誘拐犯
肩で息をしながら殴り続けている奴らをよそに、ステータスの確認をしている。
頑丈が上げられたのなら、他の能力も上げることが可能なのだろうか。まずは、耐久力だ。
《1000ポイントを消費して耐久力を10増やしますか》
耐久力は上げられるのか。でも、消費ポイントの割には上昇率が低いよな。100ぐらい耐久力が増えるなら迷わず上げるのだけど。他はどうなのだろう。
《10000ポイントを消費して筋力を10増やしますか》
《10000ポイントを消費して素早さを10増やしますか》
《10000ポイントを消費して器用さを10増やしますか》
一桁多いだと……。筋力、素早さ、器用さは自動販売機に必要なステータスではないから、上げる予定もないけど無駄に高いな。
もしも、筋力や素早さを上げたら、自動販売機を揺らしながら歩いたりできるのだろうか。可能であればかなり面白いことになりそうだが。
魔力はどうやっても上がらないのか。魔法自動販売機爆誕とはいかないようだ。残念。
「おまえら、それぐらいにしておけ」
「へいっ」
あ、終わったんだ。耐久力が30ぐらい減ってから頑丈を上げたので、結構酷い見た目になっていそうだな。
「おい、こいつ修復していないぞ」
「そ、そんなわけが。確かに前は直ったんです。この目でしかと見ました! お、おい、てめえ。さっさと傷を直しやがれ!」
断る。俺はこのまま故障した振りを続けさせてもらおう。こいつらに飲み物を提供する気は微塵も起らな……あ、いや、気が変わった、飲み物を提供してやろう。
「グゴイル。これが壊れたら、わかっているだろうな」
「へ、へいっ! お、おい、箱野郎、さっさと傷を直しやがれ! どうせ、動けない振りをしているだけだろ!」
焦ってる焦ってる。まあ、傷は放置するが飲み物はやるから安心してくれ。
「お、親分! 商品が落ちてきやした! ほ、ほら、壊れてはいませんぜ!」
人数分、飲料を落としてやったら喜んで拾っている。俺の優しさに感謝するんだぞ。
「まあ、いいだろう。取り敢えず、一本どれでもいいからよこせ」
全員に飲料が配られたな。ほぼ同時にキャップを開け、俺に暴行を加えて汗をかいていた奴らは一気にそれを飲み込んだ。
「ぶううううううぅ」
「げはっ、ごほっ、な、なんだ!?」
「くっそまじいぞこれ!」
俺の厳選したワースト10に選ばれしジュースの味はどうだ。自動販売機に新製品が並ぶと迷わず購入してきた俺は、大当たりを引くこともあれば、もちろん外れを引くこともある。
担当者は味覚音痴じゃないのかと思わせる、信じられないぐらい不味い飲料というのは結構あったりする。軽いところでは、マヨネーズをかけて食べたら美味しい野菜に炭酸を混ぜ合わせたものや、日本料理で使われる香りの強い薬味に炭酸を……これって両方とも同じメーカーから出ているんだよな。
他にも常軌を逸した組み合わせが結構存在していて、飲料メーカー業界の奥深さを見せつけてくれる。
「こいつ、本当に壊れたんじゃねえか?」
「まあいい。アジトに戻ってから、どうするか決めるぞ。万が一壊れていた時は、グゴイル。無事で済むと思うなよ」
「は、はひ」
親分に凄まれて顔面蒼白で今にも倒れそうだな。同情する気は全くないのでどうでもいいのだが。元々、こいつが吹き込んだせいで、こうなっているのだろうから。
これ以上やると本当に壊れかねないと思ったのか、あれからはやけに丁寧に接してくれている。一段落ついたのはいいのだが、結局事態は何も好転していない。
アジトに着いたとして、そこからどうすればいいのか。これといった策が全く思いつかない。臨機応変にいくしかないか。本当にやばくなったら結界で抵抗しよう。
あれからは揉め事も商品を購入されることもなく、二時間程度で目的地にたどり着いた。
森の中の獣道を少しマシにした程度の砂利道を進むと、自然豊かなこの場所に不自然な建造物があった。それは壁には大穴が空き、至る所が朽ち果て崩壊寸前の砦。ハンター協会と比べるとかなり小さな規模だが、元々はしっかりとした砦だったのだろう。
放置されてからかなりの月日が流れているのか、蔦がそこら中に絡みつき廃墟探険したら楽しそうな所だ。
「お前らそいつを中に運べ。そのまま、あれに調べさせろ」
「わかりやしたが、あれが言うことを聞いてくれるとは思えませんが」
「その時は、お前の首が胴体から離れるだけだ」
「ひぃ、わ、わかりやした!」
ザ小悪党は、ザ下っ端に格下げしておこう。しかし、あれって誰のことなのだろうか。あいつらの仲間というには信頼関係が無いようだが。
自動販売機である俺は寝かされ、六人がかりで運ばれて行きながらそんなことを思っていた。六人がかりで何とか運べる重量の俺を軽々と運ぶラッミスって、やっぱり規格外だよな。
