交差
あの立派な体躯に艶のある漆黒の体。一見、巨大なカラスなのだが三本の脚と知性を感じさせる三つの目が、只者ではないことをこれでもかとアピールしてくる。
こちらに向かってきているのがわかったので、車を止めて黒八咫が舞い降りてくるのを待つ。
トラックの上に降り立つと「クルワッカアアア」と、まるで挨拶しているかのように一鳴きした。
いや、実際に挨拶してくれているのだろう。それぐらい頭がいいのは知っている。
「黒八咫殿! どうしたのだ、こんなところまで」
ハヤチが駆け寄り、ウサッターとウッサリーナは天井に飛び乗り、黒八咫の周りを駆け回り、再会を喜んでいるようだ。
「お、黒八咫じゃねえか。よく、この場所がわかったな。キコユは元気にしているか?」
「クワアアアッ」
ヒュールミが話しかけると、頭を縦に振って肯定の意味を示す。
「これが噂の黒八咫か。立派だな……」
「相手はキリセだとわかっているのに、男として負けている感じがするのは何故だっ」
「頭良さそうだよな、赤」
下車して駆け寄ってきたケリオイル団長一家が黒八咫を見ると感心して、一部は勝手に落ち込んでいる。
そういえば、ケリオイル団長たちと入れ替わりでやってきたのだったな、キコユたちは。
「久しぶりだねっ、あれ? 首に何かぶら下げているよ?」
黒八咫が首から下げている小さな鞄が気になったラッミスが、じっと見つめている。
確かに小さな革製の鞄が黒八咫の胸元にあるな。
三本の脚の一本を器用に使い鞄を開けると、中から一枚の紙を取り出した。その紙を掴んだまま全員の顔を見回すと、ハヤチに突き出す。
「これを読めばよいのか。ふむ、おっ、守護者様からの手紙ではないか」
えっ、畑からの手紙なのか。あ、文字が書けるってキコユが言っていたから別に変じゃないのか……いや、待て。畑が文字を書くのは変だろ……。
「では、読むぞ。皆さん初めまして、畑と言います。会長さんから話を聞いて状況は理解しています。こちらとしては籠城戦ではなく、打って出るつもりです。魔王にも話は通していますので、いずれ援軍が来るかもしれませんが。それには期待せずに我々だけで倒しましょう」
倒しましょうって、文章は丁寧だけど好戦的な人……畑だな。ハヤチが言っていた通り、籠らずに打って出るつもりのようだ。
「冥府の王は魔王の命令で動いている訳ではありませんので、説得にも応じないでしょう」
こちらの考察は間違ってなかったということか。
「詳しい陣形と作戦はもう一枚の紙に書いていますので、後で目を通しておいてください。反論や提案は受け付けていますので、紙に記載して黒八咫に渡してください。無茶な要望でも構いませんので」
一方的に押し付けるのではなく、こっちらと共同戦線を張るという意思が見える。
「あと……これを最後にハッコンさんに見せて欲しいって書いてある。どうぞ、ハッコン殿」
すっと目の前に差し出された紙を覗き込むと、異世界の言葉で書かれた文章の末尾だけ商品で見慣れた――日本語で書かれている。
『自動販売機なんて、面白い転生しているな。まあ、畑の俺が言えた義理じゃないけど。これが終わったら、ゆっくり日本の話でもしよう。口があれば美味しい野菜食べて欲しかったんだけどな。会うの楽しみにしているぜ!』
この人……畑とは仲良くやれる気がする。俺も楽しみにしているよ。
日本の話ができる。それを想像しただけで、心が弾んでいる自分がいた。異世界に順応したつもりだったけど、やっぱりまだ日本への未練があるのかもしれない。
会った時には懐かしい日本の商品を幾つかプレゼントしよう。
作戦の書いてある紙を取り出した黒八咫にヒュールミが礼を言うと、作戦会議が始まった。二時間ほどの話し合いの結果を手紙に記載して、黒八咫に託す。
「黒八咫殿なら、この距離であれば半日もあれば充分だ」
ハヤブサやワシは二百キロ近くの速度で飛ぶと聞いたことがあるが、黒八咫はそんな鳥たちを遥かに凌駕している。
障害物のない空を滑空する速度は俺たちとは比べ物にならない。伝令役として優秀過ぎる人材……鳥材だ?
