宴会
その場で祝勝会をする勢いだったが、まだ合流していないメンバーや防衛都市の面々と騒いだほうがいいだろうという話になり、本格的な祝勝会は一週間後となった。
お互いの奮闘ぶりを話し、防衛都市を観光しつつ料理に舌鼓を打っていると、時はあっという間に過ぎ、なんだかんだで、あれから一週間が過ぎた。
祝勝会を夜に控え急ピッチで会場の準備が進んでいる。
防衛都市の門前の空き地に机や椅子を並べ、簡易テントを建てていく。
やっぱり、清流の湖階層の人々と比べると手際が悪いな。あの人たちなら半日で立派な会場を作り上げそうだ。復旧作業で磨き上げられた能力で、会場設置なんてお手の物だし。
町の中ではなく門の外でやるのには理由があるので屋外での祝勝会となっている。畑が中に入れないからだ。彼と一緒に楽しみたいなら地面のある所じゃないとな。
『よう、調子はどうだい』
門脇に設置されている俺の目の前に土の腕がにょきっと生え、土の地面に文字が書かれる。この数日で慣れてきたとはいえ、突然の登場には驚かされる。
「いらっしゃいませ」
『悪くないみたいだな。しっかし、お互い数奇な運命というか、なんというか』
「う ん う ん」
本当にね。異世界で元日本人に会えたことは嬉しいけど、まさか自動販売機と畑になるとは誰が想像できただろうか。
彼は元高校生らしく気が付いたら畑だったそうだ。初めは俺に敬語で話していたのだが、この状況で敬語は互いに不要だろうということになった。
それに、この世界では畑の方が先輩だしな。
「い ち も だ っ」
「た の か」
『いちもだったかのか? うっ、すまん。俺には解読不能だ』
あっちは日本語で文字を描いてくれるので俺は理解できるのだが、こっちは言葉足らずで正確に伝わらない時がある。って、俺も商品を〈念動力〉で操って地面に書けばいいのか。
この世界の共通語は完全に把握していないが、日本語なら問題ない。
えっと、いつ戻ったんだい? 聖樹のダンジョンがあった町で復興作業をしている仲間たちを迎えに行ったんだよね。
『お、ペットボトルで地面に書いているのか、器用だな。日本語を見て懐かしく感じる日がくるとは……そうそう、迎えに行ってきたよ。あーーん』
その文字が書かれると同時に地面の一部が盛り上がり、小山が出来上がる。そして、山の側面に穴が開いたかと思うと、そこから多くの人々が歩み出てきた。
「まさか、防衛都市まで片道二日もかからないなんて、驚きですわ」
艶やかな黒髪を掻きあげて、露出度の高いドレスから惜しみなく素肌を晒すシャーリィがいる。他にも始まりの会長や子供会長や迷宮会長も一緒に来たのか。
屋台の商売人や何度も俺を利用してくれた常連もいるぞ。あ、シメライお爺さんの娘と孫や宿屋の二人も。
清流の湖階層の面々は殆ど来たようだ。
「おっ、ハッコンではないか」
俺に気付いたシャーリィさんと始まりの会長がこっちに歩み寄ってくる。
派手と地味な服装で並んでいると、両極端だからこそ互いに映えるな。
「いらっしゃいませ」
「無事、冥府の王を倒したそうですね。さすが、ハッコンさんですわ。お店が再開したら是非いらっしゃってくださいね。たっぷりとサービスしますわ」
体をピタリと側面にくっつけるのはやめていただきたい。触感はないけど、ドギマギするので。
『なんと……あんなスタイル抜群で色っぽい女性は、こっちにはいない人材だ。スタイルだけならラッミスも凄いよな。うらやまけしからん!』
畑が地面に豪快に日本語で書きなぐっている。感情の高ぶりが文字で表現されているな、かなり荒々しい。
でも、色っぽい人といえば防衛都市の領主でもあるジェシカさんがいるじゃないか。前に挨拶されたとき、その魅力に圧倒されて一瞬意識が遠のいたし。
『あー、ジェシカさんね。うん、そうだな、うん』
今度の文字は弱弱しいぞ。人なら言い淀んでいそうな、そんな字の頼りなさだ。
ジェシカさんならシャーリィさんといい勝負しそうなんだけどな。あっちは露出度が控えめな服装だけど。
