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ヒュールミと一緒

「うっし、デートするぞ!」


 今日のお相手はヒュールミだ。

 以前、偽物の自動販売機を見に行った時と、似た服装のヒュールミがいる。

 いつもの黒衣姿もいいと思うけど、日頃と違う格好は新鮮で違った魅力を感じるな。


「研究の日々に加え、ずっと冒険ばっかだったからな。女として一度ぐらいは男を連れて買い物とかしてみたいんだ!」


 顔を真っ赤にしたヒュールミの頼みごとがこれだった。

 出会ってからずっと行動を共にしてきたから分かるのだが、男っ気が全くなかったからね。仲間の男性陣はイケメンだがコミュ障で俺にばかり構っていたミシュエル。見た目は悪くないのだが靴にしか興味のないヘブイ。

 あとは自動販売機の俺ぐらいだし……年頃の女性が過ごす日常としては悲しすぎる。


「今日は何処にでもついていくよ。いっぱい、楽しもう」


「えっ、なんで涙ぐんでいるんだよ?」


 研究と冒険の日々で潤いのある人生だったとは言い難い。充実していた日々であったことは間違いないけど。

 女らしいことの一つぐらいしたかったよな、うんうん。

 色恋沙汰に関しては深く考えるのはやめて、今はみんなの望みをかなえることだけに集中しようと思っている。


「なんか、釈然としねえけど、まあいっか。んじゃ、服を買いに行くぜ! こういうの憧れだったからな」


 今日はいつにも増して可愛らしく見える。口調が少し乱暴なので勘違いされがちだが、ヒュールミは仲間想いで可愛らしい女性だからね。

 今日は無理にテンションを高く保ち、恥ずかしさを誤魔化しているようだ。

 とまあ冷静に考察しているふりをしているが、実は俺もかなり動揺というか緊張している。

 デート……クリスマスやバレンタインデーにいい思い出が殆どない。その前後に変わった商品が自販機に並ぶ場合があるので、それだけが楽しみだった。

 世の中の男性がモテるために服装やプレゼントや食事代に費やす金を、ほぼ全て自動販売機に注いでいた人生だったので、この結果は当然なのだが。

 会社で同僚との会話でも趣味が自販機巡りだと伝えると、ドン引きされていた。


「そ、それじゃあよ、あのさ……よくわかんねえから、どうしたらいいか教えてもらえねえか」


 俯いてもじもじしているヒュールミ可愛いな。

 エスコートをしなければならないのか。日本での自分ならデートをする場合、ネットで情報を集め無難なコースを選び出していただろう。

 だが、ここは異世界で情報端末なんぞ存在しない。スマホの自動販売機はあるのだが、ネット設備がない異世界ではなんの役にも立たない。

 そうなると人々の口コミが大切になってくるのだが、俺は自動販売機として日夜人々に商品を売り、雑談に耳を傾けていた。

 自動販売機の前で飲み物を口にしながら、たわいもない会話をするというのは日本でもよく見かける光景。それはこの世界でも同じだ。

 つまり、俺はかなりの情報通ということになる。女性が喜びそうな店や場所も把握済み。そこからヒュールミが好みそうな店をチョイスすると……よっし。


「では、お嬢様、参りましょうか」


 わざと丁寧な口調になり、胸に手を添えてから頭を下げる。

 自分でやっておいてかなり恥ずかしいのだが、ヒュールミの反応が見たくて無理をしてみた。男勝りなところもあるが、実はこういうシチュエーションに憧れがあることを俺は知っている。

 俺から漫画雑誌を購入することがあるのだが少女漫画が多く、このような場面を何度も読み返していたからね。

 すっと姿勢を正すと――熟れたトマトの方が負けているのではないかと思えるぐらい、肌を赤く染めた彼女がぼーっと突っ立っている。

 うん、これが見たかった。



「で、何処に連れて行ってくれるんだ?」


「ヒュールミが興味ありそうなところだよ」


 彼女の趣味嗜好はある程度把握しているつもりだ。たぶん、喜んでもらえると思う。


「あ、あのさ、もう一度、名前読んでもらえねえか。ほら、自動販売機の時って名前呼ばれなかったからよ」


 頭をボリボリと掻いているのは、照れているのを誤魔化すときにやる仕草だ。

 名前……確かに言葉が足りなかったので、ヒュールミと呼んだことが一度もなかった。アネゴと言ったらむくれていたし。

 改めて求められるとこっちも照れるな。だけど、今日はどんな望みも叶えると決めている。


「ヒュールミ」


「お、おう」


 しまったな。自動販売機状態だったら、この映像を録画できたのに。

 そう思ってしまうぐらい、目の前の照れながらも微笑む彼女はとても魅力的に映っていた。

 そんな彼女を引き連れて向かった店は――町一番のおしゃれな服屋。

 可愛らしい服ばかりを並べた店の扉を開ける。入り口付近にいた店員に話しかけ、あることを相談すると快く承諾がもらえた。


「突っ立ってないで、入ったらどうだい」


「ええとよ。オレがこんな店に入るのはちょっと、場違いっていうか」


 店の前で物怖じしているな。確かに日頃の彼女からは想像もつかない服ばかり取り扱っている店だ。

 しかし、お姫様が着るようなドレスや、リボンやフリルといった淡い色合いの女性らしい、言ってしまえば少女趣味全開の服装に憧れがあるとこは把握済み!

