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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
二章

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30/277

打倒、鎖食堂!

「では、第二回、打倒、鎖食堂殲滅大集会を始めます!」


「うおおおおおっ!」


 暑苦しい男のノリに、ついていけていない女店主たちの、恥ずかしそうに拳を突き上げる動作に萌えそうになる。

 今日も前回と同じ面子でやるようだ。司会進行はムナミで決定なのか。

 場所は、宿屋の女将さんが臨時で営業しているテントの中だ。机と椅子の殆どが壁際に寄せられているので、結構スペースに余裕がある。


「今回は対抗策として新メニューの開発についてです。皆さんには前回通知しておいたので、試食品を持ってきていらっしゃいますよね。では、まずは私たちから」


 そう言って試食品の料理が丸テーブルの上に置かれ、店主たちが味を確かめて意見を交わしている。全員が料理を提出し終わったのだが、正直どれもパッとしない。

 既存の料理に少しアレンジを加えた程度で、味の方はわからないが他の人の反応を見ている限りでは、芳しくないようだ。


「では、ここで今回も参加していただいたハッコンさん。何か助言はありませんか。例えば私の試作品はどう?」


 俺の目の前に突き出された料理は、とろみのあるスープのかかったバスタのようだ。クリームパスタのようにも見えるが、にしては色が白ではなく黄色だ。


「ええと、ハッコン困っているみたいだから、うちとヒュールミが食べて感想を伝えるから、それで何とかならない?」


「いらっしゃいませ」


 ああ、そうだった。今日は臨時ゲストとしてラッミスとヒュールミも参加している。客側からの意見も欲しいからだそうだ。

 俺の味覚の代わりをしてもらえるなら、助かるよ。


「ハッコンが良いって言ってるから、ムナミ食べていい?」


「うんうん、是非お願い。ヒュールミもよろしくね」


「味覚にはあんま自信ねえんだけどな」


 二人は黄色のスープパスタを口に運ぶ。黙って咀嚼してから、二人は口を拭った。


「うん、美味しいと思う。ただ、味が少し薄いような? スープは動物の出汁だと思うけど、とろみは野菜からかな。もうちょっと濃厚な方がパスタに絡んで美味しいと思うよ」


「確かにそんな感じだな。パスタはもうちょっと硬めにゆでた方が良くねえか。パスタにスープを吸い込ませる余裕を持たせた方が、食いやすいと思うぜ」


 二人とも的確な意見じゃないか。ラッミスは手料理が得意らしくて、味も一流の料理人に匹敵するとヒュールミが自慢していたのは嘘ではないようだ。そんな料理を幼少から食べている彼女も同様に舌が肥えているのか。


「ちょ、ちょっと待って。メモするから。ええと、ハッコンは何かある?」


 動揺してムナミが素に戻っている。俺の意見か……二人の改善策以外に思いついたことか。あークリーム系の濃厚パスタなら、これどうだろう、ホワイトクリーム系パスタ。

 缶に入ったスープパスタもあるのだが、長時間スープに浸されることが前提になるから、普通のパスタとは違うものを使っているので、参考になるかは微妙だったりする。

 なので、俺が出すパスタはフェリーで置いてあった、特別製の自動販売機で売られていたパスタだ。こっちはスープとパスタが別になっているので、自分で封を切ってかけるレトルトタイプで缶と比べたら手間がかかるが、味は結構良かった記憶がある。


「ふわっ、これってパスタと袋? ええと、これ温かいけど封を切れってことよね。何かハサミの絵が描いているから、ここを切り取って中身を注ぐ……白くて茸と燻製肉かしら。味は……んぐっ、美味しい! 濃い目の味付けでとろみも強い。これって動物の乳なのね。うんうん、だとしたら……」


 どうやら参考になったようで、メモを手に調理場へと向かっていった。

 そんな彼女を見送った店主たちは一斉に俺たちに群がり、二人は試作品を次々と試食する羽目になっている。

 揚げ物の露店をしている人には、から揚げとフライドポテト。

 温かいスープが自慢の店主には、豚汁、シジミ汁、味噌汁を。味噌が存在してなさそうだが、店主のインスピレーションを刺激したようで、何度も頷いていた。


 双子の女性はスイーツを提供しているそうなので、鹿児島で食べたことのある透明の瓶に入ったクレープを取り出す。この自動販売機に置いてあるクレープは地元では結構有名らしく、種類も豊富で実はかなり美味しい。

