脅威
壁掛け燭台がその部屋には四つ設置されていた。
薄暗い室内の中心には巨大な丸い机があり、それを取り囲むように十三の人影が並び座っている。
誰も口を開かず沈黙が支配している場で、一人の女性がすっと立ち上がった。
「みんな、よく集まってくれた。定例会議を始めるわよ。今回の議題はもちろん――アレよ」
アレという不審な何かを指す言葉に、一同が騒めく。
「まさか、奴らがここにまで手を伸ばすとは」
「ああ、油断していた」
「対策を練らねば、一瞬にして滅ぼされるぞ」
物騒な言葉が次々と彼らの口から漏れ、悲痛な呻き声も聞こえてくる。
薄明りに照らされた顔はどれも暗く、生気が感じられない。
「静粛に。現在わかっている情報をまとめておいた……頼むよ」
女性に促されて隣に座っていた、エプロンスカート姿のメイドのような格好をした女性が立ち上がり、手にした資料を開く。
「では、アレは開放されたダンジョン内階層の七割を手中に収めています。そして、今回ここにも手を伸ばしてきました。我々は今こそ一致団結してアレの排除に努めなければいけません。そこで、今回、切り札としてある御方をお呼びしています。では、一言いただけますか」
「いらっしゃいませ」
清流の湖階層の集落で飲食業を営んでいる面々の会合に、強制参加させられた俺はそう口にすることしかできないでいた。
こういった会合は年に三度決まった月日に開かれていて、真面目な話をする場合もあるのだが、基本的にはお互いの情報交換と後は雑談で終わる。
しかし、今回は特別に急きょ開かれた会合であり、全員の表情に余裕は微塵もない。切羽詰った様子が見ているだけで伝わり、正直居心地は悪い。
「ハッコンさんは何か意見があれば、いつでもどうぞ」
ムナミにさん付けをされると気持ち悪いです。この人、役割になりきるタイプなのか。優秀な秘書官っぽいイメージでやっている気がする。
「話を続けさせていただきます。現在、この集落には大量の人々が流れ込んでいます。百人程度だった人口が膨れ上がり、今や住民は五百人近いのではないかと噂されています」
「最近、活気がありますからなぁ」
「本来なら喜ぶべき事態なのだが」
集落は復興作業で人手が幾らいても足りないぐらいなので、本格的な冬を迎える前にせめて外壁だけは整えようと、最近人の出入りが激しかった。何とか、敵の侵入を防げる程度の杭の壁は揃えたらしく、ほっとしているという現状だそうだ。
「人が増え、飲食業界としては嬉しい限り……だったのですが、その事により奴らが動き出してしまいました。ダンジョンの食を全て制覇するという目的の、最強最悪の食堂――鎖食堂がっ!」
「くそう、ここはあいつ等がいないから、儲かると思っていたのによっ!」
「俺なんて別階層で商売していたのに、やつらが集落の食需要を全て奪っていきやがった!」
悲劇の主人公のようなノリで騒いでいる飲食店主を眺めながら、話を頭でまとめていく。
つまり、このダンジョンの各階層には人々の集まる集落があり、そこに飲食店を出店している大手がいるってことだよな。つまり迷宮チェーン店か。
今までは人口が百前後だった為、利益が低いと思われて手を伸ばしていなかった。だが、最近の人口増加を見て儲け時だと判断したようだ。
その大手チェーン店の名前が鎖食堂というらしい。彼らが出店する店舗は飲食店とは思えない規模で、飲食はもちろんだが、保存食や携帯食料も取り揃えてあり「食の全てが揃う鎖食堂」というのがキャッチフレーズらしい。
鎖食堂は契約農家から直接仕入れ、中間業者を挟まないことにより低価格高品質を可能にしている。転送陣を運営している業者とも繋がりがあり、格安で利用できるので食料の運搬費がかからず、値段品質で一般の飲食店が太刀打ちできないという状況だ。
そして、鎖食堂が出店した集落は、他の飲食業が蹂躙されていくという最悪な展開が待っている。
これって現代日本でも良くある話だよな。地方に大型店舗が建ち、商店街や小売店が軒並み潰されて商店街がシャッター街になった前例なんて幾らでもある。
「奴らはこの時期を狙っていたのでしょう。冬を迎え、食材が高値で取引され我々が値段設定で頭を悩ます、この時期に。あっちは食材を新鮮に保つことが可能な魔道具を大量に所持しているようで、冬場でも変わらぬ料理を提供できるそうです」
つまり大型冷蔵庫みたいなものなのかな。
ここの飲食店の八割が露店で営業しているので、そんなものがある筈もない。材料が仕入れられなかったから、今日は休むなんて当たり前のことだったりする。
「転送陣も奴らが手を伸ばしているのでしょう、露骨に値上げを始め食材の流通が滞っています。我々は本気で追い込まれている現状です」
「くそぉ、俺たちは蹂躙されるだけなのかっ」
「うちには可愛い子供たちがいるんだぞ。どうやって冬を越せばいいってんだっ」
机に拳を叩きつけ、悔しがっている店主たちの動作が――芝居がかっている。ちらっ、ちらっ、とこっちに視線を向けているのがなぁ。
ここまでの茶番劇で俺がここに呼ばれた理由が把握できた。この状況を打破する為の対抗策を俺に求めている。
正直、自動販売機としては大手チェーン店がやってこようが、それ程、影響はない。こっちは24時間営業も可能だし、鎖食堂が真似できないような商品を幾つも取り扱っている。カップ麺のフリーズドライ製法を、異世界の住民が可能にできるとは思えないし。
だけど、ここの住民を俺は気に入っているし、ラッミスのこともあるので住民に親切にしておいて損はない。俺がいつか壊れて使い物にならなくなった時に、彼女の居場所を確保しておく為にも。
