ハッコン
……全身から火花が散り……亀裂の広がるボディーが徐々に砕けていく。
……耐久力は一桁をきった……このままでは壊れるのを待つだけか。
体を魔物の群れが通り過ぎていき、視界に映るのは魔物の足の裏と魔物の弛んだ下半身しか見えない。
ああ……天井が全く見えない――ということは、相手からも俺の姿が見えないってことだよな!
まず、怪しまれない程度に体を少しだけ修復する。そして、素早く商品をライターとコンドームに変更して取り出し口に落とす。
まずは体を懐かしの〈ガス自動販売機〉へ、フォルムチェンジをする。その時に、身体を修理しておくことを忘れない。
はい、完全復活。
ガスを開け放たれたコンドームに注ぎ膨らませると、今度はミニチュアの自動販売機になる。これは俺が知る限り最小の自動販売機だ。ちなみにこれはジオラマ模型で使われる物だが……ジオラマ模型に興味がある訳じゃない。
って、そんなのはどうでもいいことだった。〈結界〉を張ってコンドーム風船を外に出してから、〈念動力〉で操ったライターで炙る。
ガスに引火して小規模の爆発が起こり、爆風に煽られた俺は魔物たちの足元を転がっていく。これで俺が破壊されたように見えたらいいのだが。
体が小さすぎて気づかれることなく、魔物たちが何度も蹴りつけて面白いように転がっていく。
視界がコロコロ変わって酔いそうだ。自動販売機だから吐く機能がないので、ある意味安心だな。体の色も地面と同じ色に変更しておこう。
何度転がされたのか数えるのも面倒になってきたので、その身を任せていると魔物の群れから蹴り出された。
飛び出す直前、〈結界〉を消して、岩肌剥き出しの地面の欠片にしか見えない俺の体が地面を滑っていく。
視界が開けたので冥府の王へ視線を向けるが、あっ、四人がいない。
冥府の王が自分の両腕をじっと見つめているので、処分したという訳ではないようだが、ケリオイル団長の〈破眼〉とスルリィムの〈転移〉を組み合わせて、自力で逃げてくれたと……そう信じる。
冥府の王は爆発した付近を見ているが、もしかして疑っているのか。我ながら見事な演出だと自画自賛したいぐらいなのだが、骸骨が視線を逸らさない。
あー、ドキドキする。疑い深い骸骨だ、そろそろ諦めてくれないだろうか。
今は地面と同化しているのでバレることはない、と思いたい。
魔物たちが階段を上りきり、この空間には俺と冥府の王だけとなる。スーッと地上に降りて来た冥府の王は地面に手を当てた。
骨の手から触れている地面に光が走り、妙な絵を描いていく。
光が幾何学模様と現地語に似た文字を組み合わせた図形を作り上げる。
あれって、転送陣に似ているが規模が違い過ぎるな、あんなにも巨大な魔法陣を一体に何に使うのか。
黙って事の成り行きを見守っていると転送陣の輝きが増すと同時に、魔法陣の中から徐々に姿を現す巨大な物体。
初めはごつごつとした巨大な岩だと思ったのだが、それは浮かび上がっていくうちに、階層主である犬岩山であることがすぐにわかった。
それだけでも度肝を抜かれたのだが、よく見ると脚が以前見た時とは違い、燃える骨、木製、爬虫類の脚に変わっている。
もしかして、各階層主を全て融合したのか。だとしたら、あの化け物の強さは桁外れだぞ。
あまりにも巨大過ぎて融合した犬岩山の頭が天井にぶつかり、天井が崩落していく。これはダンジョンが潰れるのも時間の問題か。
「ふははははは、いける、これならば殺れる! あの小生意気な魔王を葬り、我が国を統べることが叶う! ふはっ、ふはははははははは!」
誰もいないと冥府の王が思って大声で叫んでいる。
この人、魔王の忠実な部下ではなく裏切るつもりなのか。
ダンジョンの魔力を吸収して、魔物の群れも従え、更にこの階層主の集合体が加われば調子に乗ってしまうのもわかる気はする。
冥府の王が魔王軍を裏切るのであれば、こちらにとっては好都合だ。この情報を魔王軍にリークすれば、こっちが手を出さずに同士討ちをしてくれるかもしれない。
そんなことを考えていると辺りが急に暗くなり、衝撃が俺の体を縦に揺らす。
《77のダメージ。耐久力が77減りました》
天井の破片が命中したのか、辺りは真っ暗で完全に体を覆い隠している。
〈結界〉を切っていたのでダメージが届いたが、ミニチュアの身体とはいえ頑丈と耐久力を上げていたおかげで、この程度で済んだようだ。
もう、相手から見えないだろうから〈結界〉は発動しておこう。
ダンジョン崩壊による揺れの中にひときわ大きな振動が加わるようになった。どうやら、融合犬岩山が動き出したらしい。
