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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
最終章

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たくましい人々

「足りなかったら、幾らでも木を切ってくるぞ!」


「力が有り余っている奴は、こっち手伝ってくれ!」


「炊き出しできたよー、みんな並びな!」


 廃墟と化した町に元気な声が響く。それは一人や二人ではなく、何十人もの人が大声を張り上げ、忙しなく働いている。

 魔物が溢れ町の大半が破壊されたというのに、一部の人々は落ち込む様子すら見せず、すぐさま復興作業を始めた。

 元々町に住んでいた人は悲観にくれ、ただ茫然と立ち尽くしていただけだというのに、ダンジョンからやってきた人々は迷いも見せずに元気に働いている。

 彼らは既に何度も逆境を乗り越え、復興作業に関してはお手の物。瓦礫撤去や壁や住宅の修復に関しては、ただの住民やハンターだというのに町の職人に匹敵する手際よさだ。


「ここは土魔法で補強してもらうか」


「誰か釘貸してくれ。この程度なら、ちゃちゃっと修復するからよ」


 二度壊滅しかけた清流の湖階層での経験が、ダンジョンの人々を職人レベルまで引き上げたようだ。

 現に信じられない速度で町が復興している。

 町が崩壊して二日目だというのに、元ダンジョンがあった窪みの周辺には瓦礫を用いて建てられた簡易の民家が並び、既に商売を始めている人までいた。


「お代はツケで構わないから、食べていきな! ムナミ、手がお留守だよ!」


「母さん、太っ腹!」


 いち早く食堂を始めたのは、清流の湖に宿屋を構えていた母娘だった。

 手持ちの食材と町の周辺でハンターたちが狩ってきた動物と魔物の肉を使い、町の住民が味わったことのない料理を振る舞う。

 ツケでいいこともあり、人々の列が途切れることがない。


「やっぱり、調味料だけは死ぬ気で運んで正解だったねえ」


「うん、母さん偉い!」


 軽口を叩きながら料理を振る舞う母娘は、こんな状況だというのに笑顔で接客をしている。落ち込んでいた人々も、ここで食事をすると元気とやる気が回復するようで、拳を握り締め復興作業に加わっていく。





