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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
一章

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魔道具技師ヒュールミ

夕方にもう一話上げます




「ざっと資料に目を通させてもらったが、いらっしゃいませ、と、ざんねんで意思の疎通が可能ってのは本当か」


「いらっしゃいませ」


「なるほど。人と同じ知能を成立させた魔道具というのは、今まで聞いたことが無い。だが、人語を理解し話す武具と言うのは実は珍しくないってのは知っているか」


「ざんねん」


 こうやって説明をしている時は、知的な感じがして口調も少し柔らかくなるのか。


「書物にも結構残っているんだぜ、そういうの。知恵ある武器って呼ばれた事もあったそうだ。だが、そういった武器は使用者か特定の人物にしか声が聞こえず、周囲からは妄想で戯言を話していると理解されていたようでな。それに知恵ある武器は製作者が不明で、そういった事情も信憑性を無くした要因の一つだ」


 そういやゲームや小説でそういう設定の武器を何度か見た経験がある。この異世界でも同じような武具があったということか。


「オレも魔道具技師の端くれだからな。魔道具に知能を持たせられないかと、何度も実験をしてみたが……結論としては今の技術力では不可能という答えにたどり着いた。そこでオレは発想を変えてみた。人が生み出した人工生命体ではなく、そういった物は人の魂が宿ったのではないか、ってな」


 なんと、単独でその答えを導き出したのかこの人は。彼女なら俺の正体にも気づいてくれるのではないか。そんな期待を秘めたまま会話に集中する。


「魂を封印するというのは昔から魔法や加護を使用して行われてきた。基本的には死者の魂を一時的に身体に降ろす場合や、死体を操る邪法で何者かの魂を一時的に降ろし死者を操るとかな。んっ、ああっ、すまんちょっと水を……」


 安っぽく錆びた水入れからコップに注ごうとしている。そんなことしないでも、俺がおごるよ。何がいいかな、髪色と同じ温かいミルクティーにするか。ここは地下で少し肌寒いし、温かい物がいいだろう。


「ん、何か音が。ってこれはお前さんの商品の一つか。もらってもいいのか」


「いらっしゃいませ」


「そうか、すまんな。遠慮なくもらうぞ……ん、くはあぁぁ、疲れ切った頭に糖分が嬉しいぜ。それにこの丁度いい温かさ。やるな、あんた」


 お、表情が緩むとイメージがガラッと変わる。無邪気で純粋な少女のような笑顔だ。


「人心地つけたぜ、ありがとう。でだ、お前さんは名前ハッコンって書いてあるが、間違いないか」


「いらっしゃいませ」


「じゃあハッコン。もしかして、人間の魂がこの魔道具に宿った存在なのか?」


 その質問が投げかけられる日が来るとは。まともに話せない状態でラッミスという、心を通わせる存在が現れただけでも幸運だと思っていたのに、俺の現状に気づいてくれる人まで。


「いらっしゃいませ」


 気持ちハッキリと音量大きめで返事をする。


「やはりそうか! オレの考察力も捨てたもんじゃねえな! おー、そうかそうか。よろしくな、ハッコン」


「ありがとうございました」


 本当に嬉しい。この事に気付いてくれた人がラッミスの友人であるというのは妙な縁だが、親しくしている人は基本みんな良い人ばかりだからな。偶然かとも思っていたが、彼女の魅力が引き寄せた結果なら、これは必然なのかもしれない。


「俺が今から資料の情報を参考に推測を口に出すから、間違っていたらガンガン突っ込んでくれよな。ハッコンは主が存在する魔道具である」


「ざんねん」


 自動販売機のオーナーは存在しないよな。強いて言うなら神様かもしれないが。


「おっ、いねえのか。じゃあ、人だった頃の記憶はあるのか?」


「いらっしゃいませ」


「そうなのか。へえ、なるほどな。で、一番の疑問なんだが。商品を補充しているわけでもないのに、中身が尽きることが無い。おそらく空間魔法や能力の一種で、別空間に保管庫が存在して、そこから引っ張り出していると考えているが、どうだ」


 ある意味正しいが、正解でもないよな。俺自身、仕組みを全く理解していないし。


「いらっしゃいませ ざんねん」


「完全に間違いではないってことか。となると、商品の金額に絡んできているのか。主がいなければ、魔道具であるあんたが金を集めたところで使い道が無い。商品を売るという目的だけなら、値段をもっと下げてもいい筈だ。なのに、少し割高にも思える価格設定。つまり、金がハッコンにとって重要な役割を担っている」


「いらっしゃいませ いらっしゃいませ」


 ヒュールミ凄いな。ラッミスは性格の良さと勘で言い当てる感じだったが、彼女は少ない情報から正しい答えを導き出している。


「大正解ってところか。方法はわからないが手に入れた金銭を利用して、商品を購入している、どうよ」


「いらっしゃいませ」


「ってことは、商品の購入に結構な金が必要となるのか」


「ざんねん」


 商品購入だけなら売値は10分の1でも元は取れるのだが、他の機能や加護、そして生命維持にもポイントは必須だからな。


「違うのか。じゃあ、こんなに高く設定してお金を得る必要性はないよな……他に金の使い道があるということか」


「いらっしゃいませ」


 これは実際に見せた方が早そうだな。一番わかり易いフォルムチェンジである、あのキャンディー販売モードに機体を変更した。


「おおおおっ、なんだ! 光が……おいおい、またガラッと変わりやがったな」


 円柱型のキャンディー販売モードになると、ヒュールミがペタペタと体を触ってくる。これ触感があれば変な気分になりそうだ。


「この透明な部分はガラスのようでそうではないのか、興味深いぜ。ここに硬貨をいれると中身が取り出せるようになっているのか。商品そのものが見えることにより、購買意欲を高める効果がある……スゲエな!」


