異世界の車窓から
ケリオイル団長たちと合流して二日目。今日は珍しく車の中にいる。
外国産のピックアップトラックは日本製に比べて、スペースに余裕があるので後部座席を全て倒すと、俺が寝転んで入り込めるぐらいのスペースが確保できた。
横倒しで乗っているのだが、視界は自由に変更できるので問題はない。
今日の運転手はヒュールミで助手席にはラッミスが入る。ピティーは俺の体の上と天井の隙間に潜り込もうとしていたのを、つまみ出されて今は荷台だ。
「ええと、大食い団のみんなは近隣の町村を回って、危ないから逃げてねって連絡しているんだよね?」
「そうだぜ。足の速さと鼻の良さには定評があるからな。敵を避けて任務を全うしてくれているだろうよ……食料だけが心配だがな。なんとか自給自足でやってくれていると信じるしかねえな」
およそ、シュイが四人分だから飢えてないといいけど。
ちらっと荷台に視線を向けると、大きいサイズのコーラを飲みながら、からあでを口一杯に頬張っているシュイがいた。
幸せそうな顔して食べているなぁ。大食い団と合流したら満足するまで食べさせてあげよう。
「えっと、このまま進むと殺戮の森だったっけ?」
「殺意の森だ。敵は真っ直ぐ進んでいるようだから、そろそろ殺意の森に差し掛かっているんじゃねえか」
殺意の森は鬱蒼と木々や雑草が生い茂り、殺意漲る生き物が繁殖しているらしい。かなりの危険スポットで高レベルのハンター以外で挑む者はいないそうだ。
そうなると、冥府の王の軍隊も足止めをくらうか迂回するのかと思ったのだが、合体階層主がいれば森の木々を倒しながら突っ切ることも可能だろう。
あれが後方ではなく先頭に移ったというのは、ケリオイル団長たちからの情報提供により明らかになっている。
未だに、合体階層主の倒し方が思い浮かばないが、防衛都市の戦力とこちらの戦力でどうにか対応するしか手段がない。
先に防衛都市に連絡を入れてくれている熊会長たちが、大掛かりな罠でも仕掛けてくれていると助かるけど。
「うちらは殺意の森にまだつかないの?」
「この速さだと、そろそろ本体に追いつきそうなんだけどな」
魔物軍の進行速度はかなり速いようで、行軍に付いていけなくなり遅れている敵は各個撃破している。何度か最後尾に襲い掛かって敵の数を削ってはいるのだが、焼け石に水かもしれない。
敵の数は万に近く、おまけに合体階層主と冥府の王がいる。
冥府の王は仲間たちとなんとかするとして、残りの魔物の群れは防衛都市の兵士たちに対処してもらう。ここまででも結構無理があると思うのだが、ここで最大の問題である合体階層主を誰が相手にするかということだ。
人員が足りないよな……弱点でもあるといいのだが、調べようがない。
「あの、合体階層主は倒すことより、足止めをすることだけ考えた方がよさそうだぜ」
俺と同じことを考えていたヒュールミがぼそっと口にした。
そうだよな、別に倒さなくてもどうにか足止めをして、他の敵を全て倒してから全勢力を注ぎ込めば、なんとかなるかもしれない。
それに、防衛都市には老夫婦並みの猛者が揃っている可能性だってある。ずっと魔王軍の侵攻を防いできた都市だ。兵士の洗練具合は他の町とはレベルが違う筈だ。
希望的観測に過ぎないけど、マイナス思考よりかはマシだろう。
「っと、森が見えてきた……って、おいおい。森が焼けちまっているぞ!」
ヒュールミの叫びで我に返った俺は、双眼鏡にフォルムチェンジすると前方を覗き込んだ。
地面には巨大な足跡が点在していて、その先に真黒に焼け焦げた木々が乱立している。殆どは地面に倒れているが、全身を焦がしながらもまだ倒れない木々も相当数残っていた。
森林火災でもあったのか? いや、もしかして防衛側が仕掛けたのかもしれない。森一つを犠牲にして敵を火にくべれば、相当数の魔物を倒せる可能性が高い。
地球だと自然破壊で問題になりそうな手段だが、今は非常時だから許されると思うことにしよう。
「これは魔物がやったのか、味方がやったかで今後の展開が変わるぜ」
ヒュールミの考察を聞いてハッとした。
魔物が殺意の森が邪魔で、燃やし尽くしてから進んだ可能性もあるのか。そうなると、敵の数は減らずに済んでいる。
「もし、森に敵が入り込んでから火を放ったのなら、敵の損害は相当数に達していると思うが、どうなんだろうな」
「でも、この森を燃やすって、かなりの火力がないと無理じゃないかな? んー、よくわかんないけど」
ラッミスが小首を傾げて唸っている。
「そもそも、生木は燃えにくいからな。今は乾燥している季節でもねえから、油を撒くか相当な火力で焼くか……となると、合体階層主が火でも吐けるのか?」
「脚が一本骨で燃えてたよ?」
ラッミスの言う通り、脚が一本炎に包まれていた。あれは迷路階層の炎巨骨魔だよな。あの火力なら触れただけで燃やせそうな気もする。
