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ピティーと一緒

 今日は三日目か。空は晴れ時々曇りといった感じだ。

 ええと、今日の相手はピティーだったな。

 どんな願いかは確認していないので何を頼まれるのか……彼女相手だと若干心配なところがある。一応、叶えられることならなんでもいいとは言ったので、無理難題を口にすることはないと思うけど……う、うーん。

 体の灯りを点滅させながら悩んでいると、不意に影が差す。


 視線を正面に向けるとそこには淡いピンク色のワンピースを着たピティーがいた。

 いつもは地味で余計な飾りが一切ないシンプルな格好なのだが、今日はフリルや細かい刺繍が至る所に施された、見るからに高級そうな服装をしている。

 もちろん盾は持っていない。


「ハッコン……変じゃ……ない?」


 前髪はいつものように目を隠しているが、頬を紅潮させているので照れているようだ。

 髪も丁寧にブラッシングしているようで、深緑で艶のある真っすぐな髪に仕上がっている。

 女性の格好についてはちゃんと褒める、というのを自動販売機の前で会話する男女から既に学んでいた俺は、まず人間へと変形した。


「いつものおとなしい服装もいいと思うけど、そういうのも似合うんだね」


「ありがとう……ハッコンも……元の姿……かっこいいよ……」


 ミシュエルを毎日見ていると、かっこいいと言われることに違和感しかないけど、お世辞でも褒めてもらったら嬉しいものだ。

 でも、照れるなやっぱり。自動販売機の状態なら恥ずかしいセリフも結構平気になったけど、生身だと恥ずかしさが勝ってしまう。


「ええと、今日は何をして欲しいのかな? 前も言ったけど、できる範囲のことならできるだけ要望に応えるよ」


「あの……ええとね……ピティーと……恋人の……」


 俯き胸の前で指を落ち着きなく動かしている彼女。その先の言葉は聞くまでもない。ラッミスの存在がなければピティーの願いを叶える選択肢もあっただろう。

 一度ちゃんと断ったのだが、人の体と言葉ではっきりと言わないとダメか。


「ピティー、ごめ――」


「ふりをして欲しいの……」


 あれ、予想外の言葉が続いたぞ。真似事だけでいいってことか?


「えとね……前カレが……この町にいて……また付き合おう……って迫ってきて……」


 前の彼氏というのは、結婚詐欺師でピティーも騙して大量の金を貢がせていたクズのことだよな。彼女に言わせると恋人だったらしいが、デートどころか手を繋いだこともなく、ひたすら金を貢ぐだけの関係だったらしい。

 あれだ、ホストにはまった人と一緒だ。


「でも、元カレは結婚詐欺で北の牢獄にいるって聞いたけど?」


「うん……釈放された……みたい……」


 あれから数年経っているから釈放されたのか。でも一生出られないと聞いていたんだが、金でも積んだのかもしれないな。この世界の取り締まりはガバガバらしいから、金さえあれば大抵なんとでもなると聞いたことがある。


