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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
一章

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居場所

 これといった打開策が思いつかないまま、ここに来てから二日目の夜を迎えた。あいつらは俺が壊れていると思っているらしく、一度も商品を購入しようとしていない。

 エロ本を与えた三名は、あれから一度だけやってきて、チラチラと俺を横目で気にしていたようだが。三人組は俺が変身したことも、ただで雑誌を手に入れたことも周囲に話してないようだ。たぶん、他の奴らに話したら自分たちがヒュールミを襲おうとしたのが広まって、親分の耳に届くのを嫌ってのことだろう。

 もしくは、あの雑誌を没収されることを恐れたのかもしれないな。


 ヒュールミは俺と会話をしながらマイペースで分析をしている。これは親分に伝える為ではなく、純粋に学術的興味からやっているだけのようだ。

 あいつらは一応、朝晩と飯の差し入れはしているのだが、彼女はその全てを部屋の隅に置いてある樽の中に放り込んで蓋をしていた。食事は全て俺が提供した物で賄っているので、あんな不味そうなものを食べる必要はない。

 ちなみに今日の晩御飯はカップ麺二種類と成型ポテトチップスだった。新たに新商品を仕入れようかとも思ったのだが、この現状でポイントは貴重だ。万が一に備えて、少しでも残しておくべきだと判断した。


「くはああぁ。今日もゴチでした。いやあ、お前さんの料理はスゲエな。研究ばっかやってきたオレじゃ、足元にも及ばないぜ」


 俺が凄いんじゃなくて、メーカーさんの実力なんだけどね。

 二日間、腹いっぱい食事をしているおかげなのか、肌艶が良くなってきたな。頬も心なしか肉がついてきた気がする。それでも痩せ形なのだが、当初よりも魅力的に見えるな。

 ぼさぼさだった髪も今は指通りの滑らかな、理想的な髪に変貌しているし。これは俺が本来冷たいペットボトルの水を温めて提供して、更にホテルやスーパー銭湯に置いてある自販機のシャンプーやトリートメントを使った成果だ。もちろん、タオルも渡してある。


「ふーぅ、さっぱりしたぜ」


 自動販売機である俺のことは全く意識せずに、上半身を晒し、頭を洗って体を拭いたヒュールミが満足げに瓶に入ったコーヒー牛乳を飲み干している。

 風呂上りはコーヒー牛乳。これを譲る気はない。改めて黒衣を脱いでいる彼女の姿を観察してみるが、上半身は残念だが下半身は女性的魅力に溢れていた。安産型か……深い意味は無いけど。

 普通の男性なら興奮する場面なのだろうが、自動販売機になってから、そういった感情が薄れている気がする。発散の仕方がないので都合はいい。


 ヒュールミは余裕な振りをしているが、タイムリミットは明日の朝。逃げ出すなら今日の夜が最後のチャンスだろう。俺があいつらの注意を引きつけて、その隙に彼女を逃がす。これが最良の策だとは思うのだが、それを伝える術がない。

 何だろうこの自動的コミュ障は。こうなったら籠城戦もありな気がするな……俺をどうにか扉の前まで運ぶことが出来たら、扉を開けるのがかなり困難になる筈だ。食料は俺が出せるし、一週間ぐらいなら余裕で耐えられる。

 そうなると、どうやって彼女が俺を扉まで運ぶかという難題が、立ち塞がってくるんだよな。


「まあ、なるようにしかならねえか。ハッコンはあんま気にすんなよ! あんたの価値をあいつらに説明して、時間をかけたら直せると説得すれば、バカだから騙されるって!」


 体を拭き終わりさっぱりとした彼女は今まで着ていた服を脱ぎ、俺が用意しておいた下着と男性サイズのTシャツを着込んでいる。

 ああ、下着の上からだぼだぼのTシャツ。日本で一度は叶えたかったシチュエーションをまさか異世界で経験できるとは。転生してみるもんだな。

 この下着とTシャツはもちろん自動販売機で購入した物だ。あ、女性用の下着は間違えて購入した物だということを強調しておきたい。強調しておきたい。


「このままじゃ流石に寒いな、これ着ておくか」


 さっぱりしたところに、あの着古した黒衣を羽織るのか。下着やシャツの自動販売機は購入経験があるのだが、生憎パジャマは見たことが無い。たぶん、探せばあると思うが俺もマニアとして未熟だったということだ。

 毛布や布団の自動販売機は見たことが無いし、あったとしても衝動買いをするには大きすぎる。となると、バスタオルを多めに出しておこう。これはスーパー銭湯やホテルで良く見かけるグッズだ。


