エピローグ
それは突然だった。
町の収入の大半を支えるダンジョンから無数の魔物が溢れ出したのだ。
いや、正確には前触れはあった。数か月前からダンジョンの入り口が封鎖され、誰も中に入ることが叶わず、そして誰も出てくることがなくなった。
ダンジョン絡みの収益で町が成り立っているので、町長は懸命になって原因を探っていたのだが何の成果も得られずに月日だけが流れてしまう。
ダンジョン目当てのハンターや商人たちは行き来が不可能になったことを知ると、ここに留まるのは得策ではないと判断したようで、別のダンジョンが存在する町へと移っていった。
町は日に日に廃れていき、住人の半数以上がこの町を去り衰退の一途をたどっていた。
そんな折にソレは現れた。何の前触れもなく妙な鉄の塊に荷台がくっついた、理解不能な物体がダンジョンの入り口脇に現れた。
人々は好奇心と未知への恐怖で遠巻きにそれを眺めていると、今度はダンジョンから人が溢れ出してきたのだ。
それを知った町長や住人たちは喜んだのだが、ダンジョン内を取り仕切っていたハンター協会の会長たちが口々にこの場を離れろと、血相を変えて訴えてくる。
状況が掴めない人々だったが、ダンジョン内から現れた人々は何の躊躇いもなく逃げ出す様を見て異常事態を察し、町の外へと避難を始めた。
不幸中の幸いと言うべきか、残っていた住民の大半も近日中にここを離れる予定だったらしく、荷物をまとめていた者が多く大半はスムーズに事が運んだ。
ハンター協会とダンジョン内に居たハンターたちの誘導により、人々はダンジョンの入り口とは逆方向に逃げ、町の近くの小高い丘の上に陣取る。
そこは町の全貌を見ることができる絶好のポジションだった。
だがそこを選んだ故に、彼らは町が壊滅する様を目撃することとなる。
一度、体が浮くほどの大きな揺れがあり、それは激しく何度も繰り返される。立っていられなくなった人々が地面に這いつくばりながらも、その目は町に向けられていた。
外壁や建造物が地震により容易く崩壊していく最中、ダンジョンがあった場所から土砂が天高く噴き上がる。
いつの間にか大地の揺れが鎮まっていたのだが、そんなことは誰も気が付かないぐらい目の前の光景が信じられなかった。
町の中心部に空いた大穴から次々と魔物溢れ出したのだ。
住民は見たこともない魔物の大群に悲鳴すら上げられず、ダンジョンから逃げ出してきた人々はその光景を険しい表情で見つめている。
魔物の群れは人々が避難した丘の方へ向かうことなく真逆の北へと進路を取っているように見えた。数えることも馬鹿らしくなるほどの魔物の大群だったが、それもようやく終わりを告げるようだ。
長く伸びた魔物の列が穴から途切れ、数分が経過した。
ようやく魔物が尽きたのか、人々が安堵の息を吐いたその時、それが穴から這い出てきた。
それはあまりにも巨大な岩の犬のように見えたのだが所々が歪な形をしている。
右前脚は骨でありながら炎を肉の様に纏い、左前脚は爬虫類のそれだった。左後ろ脚は樹皮が見える木としか思えない。
それを目撃したヒュールミが声を漏らす。
「階層主を融合させやがったのかっ」
女の言葉に人々は戦慄した。この町の住民はダンジョン内部の知識もそれなりにある。だからこそ、その言葉の意味を正しく理解できてしまったのだ。
何十、何百ものハンターを返り討ちにしてきた階層を守る魔物。一体だけでも驚異の存在である階層主が一体に融合したという事実は、人々を絶望に突き落とすには充分過ぎた。
碌に立ち上がることも出来ない町の住民たちとは対照的に、ダンジョンから現れた人々は既に動き始めていた。
「あ奴らの向かった方角は防衛都市か。飛行能力、足の速い者は帝国や近隣の町村へと向かい現状を伝えてくれ!」
「はいっ!」
コートを着た二足歩行の熊人魔――熊会長の指示に従い、翼の生えた獣人たちが宙に浮かぶ。瞬足の加護を持つハンターたちは既に駆けだしている。
「戦う意欲のある者はどうか力を貸して欲しい。あの数をまともに相手にすることはできぬが、少数を削り妨害工作程度であれば我々にもできる!」
