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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
九章

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自動販売機探偵

 シャーリィさんの日常を探る為に協力者を募ったところ、ラッミスとヒュールミ、そして大食い団のスコが手伝ってくれることになった。

 女性の身の回りの情報を集めることになるので女性限定にさせてもらった結果が、このメンバー構成だ。

 シュイも誘ったのだけど色気より食い気らしいので興味がないらしい。


「ハッコン、ここでいいのかな」


「いらっしゃいませ」


 庭付きの小さな白い家の向かい側に設置された俺は、体の配色を変更して民家の塀と同化した。

 シャーリィの家は従業員に訊ねたらあっさりと教えてもらうことができた。たまに店員たちを家に招いて食事会をするらしく、住宅の場所はみんな知っているそうだ。

 集落を囲む壁沿いの門から結構近い場所なので、魔物の被害に遭うことも考慮されてここの土地は安いという話を聞いたことがある。

 しかし、意外だな。いつも露出度の高い服を着て、あんな煌びやかな世界で生きているのに木造のこぢんまりとした平屋に住んでいるのか。

 白く塗られた木製の塀があり庭の芝生は短く刈り揃えられていて花壇も置かれている。あれは俺が販売している花たちだな。

 あれ、意外と乙女な一面がある人なのだろうか。


「じゃあ、塀の裏に潜んでいるから、何処かに出かけるようだったら声を掛けてくれよ」


 ヒュールミたちは民家の中へと入っていった。ここの住宅は最近建てられたばかりで売り出し中の物件らしく、熊会長に許可を貰い今日一日は自由に利用していいらしい。

 まだ早朝なので動きがないが、暫く様子を窺うことにしよう。

 遠くから車輪の回る音が聞こえてきた。ふと視線を向けると大八車のような物を引っ張る一人の若者がいる。

 荷台には瓶がずらっと並んでいて中身は動物の乳のようだ。そういや、牛っぽい生き物から乳を搾って売っている、牧場のようなところがあるとは聞いていた。


 家々の扉前にある蓋つきの小さな箱に瓶を入れているな。早朝の牛乳配達のような仕事らしい。純朴そうな青年が朝から一生懸命働いている姿は思わず応援したくなる。

 その青年がシャーリィの家の前に差し掛かると、急にソワソワし始めた。瓶に自分の姿を映して髪を手櫛で整え服装のチェックを始めている。

 あー、ここにシャーリィが住んでいるのを知っていて、万が一遭遇した時の為に身だしなみを整えているのか。気持ちはわかるが夜遅くまで仕事しているから、この時間帯に起きることはないと思うよ。


 辺りをキョロキョロと見回してから手作り感溢れる木製の門を押し開き、玄関前まで忍び足で進んでいる。眠っている彼女を起こさないように気を遣ってくれているのだろうか。中々できた青年だな。

 手にしていた瓶を小箱に入れて、代わりに空き瓶を二つ取り出した。

 そして、その瓶の飲み口にゆっくりと唇を……って何してやがる。それ洗った後だから、そんなことしても無意味なのだが何となく気持ち悪いので、栄養ドリンクを〈結界〉で弾き飛ばし、青年の頭に直撃させた。


「痛っ、えっ!?」


 慌てて周囲を見回しているが、俺の存在には気づかないようだ。ぶつけた栄養ドリンクも即座に消しておいたからな。

 青年は慌てて瓶を回収すると足早に走り去っていった。

 思春期にありがちな暴走でシャーリィなら知ったところで笑って許しそうだけど、まず人としてダメな行為であるのは間違いなく、おまけにお客に対してやってはいけないことだ。自動販売機としてそこは譲れない。


 そんなことを考えていると、今度は中年のオッサンがシャーリィの家の前を行ったり来たりを繰り返している。

 ロングコートに帽子を深々と被りサングラスを装着した小太りな男。理想的な不審者だな。とはいえ、家の前を歩いているだけの可能性が僅かにあるので、まだ手を出すわけにはいかないのだが。