遠ざかっていく黒八咫の後姿が見えなくなると、俺たちも運転を再開する。
「畑さんっていい人みたいだね!」
「ハッコンと同郷なんだろ。昔話が弾むぜ、きっと」
ラッミスとヒュールミもそうだが、仲間たち全員が悪い印象を抱いていないようだ。作戦内容も、こういう風に考えていますけど、どうですか? と、押し付けるのではなく、こちらに伺いを立てていた。
俺に当てた文章は軽いノリだったが、気を遣える人なのだろう。
防衛都市側の協力を取りつけた今は、悲観的な気持ちは殆どなくなっていた。自信ありげな畑側の作戦を目にして、勝利への道筋が見えた気がする。
「オレたちがやることは、まず冥府の王軍の背後に追いつくことか」
「そうですね。森を燃やしたことでかなりの魔物を巻きこめたのですが、能力の高い魔物たちは殆ど残っています。あと炎に強い魔物です」
つまり、雑魚は相当数倒せたが強力な魔物は残っているということだ。
「敵の正確な戦力がわかればいいんだが……ダンジョンから飛び出した数は、丘の上からざっと観察しただけだが、五千は下らない」
「ケリオイル団長やみんなが後方から削ったらしいけど、百いくかどうか程度らしいよ?」
ヒュールミが腕を組んで唸り、隣でラッミスが団長たちから教えてもらった情報を口にした。
「我々が倒した正確な数はわからぬが、ミシュエルが引き起こした火災で千以上はやれたのではないだろうか……もちろん、ウサッター殿一家の活躍もあったのだが」
ハヤチの隣でエシグ二匹が跳ねるのを見て、説明を追加したようだ。
「ふむ、敵の数は低く見積もると碌なことにならん。多く見積もって五千前後と考えた方が良さそうじゃのう」
シメライお爺さんの重々しい口調に、仲間の表情が引き締まる。
防衛都市側からは悲愴な感じが微塵もしないが、冷静に考えたら無茶な戦いだよな。
「じゃが、こちらにも好材料はある。五指将軍がもうおらんからのう」
ミシュエルとケリオイル団長たちが倒してくれたおかげで、残る五指将軍は元薬将軍のスルリィムだけだ。敵側には一人も存在しない。
「スルリィムさんのお話だと、他に優秀な人材もいなかったそうですので、その点は楽ですねぇ。そうですよね、お爺さん」
「そうじゃのう」
歴戦のハンターである老夫婦が言うと、何とかなりそうな気がしてくる……って、さっきから人の意見に左右され過ぎだな。
俺は自動販売機として、やれることをやればいいだけだ。
冷静に戦力を算出すると防衛都市には千程度の兵士がいるらしい。魔王軍を退けていた都市にしては人員が少ないのではないかと訝しんだが、これでも以前と比べたらかなり増員されたと、ハヤチが言っていた。
守護者様――畑のチームが参戦していなかったら、勝ち目は殆どなかったそうだ。
ちなみに畑メンバーは、畑、キコユ、黒八咫、ボタン、ウサッター一家。あと、一時期は左足将軍と配下と協力関係だった。
全員、人間ではないという一風変わったメンバーを集めている。動物たちとキコユの能力は把握しているので、それだけでもかなりの戦力だと理解できる。
だけど、敵の左足将軍と協力関係だというのが意外だな。色々、深い事情があるそうなので会った時に詳しく聞かせてもらおう。
そういや、ダンジョンマスターがこの世界には、異世界人が頻繁に送り込まれている、という話をしていた。
俺は自動販売機なので有名になってこの外見が広まって、元日本人の耳に入れば同郷の人たちを集めることが可能かもしれない。
異世界に来て幸運にも人に恵まれ、波乱万丈ではあるが幸せに暮らしている俺だが、異世界で貧困にあえいでいる人や、逆境で苦しんでいる人がいてもおかしくない。
そういう人たちを集めて日本人街を作るのも楽しそうだな。商品は俺が提供してそれを売ってもらうだけでも商売として成り立つはずだ。それに、飢えさせない自信だけはある。
全てが落ち着いたら、新たなダンジョン攻略も含めて色々やってみよう。
「なんか、ハッコン嬉しそうだね」
嬉しそう? ラッミスの意外な言葉に俺の頭には疑問符が浮かんだ。
今後のことを考えてはいたけど、嬉しそうに見えたのか。確かに、明るい未来予想図を描いていたけど、よくわかったな。
「そうっすか? 違いが全くわかんないっすよ」
シュイは俺が出したポテトチップスを食べている手を休め、脂ぎった指で俺を触ろうとしたので〈結界〉で弾いておいた。
「酷いっす!」
「シュイもまだまだ甘いな。灯りの点滅具合で楽しそうなのが、丸わかりじゃねえか」
あれ、ヒュールミにもバレている。自動販売機なのにポーカーフェイスができないのか俺は。
「ピティー……も、わかった……と思う……たぶん……」
うわっ、ビックリした! ピティーはたまに存在感が完全に消える時があるから、不意に声を出されると本気で驚く時がある。
ピティーはそう言いながらも、俯いて自信なさげに呟いているので、本当はわかってなさそうだ。無理して張り合わないでいいのに。
うーん、ラッミスとヒュールミが特別なだけで、他の人にはわからないってことか。
「一番付き合いが長くて、一緒に居る時間が長いもんねー」
「二番目はオレだな」
「長さは……関係ない……」
俺が女性なら「私の為に争わないでっ!」と言う場面なのだろうか。
今は自動販売機でみんなに頼られる存在だが、ダンジョンで願いを叶えて人間に戻っていたら、彼女たちは同じように接していてくれていた……って、また堂々巡りを繰り返しそうになった。
少しでも心に余裕ができると、余計なことを考えてしまう。
今は冥府の王の討伐だけを考えればいい。これは政治家みたいに問題を後回しにして誤魔化している訳じゃないぞ……うん。




