男ならやってみたいこと
以前の異変時に被害を免れていた建造物が、魔物たちの手によって次々と崩壊していく。
ダンジョン崩落が決定した今、ハンターたちも遠慮する必要がなくなったので集落の被害は度外視で戦っている。
新たに出現した溶岩人魔と王蛙人魔は強敵ではあるが階層主ではない。能力の大半を奪ったとはいえ階層主は自在に召喚できないと……信じたい。
辺りの瓦礫を燃やしつつ迫る溶岩人魔にはケリオイル団長一家が向かうことになった。しれっとそのメンバーにスルリィムが加わっているが、雪精人である彼女がいれば溶岩人魔の対処がかなり楽になるだろう。
となると俺たちは王蛙人魔を担当することになるのだが、こっちにピョンピョン飛び跳ねながら向かっている最中に、シュイと園長先生とラッミスの投げつけたコンクリート板であっさりと沈んだ。
苦戦していた頃が懐かしく思えるな……なむなむ。
溶岩人魔もスルリィムの冷気に押され表面の溶岩が固まり始めている。あのままなら、ケリオイル団長たちに任せておけば大丈夫か。
住民の避難状況は残り僅か。あとはハンターたちを逃がしつつ、何とか耐えるだけ。
遠距離からの矢とシメライお爺さんの援護もあって、溶岩人魔も手間取らずに討伐できたようだ。この調子なら全員を避難させられるかもしれない。
『いやはや、ここまで粘るか。ダンジョンに挑みしハンターたちを甘く見積もり過ぎたか』
何の前触れもなく、二度と聞きたくなかった声が頭に響く。
周囲の人々が狼狽して辺りを見回す中、誰かがソレに気づき大声を上げて指を向けた。全員が誘導されるように天井に近い位置に浮かぶソレを目の当たりにする。
冥府の王、このタイミングできたか。
『諸君らの健闘に感動した。そこで、その扉を開放しようではないか』
ほんの僅かな隙間しかなかった扉が開け放たれ、人々が一斉に地上に繋がる階段へ向かって走り去っていく。
どういうつもりだ、ここで人々を逃がしてやるほど優しいキャラじゃないだろ。
『更に頑張るキミたちに追加の土産だ』
開け放たれた扉の前に並ぶハンターたちを嘲笑うかのように、地面から無数の魔物が姿を現していく。
今までがただの遊びだったというのが一目で理解できる魔物の群れ。視界を魔物が覆い尽くして地面が見えない。
「冗談だろ……おいおい、やめろよ」
「む、無理だ。これは無理だって!」
「に、逃げろっ!」
ここまで耐えていたハンターたちが敵に背を向けて一目散に逃げていく。
後ろに視界を移すと長い階段をまだ人々は上りきれておらず、今ここに魔物が雪崩れ込めば壊滅状態になるのは目に見えている。
仲間たちと一緒にこの扉付近を守るか? いや、幅が十メートル近く高さも同等にある。飛行系の魔物も多く、全てをここで防げるとは思えない。
それに加えて地面の揺れが激しくなってきている。いつ崩壊してもおかしくない状況だ。
『いい逃げっぷりだ。逃げ惑う獲物を追い込んでいたぶるのが、狩りの楽しみだとは思わないかね』
本気で性格が悪い骸骨だな。自分以外の存在は生きる価値が無いとでも思っているのか。
誰よりも強い力を手に入れて調子に乗っているのだろうが、こういう奴には死んでも成りたくない。
うちの家訓に「自分より弱い相手に対して優しくなれない人は生きている価値が無い」というものがある。まあ、母さんが勝手に考えただけなのだが。
人ではない自動販売機に成ってから、その言葉を思い出し心底納得するなんて皮肉だな。
身体は鉄で中身は商品と機械。だけど心は人間のつもりだ。
「ど、どうしよう。うちらも逃げへんと!」
ラッミスが絶望に顔を染めて取り乱している。
押し寄せてくる魔物の群れに、数々の修羅場を乗り越えてきた仲間たちも体が萎縮してしまっている。
頼りになる仲間たちでもこの数の暴力には勝てない。それは誰の目にも明らかだった。
そうなると、あの魔物の軍勢に対処する方法はたった一つだ。
俺は即座に〈ダンボール自動販売機〉へとフォルムチェンジをして〈結界〉で弾き背負子から飛び出す。
地面に降り立った俺は一度いつもの自動販売機に戻る。
「あ っ ち に」
俺が最大音量で発言すると、即座に俺が何をしたいのか悟ってくれたようで、全員が扉を抜けた階段付近まで進んでくれた。
付き合いが長いとこういう阿吽の呼吸が嬉しいよ。
寸前まで迫ってきている魔物の群れを見据えた状態で俺は、日本一の大きさを誇る自動販売機へとフォルムチェンジした。
俺の巨体は扉を完全に塞ぎ、外へ繋がる階段に完全に蓋をする形になる。
この状態から〈結界〉を発動することにより鉄壁の壁が誕生した。
魔物たちが〈結界〉に突っ込んでいるがどんな攻撃も魔物も通す気はない。
『ほほぅ、そこで立ちはだかるか、ハッコンと呼ばれし魔道具よ。最後まで我の足を引っ張るのか。しかし、既に情報は得ておるぞ。その姿は長く維持できぬのであろう』
確かに、この巨体で〈結界〉を張るとポイントの減りが尋常ではない。永遠の階層に挑んだ時のポイントなら一、二分耐えるのが限界だった。
だが今は違う、俺のポイントは潤沢だ。
何故ポイントに困らないのか、それは転送陣に乗る直前に全ての財宝をダンジョンマスターが俺に譲ってくれたからだ。
金貨銀貨のコインはそのまま投入してもらえればポイントにできたが、他の貴金属類はどうすればいいのか。
そこで俺は〈コイン式掃除機〉になって吸い込んでみたところ、ポイントに変換することが可能だった。
今の俺はとんでもない量のポイントの貯蓄がある。このまま全員が逃げきるまで〈結界〉を維持し続けてやるよ。
「ハッコン、ハッコンはどうするの! このままじゃ、ハッコンだけ逃げられないよ!」
まだ逃げていなかったラッミスが後ろから、泣きそうな声で叫んでいる。
自分には〈結界〉があるのでダンジョンが崩壊して生き埋めされたとしても、当分は生き延びられる。いつか掘り起こされる日が来るまで、待ち続けることも可能だと……思う。
だから、ここで俺の言うセリフは決まっている。
「こ こ あ お ら」
「に ま か せ て」
「い く ん だ」
切実に「わ」と「れ」が欲しい! それさえ発言できたら完璧だったのにっ!