あとは学生時代に老夫婦が営んでいた、お気に入りの店が、大型店舗に潰された苦い過去があるので、そのリベンジを異世界で果たすというのも悪くないよな。
「ということで、ハッコンさん協力してもらえませんでしょうか! ……手伝ってくれたら、宿屋が復旧した際にはラッミスの宿泊費を半額にするよ」
ムナミのボソッと呟いた後半部分に生身だったら反応していたな。うーん、そんな交渉しなくても手伝うつもりだったが、ラッミスが得になるなら断る理由は消滅した。
「いらっしゃいませ」
「ありがとうございます! ハッコンさん」
「おおっ、ハッコンが協力してくれれば、百人力……百箱力だぜっ!」
「これで、何とかなるかもしれねえなっ!」
沸き立つのは結構なのだけど、あれ、これって俺の責任重大だよね。何か勝ったつもりで盛り上がっているけど、何も手伝えなかったらどうするつもりなのだろうか、この人たち。
ため息の一つも吐きたかったが、決まった言葉が流れるだけなので、ぐっと堪えた。
「ここが鎖食堂なんだ。噂には聞いていたけど、すっごく立派だね」
「とうとう、この階層にまで出店しやがるのか」
ラッミスとヒュールミと一緒に敵情視察に来ている。今、店の前なのだが、流石にショッピングモール程の規模は無いが、この異世界で見た建造物でならハンター協会に次ぐ巨大な建物だ。
天井はドーム型で一階建てのように見える。木材の湾曲したパネルを並べてはめ込んだような円形の店舗か。集落で異彩を放っているデザインだな。
入り口の扉は大きく、原色に近い黄色の上着を羽織った店員らしい人が、大声を張り上げて客引きをしている。
「いらっしゃいませ、いらっしゃいませ。食の事なら何でも揃う、美味い安い便利でお馴染みの鎖食堂! 鎖食堂でございます! 開店記念として全品今なら何と、半額、半額で提供しております!」
何だろう、懐かしい気分になる。日本では結構良く見かける光景なのだが、異世界では異質のようで、物珍しさに店内に足を踏み入れる人波が途切れ無い。
かなり繁盛している。知名度の高さと実績も影響を与えているのか。新しくこの集落に来た人が、小さな商店よりこっちを選びたくなる気持ちは理解できる。
「おやおやおや。これはこれはこれは、敵情視察でしょうか」
客引きをしていた華奢な男が、揉み手をしながら歩み寄ってきた。顔に張りついている営業スマイルが胡散臭い。
「て、敵情視察って何でわかったんですか」
「ラッミス……背中背中」
額に手を当ててヒュールミが疲れたように頭を振っている。
そりゃ、俺を背負っていたら誰だってわかると思うよ。目立っている自覚は無いのか。
「それが噂のハッコンという意思ある魔道具ですか。うちの社長も気にしていましてね。どうです、うちで働いてみませんか。好待遇は保証しますよ」
まさかの勧誘だと。冗談で言っているという感じじゃないな、目が笑っていない。
相手側からしたら俺が一番邪魔な存在なので、いっそのこと自軍に引き込もうってことか。
「ハッコンは、そんなところで働いたりしないよ。ずっと、うちと一緒にいるんだからね。ねえ、ハッコン」
「いらっしゃいませ」
「ほーらね」
何でラッミスが胸を張ってドヤ顔をしているのか。でもまあ、異世界に転生したのだから、普通の安定した職場は正直興味ないかな。というより、ここで働いたらスーパーに置かれた自動販売機と大差ない気がする。
「それは残念ですね。まあ数か月もしたら、自分から売り込みに来そうですが。では、こちらは忙しいので失礼します」
自分から寄ってきておいて何を言っているんだ、この人は。
興を削がれたので、二人はこのまま帰るのかと思ったのだが、何もしない訳にはいかないようで俺を背負ったまま店内に入っていった。
自動販売機と一緒でも問題ない間口の広さで、室内は壁もなく広々とした空間になっている。右手の方は物販の販売所か。干し肉や日持ちのする食料を提供しているようだ。主にハンターを狙った商品っぽい。
中央から左に向かってカウンターが伸びていて、その奥には調理場がある。そこで注文をして商品を受け取るタイプのようだ。
他には長机が並び、椅子が等間隔に置かれている。あれだ、フードコートと同じシステムに見える。
ラッミスは肉と黄緑色の野菜が入ったパスタ。ヒュールミはパンと白身魚のムニエルのような物を頼んだ。
見た感じでは両方美味しそうに見えるが、食堂に普通に置いていそうな料理で特に変わった印象は無い。
「んー、普通に美味しいね」
「ああ、何と言うか想像通りの味だな」
二人は特に感動もなく淡々と食べている。味覚が備わっていないので、味比べができないのが辛いが、味は美味しいそうだ。でも、食べた時の喜びが全く伝わってこない。俺の商品を食べる時は二人とも嬉しそうなのだが。
「美味しいんだけど、何だろう。普通だよね」
「ハッコンの食事に慣れちまったせいか、驚きと言うか感動がねえな。普通に美味い」
成程な。チェーン店にありがちな一定水準は越えている味というやつか。
万人に受けるように尖った味付けはせずに、100点を目指すのではなく70点以上を狙う味。それが悪いという訳じゃない。どの店舗も味を統一しなくてはならないから、複雑で手間暇がかかる味付けはできない。それに低価格を売りにしているのだから、材料費にも限度がある。
おまけに調味料が貴重なので、この世界では塩味や薄味が基本らしい。
そこに付け入る隙があるかも知れない。
メニューも定番を押さえている感じか。ふむふむ、攻略の糸口が見つかったかな。




