真心を貴方に
視界が激しく上下左右に揺れている。そして、たまに猛スピードで景色が吹っ飛んでいく。
「ハッコン、もう少しでお昼だから、休憩しようね」
今日も元気に復興作業中のラッミスの声が至近距離から聞こえる。背中にいるから当たり前なのだが、降ろしてもいいんだよ?
誘拐されて帰ってきてから、ずっとラッミスが傍にいる。今までは作業中は地面に設置されていた俺を、何があろうと背負ったままでいるのだ。彼女が俺を手放すのは、トイレの時ぐらいで一日の大半を共に過ごしている。
別に嫌じゃないのだけど……依存が強すぎませんかね。
「若干引くぐらい仲良しだな。よっ、ハッコン元気してるか」
軽く手を挙げて近づいてくるのは、今日も黒衣のヒュールミか。相変わらず、服装やオシャレには無頓着らしく、ぼさぼさの頭を適当に縛っている。
一番小奇麗にしていたのが拉致監禁されていた時ってどういうことだ。
「あっ、ヒュールミ。体の方はもう大丈夫。疲れが残っていない?」
「おう。むしろ、監禁中の方が美味いもん食ってたから、バリバリ元気だぜ」
二人は本当に仲がいいらしく、毎日、休憩時間を狙って会いに来ている。
基本的にはヒュールミが知的なお姉さんといった感じなのだが、時折、ラッミスが母親の様に体を労わったりしている関係が面白い。
「しっかし、作業中ぐらいはハッコン降ろしたらどうだ。邪魔になんねえのか?」
「全然大丈夫だよ。力が有り余っているから、ハッコンぐらいの重しが無いと身体が軽すぎて逆に動き辛いの」
うーん、理由はそれだけじゃないよな。心配してくれるのは嬉しいが、過保護というか心配性も度が過ぎている。何とかした方が良いのだろうか。
「でもよ、ほらラッミスがいつも傍にいたら、気が引ける客がいるんじゃねえか?」
「あ、うー。でも、離れたら、また誘拐されるかもしれないし」
「ハッコンだって今度は警戒しているさ。なあ」
「いらっしゃいませ」
「う、うーん。ハッコンがそう言うなら」
渋々ながらだがラッミスは俺を地面に設置して、不満顔で少し頬を膨らませている。これでプライベートの時間も確保できるようになった。グッジョブだヒュールミ。
正直な話、ずっと背負われていたので売り上げがかなり落ちていた。そりゃ、人の背中で激しく動いている自動販売機から、商品を買う勇気がある人は一握りだろう。門番の二人は一度声を掛けて、動きを止めて貰ってから購入しているが。
ラッミスはちらちらと何度も余所見をしているので仕事に身が入ってないようで、怪我しないか心配だ。
こっちはかなり順調で、今まで様子見をして手を出せなかったお客が、俺の前に群がっている。よーし、今までの遅れを取り戻すぞ。
昼に予想以上の量を売り捌き、売れ行きが好調の商品を補充して、商品が全て温かいになってしまいそうなぐらい、ほくほくしながらハンター協会前の定位置に居座っている。
夕方になると、今までならラッミスは俺の隣で自動販売機の商品を食べていたのだが、気を利かせてくれたヒュールミが、仮店舗で営業しているムナミと女将さんの食堂へ連れて行ってくれた。
この時間帯はいつも人が途切れるので、久しぶりに一人――じゃなく、一台でまったり過ごしていると、俯き気味で誰かが歩み寄ってきた。
あれは、朝の常連三人衆の青年商人だよな。いつもは無駄に爽やかな笑みを浮かべて、人当たりのいい態度で老夫婦にも好印象を与えているというのに、身体の周りから黒いオーラを出しそうなぐらい、落ち込んでいる。
「はぁ……上手くいかないなぁ。最近は前よりも忙しそうだし。声を掛ける切っ掛けも……明日誕生日だって言うのに」
ため息交じりの呟きを聞いて合点がいった。彼は確か宿屋の看板娘ムナミに惚れこんでいるのだったな。関係を進展させたいけど、上手くいかず悩んでいる。恋愛がらみの悩み事か、相談に乗って上げたいけど相槌専門だからな。
「はあ、アコウイさん、最近根を詰めすぎで心配だ」
商人青年とは真逆の方向から迫りくる巨大な影はゴリ……両替商の助手をしているゴッガイだったか。
