表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
九章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

207/277

新装開店

 人が急激に増えると問題も発生するわけで、熊会長たちは毎日忙しそうに集落内を駆け回っている。

 今回、犬岩山階層の住民が全員移り住んできたのだが、あの階層は気候も温暖で海もありダンジョン内ではかなり人気の階層だったらしく、大量の住民が流れ込んでくることになった。

 住居は事前に仮設テントを大量に建てておいたので、何とかなっているそうだ。

 一番心配される食料面は俺が手伝っているのも大きいのだが、手助けをしなくても住民の食料は充分まかなえていたりする。

 実は清流の湖階層では農作物を栽培する人が増えているのだ。

 キコユが残していった異世界転生した畑で品種改良をされた種や苗があれば、少量の水やりだけで大量の農作物を育てられるので、集落の隅に農園が作られ自給自足で食料が確保できるようになった。


 衣食住の食と住は充実しているが残りの衣、つまり服が問題になると思われたのだが、清流の湖には様々な服が溢れていたので何の問題もなかった。

 これには理由があって、あのダンジョンコンテストを開催後、多くの女性だけではなく男性もオシャレに目覚めた者が現れたのだ。それも大量に。

 服屋もコンテストの色とりどりの服装を見て刺激されたらしく、清流の湖階層に一大ファッションブームがやってきた。不足していた服の素材は魔物の体毛や革で補い、衣類が不足することはなくなった。


 衣食住に不便しなくなると、次に人が求めるのは娯楽となる。

 特に犬岩山階層は解放感があり自由な気質の住民が多く、欲望のはけ口を求め犯罪行為に至らないか心配されていた。

 女性はファッションブームと俺が広めたお菓子が充実していることで不満が和らいでいるようだが、なら男性はどうすればいいのか。

 そこで、多くの男性が待ちに待ったあの店が新装開店することになった。


「ハッコンさん、ありがとうございます」


「いらっしゃいませ」


 シャーリィの依頼で数日前から暫く深夜営業の場所を移すことにした。

 夜の仕事を取り仕切る彼女の仕事場が新装開店することになり、俺は店の入り口で客引きを担当している。

 今日はシャーリィも隣に並んで一緒に客に声を掛けて、躊躇いがちな男性を店内へと誘惑しているのだが、流石の一言に尽きるな。


「いらっしゃいませ、一時の夢を共に見ませんか」


 たったそれだけの言葉だというのに、シャーリィの唇から発せられただけで男は腰砕けになり、まるで催眠術にでもかかったかのように店内へと吸い込まれていく。

 あれだけ魅力あふれる女性に誘われたら仕方ないよな。現に今も道行く男性の視線を集めているからな。

 大きく胸元の開いたイブニングドレスから零れ落ちそうな胸に、通りすがりの男性陣の目が釘付けになっている。

 そして足が止まったところに流し目で微笑まれ、客引きをされたら面白いぐらい簡単に客が釣れる。シャーリィの魅力を越えた女の魔力恐るべし。


「店内が慌ただしくなってきたようですので奥に引っ込みますね。後はよろしくお願いします」


「が ん あ っ て」


「はい、頑張りますね」


 髪を掻き上げながらそんな艶やかに微笑まないでください。鉄の塊なのに妙な感情が湧き上がりそうになるので。

 シャーリィが引っ込むと客足も途絶えるまではいかないが、かなり少なくなった。


「いらっしゃいませ いらっしゃいませ」


 一人で客引きをこなしながら、もう一つの仕事の声が掛かるのを待つ。

 もう一つの仕事の内容は俺の横に設置してある、誕生日プレゼントに貰った看板に書いている。


『お気に入りのあの人に手土産を渡して好感度を上げませんか。家で待つ家族へのお土産も用意しています』


 つまりお気に入りの女性に渡すプレゼントや、家で帰りを待つ家族へのごますり用のお土産も売っているアピールだ。

 ここはシャーリィが取り仕切るお店が建ち並んでいるのだが、幾つかは健全な飲み屋だったりする。そういったお店を利用したお父さんたちは、酔っぱらって帰る際に手土産の一つでもあれば、妻の風当たりが少しでも弱まるのを理解している。