 クレープは女性陣にかなり好評で、色気たっぷりのシャーリィさんの店で働いている女性たちに受けそうだ。あそこの近くに露店を構えたら、結構儲かりそうな気がする。

 そんな感じで、各店舗の得意分野に合わせた料理の提示と、二人からのアドバイスを聞いて各自メモを取り、あれやこれやとメニューの開発にこの場で取り掛かっている。さて、じゃあ、ここからは商売だ。


「あれ、ハッコンまた形変わったけど、これって卵?」


 そう、今度は卵の自動販売機にフォルムチェンジをした。実は卵の自動販売機と言うのは意外とポピュラーで、日本各地で見かけることが多い。

 食材の手配が上手くいってないそうなので、卵が飛ぶように売れて行く。更に地方で良く見かける野菜の自動販売機に変化すると、またも店主たちが奪い合うように購入していった。

 スープパスタとクレープに必須なので、もちろん牛乳も販売しておく。ただ、生肉を売っている自動販売機には出会った経験がないのでどうしようもない。たぶん、食品衛生法に絡んでくるから日本では置けないのだと思う。肉の提供はハンターたちに頑張ってもらおう。

 価格はかなり良心的な値段にしておいた。食材の販売は飲食店の店主たちにかなり好評だったので、週に一度だけ食材を販売する時間を確保することに決定する。冬の間だけでも頼むと懇願されたので、了承することにした。


 あれから三日が経過し、今日が飲食店で取り決めた一斉蜂起の日となる。

 今日から飲食店の営業時間帯は食べ物を置くことを控え、彼らの活動を後押しする。飲料も彼らの新メニューに合いそうなものをチョイスしておいた。

 勝負は鎖食堂が開店セールを実施中の一ヶ月。この間に客の流出を防ぎ、胃袋を鷲掴みにする。

 鎖食堂は利益が出ないと判断すると、即座に撤退することでも有名らしいので、開店セール中に売り上げが悪ければ、清流の湖階層での出店を取りやめる可能性が高い。

 やることはやったので、あとは結果を待つだけだ。各店舗が良く見える場所に配置してもらったので、今日一日じっくりと観察しておこう。

 午前中は全店舗が準備に追われ、昼を迎える直前に一斉に活動を始める。


「今日から新メニューを販売するよ! ズュギウマをカラッと揚げた若者に大人気の一品! さあ、お試しあれ!」


「肉の旨味を封じ込めた至高の一品。ここでしか味わえない味だよー」


「こってりした物を食べた後に、優しい甘さの可愛いお菓子はいかがですかー。中身の果物は自由に選べますよー」


 大声を張り上げ、露天商の面々が呼び込みを始めている。

 鎖食堂が出店してきてから二週間が過ぎ、客が目ぼしい料理はあらかた味を確かめたタイミングで、露店に見たことも聞いたこともない商品が並ぶ。

 そして、露店に並ぶ料理の数々は常習性のある俗に言うジャンクフードばかりだ。栄養バランスも悪くカロリーも高い物ばかりになるが、この世界の人々は現代日本に比べてカロリーの消費量が半端ない。


 そもそも、冬場は野菜を滅多に摂取できないのが当たり前の世界で、そんなことを気にすること自体が間違っている。この時期に野菜が入っていると割高になるので「栄養バランスを考えて野菜を入れました。だからお値段高めです」なんて言ったら客は寄り付かない。

 ハンバーガーを置いている露店は中にレタスを挟んでいるだけでも、贅沢なのに安いと絶賛されているぐらいだ。


 露店ごとに特色が出るように料理が被らないようにしているが、今のところ、から揚げが一番売れ行きがいい。次いでハンバーガー、そしてたこ焼きっぽい物だ。蛸が無いので肉が入っているらしい。たこ焼きソースは俺が提供している。自動販売機で普通に売っていたので、生前何度か購入していた。