 シンデレラとか魔法少女系のアニメ熱心に観ていたよね。この店はそういった服装を取り扱っているとの情報を、市民や領主のジェシカさんから得ていた。


「恥ずかしがらなくても、大丈夫だよ。今日はこのお店貸し切りにしておいたから」


「マジか! おおっ、貸し切りか……お姫様にでもなったみたいだな。ありがとよ、ハッコン」


「もったいないお言葉です」


「それ、やめい」


 笑いながら俺の胸を軽く小突いたヒュールミは、店内へと駆け込んでいった。

 ずらっと並ぶ色とりどりの服に目移りしながらも、次々と手に取って体に合わせている。


「これもいいな、これも悪くねえ。いや、オレには似合わねえか」


 いつも魔道具開発に明け暮れてファッションに興味がないように見えていたのだが、やっぱり乙女なのだな。


「それも似合っていると思うよ」


「おっ、そうか! あーでも、これとか高そうだな。品質もいいみたいだし」


 この店には値札がないので、実際の値段は店員に尋ねなければわからない。

 ヒュールミの鑑定眼は間違いじゃない。ここは高品質で、かなりお高くなっている。


「気にしないで好きな服を選んでいいよ。ここの代金は俺が払うから」


 一度言ってみたかったんだよな、この台詞。

 自動販売機と付き合えばいいのに、と周囲に言われ続けた人生。一生無縁だと思っていたリア充のような……感無量だ。


「そんな、悪いぜ」


「男に恥をかかせないで欲しいな。前のダンジョンで稼いだお金があるしね」


 自分で言っておいてなんだが、背中がぞわぞわする。気障な台詞は似合わない。


「こういうのは男を立てるべきなんだよな。あの本に書いてあったぞ」


 あの本とは彼女が密かに恋愛の教本としている少女漫画のことだろう。悪影響を与えるような雑誌は見せないようにしているが、少女漫画も過激な内容の作品があるので、ちょっと心配はしている。


「おっ、そうだ! どうせなら、ハッコンが選んでくれよ」


「えっ、俺が? 服装のセンス皆無だよ?」


「おう。ハッコンが選ぶ服なら、どんなものでも構わないぜ」


 まさかのイベントが発生してしまった。ヒュールミの服装選びをする羽目になるとは。

 せめて、何種類かヒュールミがチョイスしてから、どっちがいいか選ぶならまだしも……全てを託されるのか。


「で、でも」


「お願い、ね」


 くううっ、頬に指を当てて可愛らしくお願いされてしまった。今まで一度も見たことない言動に心臓が大きく一度跳ね上がる。

 気が多いな俺も。ラッミス一筋と決めているのに……これはヒュールミがラッミスに負けないぐらい魅力的なのが悪いのであって、自分の意志の弱さではない――よな、うん。

 って、今は彼女の為に過ごすことだけ考えないと。

 ヒュールミに似合う服か。この青いゴスロリのような格好はどうだろうか。リボンやフリルが付いているし、お姫様っぽく見えるような。

 ただ、胸部を強調するようなデザインなのでヒュールミに向いているかと言われると、まあ、あれだ。

 うーん、色がピンクとかの方がいいか? いつも黒衣だから明るい色がいいよな。シンプルなワンピースも悪くないけど、ピティーと被るか。

 シュイのようなボーイッシュな感じも似合うだろうけど、今求められているのは違うはずだ。自動販売機のデザインなら自信があるのだけど、服装となると難しい。


 そうだ、あれこれ悩んでいる暇はなかった。俺には三十分の時間制限がある。

 視線だけヒュールミへ移動させると、顔をほころばせてこっちを見つめていた。期待をひしひしと感じるぞ。

 考えれば考えるほど袋小路に迷い込みそうだ。よっし、決めた。完全に自分の好みで選ばせてもらおう!

 膝上の長さまでしかないスカートと丸みを帯びた大きな襟がついた半袖の服。その上から羽織る丈の短すぎる白いカーディガンのような上着。

 完全に俺の趣味だが、ヒュールミならきっと似合う。


「ヒュールミ、これでどうかな。俺が好きな組み合わせだけど……」


「おっ、ハッコンの好みなんだな! じゃあ、あっちで着替えてくるぜ」


 俺が手渡した服を掴むと試着室に飛び込んでいった。

 待っている間は手持無沙汰だったので、適当に服を眺めているとカーテンの開く音が背後からしたので振り返る。

 そこには俺の選んだ清楚なイメージを抱かせる格好をした、ヒュールミが佇んでいた。


「綺麗だ……」


 素直な感想が口から零れ出た。

 口元を押さえて俺を見つめていた彼女が涙目で微笑むと、その場でくるりと一回転するとスカートの裾がひるがえる。


「ありがとう、ハッコン。一生大切にするぜ……しますわ」


 振り返った瞬間に見せた、彼女の幸せに満ち溢れた表情を俺は一生忘れないだろう。


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