「つまり、元カレがしつこく迫ってくるから、恋人役としてそいつを追っ払って欲しいってことかな?」


「そう……ダメ……かな……今日……恋人のふりをしてくれたら……ハッコンのこと……あきらめるから……」


 すがるように俺を見ていた彼女の前髪が風にあおられ、隠れていた瞳が潤んでいるのを目撃して断れるわけがなかった。

 あきらめる、という言葉を聞いて胸が締め付けられたが、これでいいんだよな。


「いいよ、三十分しか無理だけど。それでいいなら」


「よかった……ええと、待ち合わせは……あそこ……」


 俺を先導するために先を歩くピティーに続く。

 ヘブイたちから聞いた話によると口が達者で厄介な男らしいので、ピティー一人だと言いくるめられる可能性が高い。

 俺と出会った当初は誰に何を言われても盲目的に元カレを信じていたのだが、共に過ごすようになってから、元カレのことはどうでもよくなったようだ。

 その理由は……俺の存在で間違いないだろう。惚れられたというより、依存が移っただけの気がしていたが、今は相手が本気なことぐらい理解している。

 これで彼女が納得できるなら制限時間まで彼氏を演じさせてもらおう。


「あの……恋人だから……」


 立ち止まり振り返ったピティーから、おずおずと差し出された手を躊躇わずに握る。

 こういう行為は逆に彼女に対して酷いことをしている気になるが、それを望んでいるというのなら付き合うまでだ。

 そのまま手を引いて彼女に連れていかれたのは、シュイの時とは真逆のおしゃれなカフェだった。男性一人で入るのには勇気がいる店構えをしている。

 店内にはカップルと女性ばかりで、一人で来ている男性はいないようだ。

 いや、一人いるな……窓際奥の席に移動すると、そこには先客がいた。


 金髪に目尻がつり上がった狐目の男。

 パッと見はイケメンだが、よく見ると頑張っているイケメン風だな。

 耳や頬を覆う髪の毛で顔の輪郭を誤魔化している。男なのに薄っすらと化粧しているようで、吹き出物が一つもない肌が逆に気持ち悪い。


「ピティー、そいつが例の彼氏かよ。けっ、冴えない男だぜ」


「彼を……悪く……言わないで」


 本気で怒っているようで、繋がったままの手が強く握られる。

 彼女が反論を口にするとは思っていなかったのか、糸のように細い目が驚きで見開かれた。

 ここで追撃しておくか。


「ピティーさんと付き合わせていただいています。貴方が昔の男でクズ野郎だというのは、彼女や愚者の奇行団の方々から聞き及んでいますよ。ふっ」


 俺は席に着かず、見下ろした状態のまま鼻で笑う。

 元カレが俺を睨みつけているが、何度も修羅場をくぐり魔物と戦ってきた俺に通用するわけがない。


「彼女が迷惑しているので、これ以上近づかないでもらえますか?」


「んだとっ! てめえ、こいつは俺のもんだ。愚者の奇行団がバックにいるからって、調子に乗ってんじゃねえぞ」


 椅子を蹴り倒して立ち上がった元カレが意気込んでいるが、まったく怖くない。子猫がじゃれついてきているレベルだ。

 ピティーが小刻みに震えているのが手のひらから伝わってくる。彼女の強さなら怯える必要はないのだが、恐怖が体と心に沁みついてしまっているのか。

 励ますつもりで強く握り返す。

 怯えて床に向けられていた視線が俺を捉えたので、大丈夫だよ、と自信ありげに笑ってみせた。


「愚者の奇行団の手は借りる必要がない。お前みたいな小物相手にもったいないからな」


 真面目に話し合うつもりだったのだが、今までピティーを騙し貢がせてきたことを思い出し、相手の対応を見て気が変わった。

 ……とことん叩きのめしてやろう。


「へっ、調子に乗るんじゃねえぞ。この数年、牢屋で俺は仲間を集い、出所してから連絡を取り合って今じゃ……こうだ」


 元カレが手をすっと上げると、店内の客全てが立ち上がり、隠し持っていた短剣や武器を手にしてこちらを睨んでいる。

 客に扮していた仲間だったのか。いや、客だけじゃなく店員も。数は二十か、用意周到なことで。


「愚者の奇行団を連れてきたときの備えだったんだがな。こいつをエサにして、ここで闇討ちする予定だったんだが」


 あー、本来は愚者の奇行団を襲うつもりだったのか。


「それは誰からの依頼だ?」


「けっ、それをお前が知ってどうすんだ。……まあいいか、聞いたところで誰にも話せなくなるんだしな。煮え湯を飲まされたどこぞの誰か、ってことだけ教えてやるよ」


 どうせなら「冥途の土産に教えてやる」というテンプレ台詞を期待していたのだが、定番の一つが聞けたのでいいとしておこう。

 しかし、二十人程度のチンピラ集団で俺たちをどうにかできると考えているのか。

 全員が余裕の笑みを浮かべているのがおかしくて、吹き出しそうになる。


「ピティーも……戦う……」


 やる気のようだが、恋人役としてやることは決まっている。


「ここは任せて。恋人は守ってみせるよ」


 盾がなくてもこの程度の相手なら、ピティー一人でもなんとかできそうな気はするが、ここでカッコつけるのが恋人の役割だろう。


「へっ、女の前で粋がるとろくな目にあわないぜっ!」


 俺に向かって元カレが突っ込んできたので、突き出されたナイフを素手で掴んで刃をへし折る。


「えっ」


 何が起こったのか理解できないようで、折れたナイフを握ったまま間抜け面を晒している。そのまま、手首を掴んで後方へ投げた。

 軽いな。大人一人だというのにバスケットボールでも投げたかのような感覚だ。

 仲間一人を巻き込んで床に転がっている元カレは気を失ったようだが、他の連中が殺気立っている。

 全員順番に倒してもいいのだが、制限時間が残り五分を切っている。ここは一気に決めさせてもらおう。

 手から次々とペットボトルを取り出し、店中にばら撒く。

 俺の行動が理解できない連中が戸惑っている。まあ、俺のことを知らなければ意味不明な行動だよな。

 準備は整った、勝負をつけるぞ。


「思う存分楽しんでいってくれ、自動販売機コーナー(ドリームワールド)だ!」


 店内に無数の自動販売機が現れ、なす術もなく蹂躙されていった。



「ハッコン……ありがとう……」


「いらっしゃいませ」


 制限時間を過ぎてしまったので自動販売機に戻った俺は、ピティーに抱きかかえられて移動している。

 これで元カレとは完全に縁が切れた。防衛都市の牢屋に放り込まれた奴は二度と牢屋から出ることはない。

 ここの領主であるジェシカさんとは冥府の王との一件以来、なにかと縁があり親しくさせてもらっているのでわかるのだが、あの人は不正を許すような人ではない。

 ピティーには自分の幸せを求めて強く生きていってほしい。クズや自動販売機相手じゃなく、まっとうな恋愛をして幸せに。


「ハッコン……防衛都市って……恋愛に寛容……なのを……知ってる?」


 唐突にそう切り出したピティーの意図が分からず、俺は「ざんねん」としか返せなかった。


「最近ね……この町の条例が……変わったの……同性愛も……無機物との結婚も……一夫多妻も……認められているんだって……」


 えっ? 同性愛はまだしも無機物との結婚とか条例で認められるわけが、画期的すぎるだろ。

 ……いや待てよ。ここは畑さんの拠点。そして、領主であるジェシカさんは超絶美人だが性別は男性だ。

 それにジェシカさんは畑さんにベタ惚れだという噂を聞いたことがある。実際、畑さんに迫っているシーンを見たことが……そういうことかっ。


「ピティー……二番目でも……三番目でも……いいからね……第一夫人は……あきらめる……」


「ぽ て い さ ん」


 えっと、話が違いませんか?

 そう言いたかったのだが、自動販売機に戻った俺は言葉が足りず、正確に思いを伝えることができない。


「ふふふ……今日は楽しかったね……ハッコン」


 今まで一度も見たことがない、屈託のない無邪気な笑顔を向けられたら「いらっしゃいませ」と伝えることしかできないじゃないか。


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