 なので利用客が多く、これが結構良い商売になるのだ。それとは別の目的で商品を購入する人もいるのだが。


「ハッコン、ロシエミちゃんの好きな物知ってるか?」


 とある店の常連の一人が小声で俺に話しかけてきた。

 顔が狼なので牙が鋭く人間の子供なら泣きだしそうな容貌をしているが、女性には奥手のハンターさんじゃないですか。

 ロシエミって確か犬人魔の女性だよな。好きな物はこれだったな。

 フォルムチェンジをすると体が半分以下の大きさに縮む。身体もピンクが主体になり側面と正面に英語で文字が描かれる。低い位置に匂いの出る箇所がありそこのボタンに触れるとドッグフードが出てくる仕組みだ。

 これは小型犬専用自動販売機で、とあるショッピングモールに置かれていた。小袋に入ったドッグフードを〈念動力〉で操り狼男のハンターに渡す。


「これか、ありがとよ、ハッコン!」


「ありがとうございました」


 ご機嫌な様子で手を振りながら狼男が奥へと進んで行った。

 ここで夜の仕事をしている女性へのプレゼントに買って行く人が多く、こうやってアドバイスを求められることがある。

 常連の好みは覚えていることが多いので、的確なアドバイスと商品提供が話題になり相談されることが増えてきた。

 っとまた人が来たな。俺の正面に立って見下ろす体格のいい男性……角切りの頭に一文字に口を噤んでいる姿が男の無骨さを表している。


「ハッコン」


「ご り す」


「ゴルスだ」


 最近一人でいることが増えた門番コンビの片割れゴルスじゃないか。

 たまにシャーリィのお店を利用している姿を見かけていたが、ここで俺に話しかけてくるなんて珍しいな。

 一人の時は言葉を発することが殆どないので、何かあったのかと身構えてしまう。

 次の言葉を待っていたのだが、沈黙状態のまま時間だけが流れる。


「いらっしゃいませ」


 焦れた俺がいつものように発言すると、ゴルスの体が縦に小さく揺れた。

 相変わらず表情の読めない顔をしている。怒っている訳じゃないのは付き合いが長いのでわかっているが、知らない人はこの表情に怯えてしまう。


「シャーリィさんの好きな物を知っているか」


 あー、お目当ての女性がシャーリィなのか……はっ……えっ?

 ん、えと、あの……えっ?

 ゴルスが意を決して口にした言葉が予想外で思考が停止していた。

 珍しく冗談を口にしたのかとゴルスの顔に視線を向けると、顔面が炉に放り込まれた鉄のように真っ赤に燃え上っている。

 本気なのか。よりによってシャーリィ狙いなのか。難易度が高いなんてものじゃない。ベリーハードを越えたインフェルノクラスだぞ。

 今まで多くの人が挑み軽くあしらわれて轟沈していく場面を何度も目撃してきた。ゴルスは真面目で誠実でいい男だと思うが、うーん。


「何かないだろうか」


 シャーリィの好きな物か。良く購入してくれるのは避妊具とお酒だけど、これは商売で使うものだからな。コンドームをプレゼントで渡したら即座に振られること間違いなしだ。

 俺から購入した花束を持って告白した人もいたけど、見事に散ったらしく帰り際にうなだれていた。

 お酒は好きなようだけど仕事でたらふく飲んでいるから、プレゼントとして相応しくない気もする。

 今更だがシャーリィのプライベートって全く知らないな。昔ハンターをやっていて凄腕だったという情報と、夜の仕事をしていてサービス精神が旺盛だというのは知っているが。

 う、うーん、困った。俺としては二人とも好きだから上手くいって欲しいと思うが、これといって有効なプレゼントが思い浮かばない。

 一番のお得意さんなのに何も知らないな、彼女のこと。


「ま た こ ん と」


「わかった。今度また頼む」


 軽く頭を下げてゴルスが立ち去っていった。少し猫背気味なのは落ち込んでいるのだろうか。力になって上げたいが、シャーリィの好みか。

 カリオスの恋も実らせた自動販売機としては、その相棒であるゴルスの恋愛も成就させてあげたいよな。

 よっし決めたゴルスの為にシャーリィの日常を観察して、あらゆる情報を集めてみよう。

 前々から、どんな生活をしているのか興味もあったから丁度いいよな。

 人の生活を覗き見するのは良くないことだが、これはゴルスの為だ決して己の欲望を満たす為じゃない。

 どんな方法が効果的だろうか。尾行は難しいけど姿を同化させるのはお手の物だ。使えそうな商品がないか今から目を通しておこう。

 昔は探偵に憧れていたから一度やってみたかったんだよなぁ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