俺は自暴自棄になっているわけでも、華麗に散りたいと考えているのでもない。
冷静に判断してこれが最良の策だと思っただけだ。ちょっと、憧れのシチュエーションではあるけど。
「駄目だよ! ハッコンが残るなら、うちも残るからね!」
「ピティーも……残るよ……」
「ハッコン師匠、お供します!」
三人が予想通りの言葉を口にしている。俺を見捨てられるような性格じゃないのは重々承知していた。
崩壊寸前か避難が全て終わるまで粘って三人を引き連れて逃げるのもありなのだが、リスクが大き過ぎる。生き埋めになった場合〈結界〉の維持、飲食料の提供、それに酸素、全てを三人分補うとなると消費ポイントが激しくなる。
正直、俺一人の方が生き延びられる確率が増すのだ。これをここで一から説明してもいいのだが時間が惜しい。
それに今のところ動きを見せない冥府の王の存在が怖いのだ。特に慌てる様子もなく四本の腕を組んで睥睨しているのみ。以前の経験を活かして対応策を既に考えついている可能性もあるだろう。
骸骨なので表情は読めないが落ち着いているように見える。
状況が一変する前に、皆には安全な場所まで避難しておいて欲しい。
「オレたちがいない方が、ハッコンが無事に帰還する可能性が高い……そうだよな、ハッコン」
「う ん」
黙ってじっと見つめていたヒュールミが眉根を寄せて、俺の考えを代わりに口にした。
彼女は冷静に思考を続け俺が何をしたいのかを察し、その考えに到達したのだろう。
その表情から納得していないのは一目瞭然だが、それでも仲間に説明する為に言葉にしてくれたことに感謝しかない。
「で、でも、それじゃ、ハッコンが」
「ラッミス、お前だってわかっているだろ。オレは前回生き埋めになった時、ハッコンの足手まといにしかならなかった。だから、ここは引くべきだ」
一緒に生き埋めか、懐かしいな。誘拐されて初めて出会った時だよね。
ヒュールミが説得している間も魔物たちは〈結界〉へ無謀な攻撃を繰り返しているが、その度にポイントが大きく削られていく。
まだ余裕はあるが早めに安全圏へ脱出してくれないと、俺としても落ち着かない。
「で、でも、でも、でもっ!」
頭では理解できても心が拒絶しているのか。激しく髪を振り乱しながら俺の背中に張り付いている。
大丈夫だよ、ラッミス。死ぬ気……じゃない壊れる気なんてないから。
だから、俺は――彼女が〈結界〉に入ることを許可しない。
結界の外に押し出されたラッミスが呆けた顔で俺を見ている。何が起こったのかわからないようで、涙で潤んだ瞳が俺を捉えて離さない。
「またのごりようをおまちしています」
そう告げると彼女は涙をぬぐい、無理に笑って見せてくれた。
「わかった。うん、もう我儘言わないね。でも絶対に死んじゃだめだよ!」
「いらっしゃいませ」
正確には壊れたらだけどね。うん、約束するよ。ちゃんとラッミスの元に戻るって。
「絶対に絶対だよ!」
「ま も り ゅ よ」
「うん、わかった。もし、埋まっちゃっても絶対に掘り起こしてみせるから、その時はちゃんと待っていてよ!」
大きく手を振りながらラッミスが階段を駆け上っていく。
話が終わるまで待っていてくれた仲間たちは、一度俺に頭を下げてから後に続いた。
小さくなっていく背中を見つめ、全員に向けて「ありがとうございました」と感謝の言葉を口にする。口はないけど。
やるべきことが決まれば後は……やるのみっ!