戦意が衰えていない者が意外にも多く、ハンターたちの大半が熊会長の指示に従い、あの魔物の群れを追うようだ。
残された人々はこの町の逃げ遅れた住民の捜索をしつつ、この場所で救助が現れるのを待つことになった。
「我々は奴らを追うがお主らはどうする」
熊人魔の周りには数名のハンターが集まり、顔を見合わせていた。
そこには冥府の王に捕らわれていた四人の姿もある。
あの時、冥府の王はケリオイル団長の力でハッコンの〈結界〉を消していると油断をしていた。そこで〈破眼〉の力でスルリィムの洗脳を解き、全員を連れて〈転移〉で飛び、今に至る。
「俺たちは魔物の討伐に加わるぜ。少しでもハッコンの心意気に報いたいからな」
「ええ、どんな危険な任務でもこなしてみせます」
「何でも言ってくれ。ここでやらなきゃ、男じゃねえだろ、なあ赤」
「ああ、何だってやってやるぜ。ハッコンばっかり、カッコつけさせねえよ」
「ハッコンさんの為にも時間を稼がないと」
「私も付き合うわ。それで罪をあがなえるとは思わないけど」
ケリオイル団長一家とスルリィムは強い決意を秘めた瞳で、魔物たちの最後尾を睨みつけている。その視線の先は巨大な魔物ではなく、その上に浮かぶ小さな魔物に向いていた。
「団員としては同行すべきですね。個人としても奴らを許せそうにありませんので」
「そうっすね。許すわけにはいかないっすよね」
ヘブイとシュイも同じ意見のようで後を追うことを選んだ。
「我々も参戦させてもらう。この場は迷宮会長と犬岩山会長に任せる」
「お任せください、始まりの会長。微力ではありますが、尽くさせていただきますわ」
「あれ、今日は静かだね、迷宮会長は。面倒だけど、一応頑張るよー」
始まりの会長に住民を託された迷宮会長と子供会長のコンビは少々頼りないように思えるが、ハンター協会の職員が残るので何とかなるだろうと熊会長は考えている。
「俺はあの魔物たちを焼却しねえと気が済まねえ! さっさと追いかけようぜ!」
全身から炎を吹きだしている灼熱会長の周辺から人が去っていく。
「ワイはここに残るで。ハッコン掘り起こすなら場所探らんとあかんやろ」
闇会長の闇に潜る能力があれば、地中を調べることも可能なのでかなり有益な能力といえるだろう。
「ピティーも……ここで……手伝う……」
「オレも残るぜ。誰かが制御しねえといけないからな」
ピティーには〈重さ操作〉があるので瓦礫の撤去や土砂の運搬に向いている。
ヒュールミは手持ちの魔道具を用いて、廃墟と化した町で材料を集めて掘削に向いた魔道具を作る気のようだ。
「私は、ハッコン師匠を探すのを手伝いたいのですがっ、ですがっ、魔物討伐にいかねばハッコン師匠は怒る筈です! 涙を呑んで、ここは皆様にお任せします!」
唇を噛みしめ苦渋の表情を浮かべ、残ると断言した仲間に深々と頭を下げている。
何よりもハッコンを大切に思う弟子としては、身を斬られるような辛さなのだが、師匠を思えばこそ討伐に向かう決意をした。
「ラッミスは……訊ねるまでもないか」
熊会長は問いかけようとしたのだが途中で口を噤み、既に大穴の方へと駆けだしているラッミスの背を見つめ優しく微笑む。
仲間の誰一人としてハッコンが壊れた……いや、死んだと思っていないことが何よりも嬉しかったのだ。
この日、それぞれの道を選択した彼らは一旦別れることとなった。
彼らが何を思い、何を成し、何を手に入れ、何を失うのか。
ダンジョンの外へと場所を移した彼らを、この先何が待ち構えているのか。
後世に名を残す歴史的な大戦に、その身を投じることになることを今は誰も知らない。
九章が終わりました。おそらく次が最終章となります。
気合を入れて書くことになるので次の投稿が11月1日からになる予定です、どうぞよろしくお願いします。
(訳:227話毎日更新を達成しましたので、暫く休ませてください。半年以上よく頑張った! 自画自賛終了。あと書籍の方もよろしくお願いします。既に購入された方々には感謝、感謝、圧倒的感謝っ)