強く衝撃を与えたら蝶番が外れそうな両開きの扉を潜り、ボロボロの砦の中に侵入すると、中は思ったよりも小奇麗だった。ホールらしき場所には手作り感満載の長机と椅子が数セット置いてある。
壁際の大きなソファーは古ぼけているが質は良さそうだ。床はこまめに掃除しているのか、埃が積もっていることもない。凶悪な蛸みたいな面をしているくせに綺麗好きなのだろうか。
そのままホールを抜け階段を上るのかと思えば、右隅の方にある鉄製の扉に向かっているようだ。軋みながら扉が開くと、その先は薄暗く下りの階段があった。
おみこし気分で階段を下り、更に奥へ進むとそこには金属鎧を着込んだ二人の見張りらしき男がいて、閂の刺さった扉を守っているようだ。まるで凶悪な囚人でも捕らえていそうな警備状況だな。
「あれは大人しくしているのか」
「魔道具を与えたら、急に大人しくなって何やらガチャガチャやってるぞ」
「良くわからん女だ。まあ、これも与えて置けば暴れる様なこともないだろうよ」
悪党どもの会話に耳を傾けているが、ますます、この先にいる人物像がわからなくなってきた。
閂を引き抜き、扉を開く際も見張りが手にした槍を構え警戒をしている。中にいるのは魔道具好きの野獣か何かなのだろうか。
「おい、お前の好きそうなおもちゃを持ってきてやったぞ。これを解析して壊れているようなら元に戻せ」
「ああんっ。てめえ、誰に生意気な口を訊いてやがる。糞にも劣るてめえらが人様に命令してんじゃねえよっ!」
どすの利いた声が部屋に充満する。ザ下っ端はその一言で意気消沈したようで、文句の一つも言い返さずに、目を逸らしながら俺を部屋の隅に置いた。
「こ、これがそいつの資料だ。良く目を通しておけよ」
「はっ、人と話す時は目を見て話せってママに習わなかったのか? それとも、びびってんのか、こんなか弱い女の子によおおおぅ」
迫力のあるヤンキー口調の女性をまじまじと見つめてしまう。その人は女性にしてはかなりの高身長で俺と同じか、ほんの少し劣るぐらいだ。
ミルクティーのような色合いの長い髪を後ろで束ねているが、それは邪魔だからまとめただけのようで、毛が何本も飛び跳ねている。
切れ長の目が細められ、訝し気に俺を睨んでいるな。薄いピンクの唇が「ちっ」と舌打ちをして、今にも唾を床に吐き捨てそうだ。
元々は白だったのかもしれないが、今は茶色と黒がまだらに配色された全身に張りつくような服を着込んでいる。その上から黒のコートを羽織っているのかと思ったのだが、よく見るとあれって白衣を黒く染めているのか。前を開け放ち、体に張りつくような服を着ているせいで体形がもろにわかってしまう。
胸元は思わず二度見してしまう程、何もない。膨らみが殆どない。
あれだな、高身長に険しい顔に貧乳。ラッミスと正反対だ。
「あーんっ! あいつらこれを置いて逃げやがった。逃げ足だけは、一丁前な奴らだ。でこれは何なんだ。資料とか何とか言ってやがったが」
地面に置かれた紙の束を面倒そうに拾うと、目を通している。この口の悪い女性はあまり関わらない方が良い人種に思える。このまま、無害な鉄の塊の振りをしていた方がいいような気がしてならない。
「おう、あんた意思のある魔道具ってのは本当かい?」
資料にそんなことが記載されているのか。ここでとぼけても無駄っぽいな。口は悪いが、あいつらとは仲が悪いようだから、敵の敵は味方って言うし。んー、反応に迷うな。
「あー、もしかして、アイツらの仲間と思われて警戒されているのか。オレはアイツらに拉致されて、ここに閉じ込められている被害者だ。こう見えてもオレはそれなりに有名な魔道具技師でな。お前さんを調べる為に連れてこられたみたいだぜ」
その話が本当なら、彼女は俺のせいでこんな境遇に陥っているってことになる。このまま、ただの自動販売機の振りをするのは、あまりにも卑怯だな。
「いらっしゃいませ」
「おっ、マジで話せるのか! うおおおっ、言葉を理解して口にする魔道具だなんて、初めてお目にかかるぜ。捕まるのも悪いことばかりじゃねえな」
細目が大きく見開かれ、さっきまでの気だるそうな態度は霧散し、鼻息荒く俺に近づいて隅から隅まで観察している。
「幾つか質問しても構わねえか?」
「いらっしゃいませ」
「それは、はいって意味だと資料に書いていたな。じゃあ、質問……と、すまねえ。まずは名乗っとくのが礼儀か。オレの名前はヒュールミってんだ」
えっ、その名前聞き覚えがあるぞ。まさか、こんなところでラッミスよりも早く会うことになるとは。ラッミスが俺に会せようとしていた、友人の魔道具技師ヒュールミが彼女なのか。