 ハンター協会前の広場が露店地帯なので、依頼を達成して懐が温まっているハンターたちが即座に購入できるという立地条件もプラスになっているようだ。鎖食堂は広い敷地面積が必要なので、少し離れた場所に店舗を構えている。冬の寒い時期だとそこまでの移動すら億劫に感じる人が多い。

 そして、露店から立ち昇る湯気と食欲をくすぐる匂い。この誘惑に耐える方が難しいだろう。味の方はラッミスとヒュールミのチェックが入り、かなり自信のある仕上がりになっているようで、店主たちは自信満々だった。


「あれ、これは何なんだ」


 露店で立ち食いをしていたハンターの一人が、店主に名刺大のカードを渡されて首を傾げている。


「これは、一つ買ってもらったら判を一つ押すんだ。全て埋まると協力店で一銀貨分割り引いてもらえるって寸法さ」


「へえー、面白いな。って、ここの店だけじゃなくてもいいのか」


「ええ、店の前にこのカードの絵が描かれている店ならどこでも、いけますぜ」


 これこそが秘策第二段。ポイントカードの導入だ。協力店と言うのはもちろん、あの会議に参加していた店主たちが経営する飲食店だ。

 このポイントカードをどうやって彼らが思いついたのか。そのきっかけは俺だったりする。カードを入れてポイントが貯められる自動販売機というのは、今ではそう珍しくない。

 そしてメーカーによっては商品を買う際にポイントカードを貰えるものもあり、俺はその機能を得て、実際にカードを落として理解してもらった。


 まあ、店主たちは意味がわからなかったのだが、ヒュールミが使い方を理解してくれて、彼らに教えてくれた。ヒュールミの考察力には助けられている。

 俺のにわか知識と二人のアドバイスにより、清流の湖階層の飲食店が奮起した結果、かなり優勢に事が運んでいる。目新しさで客を引き留めている状況だが、それでいい。短期間こちらが優勢でいれば、鎖食堂は撤退してくれるのだから。


 昼はこちらが圧倒的に優勢で、視察に来た鎖食堂の呼び込みが悔しそうに睨んでいたのが印象的だった。

 夜は冷え込みが厳しいので露店は早々と店を閉めたのだが、昼にポイントカードを使える店を宣伝しておいたので、宿屋の臨時テントやポイントカードを使える店に人が流れ込んでいる。

 昼とは逆に野菜をふんだんに盛り込んだスープや炒め物が、低価格で提供されているので、昼間こってりした物を食べた人や、老人女性に人気のようだ。


 もちろん、低価格で提供できる理由は俺がギリギリの値段設定でやっているからなのだが。それでもポイントはマイナスになっていない。鎖食堂が撤退したらライバルになる飲食店に塩を送るような真似をしているが、それでいいと思っている。

 ラッミスはハンターとして活躍をしたいという望みがあるらしい。今は集落の復興を最優先にしているが、冬を越えれば再びハンター活動を始めたいと思っている筈だ。なら、集落の食を安定させておいた方が、人も集まり集落が寂れることは無いだろう。


 それに、ラッミスは俺に遠慮をしている節がある。俺が必要以上に集落から求められている状況なので、彼女が動きにくいという現状も打破したい。

 とまあ、色々考えては見たが本音は……折角、異世界に転移したからには色々見て回りたいし、もっと異世界を堪能したいよな。

 っと、お客が来た。まずは自動販売機の仕事をこなしてからだ。


「いらっしゃいま    せ」


「よう、ハッコン。中々楽しいことしているな。ちょっと男同士……お前、男だよな? まあ、それは今どうでもいいが。お前さんに、相談事があるんだよ」


 ケリオイル団長のいつもの軽薄そうな表情を見て、嫌な予感を告げる警報が鳴りやまなかった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 近所に冷凍生肉自動販売機あるけどあれってレアだったんだな たしかに他で見たことないわ
[一言] ハッコンが転生したのが最近であったら生肉の自販機もあったのにね、残念
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