この状況では俺にはどうしようもないので、後は土砂に埋まるのを待つだけ。ダンジョンの人々と町の人々が避難しているといいのだけど。
体が完全に埋まる前に元の自動販売機に戻り〈結界〉を維持したまま、辺りが静かになるまで大人しくすることにした。
埋もれてから体内時計で一時間が経過した。
地中だけあって物音一つしない静寂の世界。自分の体から漏れる明かりで周囲を照らしているのだが、全方位にあるのは土砂のみ。
今は〈結界〉の大きさは俺を中心として半径一メートルで抑えている。ランク3になってからは二メートルまで範囲を広げられるようになったが、ポイント節約の為に縮めておいた。
こりゃ、どうしようもないな。風船とダンボールのコラボによる移動手段は地中では使えないので、自力でここから脱出するのは不可能。
自動販売機にドリルが付く仕様が実際にあればよかったのだが、そんな物は聞いたことも見たこともない。
念の為に、機能の欄を調べたがドリルはなかった。残念。
どれぐらいで発掘してもらえるかはわからないが、早く動かないと魔物の群れが地上を荒らしてしまう。
会長たちが無事なら、近隣の町村には連絡がいっているだろうから、被害は抑えられていると信じているけど……何もできない自分が歯がゆい。
一応、助けを求める声を出しておくべきか。
「いらっしゃいませ いらっしゃいませ」
言ってみたものの、この分厚い土を貫いて声が届くとは思えない。
俺は自動販売機だから空気も食事も必要なく、排せつ物の心配も無用でポイントもまだまだ余裕がある。一ヶ月ぐらいは〈結界〉を維持した状態でも余裕で耐えられるだろう。
――ラッミスたち心配しているよな。
いや、もしかして壊れたと思って諦められているかもしれない。そうなると、土の中で化石になるまで埋まる覚悟をしないといけないのか……はぁぁ。
でも、その可能性は低い。ラッミスは必ず俺を助けようとしてくれる。それは確信に近い予想。異世界に来てからずっと相棒として共に過ごしてきた。
お互いに触れあい、助け合い、辛いことも楽しいことも一緒に過ごした日々。
彼女は絶対に俺を見捨てることなく掘り出そうとする。だから、助けに来ないという考えは消去してしまおう。
どれぐらいの時間を要するかはわからないが、俺は希望を捨てず助けを待つ。それだけだ。
その間に能力の確認と助けられた後の行動を考えておこう。ランク3になってから自動販売機の機能も格段に増えた。新たな自分の力を調べておかないとな。
外国の自動販売機のラインナップは日本では考えられない物も多く、これを眺めているだけでも余裕で一日潰せそうだ。
新しい商品や機能で早く仲間たちを驚かせたいな。やっぱり、お客がいないと寂しい。販売する相手がいてこその、自動販売機なのだから。
独りぼっちは久しぶりだな……この世界に来た時はたった一人で湖畔に佇んでいた。あの時は寂しいより不安が強かった。蛙人魔に襲われ、ポイントが残りわずかになったところで現れたラッミス。
今思えば本当に懐かしい。あの頃はハンターたちの間で役立たずだと言われ、まともな相手と組むこともできず、あの場所に置いていかれていたのだったな。
それが今じゃ、清流の湖階層では知らぬ者がいない有名なハンターとなった。その実力は出会った時は比べ物にならないぐらい上達して、一人でも中級クラスの魔物なら余裕でねじ伏せることができるまでになっている。
立派になったなぁ。ずっとその背で見てきたからこそ、彼女の成長には感無量だ。
以前は俺がいないと実力を発揮できなかったが、今では怪力に振り回されることなく、制御も完璧に近い。
もう、俺を背負わなくても大丈夫な筈だけど、「ずっと一緒だよ」と言ってくれている。人間時代に、こんなに人に好かれて懐かれたことなんてなかった。こういった状況だと、俺の場合はリア充ならぬ、リア自販機とでも言うのだろうか……いや、違うな。
ラッミスが望んでくれていた人化は叶わなかったが、ダンジョンは他にもあるらしいし、本当に願いを叶えられるという情報も得られた。望みは繋がっている。
今回の一件が落ち着いたら、ラッミスも他のダンジョンアタックに付き合ってくれると言っていた。一緒に行動していた仲間たちも同行してくれるらしいから、次の機会を楽しみにしておこう。
あの騒がしくも頼もしい仲間たちと再び冒険ができるなら、文句は一切ない。
だから、早くこの騒ぎを終わらせないとな。
よっし、何もできないとは思うが俺なりに土砂からの脱出を考えてみるか。何もできないと思うから何もしないなんて柄じゃない。
自動販売機に生まれ変わった時点で常識とは離別した。いつものように、自動販売機として足掻いてみますか!