あの人は見た目に反して穏やかで、前も転んで泣いている子供が立ち上がるまで見守っていると「自分で立ち上がれて偉いな」と優しく微笑むような人だ。
「おや、両替商のゴッガイさんではないですか」
「これはこれは。先日はお世話になりました」
二人は顔見知りのようで、軽く会釈をしている。まあ、商人と両替商なら接点はあって不思議はないか。天気や商売と最近の噂話など、差し障りのない雑談を交わしている二人は心ここにあらずと言った感じで、下手な芝居を見ているようだ。
時折、両者が視線を俺に向けている。どうやら、二人とも何かを買いたいようだが、別に相手がいても商品なんて好きに買えばいいのに、何かあるのか。
「いらっしゃいませ」
「あっ、何か飲まれますか。僕が出しますよ」
「いえいえ、ハッコンさんにはお世話になっていますので、自分が」
二人は「私が」「自分が」を繰り返している。普通に話せたら「じゃあ、俺が」「どうぞ、どうぞ」という流れをやる絶好のチャンスなのだが。
「では、今回は僕が出しますので、次回お会いした時はお願いしていいですか」
「わかりました。今回はご馳走になります」
青年商人はいつものミルクティーを、ゴッガイはレモンティーを飲んでいる。両方温かいを選んだようだ。季節は初冬らしく、温かい物が美味しい季節だからな。ダンジョンの中なのに季節があるのかとか、そういう疑問は今更だよな。
「はあぁ、落ち着きますね」
「ハッコンさんの商品は本当に美味しい物ばかりで困ってしまいますよ」
一緒に温かい物を飲むという行為だけだというのに、二人の距離が少し近づいた気がする。さっきよりも会話が弾んでいるようだ。
「ところで、失礼だとは思いますが……何か深刻そうな顔を、していらっしゃったようですが」
「いや、お恥ずかしい。少しその、女性関係での悩みが」
「そうなのですか。良かったら、話してみませんか。悩みと言うのは口に出すと、少し楽になるものですから。ああっ、そうです。自分も上司のアコウイさん関連で悩み事がありまして、宜しければ自分の話も後で聞いてもらえると有難いです」
ゴッガイさんは自分の悩みも後で打ち明けるという条件を出すことにより、青年商人が話しやすい状況を作り出したのか。アコウイさんがきつめの性格で交渉があまり得意なタイプじゃなかったので、彼が常にフォローをしているのだろうな。
「実は、片想いをしている女性がいまして、近いうちに誕生日だという情報は得ているのですが、どうしたらいいのかと思いまして。贈り物を手渡すとしても、そこまで仲が良い訳ではない客の一人から、貰って嬉しいのかと」
「成程、確かに悩ましい問題ですね。贈り物というのは高価であればいいというものでもありませんので。かなり親しい間柄であれば宝石や装飾品もありですが、常連のお客から、いきなりそんなものを渡されては、変に意識されかねません」
「そうですよね。お恥ずかしい話なのですが、商売ばかりで恋愛経験も乏しく、こういった場合の最適な回答を導き出すことができないのです」
生真面目そうな青年だからな、色恋沙汰とは無縁の生活をしていたのだろう。
都合のいい物語やゲームで良くあるチョロイ女性なら、価値のある品を渡せば「え、こんなの受け取れません」とか言っておきながら最終的には受け取って好感度がうなぎ上りするのだが。ムナミはそういった輩に慣れていそうだから、笑顔で受け取ってそれで終わりそうだ。
「こういった場合は一般的な女性が喜びそうな、手頃な値段の物が良いかと」
「やはり、そうなりますか。僕もそう思って、ここに来たのです。ハッコンさんは人の望みを聞いて、相応しい新商品を仕入れてくれるという噂はご存知ですか」
「あー、自分も聞いたことがありますよ。商品どころか形も変化したとか……ここだけの話なのですが、夜の商売をされているシャーリィさんのところで利用されている、避妊具のような物はハッコンさんが提供したそうですよ」