 的確なコメントだ。他の異世界人とは見る目が全然違う。


「っとすまん。興奮しすぎて、話が脱線しちまったぜ。つまり、ハッコンは貯め込んだ金を使ってこんな感じで体型の変化が可能になる……いや、機能そのものを変化させられるってことか」


「いらっしゃいませ」


 正解を引き当ててくれたので、キャンディーを一つ落としておいた。後で食べてくれ。


「お、ありがたく、もらっておくぜ」


 拾ったのを確認してから、いつもの自動販売機に戻っておく。キャンディー販売モードも嫌いじゃないのだが、少し落ち着かないのだ。


「あと、知っておきたいことは……あれだ、お前さん体の変化と商品の変更以外で、何か他にも出来ることはあるのか?」


「いらっしゃいませ」


 加護の〈結界〉があるからな。ラッミスの友人である彼女になら教えても大丈夫だろう。


「へえー、まだ秘密があるってのか。それをオレに見せてもらうことは可能か?」


「いらっしゃいませ」


「そりゃ楽しみだ。じゃあ、見せてくれよ」


 それは構わないのだが、ちょっと近すぎるな。ここで結界を使用したら彼女を吹き飛ばしてしまう。少し離れてもらうにはどうしたらいい。離れてくれー離れてくれー、取りあえず念を飛ばしてみた。


「ん? 見せてくれないのか。あ、すまん、もしかして危険なのか。少し離れて……どうだこれで」


「いらっしゃいませ」


 これって俺の思いが通じた訳じゃなく、ヒュールミの察しが良いだけだな。

 充分に距離を取ってくれたから、大丈夫か。近くに小さな机があるけど物は載ってないから、吹き飛ばしても問題ないか。

 では〈結界〉

 青い光が俺の周りに発生する。自分から1メートル離れた場所に蒼い半透明の壁が現れ、取り囲んでいる。


「おっ、何だこれ。近くにあった机が押し出されるようにして吹き飛んだ。つまり、障壁のようなものか。これ触っても大丈夫か?」


「いらっしゃいませ」


 基本的には物凄く固い壁なだけだから、触る分には何の問題もない。

 物怖じすることなく指で突き、手の平を当てて触感を確かめ、カップに水を注ぎ指で滴を飛ばしては、結界に弾かれるさまを興味深く観察している。


「頑丈な壁のような手触りだな。強度もなかなかありそうだ」


 壁をペタペタ触っている姿を見ていたら、悪戯心が芽生えてしまった。ちょっと、驚かせてみるか。

 結界の中にヒュールミが入ることを許可する。


「どの程度の衝撃まで耐えられるか、試し――ふへぇ? きゃああっ!」


 両手で押している最中だったので、彼女の手が勢いよく結界を通り抜け、俺の体に触れる。勢い余って俺の体に身を預けるような形になってしまった。

 俺が生身の人間ならラッキーなことなのかもしれないが、自動販売機の胸に飛び込む女性の姿って客観的に見たら、ただのおかしな人だよな……。


「ど、どういうことだ。体が青い壁の中に入れた。これを解除したわけじゃなく、オレだけ入ることを許可されたのか。出入りを自在に選べる強固な壁。何処かで聞いたことあるぞ……あー何処だったか、確か、あれは帝国で……おっ、そうだ! 結界、結界だ! 加護の一つにこれと似た希少な能力が存在した筈だ!」


「いらっしゃいませ」


 しかし、驚くほど物知りだなヒュールミは。ラッミスが会わせたがっていた理由が良くわかるよ。


「ハッコンはすげえな。多種多様な商品を取り扱い、身体や機能の変更も可能。そして、加護まで扱えるなんて、魔道具の範疇を超越しているぞ」


 褒めてもらって嬉しいが、これは俺の実力でもなんでもない。ただ優秀な自動販売機の体を貰っただけだ。本当に誇っていいのは彼女の知識量だろう。それは自分の力で得た物なのだから。

 それから、俺はありとあらゆる質問に応え、彼女が満足する夜中まで続けられた。

 知的好奇心が満たされ、満足げな彼女の手には栄養ドリンクが握られている。興奮しすぎて倒れそうだったので、その対策として商品の追加をしておいた。

 それも、かなり値が張る商品なので効果はてきめんで、飲んだ途端に凄く元気になっていた。本当に高い栄養ドリンクは即効性で効き目が表れる。栄養価が高いので風邪を引いたときに良くお世話になっていたな。


 それでも、彼女はそろそろ限界っぽいので眠ることにしたようで、俺から少し離れた場所の長机の上で仰向けに寝そべり、ぼろ布を被ると、あっという間に眠りに落ちた。何と男らしい。

 荒くれ者の犯罪者集団の中でこんな無防備な姿を晒したら危険だよな。豪快というか、何と言うか。今日は寝ずの番をしておかないと。


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