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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
最終章

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261/277

吸引力

 熊会長たちが敵を牽制している間に、俺たちは迂回して冥府の王の背後へと車を進ませた。冥府の王は俺たちを正面に捉えるように体を半回転させただけで、それ以上のことはしてこない。

 回り込んだ俺たちを見据えたまま宙に浮いていた冥府の王がすっと地面に降り立つ。

 俺たちも荷台から降り立ち、ゆっくりと向かっていく。

 先頭はミシュエルと俺とラッミス。少し離れてヘブイとシュイとピティー。

 五人と一台か。数では圧倒的に上回っているが、ただでさえ馬鹿げた魔力で俺たちを圧倒した冥府の王。それに加えダンジョンの力を得た今、俺たちに勝ち目があるのか。

 ヒュールミの考察では、


「あれだけの魔物を操り合体階層主も制御するとなると、かなり魔力を消耗している可能性が高い。勝ち目はあると思うぜ」


 とのことだった。作戦としては俺が防御に徹して時間を稼ぎ仲間の増援を待つというのが、一番妥当だという結論に達っしている。

 ただ、敵が多すぎるので仲間の援軍が期待できないかもしれないとのことだったが、畑の無双っぷりを見る限り、防衛都市側の援軍が期待できそうだ。

 ちらっと畑の方へ視線を向けたが敵を完全に圧倒していた。彼がこっちに戦いに加われば戦力は一気に逆転するだろう。

 冥府の王もそれを理解しているようで、さっきから何度も顔を怪獣大決戦の場へと向けている。


『主らに構っている時間はない。一気に勝負を決めるとしよう』


 やはり焦っているな。今までのように相手を見下してから追い詰めるような真似をしてこない。

 杖を頭上に掲げると、上空に黒い渦が発生する。それは周囲の大気や土を吸い込みながら、徐々に肥大化していく。まるで小型のブラックホールのようだ。


「隙だらけっすね」


 シュイが矢を撃ち込むが狙いが逸れて、頭上の黒い渦に吸い込まれていった。本当に小型のブラックホールみたいだな。


『この暗黒球は、全てを吸い込み異界へと送り込む秘術。防御は無意味となる。貴様らに抗う術はない』


 ということは、〈結界〉で防いでも無意味だってことか?

 あれっ……それってヤバいんじゃ。


「どうしよう、ハッコン!」


 どうしようか、ラッミス。この展開は全員が予想外だったようで、困り顔でこっちを見ている。

 えっと、どうしようか、本当に。

 俺たちが迷っている間に闇の渦は巨大な渦へと変貌していく。膨張が止まった時には既に直径五メートルを超えていた。

 全員をすっぽり呑み込める大きさだよな、あれ。

〈結界〉の外は酷いことになっているぞ。周りの地面から土や石が引き剥がされ、ブラックホールもどきに吸い込まれている。

 驚きの吸引力だぞ。〈結界〉がガタガタと揺れて……やばくないですか、これ。


「ハッコン、巨大化しろ! あれなら呑み込めないだろ!」


 あっそうか、ナイスアドバイスだよ、ヒュールミ。焦り過ぎてその考えが頭からすっぽり抜けていた。

 ん? ヒュールミまだ逃げてなかったのか! 車から降りて〈結界〉の中に入り込んでいる。さっきまで乗っていた車は宙に舞い上げられ、アレの中に吸い込まれていく。

 彼女の判断は正しかったってことか。


「で か い よ」


 これで大きくなることが伝わっただろう、でもこの状況で〈結界〉から出てもらうのは危険すぎる。体を巨大化させる時もゆっくりとみんなを押し潰さないよう、慎重に慎重に。

 このまま〈結界〉を維持しつつ〈中古車自動販売機〉にフォルムチェンジした。

 これだけの巨体になればブラックホールもどきよりは大きい。これなら吸い込め――、


『吸い込めないと思っておるだろう。ふっ』


 鼻で笑われた。あの骸骨っていちいち人を見下さないといけない習性でもあるのか。

 だが、強がって馬鹿にしている……のではなく、口調から余裕が感じられる。

 冥府の王が掲げた骨の杖をくるっと一回転させると、ブラックホールもどきが更に巨大化した。当社比四倍以上に膨れ上がっているぞ。

 あっ、これダメなやつだ。

 そう簡単に吸い込まれてなるものかと、足元にコンクリート板を十枚近く出すが、巨体が〈結界〉ごとふわりと浮いてしまう。あの魔法には重さは関係ないのかっ!?