そこら辺から情報が流れているのか。いつか都市伝説ならぬ集落伝説に挙げられそうだな。意思がある自動販売機の時点で今更だが。
「物は試しです、ハッコンさんに頼んでみませんか。自分も興味あります」
「そうですね。駄目で元々、ハッコンさん今の話は聞いていられましたか」
「いらっしゃいませ」
「なら、話が早い。女性の誕生日に贈るのに相応しい品は何かありませんか」
話を聞きながらずっと考えていたのだが、一つ思いついた物がある。
復興の最中で集落が活気づいているのはいいのだが、何と言うか余裕がないのだ。必要な物資は不足していないのだが、娯楽もそうだが生活でいっぱいいっぱいといった感じが拭えない。
ハンターや商売人は理想的な環境かもしれないが、お世辞にも女性には優しくない集落だ。ならば、ここで俺が提供する新商品は――。
「光が……え、またガラッと変化しましたね。え、これは、花?」
「これは見事な彩りの花ではないですか。この階層は湿地が多いですからね。自分はここまで美しい花をみたことがありませんよ」
そう、花の自動販売機だ。大半をガラス張りに変更して幾つか区切り、そこに花を並べている。購入した経験がなければ置けないので、花の種類は母の日に購入したカーネーション、バラ、墓参りに持って行く仏花、百合となっている。
ちなみに、母が購入する際にお金を払わされた経験が生きているようだ。
復興真っ只中で、町にあるのは建築材と瓦礫ばかり。花を見た記憶が全くない。そんな集落で色とりどりの花を手渡されたら、嫌な気持ちになる女性は殆どいない……と思う。
「なるほど、花ですか。値段もお手頃価格ですね。これはいい!」
「確か、アコウイさんは白い花が好きでしたね。自分も購入させてもらいます」
二人が思い思いの花を購入する。青年商人は仏花を。ゴッガイは白い百合を買っていった。
男性二人が花束を持つ姿に何故か温かい気持ちになるのは、俺だけだろうか。
手にした花束を見つめ目尻を下げ少し照れている二人の男性は、会釈をして立ち去っていく。二人とも上手くいけばいいな。暫くは、注意して情報を集めることにしよう。
「ハッコン、知ってる?」
あれから数日が過ぎた。本格的な冬が訪れる直前らしく、住民が慌ただしく冬を越える準備をしている。いつものように定位置で商品を販売していると、いきなりラッミスにそんなことを切り出された。
何のことかわかるわけがないので「ざんねん」と言っておく。
「えっとね。ムナミと女将さんが今、テントで臨時の食堂やっているでしょ、今、あそこ女性に大人気なんだよ。何でだと思う?」
と言われてもな。情報が少なすぎて反応に困る。食堂が儲かる理由なんて味だよな普通。でも、女性に大人気ってのが気になる。元々、女性二人で経営しているので、女性のハンターや住人が利用しやすいという話は聞いたことがあった。
となると、更に女性客の需要に応えるような配慮がされたということか。わかんないな。
「ざんねん」
「わかんないよね。実は、ムナミの食堂にね綺麗な花が飾られるようになったんだ。それがすっごく綺麗な花で。見ているだけで癒されるんだー」
おー、青年商人があれから頻繁に購入して、足しげく通っているかいがあったようだ。そういや、先日やってきた両替商のアコウイさんも、けんのある表情が少し薄れていた気がする。効果はてきめんだったのか。
ラッミスは花が好きなのかな。語っている時の目が輝いていたように見えた。
だとしたら、そうだよな、うん。
「わっ、ど、どうしたの急に形を変化させて……えっ、あの花、ハッコンが売っていたの?」
花販売モードになるとピンクのカーネーションを取り出し口に落とした。
「ええっ、うちにもくれるの!? ありがとう、ハッコン。大事にするねっ」
抱きかかえて、嬉しそうにクルクルその場で回っている。そこまで喜んでくれるなら、プレゼントのやりがいがあるってもんだ。
知っているかい、ラッミス。ピンク色のカーネーションの花言葉は『感謝』って言うんだよ。