誘拐
あ、どうも自動販売機です。只今、絶賛輸送中です。
荷猪車の荷台に載せられて揺られている最中だったりするのは、まあ、いいとしても問題は、ここが何処かって話なんだよな。
幌もない荷台の上にいるから周囲の風景が良く見える。丈の長い雑草が生えた平原には時折、三本角の生えた鹿のような生き物が顔を出している。あれは魔物ではなく動物らしい。俺には動物と魔物の差がわからないのだが、ちゃんとした定義があるっぽい。
その他に見えるモノと言えば、御者席に二人の男が座っているな。年齢は四十前後だろうか。特に印象の残らないタイプの顔だ。
で、この荷台の後を追うようにもう一台、荷猪車がついてきている。その荷台には六人のハンターっぽい格好をした一団がいる。俺を苦労して荷台に載せていた連中だよな。
ほんっと、今更なんだけど、もう少し怪しむべきだった。
早朝にやってきて、あいつらはずらっと前に並ぶと、俺に話しかけてきたのだ。
「ハンター協会の会長からの依頼で、壁付近の修復と補強を本格的に今日から始めることになりまして。ハッコンさんは暫くそこで商売をして欲しいと言われていました」
丁度その時、自分の能力とポイントの計算、次に何を仕入れるか悩んでいたところだったので、二つ返事で「いらっしゃいませ」と伝えて、思考の海に深く沈んでいた。
今までは熊会長が直接伝えに来るか、ラッミスが代わりに伝えてくれるかの二択だったのだが、使いの者だけで話を通すこともあるだろうな程度の認識だった。
そして、疑いもせずに六人がかりで荷台に載せられたわけだ。ここでもう一つ大きな間違いを犯した。車に乗っていて窓から心地いい日差しが射し込む状況って眠くなるよね。俺は寝なくても大丈夫なのだが、人間時代の習慣でたまに眠りたくなるのだ。
俺は荷台の揺れと車輪が地面を転がる音を子守唄代わりに、意識を閉じた。
で、こんな現状になっている訳ですわ。これって俺を誘拐したって事だよな。狙いは中に詰まっている金貨、もしくは俺自身の価値を見込んでのことだろう。
生命の危機は全く感じないが、一番困るのは俺が自力で動けないことだ。ここでどうにか、奴らから逃れられたとしても、集落まで戻る方法が無い。この階層はかなり広いので、途中で捨てられたら誰にも気づかれないで数年を過ごすという可能性も高い。まあ、先にポイントが尽きるだろうけど。
取り敢えず、前に防犯の一環として取得しておいた、自動販売機用防犯カメラで犯人たちの顔を記録しておこう。これで記録した映像はいつもで脳内で再生できるので、顔を忘れることは無い。
二人ほど、見かけたことのある顔だな。最近頻繁に購入していた客だが、他の人に比べてやたらと熱心に商品を見ていた記憶がある。
あとは……ん、ああ、こいつもいるのか。ザ小悪党のグゴイルがニヤニヤとこっちを見て笑っている。相変わらず、雑魚っぷりが半端ない。
こいつの手筈で素行の悪い連中が組んだ、もしくは元々仲間だったってところか。だとしたら、何処かで降ろされて解体という流れかな。確か、グゴイルは俺の〈結界〉は知らない筈だ。ラッミスとケリオイル団長以外には見せていなかったと思う。
だとしたら〈結界〉は切り札として取っておくか。とはいえ、このまま集落から距離が開けば開くほど、見つけてもらえる可能性が減るわけで。ど、どうしよう。ちょっと焦ってきた。
よ、よし、落ち着く為にも能力の確認をしておこう。
《自動販売機 ハッコン
耐久力 100/100
頑丈 10
筋力 0
素早さ 0
器用さ 0
魔力 0
PT 11346
〈機能〉保冷 保温 全方位視界確保 お湯出し(カップ麺対応モード) 2リットル対応 棒状キャンディー販売機 塗装変化 箱型商品対応 自動販売機用防犯カメラ
〈加護〉結界 》
自動販売機としてはかなりの高性能だと自負しているが、異世界で活躍できる能力じゃないよな。
ポイントが一万を超えて浮かれすぎていたのが、この現状を生み出した最大の要因だが、これだけポイントがあれば〈結界〉を長時間維持できるから、不幸中の幸いと思っておこう。修復も何度だって対応できる。
落ち着け、落ち着け。直ぐにスクラップになるという流れにはならない。〈結界〉は一秒間に1ポイント消耗する感じなので一分で60。一時間3600で済むじゃないか……やばいぞ、これ……。
一万ポイントもあればやりたい放題だと浮かれていた、過去の自分の電源を落としてやりたい気分だ。
そんなことを考えている間にも集落からどんどん遠ざかっていき、目が覚めてからかれこれ二時間が過ぎようとしている。
「おーい、一旦休憩するぞ」
