永遠の果てに
人数が大幅に増え、積載量を軽々とオーバーしている一行だったが、今のところ順調に進んでいる。
これも全てピティーのおかげだ。〈重さ操作〉との相性の良さが抜群で彼女がメンバーに居ることを、これ程ありがたいと思ったことはない。
あれから三日が過ぎ、ハンターの驚異的な回復力を見せつけるようにケリオイル団長たちが復活すると、俺の提供したゲームに興じている。
スルリィムはというと常に灰と一緒に行動して、こっちが何を提案しても灰を通してでなければ対応する気がないようだ。だんだん彼が通訳に見えてきた。
あえて敵対するような行為をするわけでもなく、大人しくしてくれているので今はそれでいいと思っている。少し機嫌が悪くなると、それを察して灰が甘えたりすると一撃で機嫌が直る。
最近では甘えてもらう為にわざとやっている節があるが黙っておこう。
休憩タイムになったので簡易トイレと飲み物を用意しておく。今日からはケリオイル団長たちも鍛錬に付き合うそうで、総勢八名が暴れているので崖から落ちないか冷や冷やしながら見守っていた。
「ハッコンは変わった魔道具ね」
スルリィムが俺の前に歩み寄ると氷のように冷たい目で俺を見ている。
少し離れて後方に灰が控えているが、いつもの子供らしい表情ではなく真剣みを帯びた大人の顔だ。スルリィムが余計なことをしないか警戒しているのだろう。
どんな相手でも俺のすることは決まっている。
「いらっしゃいませ」
「この茶色く甘い飲み物を」
そう言ってココアのボタンに白く細い指を伸ばす。
カコンと取り出し口にココアが落ちたので〈念動力〉で目の前まで運んでいく。
「結界と念動力を操る魔道具。そんなもの見たことも聞いたこともなかったけど、外では魔王軍に敵対する動く畑がいると聞いたことがあるわ。眉唾物だと笑っていたけど、嘘ではなかったのかもしれない」
あ、それはキコユが言っていた畑さんのことだ。
確か魔王軍と戦って仲間を逃がす為に犠牲になったんだよな、男として尊敬したくなる畑だ。
「まだ警戒しているようだけど、もうこやつらを襲うつもりはない。魔王軍にも捨てられた身。これ以上敵を増やすのは得策ではないわ」
表情に影が差した。命の恩人として慕っていた冥府の王にあっさり処分されそうになったのだ、どれだけショックだったことか。
今も冥府の王にもらったと言っていた、銀の茨が腕に絡みつくようなデザインの趣味の悪い腕輪を擦っているのが、吹っ切れていない証拠だろう。
「何があってもボクはスルリィムお姉ちゃんの味方だからね!」
完璧なタイミングで灰が彼女の腕にしがみ付いた。落ち込んでいる時に優しい言葉を口にする癒しの存在。彼女がメロメロになるのも納得できる。
「私は灰がいればそれでいいのよ」
「くすぐったいよ、お姉ちゃん」
抱き寄せて頬をすりすりしている姿は性別が逆転したら完全に犯罪だ。いや、この状況でも日本ではアウトか。
この調子だと灰さえいれば裏切ることはないだろう。だからといって油断はせずに警戒態勢を持続するけど。
俺の前で堂々といちゃついている二人の後方から狙いが逸れた流れ矢が飛んで来たので、〈結界〉で防いでおいた。
「あら、こんな私でも庇ってくれるのね。人間よりは信用できそう」
「ありがとう、ハッコンさん」
「またのごりようをおまちしています」
客は守る。商売をする者としての常識だよ。
実際の話、スルリィムが仲間になってくれれば戦力として期待できる。雪精人の強さは何度もこの身で経験しているので、このままなし崩し的にこちらの陣営へ引き込めたらいいのだが。
これで実は団長たちがぐるになって俺たちを騙しているとしたら、もうどうしようもない。そうなったら命懸けで仲間を守るしかない。
考え事をしている間に鍛錬が終わりそうだ、いつものように好物を用意しておこうか。ヒュールミも手慣れたもので折り畳み式の机を用意してくれている。
ずらっと並ぶ料理の数々をスルリィムが横目でチラチラ見ているのだが、いつもこうやっているだけで一緒に食事を取ることもなく、灰が持ってきた食事を食べているだけだ。
まあ、好物はあの拠点に居る時に学んだので知っているのだが、あの時は俺の性能を隠していたので、今のように種類が豊富ではなかった。
彼女の目線を追っているとピティーに用意した食後のスイーツとパスタ類に興味があるように見える。
「あ に」
俺は灰と発音できないので彼を呼ぶときは「あに」としている。俺に歩み寄ってきたので、スルリィム用に用意したプリンとカルボナーラを渡した。
「これって……スルリィムお姉ちゃんにですか?」
あえて彼女に聞こえるように大きめの声で問いかける頭の良さ。こうすることにより、俺は貴女に好意的なのですよ、というアピールを手伝ってくれている。