「こんなに真っ白で綺麗なのは使うの気が引けるな」


 遠慮なく使って欲しい。そのままじゃ風邪ひくよ。これから何が起こるかわからない。最後まで諦めずに万全の態勢を整えておかないとな。


「ハッコン、ちと真面目な話をしても構わねえか?」


「いらっしゃいませ」


 彼女が俺の前まで来るとバスタオルを一枚地面に引いて、そこに座り込み胡坐をかく。そんな格好をすれば下着が丸見えなのだが、お構いなしだ。まあ、自動販売機を相手に照れる方がおかしな話か。


「もしかして、自分が犠牲になってでもオレを逃がそうってつもりなら無駄だぜ。外まで逃げられたとしても、魔物がそこら中にわんさかいる地帯を、戦闘技能が無いオレが生き延びられると思うか?」


 俺の考えは読まれていたのか。イエス、ノーだけの意思表示だったが、彼女とはこの二日、かなり話していたからな。元々頭のいい人だから、俺の単純な思考回路を読むぐらいのことはやってのけるか。


「ざんねん」


「だろ。だから、逃げ出しても無駄だ。何とか時間を稼いで、千載一遇の好機を待つしかねえ。ハッコンからしてみれば、かなり無謀な女に見えてんだろ。大して強くもねえくせに態度だけはデカい命知らずだってな。別に死ぬのは怖くねえんだぜ。いや、そういった感情がマヒしちまったってのが正しいか……ああっ、何話してんだ。ってことで、オレは寝る! おやすみ!」


「またのごりようをおまちしています」


 その場に横たわりバスタオルを被せて、あっという間に眠る。この寝つきの良さは特技といっても差し支えないな。

 意味深なことを話していたな。彼女には人に言えない事情があるようだ。根掘り葉掘り聞きだす術もなければ、隠しておきたい過去をほじくり出す気もない。

 何だかんだで、もう深夜か。ここの奴らも、扉の前と廃墟と化した砦の見張りぐらいしか起きてないのだろう。行動を起こすなら今なのだが自動販売機に何をしろと。まさに手も足も出ない。


 俺に出来ることは彼女が処分されると考えて、再び襲いに来るかもしれない馬鹿共から結界で守るぐらいか。

 わかってはいるが落ち着かないので部屋を見回すが、古びた机、椅子、資料、魔道具の灯り、工具らしき物ぐらいしかない。天井高は3メートル程度で、壁も床も天井も石造りで見るからに重厚で頑丈そうだ。

 脱走といえば壁を掘るというのが定番中の定番だが、何年かけたら可能なのだろうな。結局、何度見回しても打開策が見つかる訳もなく、明日を待つしかないと諦めかけていた。


 その時、微かに流れてくる音と共に自動販売機の体が微かに揺れた。え、今のは。ほんの僅かだったけど、何かが弾けたような音がしなかったか。

 実際にはない耳を澄ますと、遠くで何かが爆発するような音が再び聞こえ、その他にも剣戟のような音がする。


「おい、何の音だ!」


「上からだぞ!」


 見張りの焦っている声と駆けあがっていく足音が遠ざかっていく。これって砦が襲撃されているのか!?

 だとしたら、ヒュールミを起こさないと。


「あたりがでたらもういっぽん あたりがでたらもういっぽん あたりがでたらもういっぽん」


「ふえぃ? え、何だ何だ、え、お、ど、どうした、ハッコン」


 涎を手で拭いながら、ぼーっとした表情で俺を見つめている。説明のしようがないので、取りあえず寝起きの缶コーヒーをどうぞ。


「おっ、すまねえな。くはあああぁ、目覚めのいっぱいは最高だぜっ」


 相変わらず、オッサン臭いが今それはどうでもいい。この状況、考えられるのは襲撃だよな。問題は奴らが戦っている相手だ。

 襲撃をしているのが何者かというのは可能性が二つぐらいか。階層の魔物が襲ってきた。もしくは――ハンターたち。

 集落が活気づくということは金の臭いを嗅ぎつけた、こいつらみたいな悪党どもも流れ込んでくるということだ。俺を盗み出したのが初犯でなく、何度も犯罪を重ねていたと仮定しよう。こいつらはマークされていたのかもしれない。

 だとしても偶然にしては運が良すぎる。となると……。


 あっ、もしかして、俺が盗まれるのを待っていた? かなり儲けている鉄の塊である俺って絶好のカモじゃないか。自分で動くことも抵抗もできない巨大な貯金箱が路上に置かれている。そりゃ、犯罪者としては狙ってくれと言っているようなものだ。

 そして、俺を盗むとなるとかなり大掛かりになる。重量も相当なものなので運ぶのに手間もかかる。囮としてこれ程最適な相手もいないだろう。

 え、もしかして熊会長あたりが考え出した作戦に利用された? でも、熊会長なら事前に教えてくれる筈だ。いや、教えようとしていたところを襲われたから便乗したのか。どちらにしろ、この予想が的中していたら助かるぞ!


