってのは辛いな。ま、まあ、悪い気はしないけど。
「ハッコン、嬉しそう……」
何を仰っているのでしょうかラッミスさん。何故、半眼でわたくしめを睨んでいらっしゃるのでしょうか。
「むぅー」
頬を膨らませて拗ねている顔もなかなか、とか余裕を見せている場合じゃないな。
それからラッミスの機嫌を取る為に、あれやこれやと好きそうな商品をプレゼントしたのだが、一日不機嫌なままだった。




