必勝法
強大な敵とのバトル最中だというのに、異形の化け物もラッミスたちも、空で弾ける色とりどりの花火に魅了されている。
最近は市販の花火でも質が良くてカラフルなものが多い。花火を見たことのない異世界の人々にとっては息を呑む美しさなのだろう。
この隙に攻撃を加えて欲しいところなのだが、仲間全員が花火をじっと見つめて動かない。もしかして、新たな魔法か何かだと警戒しているのかもしれないな。
正直、あの異形の化け物だけは、花火に興味が湧かないのではないかと疑っていたのだが、その場でピタリと動かなくなっている。まるで石化したかのようにピクリとも動かないな。
でも、顔は花火とは逆方向に向いている。動いてはいないが花火を見ているようにも見えない。
そうなると、宙に浮かんでいる親将軍が、現在進行形で魔物を操っていると考えて間違いないようだ。
ここまで強力な魔物が配下にいるのだから、親将軍が協力すれば仲間は苦境に立たされていただろう。だというのに、空に浮かんだままじっと見下ろしているだけだった。
おそらく、彼女は異形の化け物を制御するのが精一杯で、他のことができない状況なのだろう。その証拠に花火に親将軍が意識を奪われている今、異形の化け物の動きが止まった。
ここまでの考えを一瞬でまとめると、呆けたように花火を眺めているラッミスに囁く。
「ら っ い す」「ら っ い す」
「え、あ、うんとなに、あれめっちゃ綺麗やねぇ」
うっとりとした表情が色っぽくて、思わず凝視してしまったが今はそれどころじゃない。
「と う っ し て」
そう言って、ラッミスの前にコンクリート板を出した。
コンクリート板は自分の体の下にしか今までは出せなかったのだが、ランク3になってから足下以外にも出せることを知り、こうやって活用している。
「えっと、これ投げるの?」
「う ん お ゃ に」
「えっと、親将軍の方に投げたらいいんだよね?」
「う ん」
戦闘中だというのに殆どの人が花火に集中してしまっている今がチャンスだ。
ラッミスがコンクリート板に指をめり込ませて持ち上げると、大きく振りかぶった。
一歩大きく踏み込み、剛腕から放たれたコンクリートの一投は親将軍目掛けて突き進んでいく。
凄まじい速度が出ているぞ。空からの風景を見る余裕すらない。
一撃必殺の威力が込められたコンクリート板は狙い違わず――とはいかずに、このルートだと親将軍の頭上を通り過ぎていくことになりそうだ。
ラッミスの命中率の低さは織り込み済み!
俺は空中で〈ダンボール自動販売機〉から〈コイン式掃除機〉にフォルムチェンジして、コンクリート板から離脱した。
投げられる直前にコンクリート板のボルトにダンボールの体を突き刺しておいたのだが、想像以上に上手くいって良かったよ。
「えっ、ハッコン!?」
俺が背中からいなくなったことに気づいたラッミスの焦っている声が届く。
コンクリート板は親将軍の頭上を越えていったが、途中で分離した俺は最大まで上げた筋力を生かし、掃除機の空気を排出する機能を使い、空気を尋常ではない勢いで噴き出す。
後は〈念動力〉で角度を調整しながら、親将軍の黒い頭蓋骨に激突するだけ!
「キレイダワー ロッチャント イッショニ ミタイ エッ」
目玉のない空虚な眼窩で花火を見つめていたところに、飛び込んできた俺と視線が交わる。骸骨では表情がわからない筈なのに驚愕しているかのように見えた。
――それも一瞬だったが。
相手の顔面に俺の下腹部が命中すると、威力が大き過ぎたのか、元々防御力は大したことがなかったのか、それを知る術はもうないが、あっさりと粉砕された。
相手の撃破を確認して喜びたいところだが、ここからが問題だ。この高さと勢いで地面に激突して、無事でいられるかわからない。〈結界〉を張ったとしても激突時の衝撃で体の内部が壊れてしまう気がする。
素早く風船自動販売機にフォルムチェンジをして最速で風船を作っていく。
今俺の身体は下降し続けている、時間は殆どない。五つの風船を作ったところで妥協すると、今度は最小の自動販売機であるミニチュア模型の自動販売機になった。
ここで〈結界〉を縮めて風船でパンパンにした中心部にいることで、激突時のクッションにする。エアバックの要領だ。
体も小さく軽くなっているのでこれで充分防げる……よね?
