自販機の体
情報を収集した結果、以下の事がわかった。
PTというのはポイントのことで、これを消費して商品の補充と変更。そして、自動販売機の機能すら変えられるらしい。
機能追加と言うのは飲料を温めたり冷やしたりするだけではなく、冷凍食品を温める機能やカップラーメンにお湯を注いだりも可能になるみたいだな。色々書いてあったが、上の方だけざっと目を通しておいた。
機能追加はおいおい調べるとして、まずは変更できる商品の種類を調べたのだが、ずらっと尋常ではない量の商品が並んでいた。その全てに目を通したのだが、どうやら俺が死ぬまでに自動販売機で購入した物は、全てポイントで得られるようになっているようだ。
試しに、冷たいミルクティーをポイント交換してみたのだが。PT10消費して、(冷)ミルクティー(100個)が手に入った。冷たいコーナーを占領していたミネラルウォーターの一番右だけをミルクティーと入れ替えておく。値段も設定できるので100円にしておいた。
ちなみに100円で1ポイントと変換できるそうだ。って、もしかして、俺って売り上げを使い自力で補充するシステムなのか。何と言うか一般的な自販機から逸脱しているよな。
そうそう、おかしなところと言えば自分の体を確認できるようになってわかったのだが、俺の体電気で動いていない。説明にもあったのだが、どうやらポイントを消耗して電力代わりにしているらしい。一時間で1ポイントの消費なので一日で24消滅することになる。つまり一日2400円も消費するのか。
まだ900以上は残しているので、一ヶ月はこのままでも稼働し続けられるようだ。とはいえ、ポイントの無駄遣いは自重しよう。売り上げが安定するまでは冒険を控えないと。
とまあ、色々と考察しているのには理由がある。暇なのだ。自動販売機になってから丸二日過ぎたが誰も来やしねえ。よく見ると道も舗装されてない湖畔に置いても、人が来るわけないよな。
まさか……一生誰も現れずに機能停止なんてオチは無いだろうな。
ん、んー、機能追加も調べておくか。タイヤが生えて自動で動く機能とかないだろうか。ここはどう考えても場所が悪すぎる。もっと、人の多い場所に移動したい。
ええと、機能、機能。電子レンジ、お湯とかがあれば温かい食べ物を提供できるな。他には、おおっ紙コップに注ぐタイプも可能なのか。あとは……ん? 機能の下に何か変な項目があるな。何だこれ。
「グゲッゴゲッゴ」
お、生き物の声がした。考え事は後回しにしよう。ずっとボッチプレイだったからな。生き物がいるというだけで妙に心が弾むぞ。
聞いたことのない鳴き声だったがカエルっぽいような。声の聞こえてきた方向は湖近くの森からか。目があるとは思えないが気持ちだけでも目を凝らしてみる。
木の影から何か出てきたぞ――はい? え、最近のカエルって皮膚が黒っぽくて革製の鎧っぽいのを着込むのが流行なのか。手に出来損ないの木製バットのような物を握っているな。おまけに二足歩行しているぞ。
新種のカエルというには無理があるよな。顔が人間ぐらいの大きさだし、剥き出しの腕と足には無数のイボがある。目は吊り上がっていて、カエルのくせに鋭い犬歯が見える。
あれ、どう見ても化け物だよな。二足歩行のイボガエルか。身長は150もなさそうだが見るからに凶悪そうな生き物だ。
特殊メイクだとしたらハリウッドも真っ青なレベルだが、肌のヌメっとしたテカリ具合と、目の動きが作り物とは思えない。
ってことは、ここは日本じゃないのか。普通なら驚く場面なのだろうけど、自動販売機になった時点で常識とか鼻で笑う次元だよな。
あれっ、異世界とかだとしたら通貨とかどうなってんだろう。円じゃないよな、やっぱ。てことは日本円を手に入れられないから、詰んでないか!?
「ギュルグゲッゴ?」
あ、カエル人間がこっち見ている。おいこら、近づいて来るな。待てよ、革鎧を着ているのなら知的生命体の可能性が高い。見た目で判断するのは人として最低だ。初めてのお客さんになるかもしれない。
「いらっしゃいませ」
言葉は通じなそうだが、取り敢えず挨拶しておいた。
「グワゲゴ!?」
驚いて周囲を見回しているぞ。残念、声は自動販売機からなのだよ。
棍棒を構えて、腰を低くしているな。ここで、もう一度声をかけたら、良いリアクション見せてくれそうだが……やめておこう。
暫く、様子を伺っていたのだが何者かを発見できずに諦めたようで、再びこっちに向かってきている。
近くで見ると、迫力満点だな。爬虫類や両生類ってそもそも苦手なんだが、それが人間と変わらない大きさになると、おぞましさも倍増だ。
自動販売機である俺から一定の距離を保ったまま、グルグルと周囲を回っている。これが何であるか理解できないのか。
一周して帰ってきたカエル人間が腕を振り上げ……って、おいやめろ! その棍棒で何する気だ!
止める術を持たない俺は棍棒が振り下ろされるのを黙って見ているしかできなかった。
ガラス部分に棍棒が当たり、衝撃で自動販売機が揺れる。
《3のダメージ。耐久力が3減りました》
今度は何なんだこの文字。ダメージとか耐久力ってゲームじゃあるまいし。ああ、くそ。自動販売機を傷つけるなんて、最低の生物だ。この機能的でありながらも芸術性溢れるフォルムが理解できないのか!