「う ん」
「ありがとう、ハッコンさん。お姉ちゃん、これ食べてって!」
とことこ歩く後ろ姿に思わずほっこりしてしまう。あの動きも灰が計算したうえでやっているのだとしたら、もう脱帽するしかない。
「そう。でも、別にそういうものに興味があるわけでは――」
「一緒に食べようね!」
「し、仕方ないわね」
笑顔で押し切ったな、お見事。
お得サイズだから二人で分けられる量だけど、おかわりを用意しておこうか。
人間を毛嫌いしている彼女だからこそ、自動販売機の俺なら突破口が開けるかもしれない。昔から胃袋を掴んだら勝ちというからね、徐々に魅了してみせよう。
更に一週間経過したのだが、スルリィムは俺に対してだけ態度が軟化してきている。そんな彼女の対応の変化を感じてなのか、ラッミスとピティーが目を細めてこっちを見ている時がある。
疑う気持ちはわかるけど少しでも打ち解けてくれている今は、温かく見守っていて欲しい。
旅は順調だとおもう。魔物は現れず邪魔もなくひたすら真っ直ぐ進めている。
毎日最低四時間は体を動かし、移動中は映画鑑賞とゲーム、それに購入したことがない物を出せるようになったおかげで、雑誌の類も豊富に準備できるようになった。
日本語は読めないが漫画の絵を見ているだけでも楽しいらしく、週刊漫画雑誌が大人気でヒュールミは既にひらがなとカタカナをマスターしている。
これが晴天の草原ならもっと楽しいのだろうが、車のヘッドライトと魔道具の灯りで照らされている範囲以外は漆黒の闇。
ここを一人で歩き続けたハンターは尊敬に値する。俺なら途中で気が触れてしまいそうだ。
最近では気分転換にカラオケ大会が移動中に始まることがある。俺が〈ジュークボックス〉で曲を流すことがたまにあったのだが、お気に入りの曲を覚えたらしくラッミスたちが口ずさむことがあった。
折角だから歌わせてみようと〈カラオケ〉にフォルムチェンジをしてみたのだが、これが大好評となり曲を覚える為に〈ジュークボックス〉で流す曲を注文されることも増えている。
近所迷惑を考えずに大声を出すというのはストレス発散にもってこいなので、この陰気な雰囲気を吹き飛ばすのに役立ってくれていると思う。
そんな大所帯でのにぎやかな旅は唐突に終わりを告げた。この階層に挑んでから三週間程度で道が終わってしまったからだ。
既に攻略済みの右の道と同じように道が途絶え、そこから先は深淵が口を開けている訳ではない。道の先には両開きの扉が堂々と佇んでいた。
「ここが終着点か。真ん中が当たりだったようだな」
ケリオイル団長が荷台から飛び降りて扉に近づいて行く。俺たちも少し遅れて扉へと歩み寄る。
正面に堂々と佇む両開きの扉は岩肌に埋め込まれているように見えた。
扉の幅は道幅とほぼ同じで高さは倍以上あるだろうか。表面には巨大な木が精密に彫りこまれているのだが、葉が一枚も生えていない。
無数に枝分かれをしていて小さなリンゴのような木の実が描かれているだけだ。だけど、その木の実の部分だけ妙に深く彫られている。
「ここに何かはめ込めそうな形をしてやがるな」
ヒュールミが一番下の方にあった木の実を覗き込み、ぼそりと呟く。
こういった扉の仕組みとしてありがちなのが、何か重要アイテムをハメたら鍵が解除するというパターンだが。
「まずは、うちが押し開けてみるね」
「罠はねえようだが、ハッコン気を付けてやってくれよ」
「いらっしゃいませ」
ラッミスの怪力で開くか試してみるのなら〈結界〉をいつでも張れるようにしておこう。
両手を扉に押し当てて、一気に押し込んでいる。足下が陥没しているので全力で挑んでいるのは確かなのだが、扉はびくともしない。
「ふんぬううう、うごおおおお、ぬうううおおあああ!」
気迫は伝わってくるが、どうやら開かないようだ。それでも一分間粘っていたが、諦めて扉から距離を取る。
「ごめんね、全然動かなかった」
「ラッミスの力で無理なら、何かしら特別な方法で開ける必要があるってことか」
全員で扉を隅々まで調べてみたのだが、怪しいところはあの木の実の部分ぐらいしかなかった。
ラッミスに降ろしてもらい目の前の木の実が彫られた部分を観察していたのだが、ふと思いついたことがある。
この大きさ形にぴったり一致しそうな物を自分が持っていることに気が付いた。
「こ い ん」
俺の発言に全員が反応してこっちを見た。
「か い せ う ね」
「し の こ い ん」
「階層主のコイン……か!」
真っ先に通訳してくれたヒュールミの言葉に全員が息を呑んで、扉に彫られた大樹を見つめている。
俺の勘が的中していたら、階層主のコインはこの為にあったということか。