地面が近くなってきているようだけど、風船に囲まれていてよく見えない。衝撃がくるのを覚悟してじっとしていると、身体に急ブレーキがかかる。
あれ、このふわっとした感じは風船が思ったよりも効力を発揮してくれたのか。
「もおおおうっ! また無茶して!」
風船と〈結界〉を解除すると、地面に座り込んで俺を抱えているラッミスがいた。
着地地点まで駆け寄ってきて受け止めてくれたのか。
「す ま に ゃ い」
「うっ、ちょっと可愛く言っても誤魔化されないからね!」
頬を膨らませて怒っていらっしゃいる。言葉足らずなだけで、そういった意図はなかったのだが。
不機嫌なラッミスをなだめる前に敵はどうなったか確認しないと。
親将軍を倒したことで異形の化け物が自由になり暴れる可能性もある。理想としては召喚者を失ったことで、そのまま異界に戻って欲しいのだが。
期待と不安が入り混じったまま、背後に視線を移すと……そこには闇に沈んでいく異形の化け物がいる。
それでも、その姿が完全に沈みきるまで見守っていたのだが、特に抵抗する様子もなくこの世界から去っていった。
「召喚者を失えば魔物は元居た世界に戻る、物の道理じゃよ」
いつの間にか歩み寄ってきていたシメライお爺さんがそう言うなら、心配はいらないのだろう。
これにて一件落着……じゃない。まだ始まってもいなかった。先行した仲間を追う為にこの場に居たのだった。
まさかの中ボス戦をする羽目になるとは思ってもいなかったから、一仕事終えた気分になっていたよ。
「予想外の展開だったが、相手の将軍を一人倒せたのは大きいぜ」
避難していたヒュールミも戻ってきたのか。
全員が再び集まり、今度こそ出発することになった。
「あっ、移動手段は任せておけって、ハッコンは言っていたけど、またあのクリュマ出してくれるの? でも、今回は人数も多いし、荷台も持ってきてないから二台出すのかな?」
参加人数は九名プラス自動販売機。コンパクトカーだと二台出しても足りない。それに永遠の階層のように地面が平らではなく、凸凹していることも考慮しないと。
そこで、ずっと狙っていた海外のとある自動販売機にフォルムチェンジすることにした。今までは欲しくてもポイントが全然足りなかったので、手を出せなかったのだが、ダンジョンの財宝をポイントに返還した今の俺なら払える!
「おおおおおおおおお」
仲間が俺を見上げて驚きのあまり声を漏らしている。
この姿を見て自動販売機だと思う人は殆どいないだろう。殆どがガラス張りで中の商品が丸わかりなのだが、初めてこれを見た人はオシャレなビルだとしか思わない。
実際、俺もネットで調べて見つけた時は本当に自動販売機なのかと疑ったもんだ。
中は五階建てになっていて、その大きさにも仲間たちは驚いているようだが、中に並んでいる車から目が離せないでいる。
「あれ、これって形が違うけどクリュマ?」
「みてえだな、あのクリュマよりかなり大きめだが、性能は同じように見えるが」
ラッミスとヒュールミがガラス部分に張り付いて……いや、みんなが凝視している。
そりゃ、興味が湧くよな。これは世にも珍しい自動車の自動販売機だから。正確には外国の中古車自動販売機だが。
ガラス張りの建物の中には中古車が二十台入っているのだが、その場で選んで現金を投入するのではなく、予め購入手続きをしておくと専用のコインを手に入れることができる。
それを投入口に入れコントロールパネルで購入者の名前を入れると、後は全て自動でやってくれる。ちゃんとした自動販売機。
自動販売機マニアの間では有名で、車は購入できないがいつかこの目で見るのが夢だった。まさか、自分がその物になれるとは思いもしなかったけど。
全て外車の中古車なので車の種類も豊富で大きい。ここの車なら一台でも全員をなんとか運ぶことが可能だ。
後ろが荷台になっているトラックみたいな形状をしている車にしようか。確かこういう車のことをピックアップトラックと呼ぶのだったかな。これだと直ぐに乗り降りできるし、車に乗ったまま攻撃を加えることも可能になる。
雨風は防げないがこれだと自動販売機の身体でも乗りやすい。ええと、購入者の名前なんにしようかな……やっぱりここは――。
コントロールパネルにラッミスと入力すると、三階に自動販売機中心部のエレベーターが止まり、そこに目当ての車が運ばれる。
車が一階まで降ろされると、取り出し口? の扉が開き、赤いピックアップトラックが滑り出てきた。
海外の車なので日本産より一回り大きく、これなら俺が置かれても余裕がありそうだ。雨避けの幌みたいなものも取り付け可能なのか、これはいい買い物をした。
まあ、この自動販売機と車で驚くほどポイントは消費したけど。まだまだ余裕がある。ほんと、ダンジョンマスターのおかげだよな。
よっし、今度こそ魔物の群れを追う準備は整った、早くみんなに合流しないと。