《2のダメージ。耐久力が2減りました》
くそ、カエルが調子乗りやがって。無抵抗なのをいいことにまた殴りやがったな! 痛覚が無いみたいだからまだマシだけど、このままだと故障しないか!?
って、耐久力って何だ。この自動販売機の頑丈さというか生命力ってのが妥当っぽいけど。
《耐久力 これが尽きると自動販売機は壊れて使用不可になります》
あれか、HPみたいな感じか。今どれだけ残っているのだろうか。てか、自動販売機の耐久力とか性能を調べることは……。
《自動販売機
耐久力 95/100
頑丈 10
筋力 0
素早さ 0
器用さ 0
魔力 0
〈機能〉保冷 保温 》
おおっ、何かまた出てきた。これが俺のステータスか。耐久力と頑丈以外は0て。まあ、他の能力は自動販売機には必要ないだろうけどさ。魔力が表示されいてるって事は魔法が存在する世界って事なのか……くそっ、魔法使える自動販売機とかカッコ良さそうなのに、魔力もないのか。
って、アンニュイな気分に陥っている場合じゃなかった。ど、どうする。このまま、殴られ続けたら破壊されるぞ。ど、どうにか、撃退か耐久力を回復させる方法は無いのか!?
《耐久力はポイントを消費して回復できます》
そ、そうなんだ。だとしたら、ポイントは900まだあるから、持久戦に持ち込めば相手が諦めるかもしれない。
そんな俺の考えを嘲笑うかのように、森から新たに三体カエル人間が現れた。フラグ回収早いな!
や、やばい、やばすぎるぞ。カエル人間の一体は手に斧もってやがるし、あれで叩かれたらシャレにならんぞ。
《2のダメージ、耐久力が2減りました》
わかってるよ! ど、どうする。機能追加で何か良さそうなのはないか!?
お湯注入 購入時ファンファーレ 受け取り口の衝撃吸収材 当たり付きルーレット……使えねえなあッ! もっと、こう現状を打破するような画期的な機能は!
その時、俺の目に飛び込んできた機能に目を奪われた。目は無いけど。
《変形》ポイント1000000000
何だ、ロボットにでも変形してくれるのだろうか。これは男のロマンが詰まった機能だ! でも、10億ポイントってお前な……取らせる気ないだろ。
だ、ダメだ。もっと現実的で購入可能な機能は、現状を打破できるとっておきとかないのか!?
ざっと目を通していく間にも《2のダメージ、耐久力が2減りました》と報告の文字が何度も浮かんでいる。ああ、早く、早く、何かもっと効果的……あ、そういや下の方に。
さっき見つけてはいたが後回しにしていた、あの文字をもう一度確認する。
《加護》
加護って何だ。って考えるのは後にして取り敢えず、これを調べよう。
《加護 神から与えられる特別な力。一つだけポイントを消費せずに得ることができる》
おおっ、一個だけ自由に選べるのか。何かよくわからないけど、すっごい超能力みたいな魔法みたいな力だよな!? よ、よーし、選ぶぞ!
《身体変化 視界移動 念話 吸収 強奪 剣技 格闘技 火属性魔法 水属性魔法――》
格闘系とか剣技とかどうしろと仰るので!? 手も足もねえよ! いつか変形取ってから手に入れてやるからな、待ってろよ!
って言ってる場合じゃないって学習しろ俺!
魔法って、魔力ないから使えないじゃないか。ええと、他には念話で話しかけるというのは、言葉は関係なく通じそうだが、説得に応じるようには見えないよな。
ほ、他には、自動販売機でも有効そうな加護は無いのかっ!
下の方まで目を通していくうちに、一つ目を逸らせない単語があった。それは〈結界〉と書かれていて、効果は《自分の周囲半径一メートルに不可侵の結界が張れる。対象を選んで出入りを可能にできる》こ、これだああああっ!
《2、3、5のダメージ 耐久力が10減りました》
もう、時間も余裕もない。こ、これにするぞ!
〈結界〉を選ぶと、体に温かい何かが潜り込んでくるような感覚があった。な、何か、良くわからないけど〈結界〉発動っ!
「グゲゴゴゲゴッ!?」
おっ、カエル人間が吹っ飛ばされやがった。尻もちをついてやがるな。今までよくも好き勝手殴ってくれたな、何か一言言わないと気が済まんぞ。
「またのごりようをおまちしています」
ふっ、言葉は通じないようだが、気分がすっとした。カエル人間も馬鹿にされたのを理解したのか、手にした武器を掲げて突っ込んでくるが、俺の周りの青白い光に阻まれて、近寄れないようだ。
「あたりがでたらもういっぽん」
更に挑発してみる。おうおう、躍起になって突っ込んで来よるわ。この〈結界〉もしかして凄くできる子なのではないだろうか。半透明の青い壁が四角く周囲を取り囲んでいるのだけど、そこに何度も武器を振り下ろされているが、余裕で弾き返している。
ふはははは、これで壊れない無敵の自動販売機の完成だ!
《ポイントが1減少 ポイントが1減少 ポイントが1減少……》
ちょ、ちょっと待て! ポイントが湯水のように減っているのですけどっ。何だ、この〈結界〉って持続するのにポイントを消費するのかよっ!
え、ちょっと、そ、そろそろ、カエルさんたちは自宅に帰るというのは如何でしょうか。
「またのごりようをおまちしています」
あ、攻撃の勢いが増した。今のは挑発したつもりじゃなかったのだが。おおっ、ガンガンとポイントが減っていく。ほんとマジで、もう諦めた方が良いと思うのですがっ!