 町の門跡には黒服の男女が集まり、荷猪車に見るからに価値のありそうな装飾品や武具を詰め込んでいる。


「スオリ様、あと少しで準備が整います」


「荷物を運び終えたら、わらわは直ぐに出発します」


 小さい身体で懸命に物を運ぶのを手伝っている、ツインテールの少女が黒服の男にそう伝えた。

 それを聞いた周りの黒服たちは眉根を寄せる。


「スオリ様。ダンジョンから溢れ出た魔物がまだいる可能性もあります。それに、護衛のハンターを雇わないのは危険すぎませんか」


「復興作業に人手は幾らあっても足りません。わらわたちで何とかするしかないのです。それに、皆さんを私は信頼していますので」


 そう言って主に微笑まれては何も言い返せず、黒服たちは深々と頭を下げる。

 以前は我儘が目立ち、年相応の幼さがあったスオリだったが、ダンジョンでの出会いと経験は少女を大きく成長させた。

 スオリは無事だった荷猪車をいち早く買い取り、何とか持ち出せた高価な品々を荷台へと載せて近くの町で売り捌くことを即座に決断をしたのだ。

 その売り上げで大量の食料と復興に必要な必需品を買い取り、残りのお金は復興作業をする人々を雇い、支払う給金に充てるつもりにしている。


「もっとも、ハッコンさんが戻られたら、全てが徒労に終わりそうですが」


 そう言いながらも、何処か嬉しそうに笑う主を黒服たちは眩しそうに見つめている。

 今日この日、黒服たちはこの方の為に命を捧げようと誓いを立てるのだが、それを知らないスオリは共に汗水を流しながら、懸命に働いていた。





 瓦礫が散乱する町の片隅で、スタイルのいい女性が集まっている。

 服装はごく一般的な物なのだが、ちょっとした仕草が妙に色っぽく、通りかかった男性が思わず立ち止まり熱い視線を注いでいた。


「みんな、そっちの仕事は暫くお休みだから、儲けたい人は他の町に移った方がいいと思うわ」


 清流の湖階層で夜の仕事を取り仕切っていたシャーリィが、従業員たちを集め今後の方針を話しているようだ。

 商売時は露出度の高い派手な服装をしているシャーリィだが、ここでは地味な色合いで短パンと袖のないシャツを着て、胸を張り従業員に語り掛けていた。


「私からの推薦状があれば、帝都でも商売できるわ。だから、欲しい人は遠慮なく言ってちょうだい。昔馴染の店を紹介するから」


 彼女がその言葉を口にしたにも関わらず、前に進み出て紹介状を欲しがろうとする人はいない。

 全員が苦笑して肩を竦めただけだった。


「えっと、みんないいの? ここにいても、復興のお手伝いするだけよ?」


 いつもは凛とした立ち居振る舞いをするシャーリィだったが、小首を傾げる姿が可愛らしく従業員たちは和んでいる。


「ハンターを続けられなくなったところを、シャーリィさんに拾ってもらった身です。何処までもついていきますよ」


「うんうん、ちゃんと恩も返したいし、ここ以上の職場ってあり得ませんよ!」


 全員が彼女の元を去る気がないらしく、ここに残ることを主張している。

 シャーリィは一瞬、今にも泣きだしそうな顔になるが唇を噛みしめ、天を仰ぐ。

 大きく息を吐いてから正面に顔を戻すと、そこには満面の笑みがあった。


「まったく、おバカさんばかりね。わかったわ、ここが復興したら、また一緒に稼ぎましょう。それまでは、復興作業に協力するわよ……お給金もちょっとしか払えないけど」


「充分ですよ、一緒に働けるなら。ねえ、みんな!」


「うんっ!」「遠慮なしに使ってください!」「復興作業は慣れてますから!」


 こうしてこの日から、復興作業現場には麗しい女性陣の姿が頻繁に見られるようになり、作業に励んでいた男性陣のやる気が漲ることとなる。





「闇の会長、場所わかりそう?」


 小生意気そうな少年が足下の影に視線を落とし、語り掛けている姿は傍から見たら、ちょっとおかしな子供に映るだろう。

 足下の影が突然盛り上がると、それは大人の人型となり目に眩しい金色のコートを体内から取り出した。


「犬岩山会長、そない簡単にわかったら、誰も苦労せえへんのやで」


「だってさあー、わいがぱーっと見つけたるわー、って威張ってたよね?」


「威張っとらんわっ! あんときはこないに難しいとは思わんかったんや」


 闇の会長は影に同化して地中に潜り、扉のあった付近を探せば簡単に見つけられると予想していたのだが、未だに見つけられずにいる。

 ダンジョンから地上へと続く階段の長さがハッキリしていないのと、崩壊した際に土砂に流された可能性があるので、正確な場所が判明していない。