「冥府の王との戦いは後で詳しく聞くとしよう。今は会場の準備を急がねばならぬ。シャーリィも手伝ってくれるか」
「いいですよ、始まりの会長。うちの子たちにも手伝わせますね」
お店の店員も来ているのか。会場に咲き誇る花のような一団に作業員の手が一時中断している。まあ、あのメンツだと見惚れても当然だよね。
そんな中、きびきびと手際よく働いているのはダンジョンからやってきた人々だ。防衛都市の住民が引きつった笑みを口元に浮かべるぐらいの速度で、みんなが動いている。
まあ、清流の湖階層の住民は復興作業がプロレベルだからね。見る見るうちに会場の準備が整っていく。
夜までには余裕で完成しそうだ。
『これで会場の心配もなくなったか。うちの子たちの準備も万端だしな』
うちの子というのは野菜のことらしい。畑で採れた野菜は頬が落ちるぐらい美味しいそうで、ラッミスたちが提供された野菜を口にして一度気を失っていた。
俺に口があったら食べてみたいんだけどな。
『ハッコンにも一度食べて欲しかったよ。祝勝会では飲み物とデザートは任していいか?』
ああ、いいよ。肉も提供するよ。海外の自動販売機が使えるようになってから、ソーセージやハムを売っている自動販売機も習得したからね。上海蟹も出せるよ!
『自動販売機って思った以上に種類があるんだな。正直、飲み物ぐらいしかしらなかったよ』
高校生だとそんなものだろうね。今は自動販売機よりコンビニを利用する世代だろうし。
便利になったのは悪いことじゃないけど、今だからこそ自動販売機のよさを知ってほしい。異世界で普及させても仕方ないんだけどさ。
『そういや、今後どうするんだ?』
うーん、やっぱり迷宮探索かな。人に戻りたいっていう望みがあるからね。
『迷宮をクリアーすると願いがなんでも叶えられるというやつだよな。俺も人に戻れる可能性があるのか。でもなぁ、迷宮に体入らないと思うんだ……』
自在に体を変化させられるそうだが、かなり長細くなってムカデのような感じで迷宮を走破するのはどうだろうか。
『通常の形以外にもなれるけど、あまりに変わった形には長時間無理なんだよ。迷宮で限界がきて元に戻ったら通路が全部土で埋まる』
想像してみると……始まりの階層みたいな仕組みのダンジョンだと大惨事だ。
中が広くて畑でも走破できそうなダンジョンを発見したら教えるよ。
『よろしく頼んます!』
これでダンジョンに潜る理由がまた一つ増えた。いつか、人間になって二人で食事をする時がくるといいな。
『ああ、いつかそんな未来がくればいいな。あ、でも、畑生活に不満はないけどね』
それは俺も同じだよ。自動販売機として生きるのも悪くない。みんなの役に立っていることが本当に嬉しいから。
「あら、畑さんハッコンさんとお話し中ですか」
「仲良くなったんだね、畑さんと」
ラッミスとキコユが肩を並べて歩いてくる。
キコユは小さかった頃を知っているので未だに成長したバージョンに違和感がある。小さい時から可愛らしかったから、美人に成長したのには納得がいくけど。
『わかるわかる』
畑からも同意をいただけたようだ。
「そういえば、畑さんと二人っきりでお話したいことがあるのですよ」
『なになに?』
穏やかに微笑むキコユに畑が文字で問いかけると、その笑みが深くなった。
「シャーリィさんを見てなんと仰っていましたか?」
『あっ……』
土の腕の小指をがしっとキコユが掴むと、そのまま引っ張っていく。
残った指が暴れて、俺に助けを求めているように見える。
「またのごりようをおまちしています」
そう伝えると指がうなだれた状態で遠ざかっていった。
南無南無ぅ、口は禍の元だよ。心が読める相手がいたことが最大の敗因だけど。
「連れていかれちゃったね。隣に座っていいかな」
「いらっしゃいませ」
そんなの今さら許可とらなくてもいいのに。
隣で体育座りをするラッミスが肩を俺の体の側面に預けている。〈念動力〉でラッミスが好きなドリンクを提供しよう。
「ありがとう、ハッコン。やっと、終わったねー」
「う ん」
やっとだね。これで暫くはのんびりと自動販売機として営業にはげむことができるよ。ポイントはまだ余裕あるとはいえ、俺の本来の仕事は商品を売ることだから。