 周囲の地面は抉れ草木は既に一本もない。アレに全てが吸い込まれていく。


「えっ、えっ、ええええっ!」


「やべえぞ、マジで!」


 仲間が俺にしがみ付いているが、俺にはこれ以上どうしようもない。

 体が完全に宙に浮かび、ブラックホールもどきに自ら突っ込んでいく。

 何か、何か手はないのか!? 懸命に逃れる手段を考えていたのだが、打開策が思いつかず巨体が渦の中へと飛び込んでいく。


『ふははははははっ、異界への旅を楽しむがいいっ!』


 頭に響く不快な冥府の王の笑い声をバックに俺たちは闇の中へと消えていった。





 闇の中で体が洗濯機の中の洗濯物のように何度も回転させられ、上下左右の感覚もわからなくなり、混乱しそうになる心を繋ぎとめているのは――仲間の存在だった。

 体から漏れる灯りに照らされた仲間たちの不安な顔。ここで俺がパニックに陥って〈結界〉を維持できなくなってしまったら、全員が引き剥がされてしまう。

 震えるラッミスやヒュールミを見ていると、勇気が湧いてくる。まだ、諦めるのは早い。冥府の王は『異界への旅を楽しむがいいっ!』と口にしていた。

 つまり、ここが終着点ではなく抜ければ異界へと到達できる。その異界がどういう場所かわからないが、この闇の中よりかはマシな筈だ。


 ぐるぐると回っているのは体感でわかるのだが、周りが暗闇なので自分がどうなっているのか……あれは、光か?

 闇の中に一条の光が射しているのだが、その光に向けてどうやら進んでいるようだ。

 あれが出口か。どんな場所に出るのかは不明だが、出た途端に魔物の群れのど真ん中や、溶岩の中ってオチもある。意識を集中して、光の外に出ても油断はしないぞ!

 視界が目も眩むような光で埋まり、仲間たちは目を手で覆っているが俺は機械の身体なので問題ない。その光の先を逃さないように凝視したまま――抜けた。


 光を抜けるとそこは空中でも溶岩でも魔物の群れの中でもなく、荒野。

 草木もなく大地は赤茶色で地表が痩せこけてひび割れている。空は曇天模様で稲光が遠くの方で幾つも見え、世界の終わりを連想させる場所だ。

 周りにはちゃんと全員揃っているな。なんとかみんなを守れたか。俺にしがみ付いたまま、辺りをキョロキョロ見回している。


「生き物が皆無じゃねえか」


「寂しいところだね……」


「こんなところ、どうやってご飯食べるっすか」


「ハッコン……怖い……」


 女性陣は全員怯えているな。シュイは食い気が勝っている気がするが。


「人がいなければ、靴もない世界ですか。最悪ですね」


「もっと、魔物が徘徊しているのかと思っていたのですが。誰もいませんね、ハッコン師匠」


 ヘブイとミシュエルは一見、落ち着いているように見えるが、内心はわからない。


「ち い さ く」


 そう宣言してからいつもの自動販売機へと戻っていく。

 巨体のままだとポイントの消費が激しいので、少しでも節約しないと。まあ、ダンジョンでもらった金銀財宝のおかげで、若干引くぐらいポイントには余裕あるけど。

 それでも万が一ってこともあるし、試したいこともある。

 いつものサイズに戻って〈結界〉を張ったまま観察を続けるが、本当に何もない荒野だ。

 見渡す限りの荒野。山や小高い丘らしいものはあるようだが、それだけで建造物すら見当たらない……ん?


「ハッコン、あっちに線が一本縦にない?」


 ラッミスも同じ物を見つけたのか。視界の先に空から一本地上に線が走っている。細い糸が真っ直ぐ垂れ下がっているように見えるけど、あれってかなり遠方にあるよな。

 ということは真っ直ぐに伸びた塔か何かなのだろうか。でも、長すぎる。宇宙まで続く軌道エレベーターみたいだ。


「んなことより、どうするよ。まずはこの異界は人が生きていける大気なのかってのが、問題だ。結界をといたら呼吸ができなくて死ぬってオチだと、どうしようもないぜ」


 異界に飛ばされたというのに、仲間が思ったよりも冷静で助かっているけど、そうだよな。元居た世界と大気が同じだとは限らない。

 とはいえ、調べる方法がない。誰か試しに〈結界〉から出てもらう訳にもいかないし。


「そういや、ハッコン。前に釣りの餌出したことあったよな。あれ、もう一回出せるか?」


 ヒュールミがポンッと手を打って、その言葉を口にする。

 あっ、そうか、そういうことか。何がしたいのかわかったよ。

 俺は釣り餌であるゴカイを取り出し口に落とすと、入れ物ごとヒュールミに〈念動力〉で渡した。

 透明のケースからミミズのようなフォルムのゴカイを指で摘まみ、「すまんな」とヒュールミが頭を下げると、ひょいっと〈結界〉の外へと放り投げた。

 荒れた大地の上でゴカイがうねうねしている。外に放り出していきなり苦しみ始めるということもなく、まだうねうね中だ。

 暫く眺めていたが、元気なようだ。ミネラルウォーターを出して外にばら撒いていみるが、水が地面に染み込んでいくが、高温で蒸発するということもない。


「異様な温度というわけでもなく、呼吸も可能だと思うが」


 じっと地面を見つめてヒュールミが結論を口にした。

 大丈夫だとは思うけど、試してみるには勇気が必要だよな。


「そんな心配はいらぬぞ。ここはあの世界とほぼ変わらぬ世界だ」


 二度と聞きたくなかった声が頭上から響いてくる。

 俺たちが声の源に視線を向けると、そこには――宙に浮いたままの冥府の王がいた。


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