永遠の階層とは
清流の湖階層でのんびり怠惰な日々を過ごしていたわけじゃない。
熊会長が次に挑む永遠の階層についての情報や事前の準備をするから、暫く待っていてくれと告げられていた。
「そういえば、永遠の階層ってどういうところなの?」
今後の話し合いをする為に深夜、ラッミスとヒュールミの住宅であるテントに呼ばれて真ん中に設置されている。
テントの中にはラッミス、ヒュールミ、シュイ、ピティーがいるのだが、メインのメンバーであるヘブイとミシュエルは男性なので深夜の会議には省かれたようだ……俺も男性なのだが、それ以前に自動販売機なので問題がないらしい。
「永遠の階層ってのは、このダンジョンで攻略中の最下層だ。犬岩山を突破してから十数年、数十年だったか、まあ結構な時間が経つってのに、未だ階層主を見つけることすらできてねえ」
「団長は面倒な所だから手を出す気はねえ、って言っていたっすね」
「うん……あそこは……最後に回すって……」
ケリオイル団長が避けていた難所か。これは面倒なことになりそうだ。
「ずっと攻略できないのは敵が強いのかな」
「んや、逆だぜ、ラッミス。その階層は今のところ一度も敵と遭遇していない。敵もいない安全極まりない階層だ」
ヒュールミを除いた全員が首を傾げている。俺も生身があれば同じ動作をしていた自信がある。どういうことだ?
「ヒュールミ、そのボケはちょっと難しいかな」
「ボケてねえよ。永遠の階層は敵と戦ったという情報が一切報告されていない。そこは、まず大きな空き地が存在する。そして、その先には底が見えない深い谷があり三本の道が伸びているそうだ」
深淵にかかる三本の道か。高所恐怖症の人にはきつそうだ。
「んでもって、その三本の道で攻略済みなのは右端の道だけだぜ。右の道はずっと真っ直ぐ伸びている、そう、ずっと真っ直ぐに伸びている……それだけだ」
「それだけ?」
ラッミスの問いは、この場のみんなが思った疑問だろう。
「おう、それだけだ。探索したハンターが一年間歩き続けた結果、一本道が永遠にも思える長さで続き、最終的には道が途切れて終わりだったそうだ。そこから永遠の階層と呼ばれるようになったらしいぜ」
一年間歩き続けるって相当の苦行だぞ。それも谷に架かった一本道ってことは風景も代わり映えしないだろうし、新種の拷問か何かじゃないか。
「想像しただけでうんざりするっすね」
「ピティーは……そんなの無理……」
ピティーは普通に耐えられそうな気がするのだが。シュイは確実に飢え死にするだろうな。
「一年間歩き続けたハンターは更に一年かけて戻ってきたわけだが、途中で魔物もいない、植物も生えていない。普通なら餓死確定な所を加護の力で乗り切ったそうだ。何でも、消費を抑える加護の所有者らしくてな」
そんな加護でもないとどう考えても無理だよな。二年分の食料を確保して移動するのは不可能な筈だ。特殊な魔道具でもない限りは――ああ、そういうことか。なるほど。
「だから、ケリオイル団長はハッコンを欲しがっていたのかな」
「だろうな。もしそうだとしたら、ケリオイル団長はまだ永遠の階層を越えられていないってことだ。スルリィムの転移の加護を利用して何とか進んでいるようだが、転移ってのは一度行ったことがある場所にしか飛べねえらしい。んでもって、飛ぶには体力をかなり消耗しちまう」
「つまり、少しずつ更新しては転移で戻って食料を補充して、また限界まで進んで……の繰り返しっすか」
気の遠くなるような作業だな。そりゃ、俺のことを本気で狙ってくるわけだ。ある程度お金を入れてくれれば、一年や二年なら食料を提供し続けることが可能だから。
そこら辺の事情はケリオイル団長たち話してくれなかったな。
「でも……永遠の階層……に挑むなら……ピティーたちも……長期戦は……覚悟しない……と……」
そうだよな。俺が最適だとは思うけど攻略に最低でも一年かかるぐらいは覚悟して挑まないといけない。
一年は長いな。清流の階層にも暫く戻ってこられないのか。
「何か上手くやる方法があればいいんだが……ちなみに、今は真ん中の道を重点的に攻略しているらしいんだが、何年もただひたすら進む苦行をやりたがるハンターがいなくて、殆ど進んでねえって話だぜ」
