欲望を満たす方法
前話が説明回でしたので、本日二話目の更新です。
高いびきを立てて熟睡している彼女をぼーっと眺めながら、これからのことを考えている。
ヒュールミは味方だと思って間違いはない。彼女は一応、俺の謎を解き明かすまでは命の保証はされているようなので、殺される心配はないようだ。
ラッミスの話だと放浪癖がある人なので、行方不明になっても心配されるどころか、気づかれていない可能性が高い。彼女の捜索に誰かが来るという期待は避けた方が良い。
となると俺がいなくなったことに気づいているだろうから、熊会長が捜索隊を出してくれていることを祈るしかない。ラッミスが心配をし過ぎて、無茶してないといいのだけど。
集落の復興にはラッミスもそうだが、俺も結構貢献していると思う。俺がいなくなれば集落の損失に繋がり、復興作業が遅れる……と都合のいい解釈をしてくれないだろうか。
そんなことを考えていると、深夜の静寂に包まれた部屋に、カチャリと小さな音が流れた。音のした方向に視線を向けると、ドアノブが回って扉が徐々に開いていく。やはり、きやがったか。
「おい、まじでやるのか」
「お前らだって溜まってるんだろうが、嫌なら帰っていいんだぜ」
「い、いや、でもなぁ、あれ寸胴でひょろ長いだけで薄汚れてやがるし、色気もへったくれもねえぞ」
「穴がありゃ構わねえよ」
「親分から手を出すなって命令はどうすんだ」
「んなもん、刃物をちらつかせて、脅しておけば黙る」
小声で下種な会話をしているな。人数は三人か。ザ下っ端のグゴイルは参加していない。今日散々、親分から脅されていたから自重したとかいうオチだろう。
最大音量で「いらっしゃいませ」と叫んで騒ぎを起こすのもありだが、地下室は防音性が高いのが定番なので正直効き目があるか疑わしい。ここって牢屋を改良した感じがするし。
それに驚かせたことで、混乱した奴らにヒュールミが傷つけられる恐れがある。俺を黙らす為に死に物狂いで壊しにかかる可能性だってある。
だとしたら、どうしたらいい。あいつらはじりじりと彼女に近づき値踏みしているのか、全身を舐め回すように視線を這わしている。
時間が無い。あれを試してみるか。
「お、おい、ちょっと待て。あの魔道具の箱が光っているぞ」
彼女の肌に触れる直前、仲間の一人が慌てて仲間の背を叩きこっちを凝視している。
「え、な、なんだ。商品が入れ替わって……いや、形も変化しているぞ」
「こ、こいつは、すっげえぞ! 精密な女の裸が描いてあるっ。こっちは色っぽい下着姿で誘惑してやがるぜ。なんちゅうエロい身体つきしてやがる」
三人とも俺の体に張りつき、ガラス越しの雑誌を凝視している――俗に言うエロ本に。
最近ではネットの普及により見かけることも減った、エロ本を置いている自動販売機だが、それでも今なおひっそりと生息しているのを俺は知っている。
さあ、ここからが本番だ。取り出し口に六冊、俺が特選したエロ本を落とす。
「おい、商品が落ちてきたぞっ」
「マジか、ちょっと見せてくれ」
「俺も俺もっ」
くはははは、喰らいついておるわ。日本のエロに対する気合の入り具合は尋常ではない。特に自動販売機で売られている、その類いの本は中を確かめることができないので、表紙でどうやって客を釣るか、そこが重要なのだ。
ポーズやアングルも計算され尽くされている。性風俗が発達していない異世界人がそんなエロ本を見たらどうなるか。
そして、渡した本は俺が今まで買ってきた中でも選別され、自信を持ってお届けできる内容の雑誌だ。この類いは中身が酷い作品も多いので何度騙されてきたことかっ。
あ、いや。俺は自動販売機マニアだから、そういうものに興味があったわけじゃなく、あくまでコレクションの一環として購入しただけなのだが。決して、夜中に家を抜け出し、周辺に人がいないのを確認してから買ったわけじゃない。
最近はネットがあるので、人々は苦もせずに性欲を満たすことが可能となった。自分だって利用しているのでとやかく言う権利は無いのかもしれないが、あえて言わせてもらいたい。
苦労して得たエロは、クリック一つで手に入れた物とは価値が違う! 例え、中身が表紙と全く違うチープな物だっとしても、何度も期待を裏切られたとしても、それは確かな思い出となり、その身に宿るのだと!