 虱潰しに探すしかなく、闇の会長も殆ど眠らずに捜索を続けているのだが。


「まあ、しゃーないよね。ハッコンは頑丈だから、まだまだ大丈夫だよ。うん、うん」


 軽い調子で口にするので、バカにしているようにも聞こえるのだが、当人は真剣に心配しているつもりである。


「ワイが先に見つけたいんやけど、このままやったら、先を越されそうやな」


 闇の会長が顔を向けたのは地面に空いた穴だった。

 その穴は元ダンジョンがあった場所なのだが、二日前までは穴とまでは呼べない窪み程度だったというのに今では底が辛うじて見える大穴と化している。

 何故、そんなことになったのか。それは、今も土砂を巻き上げ、穴の中心を掘り進んでいる少女――ラッミスが犯人だった。


「ぬああああああああっ!」


 今日も土塗れになりながら、一心不乱に掘削している彼女は仲間から本気で心配されているが、その手を休めることはない。

 手にした巨大なシャベルは幼馴染である魔道具技師のヒュールミが製作した品だが、酷使されて直ぐに破損してしまい、既に六本目だった。

 巻き上げられた土砂は傍にいるピティーが巨大な袋に詰めて、穴の側面を登り外へと運び出す。それだけでは処理が追い付かないので、残りはシメライお爺さんが風を操り崩壊した町の外壁付近へ運ぶ。


「そろそろ、なんとかせんと、ラッミスの体がもたぬぞ。婆さんどうにかできんか」


「何度も説得しているのですが、頑としてやめようとせんのですよ。今も二人が説得にあたっておるんやけどねぇ……」


 老夫婦が肩を揃えて視線を向ける先には、ラッミスに近づいて行く二人の姿があった。

 一人は白の頭巾を被り穏やかに微笑む園長先生。もう一人は自ら射止めてきた小動物の丸焼きを手にしているシュイ。

 ちなみにシュイは魔物の軍勢を追う予定だったのだが、途中で食料が尽きかねないという判断により置いていかれてここにいる。


「ラッミスさん、休まれてはいかがですか。貴女が体を壊しては元も子もないですよ」


「そうっすよ、ハッコンが知ったらきっと怒るっすよ」


 二人の言葉にシャベルを突き刺した状態で動きを止める。

 首だけ二人の方へと向けたラッミスの瞼は赤く腫れあがり、その表情からは生気が感じられない。


「でも、ハッコンが、ハッコンが……」


 彼女の取り柄の一つである元気が失われ、濁った瞳が虚空を見つめている。

 ラッミスも無茶をしていることは重々自覚しているが、身体を動かさずにはいられず、自分の肉体の限界まで体を動かし、気を失う。それを繰り返していた。


「気持ちはわかりますが、シュイも申しているようにハッコンさんはそんな無茶、望んでいませんよ」


「でも、でも、でもっ!」


 髪を振り乱し、よろめきながらも抵抗しているラッミスに忍び寄る人影があった。

 駄々っ子のように意見を受け入れようとしない彼女の背後に立つと、ピンと指を伸ばした右手を掲げ、勢いよく脳天へ振り下ろす。


「ハッコンを助け、あたっ! な、何するの、ヒュールミ!」


 振り下ろした体勢のヒュールミに掴みかかるラッミスを正面から見つめ、今度はその頬を両指で摘まみ横に引っ張る。


「いひゃい、いひゃい、ひゃひひひゅよ」


「ラッミス、昔っっっっっから、人の話聞かないよな! ここにいる奴らは全員、お前と同じようにハッコンを救いたいと考えている。それがわからない訳じゃないだろ」


「わかっているの、そんなん、わかってる……でも、そやけど、うち、うちはっ!」


 大粒の涙を零し、訴えるラッミスの頭を抱き寄せ、ヒュールミは優しく撫でる。


「ったくよ、ほんと変わんねえな、ラッミスは。でもよ、そんな無茶をなんとかする為に、オレが一緒に居るんだろ」


 思いもしなかった言葉にラッミスが呆けた顔を上げると、ニヤリと自信気に笑うヒュールミがいた。ズボンのポケットに手を突っ込み、小さい卵型の魔道具を取り出す。


「これは以前……あれだ、ちょっと作りかけた魔道具でな、本来は魂の声を聴く魔道具だったのだけどな……まあ、それはいいんだが。改良して魂の場所を探る魔道具に生まれ変わったってわけだ」


「え、ええと、つまり」


「これを使えばハッコンの魂を見つけることも――可能になる」


 自信満々に言い切るヒュールミが魔道具を発動させると、溢れ出した光が地中へと突き刺さった。


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