「この音……誰かが争っているのか」


 ヒュールミはようやく目が覚めたようで、いつもの鋭い目つきで扉まで移動して聞き耳を立てている。


「やっぱり、誰かと戦ってやがるな。何者かは不明だが好機かもしれないぜ」


 彼女も同じ意見か。ここで一番困るのは両者全滅パターンだ。そうなったら俺たちは閉じ込められたままになる。

 さっきから扉を開こうと奮闘しているようだが、外側から鍵が閉められているようで、どうにもならないっぽい。


「こぉぉぉぉん」


 え、今の声は。聞き覚えのある声にハッとなる。ヒュールミも思うところがあったのだろう、眉根を寄せて扉にへばりついている。


「はあああっこおおおおおん! どこにいいいい、おるんやあああああああ!」


 この聞き覚えのあり過ぎる、分厚い扉の向こうからも聞こえてくる大声は――


「ラッミス!?」


 そう、ラッミスの声だ! 彼女の声を俺が聞き間違えることは無い。つまり、今争っているのはハンターたちということだ。助かるぞ!


「あ、え、何であの子が。ハンター協会が動いたってことなのか。それにハッコンの名を呼んでいたぞ。もしかして、知り合いなのか?」


「いらっしゃいませ」


「おおおっ、そうか! なら、俺たちは邪魔と足手まといに、ならないようにしておこうぜ。人質に取られたらシャレになんねえからな」


 俺の傍にいるのが一番安全だと判断したようで、脱いだ服をまとめて俺に背を預けている。


「いざという時は、守ってくれよな!」


「いらっしゃいませ」


 お任せあれ。守ることだけなら自信があるから。

 剣戟の音と怒声も聞こえてくるようになっている。時折感じる地響きの正体はラッミスの可能性が一番高そうだ。枷を外して全力で怪力を振るえば、朽ち果てる寸前の砦の壁や柱なんて、彼女にしてみれば発泡スチロールと大差ない。


「これ、やべえかもしんねえぞ」


 ヒュールミが突然、天井を見上げて声を漏らしている。俺もつられて天井を見たのだが、別に違和感はない。埃が少し降ってくるが、崩壊する程ではないと思う。


「この上は倉庫になっていてな、クズ共が集めた硬貨が貯め込まれている。でだ、それだけならいいんだが、あの馬鹿共、欠陥品の魔石……別名、爆石を溜め込んでいやがるんだよ。本来、魔石ってのは魔道具の燃料になる石なんだが、たまに内蔵されている魔力の流れがおかしい魔石があってな、そういうのは燃料として使えない。下手に使うと不具合が起きて魔道具がぶっ壊れるからな」


 魔石もあるのか。魔道具は何で動いているのかと疑問だったが、なるほどそういう仕組みなんだな。


「でよ、欠陥のある魔石は取り扱いが難しくてな、兵器に利用しようとして貯め込んでいた国の倉庫が、周りの施設を巻き込んで吹き飛んだって話もあるぐらいだ。だから、今では見つけたら即処分というのは常識になっている……が、アイツらそれを知らずに商人にでけえ爆石を幾つも魔石として売りつけられて、上の倉庫に後生大事に放り込んでいるってわけだ。馬鹿だろ」


 これが他人事ならバカだなーで済む話なのだが、つまり俺たちの頭の上には不発弾が置かれているって事だよな……ばっかじゃねえか!?


「で、まあ爆石は強い衝撃を与えたらやばいってのは理解できたよな。これで上の屋根が倒壊して爆石に当たりでもしたら」


 ああ、うん。それ以上は必要ない。ラッミスさん、ちょっと力抑えてもらえませんかねっ!

 何か破壊音と振動が徐々に近づいてくるんですけどっ!


「あ、これ、マジでやべえな」


 ヒュールミがそう呟いた瞬間、轟音と共に天井が崩れ落ちてきた。


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― 新着の感想 ―
[一言] パジャマは病院用で置いてる自販機あるらしいですね。 流石に自販機目当てに病院行くのは何ですがw 布団は流石に検索しても無かったw
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