最後の進化
漆黒の槍が俺たちを狙い放たれる。
近くにいたミシュエルは俺の元に走り込んできたので、ラッミスと一緒に〈結界〉で包み込んだ。
あの槍がどれだけの威力であろうと、防ぐ自信があるが問題は残された仲間たちだ。
俺たちの方には十本近い槍、そして、三人の仲間たちへ残りの槍が唸りを上げて迫っている。
向こうの様子が気になるが〈結界〉に漆黒の闇が激突する度に軽い爆発が起こり、視界が黒く塗りつぶされてしまう。
全ての槍を防ぎ切った俺は仲間たちがいた場所へ視線を向ける。
そこには巨大な二枚貝……ピティーがいた。ヘブイもシュイも盾の内側にいるということは、全ての攻撃を防ぎ切ったのか。
「ヘブイ……強引……」
「そうっすよ、女を鎖で引き寄せるなんて最低っす」
「非常事態でしたので、お許しください」
謝罪するヘブイが手にしている、モーニングスターの先端にある鉄球が地面に落ちている。よく見ると、ピティーとシュイの胴に鎖が巻き付いているぞ。
つまり鎖だけの状態で伸ばして、二人に巻き付けて強引に引き寄せたのか。
ナイス判断だよ、ヘブイ!
「アレを防ぐか、いやはや、やりおるわい」
冥府の王は手を叩き、素直に称賛してくれている。珍しい。
「これは防衛に回るより一気に攻めた方がよいみたいですね」
「うん、怒涛の攻撃っすよ!」
「ピティーもやる!」
愚者の奇行団の面々はやる気十分だ。
確かに、受け手に回っているだけでは勝利は掴めない。
「うちも行くべきやと思う」
「私もそう思います!」
ラッミスもシュイも同じ考えか。
そうだな、やるか。あの黒い障壁をうち破らない限り、こちらに勝利はない。
そして、その方法について一つだけ試したいことがある。
「い こ う」
俺の発言が合図となり全員が一斉に攻撃を仕掛ける。
シュイの目にも止まらぬ速さで撃ち込まれる矢。
ヘブイがモーニングスターを振るうと、中距離から挟み込むように迫る棘の付いた二つの鉄球。
ピティーはその場でくるっと一回転すると、遠心力を利用して右手の巨大な盾を投げつける。よく見ると、盾には細い鎖が繋がっているのか。
ミシュエルは竜の咢から伸びる灼熱の刃を、疾風の踏み込みと同時に解き放つ。
そして破壊力の塊である拳を叩き込む為に、俺たちは正面から突進する。
「ふはははは、無駄だ! 我が闇の障壁は誰にも打ち破ることはできぬ!」
俺の〈結界〉と同じく全幅の信頼を寄せているようだな、その黒い壁に。
だが、それはどうかな!
俺はずっと取りたかったある自動販売機を取得すると、フォルムチェンジをした。
新たな体は一見、大きなトロフィーのようにも見える円柱の形をしているのだが、上部にコイン投入口があり、そこにコインを入れると、てこの原理を利用して体内にあるソレが蛇口から出る仕組みになっている。
俺は商品であるソレを操り、相手の闇の障壁へと大量にぶっかけた。
「そのような水如きで、我の障壁を破れるとで……なっ!?」
ジュウッと熱した鉄板に水を零したような音がすると、闇の障壁から湯気が立ち昇り溶けだしていく。
「我が障壁を溶かすだとっ!」
冥府の王が驚きのあまり叫んでいるが、この場で一番驚いているのは俺だ。
えっ、こんなに効き目があるの? で、でも、結果オーライ! 今が障壁を打ち砕くチャンスだ!
全員の攻撃が障壁に叩き込まれると、あれ程、強固だった黒い壁が薄いガラスのように砕け散る。
相手を守る壁は消滅した、これでおしまいだ。
素早く反応したミシュエルとラッミスが更にもう一歩踏み込み、渾身の一撃を放つ直前――動きがピタリと停止した。
えっ? もう、二度とないぐらいの絶好のチャンスだというのに、二人は歯を食いしばった状態でそれ以上動こうとしない。
いや、これは……動けないのか?
「まさか、ここまで追い詰められようとはな。そやつらの影を見るがいい」
冥府の王は動けない仲間の顔を一通り眺めると、スーッと後方へと地面を滑るようにして移動する。そして、顎に手を当てながら、そんなことを言い出した。
俺は視線をみんなの影へ移すと、全員の影に太い漆黒の槍が突き刺さっている。
「我が槍は普通に突き刺し爆破することも可能だが、相手の影に刺すことにより生物の動きを封じることが可能なのだ」
そんな奥の手を所持していたのか。どうりで余裕の態度が崩れなかったわけだ。
「しかし、魔道具よ。どうやって、我の障壁を消した。その珍妙な格好に秘密があるのか」
珍妙とは失礼な。これは最古の自動販売機であるエジプトの〈聖水自動販売機〉だ!