「さっきさ、畑さんと話していた内容をキコユから教えてもらったんだけど……」
そこから話が筒抜けだったのか。別に聞かれて困る内容は話してないよな。
「ダンジョン攻略するって、うちも一緒でいいんだよね?」
首をかしげるようにこっちをじっと見つめている。なんで、少し怯えたような目をするのだろう。そんなの言うまでもないよね。
「いらっしゃいませ」
「迷惑じゃないよね?」
「いらっしゃいませ」
「よかったぁー。最後の戦いでも、あんまり活躍できなかったから、うちはもう必要ないんじゃないかって、心配だったんだ」
本気で心配していたのか。大きな胸を撫で下ろしている。
そんな心配無用だよ。ラッミスがいるから、俺はこの世界で生きていけた。これまでも、これからもずっと一緒だ。
「ありがとう」
「こっちこそ、ありがとう」
そう言って見つめ合う、俺とラッミス。
なんだろう、頬を赤らめている彼女を見ていると機械の体なのに、胸の鼓動のような機械音が体内で響く。
瞳を潤ませた彼女の顔が徐々に俺に近づき、その唇が自動販売機の体に触れた。
「えへへ、キスしちゃった」
そう言って顔を真っ赤にして足をじたばたさせているラッミスを見つめ……商品が全て温かいになった。
あっ、やばい。本気で嬉しくて恥ずかしい。こ、このままでは配線がショートしそうだ。
「あ、あのね、ハッコン。うちね、ずっと伝えたいことがあったんだ……」
胸の前で手を組み合わせて、祈るようなポーズをして上目づかいでこっちを見ている。
こ、これは、もしかして、今から言われることは……。
生身だったら唾を飲み込んでいただろう。緊張した空気が張り詰める中、ラッミスはゆっくりと口を開いた。
「うちはハッコンのことが――」
「ハッコンだあああっ! ご飯っっっ!」
「からあでええええええっ!」
大事な部分が聞きなれた人物の叫び声で搔き消された。
ラッミスが驚きのあまりしゃがんだ状態から一メートルぐらい垂直に跳んでいる。
はああぁ、渋々だが声のした方へと視線を向けると、そこには土煙を巻き上げ爆走する大食い団の面々が。
すっかり忘れていたけど、大食い団は別動隊としていなかったな。
よほど飢えているのだろう、このままだと俺の体ごとかじりそうだ。
ええい、まだ夕方前で祝勝会に少し早いけど、その飢えを満たしてやろうじゃないか。そこの木陰からこっちを見てニヤニヤしている仲間たちもいるしな!
〈変形〉自動販売機コーナー発動だ!
飢えた野獣共の腹を満たしてくれよう。取り出し口からペットボトルを次々と取り出し、あたりに飛ばすと自動販売機へと変形していく。
さあ、あらゆる食べ物が揃っている、三十分限定の夢の世界だ。存分に味わってくれ。
周りの人々が無数の自動販売機に気付き駆け寄ってくる。
「さんじゅっぷん げんていだよ きょうはむりょうで だいほうしゅつだ すきなだけ のみくいしてくれ」
そう宣言すると作業中の人までが手を休めてやってきた。自動販売機なら幾らでも用意できるから、幾らでもどうぞ!
あらゆる食に対して満足できるラインナップに人々が何を買おうか迷っている。
あの目を輝かせて商品を選ぶ姿、昔の俺を見ているようだ。やっぱり、喜んで商品を買ってもらえる瞬間が自動販売機に生まれ変わって良かったと思う時だよな。
「なんか、うやむやになっちゃったね」
ごめんな、意を決して俺に何かを告げようとしてくれていたのに。
でもね、俺はこれでよかったと思っているよ。
俺は〈生花自動販売機〉の中から一番美しいと思う組み合わせをチョイスして花束にすると、ラッミスへと〈念動力〉で渡す。
「えっ、これって」
「らっみす いままでありがとう これからもよろしく だいすきだよ」
こうやって、俺から告白できたからね。
花束をぎゅっと握りしめた彼女は眼を見開いたまま、ボロボロと大粒の涙をこぼす。
「うちも大好きだよ、ハッコン!」
泣きながら満面の笑みを浮かべる彼女の顔を、俺は一生忘れることはないだろう。