 塀に手を添えて必死に中を覗いているな。あの位置からだと庭を挟んで、住宅の大きなガラス戸が見えるのか。カーテンが締まっているので家の中は見えないが。

 暫く観察していると、周囲を気にしながら塀を乗り越えて庭へと侵入した。あ、これはアウトだ。


「す こ」


「なになに、どうしたの」


 小さな音量で名を呼ぶと、すぐさまスコが隣に現れた。大食い団の面々は耳が良いのでこの程度の音量で問題ない。


「あ の お と こ」


「うわっ、完全に不審者だね。ちょっと脅かしてくる」


 楽々と塀を飛び越えると、庭へと繋がる大窓に手を当てて強引に開けようとしている男の背後に回り込んだ。大きく息を吸い込み胸元が膨らんでいる。


「ヴアアアアアアアッ!」


「う、うわああああっ!?」


 背後からの大声に腰を抜かした中年の男が、必死になって後退りながら何とか塀を越えて逃げていく。

 スコやり過ぎだ、朝っぱらからそんな大きな音を立てたら。

 早朝に響き渡る咆哮に近所の人々が家から飛び出してきている。スコは既に俺の後ろに逃げ込んでいるな。

 住民が何もないことを確認すると直ぐに家に引っ込んでいった。全員の姿が消えた後に遅れてシャーリィの家の大窓が開いた。

 そこから現れたのは一人の女性。

 ヒュールミのようにぼさぼさの髪を無造作に掻き、ゆったりとした紺色の地味なトレーナーの上下を着て、もう片方の手は腹をボリボリと掻いている。

 大欠伸をした口の端に涎の跡があり、表情がだらしなく緩みきっていた。


「あれぇ、叫び声が聞こえた気がしたけどぉ、気のせいかしら」


 寝起きが悪いようで半分も開いていない瞼で庭をさっと眺めただけで、中へと引っ込んでいった。

 シャーリィって、家ではあんな感じなのか。いつも色気を溢れ出して気を遣っていたら気疲れするだろうから、当たり前ではあるのだけど。

 彼女に崇拝にも似た憧れを抱いている人が見たら幻滅するかもしれないが、俺としては気の緩んでいる日常の姿は可愛いと思う。


「いつもはあんな感じなのね。わかるわかる、女って家じゃあんな感じだもん」


 スコが何度も頷いて同意している。大食い団の面々はいつも気を抜いている気がするが、同じ女性として通じ合う部分があるようだ。


「何かあったの、大声が聞こえたけど」


「ういーっす。目が覚める飲み物なんかねえか」


 二人も出てきたか。ヒュールミは少し眠っていたようで、さっきのシャーリィみたいに頭を掻いている。

 三人はもう家に戻る気はないらしく、俺と塀の隙間に潜り込んでシャーリィさんの自宅を見守っていた。

 それから人通りが多くなる時間帯になるまで、住宅の周りをうろちょろする不審者が二人ほど追加されたが、互いにけん制しているようで何もなく去っていく。

 いつか大事になりそうな危険性があるが、シャーリィさんって腕が立つから普通に返り討ちにされそうだな。一応、さっきの不審者の姿は録画しておいたので、後で衛兵にでも見せて注意してもらうとしよう。

 美人は人生で有利だと耳にするけど、こういった厄介ごとに巻き込まれやすいのは同情してしまうな。


「出てこないね、まだ寝ているのかな」


「夜遅いからな。起きるのも昼前じゃないか」


「ご飯の匂いも生活音もしてこないわ」


 スコが鼻をひくひくさせて耳を澄ましている。

 大食い団の面々の嗅覚聴覚が人並み外れているのは周知の事実なので、彼女の言ったことを誰も疑っていない。

 昼をとうに過ぎた時間にようやく動きがあった。

 家の扉が開き中からシャーリィさんが姿を現す。

 短パンにブーツ、上は革ジャンのようなデザインの服を着ている。サングラスもしているな。髪も邪魔にならないように後ろで縛り動きやすそうな格好だ。

 背中には大きめの袋を背負っている。

 いつものイメージと異なる格好だが何を着ても似合う。


「ドレス姿も素敵だけど、あの格好もいいね」


「大食い団の服と似ているわ」


「素肌の上からは着てねえけどな」


 靴にジャケットしか着ていない大食い団と一緒にするのはどうかと思うが、この三人の中だとラッミスとスコの格好を合わせたように見えなくもない。

 いつもの色気溢れる格好も似合っているが、今の格好は素直にカッコイイ。

 彼女の姿が路地の中に消えるとスコが充分に距離を取ってから後に続く。そうでもしないと気づかれる場合があるからだ。気配の察知に長けているそうなので、念には念を入れている。

 そして、スコから少し離れた後方から俺たちが尾行するという流れだ。


「今日は一日休みらしいが、何すんだろうな。あの人の日常が想像できねえんだが」


「そうだよね。いつもオシャレな格好をして高級な飲食店で優雅な昼食なのかなと思っていたのに」


 この集落で高級飲食店はスオリが経営している一軒しかない。ハンターばかりがいる集落で高級店が必要なのかという疑問はあるが、それなりに繁盛しているそうだ。

 装飾過多な外観に比べてお手頃の価格で提供しているそうで、デートやたまの贅沢に利用されることが多い、とスオリが前にオレンジジュースを飲みながら威張っていた。

 そんな高級店に寄ることもなくシャーリィは大通りを無視して路地裏を進んで行く。

 結構な距離を歩いているとスコが路地裏の曲がり角でピタリと動きを止めた。そして、俺たちに振り返って手招きをしている。

 足早に近づき、尖った爪を指す方向に目をやると、そこには四角く大きな木造建造物があった。


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