……これこそ、以前、性風俗を取り仕切っているシャーリィさんに相談されて、対策の一つとして俺が考えていた手の一つだ。まあ、結局はこのモードにならなかったのだが。何と言うか、自分の性癖を集落中に広めるようなものだからな。
「うぉ、この精密な絵はどうなってんだ。これスゲエな、たまんねえぞ」
「な、なんだ、この爆乳。え、こんなやりかたが」
「マジか、マジか、マジか」
性に目覚めたばかりの中学生も若干引くレベルの喰い付きだ。完全にヒュールミの存在を忘れて読みふけっている。
ここまでは想定通りだ。問題はここからか。
「お、俺は襲うのやめるぜ。ちょっと用事を思い出した」
「き、奇遇だな。俺も腹がいてえからやめとくわ」
「じゃ、じゃあ、帰るか」
全員が何故か前屈みになって、両手に一冊ずつ雑誌を握りしめたまま部屋から出て行った。興奮して彼女に襲い掛かることも考慮していたのだが、性的好奇心が勝ったようだ。
危険を冒して彼女を襲うよりも、これで欲求を満たした方がいいと判断したのだろう。見たこともない妖艶な女性の欲望を誘発する格好や、絡み合う写真はそれだけ衝撃的だったようだ。
雑誌の被写体の人って異様にスタイルが良くて顔も美人だからな。最近の画像加工技術は凄いなとか興醒めする意見を口にしてはいけない。
こういうのはどういった方法でも発散さえしてしまえば、凶暴さは鳴りを潜める。
悪い方向に事が進んで、彼女が襲われることになったら、騒音と結界でどうにかするつもりではいたが、上手くいって良かったよ。
扉が閉まり、奴らが姿を消す。ヒュールミは自分が襲われそうになったことも知らずに、爆睡中だ。これで暫くあいつらが大人しくしてくれるなら、無駄な争いをしないで済むのだが。
自力で逃げ出すことができない俺は出来ることが余りに少なすぎる。彼女が俺を担いで運ぶのはどう考えても無理だろう。ラッミスでなければ単独で運ぶのは不可能。
いなくなって初めてわかる、彼女の大切さ。ってこれじゃあ、別れたばかりの恋人のようだな。
結局俺に出来ることは時間稼ぎと邪魔ぐらいか。加護を得るにはポイントが全然足りていない。となると機能に託すしかない訳だが、もう一度目を通しておくか。
残ったポイントと照らし合わせて、何を得るべきかそれを考えている内に結構な時間が過ぎていたようで、ヒュールミが目を覚ました。
「ふあああああああぁぁ。はぁ、良く寝たぜ。うぃーっす、ハッコン」
ぼさぼさの頭を無造作に掻き毟りながら、俺に向かって片手を挙げている。寝起きで着衣が乱れているのだが、色っぽいというよりだらしないが圧勝している。
体を仰け反らせて関節を伸ばしているのだが、反っているのに胸のふくらみが皆無だ。実は男性というオチはないだろうな。言動だけなら完璧に男なのだが。
「んじゃ、今日は何すっか。お前さんの機能も調べたいとこだが」
話している最中に大きな腹の音が鳴り、ヒュールミが頬を指で掻いている。
「わりぃ。食事に変な物でも入れられてないか警戒して、少量しか口にしてなかったからな。無茶苦茶腹減ってんだった」
そうなのか。なら、俺からご馳走しよう。さっきから手足を擦っているってことは、かなり冷え込んでいるのか。ならカップ麺と言いたいところだが、そんなにお腹空いているなら直ぐに食べられるおでんを先にしよう。
おでん缶をまず落とし、それを受け取ったので、今度はカップ麺を提供した。
「これは温けえな。完全に密封された容器なのか……ここを曲げて引っ張ると、うおおおっ、これはたまんねえ。うまそうな匂いだぜ」
がつがつと豪快な食べっぷりで一気におでんを食べきり、汁も飲み干すと今度はカップ麺に取り掛かるようだ。お湯の使い方に戸惑っていたが、何とかお湯を注ぐと机の上で胡坐をかいて、鼻歌交じりに出来上がるのを待っている。
何度か蓋を開けては、麺を突いては状態を確かめ、また閉じるを繰り返している姿は子供のようだ。カップ麺もあっさりと平らげ、まだ物足りなさそうにしていたので、新商品の缶に入ったパンを試食してもらうことにした。
「缶の中にふわふわのこれは……パンかっ! こんなもんまであったら、食堂ぶっ潰れるぞ。これもマジでうめえな、ふっかふかじゃねえか」
お世辞にも上品な食べ方とは言えないが、あれだけ美味しそうに食べてくれたら、見ているこっちが嬉しくなる。
彼女の腹が満たされたようで、膨らんだ腹を擦りながら、カップ麺についていたフォークを爪楊枝代わりにして寛いでいた。
その時だ、ガチャリと扉が開き、厳つい顔の親分と呼ばれていた男が顔を出した。
「起きているようだな。その箱について何かわかったか」
「ああんっ、何でてめえの指図を受けねえといけねえんだよっ!」
誘拐された状況で、強面の大男にガン飛ばすヒュールミの神経はどうなっているのだろうか。怯えなど微塵も見せていない。心臓が鋼鉄でできていても不思議じゃない。
「いい根性してやがるな。この団に入るなら好待遇で迎え入れてやるぜ」
「生憎、悪党に従う気も、養ってもらう気もねえよ」
「おいおい、強がりは程々にしろよ。お前さんの仲間と同じ目にあいたいのか」
「けっ、あいつらは仲間じゃねえよ。護衛で雇っただけの関係だからな」
護衛を雇っていたのか。まあ、当たり前だな。どう見ても体を鍛えていなさそうな彼女が、一人で魔物がうろつく階層を探索しているわけがない。
「だがな、金で雇った奴らとはいえ、殺したてめえらを許す気はねえぜっ!」
「はっ、非力な女一人で何が出来る。俺は辛抱強い方じゃねえ。そうだな、あと二日以内に、この箱を修理するか、中から金貨を取り出せ。いいな」
親分がそれだけを伝えると、ここから立ち去った。
ヒュールミは首を親指で掻っ切る動作をしてから、舌を出している。
猶予は二日か。それまでに打開策を講じるか、何かしらの進展がなければ彼女は殺されるか、死ぬよりも辛い目にあわされるだろう。何とかしないと。