誰だってやりたくないよな。右の道と違って他の道はもっと長いかもしれないのだから、挑む者が少ないのも納得だ。
ショートカットする方法や移動速度を上げる秘策でもあればいいけど。
だけど攻略は可能だと思う、食料の心配がないからだ。日常品も殆ど俺が提供できる。長期戦に必要なものがあるならコインロッカーで預かればいい。
問題は日数のみだ。これだけ長期間になると会長職の人たちを連れて行くわけにもいかない。シメライお爺さんとユミテお婆さんも論外か。こんな長旅に連れ回すのは無理がある。
挑むとすればいつものメンバーで行くしかない。
「誰かがやらないと、冥府の王の思う壺っすよね」
「みんなで長旅に出るぐらいの感覚で挑めばいいんじゃねえか? この面子なら一年なんてあっという間だぜ、きっと」
「そうだよね。うちはハッコンがいたら平気だから!」
「ピティーも……大丈夫……だよ」
勢い良く手を挙げるラッミスに続いて、ピティーも小さくだが手を挙げている。
「オレも行くぜ。敵が来ねえなら足手まといにはなんねえだろ」
「ハッコンがいるなら食事の心配いらないっすよね。だっから、問題ないっす!」
女性陣は四人とも永遠の迷宮に挑むようだ。
残りはヘブイとミシュエルの二人か。長期間男女が共に共同生活をするというのは若干の不安はあるが……ヘブイが女性に手を出す場面が想像できない。
ミシュエルの場合はまずコミュ障の克服からだ。だが気を付けないといけない点もある。言動が稀に俺の思考を凌駕するからな。特に俺が絡むと。
明日になったら二人とも相談だな。
「もちろん、私も同行させていただきます。師匠の行くところならば地の果てでも構いません!」
予想通りの答えだ。ミシュエルは何故か俺を崇拝しているから、こうなるだろうとは思っていたよ。
「私も共に参りますよ。長旅で自分を見つめ直すのも乙なものです」
ヘブイは人生の目的を果たしてから、以前より穏やかで包容力が増した気がする。自然体で同行を申し出てくれた。
あの一件以来、人間として一回り大きくなったような気さえする。
「長旅では靴もくたびれてしまうのでしょうね……予備を大量に買い込まなければなりません。もちろん、履き潰した靴の処分は私に任せてください」
前言撤回、気のせいだったようだ。
これで誰一人欠けることなく永遠の階層に挑めるのか。追加の人員はそれほど当てにしてないので、これだけの人数がいれば大丈夫だと思いたい。
男女比率が偏り過ぎているので、もう一人か二人男性がいるとバランスが取れそうだが、俺の知り合いで有力な男性が思い浮かばない。
カリオスとゴルスの門番コンビは清流の湖の守りの要だし、何より二人を清流の湖から引き離すのは気が引ける。カリオスは言うまでもないが、ゴルスも前回のことがあるので無理だよな。
闇の会長は……失礼だとは思うが、毎日相手にすると疲れそうだ。最低でも一年間あのトークに付き合うのは、ちょっとご遠慮させていただきたい。
熊会長は長期間、清流の湖階層を離れるわけにはいかないよな。となると、やはりこのメンバーで確定か。
やはりネックは距離と移動手段となる。ウナススに荷台を引いてもらって進むしかないのだろうか。キコユと一緒だったボタンなら、かなりの時間短縮が期待できるが普通のウナススだとこれだけの大人数では、人が駆け足で進む程度の速さしか期待できない。
移動方法と移動時間の短縮、これが最大のポイントになりそうだ。ポイントといえば驚くほどポイントが溜まっている。
中将軍を一人で撃退したことで100万ポイント以上を得ることができた。既に100万ポイントを溜めていたので、合わせて200万ポイントを超えている。
正確な数字を出すなら、現在237万ポイントだ。
自動販売機ランク3の300万ポイントまでもう少しな気がしてくるが、63万ポイントは遠い。
階層主をもう一体倒せば届くかもしれないが、そう簡単に倒せる相手ではないから階層主をやれているわけで。ランク3への夢は地道にポイントを稼いでいくしか手はない。
問題はあるが、俺たちが永遠の階層の攻略に動けば冥府の王は焦るだろう。彼らよりもこちらの方が効率よく攻略ができる。
何かしらの妨害工作をされる可能性はあるが、このメンバーなら大抵の敵は撃退できる可能性が高い。
先手を打たれる前に行動した方が得策かもしれない。