自動販売機マニアとしては常識でもある、紀元前215年ぐらいに神殿の前に置かれていた、由緒正しき自動販売機。
この姿になれたことに感無量で身も震えそうだが、今はそんな状況じゃない。
聖水の効果が思ったより強力だったことは嬉しい誤算だが、二度と同じ手は通用しないだろう。それに、今、全員の動きが封じられている。
って、そうか、ラッミスだけなら。
俺は〈結界〉を発動してみる。
「うわっ、あっ、動ける!」
手を握り締めて嬉しそうに声を上げている、ラッミス。
やっぱり、〈結界〉ならこの硬直からも逃れられるのか。
「やはり、最後まで厄介なのは貴様か、魔道具ハッコン」
「ありがとうございま す」
褒めてもらったので一応礼を言っておこう。
さーてどうする。このまま、仲間を全員〈結界〉に回収してもらって、硬直を解くのが最優先事項かな。
「先に釘を刺しておくが、お主らが仲間を解放する為に動けば即座に残りを殺す。それを止めたくば、わかっておるな?」
もったいぶる男は嫌われるぞ。この物言いで、何を言いたいのか理解してしまえるぐらい、こいつとの付き合いも長いってことか。
「一騎打ちがしたいの?」
「お主らを倒せば我の勝利は揺るがぬ。その魔道具と怪力娘よ。最後の対決といこうではないか!」
あーもう、嬉しそうだな、冥府の王。
だけど、一対一の対決……一対一プラス一台の対決という発想嫌いじゃない。冥府の王には彼なりの悪の美学があるのか?
この提案には乗るべきだよな。相手の動きを封じる能力がある限り、仲間の硬直を解いたところで同じことの繰り返しだ。
わざわざ後ろに下がり、戦いに仲間を巻きこまないようにしてくれている。ここまでお膳立てされたら――やるしかない!
「二人で勝つよ、ハッコン!」
強い意志の宿った瞳を俺に向けている、ラッミス。
一人と一台じゃなく、二人と言ってくれた……ありがとう。
キミと一緒に戦えるなら、俺の答えは始めから決まっている。
「いらっしゃいませ」
最高の返事はこれだよな。
ラッミスが大地を踏みしめ大きな歩幅で疾走する。
その先にいるのはもちろん、冥府の王。
俺は聖水をラッミスの両腕にぶっかける。これであの障壁を出されても、容易に壊すことが可能となった。
「障壁が通用せぬとなると……近寄らせる訳にはいかぬな。大地よ咢を開け」
足下に亀裂が走り、大地が真っ二つに裂ける。
俺たちを落とそうとする魂胆らしいが、それは以前、死霊王に見せてもらった。
「二度も引っかからないよ!」
地面が割れる前に大きく横に跳んだことで、割れ目に巻き込まれることはなかった。少し迂回することになるが、そのまま脚を止めずにラッミスが突っ込む。
「では、猛き水よ」
今度は冥府の王の足下から大量の水が溢れ出したかと思うと、それは津波となり俺たちへと押し寄せてくる。
即座に〈結界〉を張ると、ラッミスもすぐさま地面を両足で交互に蹴りつけ、足首の上辺りまで地面に足を埋没させた。
そのタイミングで大量の水に呑み込まれるが、ラッミスの踏ん張りと〈結界〉の強度でなんとか持ちこたえる。
「楽しませてくれる。では、もう一度耐えてもらうとするか。猛き水よ」
再び発生した津波に呑み込まれるが、今度も同じように踏ん張ってやり過ごせる筈だったのだが、俺たちを取り囲んでいた水が急に白く染まる。
半透明の白が〈結界〉の外を覆い、それが一向に晴れる気配がない。
「水ごと凍らせてみたが、どうかね」
そういうことか。大量の水を凍らせて、俺たちは氷に中に閉じ込められている。
「ハッコン、結界を消して。うちが氷を破壊するから」
それしか手段はないか。そう判断して〈結界〉を解いた直後、冥府の王の声が微かに届く。
「大地よ咢を開け」
足下の地面が消え、身体が一瞬だけ浮遊した感じになるが直後に落下していく。
「えっ、うんと、とりゃああー!」
驚きながらもラッミスが氷を粉砕してくれた。
でも、足場もない状態じゃ、このまま真下に落ちるのみ。となると、コンクリート板召喚!
足下に出したコンクリート板をラッミスが蹴りつけて跳ぶと、割れた大地の側面へと到達する。そこからは、怪力と運動神経を生かし、三角蹴りの要領で側面を蹴りつけて、地上へと舞い戻った。
「これでも死なぬか。結構、結構。もう少し我を楽しませてくれ」
完全に弄ばれている。実際の話、俺たちは冥府の王に触ることも出来ず、必死になって距離を詰めたが、相手はまた少し下がっているのでやり直しだ。
「やばいかな、ハッコン。どうしよう」
そんな弱気な声を出さないでいいよ、ラッミス。
あっちが奥の手を隠していたように、俺だって奥の手を隠していた。
ずっと考えていたけど、手を出せなかった一つの機能。
生涯手が届くことがないと思っていた、あの能力。
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