こちらの御者席にいた男が後ろに向かって叫び、荷猪車が止まった。
後ろにつけていた荷猪車からも、ぞろぞろと降りてきている。で、こいつら俺を取り囲んでいるが、まさか大人しく飯を出すとでも思っているのか。
「じゃあ、飯にしようぜ。おい、ハッコン。てめえ意思があるなら、この状況は理解できているよな」
ザ小悪党が周りに仲間がいるからって調子に乗っているな。あの時の屈辱を思い出しているのか、へらへらと笑いながら刃物をちらつかせている。
「ただで、俺たちが食いたい物と飲み物を出しやがれ。逆らったらどうなるか、鉄の箱でもわかるよなぁ」
「ざんねん」
即答してやった。ここで挑発することがどういう結果に繋がるか、わかっているが言わずにはいられなかった。
予想通り、グゴイルの顔に血が一気に巡り、赤く染まっている。こいつには忍耐の文字は無いのだろうか。
「てめえ、ぶっ壊してやる!」
短剣をガラスに突き刺すが、表面に軽く傷が入った程度だ。
《1のダメージ。耐久力が1減りました》
たった1のダメージなのか、予想以上に貧弱だな。カエル人間の方がよほど痛かった。懲りずに何度も傷つけてくるが、合計で5しか減っていない。
「グゴイルやめろ。そいつは中身も目当てだが、それ自体にも商品価値があるのは説明しただろうがっ。意味もなく傷つけるな」
「は、はい。すみやせん……けっ、命拾いしたな」
理想的な捨て台詞だ。止めた奴は周囲と比べて一回り体が大きいな。あの両替商の女性と一緒にいたゴッガイと呼ばれていた人に体格だけは似ている。
額に大きな刃物傷があるのが人相の悪さを増幅しているな。眉毛と髪の毛が無いのは剃っているのか生まれつきなのか。立派な口ひげが無ければ、門番のカリオスに結構似ているかもしれない。
「お前さんも、壊されたくないんだろ。だったら、ここは従った方が利口だと思うぜ」
この大男は、グゴイルよりかは理性的なようだ。確かにここで歯向かっても良いことは何もない。ここは従う振りをして、状況を見極めるのが正解だろう。
「あた ま ざんねん」
何てな。なんで俺を誘拐するような輩の言い分を聞かないといけない。ここでラッミスがいたら絶対に断っている。彼女と一緒にこれからも居たいのであれば、自分に恥じるような生き方をするつもりはない。
「てめえは立場がわかってねえみたいだな。おい、グゴイル。こいつは破損個所を自分で直せるって話だったな」
「へい、そうです。討伐隊に参加した時も結構凹んでいた筈なのに、綺麗さっぱり元に戻っていやした」
「そうか、ならてめえら、壊さない程度に体にわからせてやれ」
これって痛覚があればそれなりに恐怖を覚えるシチュエーションなのだが、自動販売機に脅しをかけて取り囲む屈強な男たちって……高度なギャグか。
こちらのこともわかってないのに、無暗に傷つけて言うことを聞かせようという安易な発想。鉄の箱相手に馬鹿なことをしているという自覚は無いのだろうな。
「謝るなら今の内だぜ。親分の許しが出たからには、容赦はしねえからな覚悟しやがれ」
親分か。あれがトップでこいつらは全員子分なのか。とまあ、情報を得て冷静に現状を理解したところで、伝える術がない。
《3のダメージ。耐久力が3減りました》
《2のダメージ。耐久力が2減りました》
本当に容赦なく手にした武器で殴ってくるな。このままやられっぱなしだと、いずれ破壊されてしまう。だが〈結界〉はギリギリまで隠しておきたい。ここで修復したら、調子に乗って攻撃が増すだろう。どうすればいいのか、壊れる寸前まで放置して相手を焦らせるというのが正解だとは思うが……それは、こちらの腹の虫が治まらない。
加護にはポイントが足りない。機能にも目ぼしい物が無い。他に俺は何かできないのだろうか。耐久力は減り続け、反撃の手段は無い。もう少し頑丈があったら、無傷で済んだかもしれないのに。
《1000ポイントを消費して頑丈を10増やしますか》
えっ、頑丈の項目を見ていたら文字が浮かび上がってきた。え、ステータスもポイントで強化できるのか!?
1000ポイントはかなり痛いが頑丈を上げたら、今受けているダメージが軽減できる。やる価値はあるよな。なら、上げてみるか。
《頑丈が20になりました》
実感はわかないがきっと硬くなったのだろう。それが本当かどうかはこれから嫌でもわかる。
《0のダメージ。耐久力が0減りました》
よっし、ダメージが無くなった。これで、耐久力はこのまま減った状態にして置けば、損傷を残したままになるので、奴らは効果があると勘違いしてくれるだろう。
相手が疲れ切るまで見物といくか。