「敵が燃やしたならその可能性が高い。だが、味方が燃やしたとしたら、どんな可能性があるのか」
「えーと、うちらより先に行ったのは、熊会長とヘブイと門番の二人でしょ、それにミシュエルだよね……あっ、あの竜の大剣!」
わかったと胸の前で大きく手を打ち鳴らした音が大きく、荷台の仲間たちもこっちに視線を向けている。
「そうだ。ミシュエルの高価そうな大剣なら、ここら辺の木々も燃やせるだろうよ」
そう言われると、ミシュエルの可能性が高い気がする。
一人でここに残って足止めを担当したのだろうか。命を捨てるような弟子に育てた覚えはないので、無茶なことはしてないと信じているが……いや、育てた覚えがないな。
ハッコン師匠と慕ってくれているが、稽古をつけたことは一度もない。師匠らしいことをした記憶もございません。
一度ぐらいは師匠らしい立派な姿を見せたいところだ。自動販売機の背中――裏面で語れるような男にならなければ。
「どうすっかな。焼けた森を突っ切るか、迂回するか」
「みんなで相談した方がいいよ」
「う ん う ん」
「だな。森の入り口で止めて、昼食がてらどうするか決めようぜ」
くすぶっている火もなさそうだし、煙も出ていないように見える。もし、まだ火が残っていたとしてもスルリィムやフィルミナ副団長の魔法もあるし、シメライお爺さんだっている。強行策を選んでもどうとでもなるだろう。
全焼した森の前で車を停めて、昼食をとりながら今後の方針を決めることになった。
結構な大所帯なので全員が意見を交わすと話がまとまらないので、シメライお爺さん、ヒュールミ、ケリオイル団長、そして俺が代表として意見を交わすことになる。
「オレはこのまま、焼けた森を突っ走る方がいいと思うが、どうよ?」
ヒュールミがそう切り出すと、全員が大きく一度頷いた。俺は物理的に無理だが、心の中で頷いておく。
「それでええと思うがのぉ。結構な数の魔物が通ったおかげで、地面も踏み固められておる。これなら、風の魔法で焼け焦げた木々を払えば、何とか通れるじゃろうて」
「俺も反論はねえな。森の中を突っ切らねえと、結構な遠回りになる。それに、中を進まねえと魔物たちがどうなったかわかんねえぞ。死体も確認しておきたい」
シメライお爺さんもケリオイル団長も賛成なら森を突っ切るルートで決定だな。
もし、これを弟子がやったのなら、森の中にミシュエルが潜んでいる可能性だってある。無事なら拾っていってやりたい。
「じゃあ、決定だな。飯食ったら、森を進むぜ。よろしく頼むぞ、ハッコン」
「いらっしゃいませ」
バンと強めに体を叩くヒュールミに、元気よく言葉を返す。
方針が決まれば後は突っ込むのみ。まだ余裕はあるけど、ガソリンを給油しておこうかと、フォルムチェンジをしようとした、その時――。
「ハッコン師匠! ご無事でしたかっ!」
森の中から姿を現す、黒い影。
歯磨き粉のスポンサーが付きそうなぐらい、眩しく白い歯を見せながら走ってくるのは、ミシュエル!
黒い鎧が焼け焦げた木々と同化していたので、気が付かなかったが近くに潜んでいたのか。無事で何よりだよ。
「私は、私は信じていましたっ!」
駆け寄ってくると俺の前で片膝を突いて、今にも泣きそうな瞳で俺を見上げている。
本気で心配をかけてしまったようだ。自動販売機なのに良い弟子に恵まれたな。
「で し よ が ん」
「あ っ た ね」
ちょっと無理があったが、称賛の言葉を弟子に投げかけた。
すると、ミシュエルは大きく目を見開くと目元を拭い、男でも見惚れてしまいそうになるぐらいの笑顔を見せて「はいっ!」と嬉しそうに返事をした。
「やっぱり、これはミシュエルがやったのか?」
「はい、そうです。ヒュールミさん。仲間と力を合わせて、罠を作り何とか時間稼ぎをしようと思ったのですが、巨大な犬岩山に踏み潰されてしまいました。そこで、森に火を放つしか手が無くなり」
あれ、今、仲間って言わなかったか?
ということは、ミシュエル以外にも誰かここに残ったのか。熊会長は領主に直接話を付ける仕事があるから、ヘブイか門番ズがいるのかもしれないな。
食事の手を休めてみんながミシュエルの周りに集まってきている……一人だけ弁当を手にしたまま、やってきたが誰か言う必要はないな、うん。
「ミシュエル、おかえり。他にも誰か残っているの?」
「いえ、そうではありません、ラッミスさん。この場で姉上とそのお友達が力を貸してくださいまして。ハヤチ姉さん、ウサッターさん、ウッサリーナさん、出て来ても大丈夫です」
ミシュエルの呼ぶ声に応じて、焼け焦げた木々の陰から一人と二匹が現れた。
ウサギだよな。ウサギにしては耳が尖り過ぎているし、身体も大きいけど。女性の方は女騎士を絵にしたらああなるだろうという、理想的な姿をしている。
目つきも鋭く生真面目で優秀そうな雰囲気だ。状況は全く掴めないが、弟子のミシュエルに力を貸してくれたのなら、安心していいだろう。




