苦難は続くよどこまでも
ピティーと一緒の旅は一週間続いた。
といってもずっと空にいた訳じゃない。丸一日経過したところで島を見つけたので、そこで休憩をしていると、どうやら元々誰かが住んでいた島のようだった。
探索中に小型の船を見つけたので、何とか補修をして船旅に変更したのには訳がある。
ずっと〈結界〉を張っているとポイントの消耗がシャレにならないので、空よりは移動速度が落ちてしまうが安全策を取らせてもらうことにした。
それから数日後に俺たちを捜索してくれていたハンターたちに見つけてもらい、犬岩山階層の集落へ運ばれていく。
仲間たちは各階層に散らばり連れ去られた俺の捜索をしている最中らしく、各自に連絡を伝えにいってくれたようだ。全員と合流するには少し時間が必要となるとのことだった。
この階層を担当していたのはカリオスとゴルスの門番ズで、俺との再会をひとしきり喜んでくれた後に清流の湖階層に帰っていった。仕事が溜まっているらしい。
本来の仕事を休んでまで俺の捜索に付き合ってくれたのには感謝の言葉しかない、本当に、ありがとう。今度サービスするよ。
それから二日間は自動販売機として犬岩山階層で商売を続けていると、仲間の二人が転送陣から現れ、俺目掛けてまっしぐらに突っ込んできた。
「はっこおおおおおおおん!」
砂煙を上げて爆走しているのはラッミスだ。デジャブだろうか、全く同じ経験をした覚えがあるのだが。
いつもより助走距離があり身体能力も向上している彼女の突撃を受け止められるだろうか。ここは〈結界〉を張っても許される場面……否! 相方として受け止めなければならない!
彼女の豪快なハグを拒否したらきっと傷つくだろう。俺だけは彼女の想いを全身で受けとめられる存在でいたいから。
ラッミスと再会した際の伝統行事になりつつある、渾身のタックルを受け止める為に身構える。後方から小走りで駆け寄ってくるヒュールミが苦笑いを浮かべているな。
あっという間に距離が縮まり、両腕を広げてラッミスが飛んだ。
衝撃で倒れないようにコンクリート板を三枚足下に設置したので準備万端。衝撃に備えて体内の商品も収納しておく。
風が唸りを上げて大砲の弾のような勢いでラッミスが……耐えてくれ俺のボディー!
「ふ、ふええええっ!?」
突如俺とラッミスの前に滑り込んできたのは、巨大な貝――盾を構えたピティーだった。
円形の盾の曲面部分を利用して力の方向を逸らし、あの突撃を後方へと受け流す。俺の脇を滑空していくラッミスが砂浜に墜落する。
激突音がした場所を恐る恐る覗き込むと、小さなクレーターができていた。そろそろ、頑丈も上げておいた方がいいかな、うん。
「な、何するの、ピティー!」
クレーターの中から這いずり上がって来たラッミスがピティーに詰め寄っている。
いつものピティーなら怖気づいて盾に隠れるぐらいの迫力なのだが、一歩も下がることなく相手を見据えていた。
「再会の……ハグは……もっと優しく……しないと……ハッコンが……危ない……」
かばってくれたのは嬉しいけど、そこは言葉を濁して欲しかったな。ラッミスが目を見開いた後に、顔を曇らせて俯いてしまった。
自分の怪力を知っているから、人と接している時は常に意識して力を制御しているのを知っている。だからこそ、俺には力を隠すことなく自然体で接することができるような関係になって欲しいのだが。
ピティーだって、嫌がらせで苦言を呈している訳じゃない。俺の身を案じてくれただけなのだろう。
「ら っ い す」
「ごめんね、ハッコン。うち、嬉しくてつい……」
落ち込んだラッミスは見たくない。元気いっぱいの笑顔が一番の魅力だろ。
〈花の自動販売機〉にフォルムチェンジすると売ることが可能な花を全種類取り出して〈念動力〉で纏めてラッミスの前に差し出す。
言葉が足りないので行動で示すしかないよな。
「た だ い ま」
ポカーンと大口を開けてこっちを見ていたラッミスが、涙目のまま満面の笑みを浮かべる。
「おかえり、ハッコン!」
うんうん、やっぱり笑顔が一番だよ。心配かけてゴメンな。
「おっ、いいもの貰ったじゃねえかラッミス。ハッコン、心配したんだぜ。オレのはないのか、んー?」
「た だ い ま」
ニヤニヤ笑いながら、ヒュールミが俺の体を拳で突いてくる。
半ば冗談で催促しているのだろうけど、ここで同じ花束を渡すのは芸がないよな。彼女が喜びそうな商品って何だろう。
あれを出してみるか。孤児院の子供たち用に取得していたのだが、使う機会がなくてお蔵入りしていた。
俺は体を〈カプセルトイ〉に変化させた。
正式名称とは別で地域やメーカーによって様々な呼び名があるあれだ。ガチャ、ガチャガチャ、ガシャポンというのがメジャーだろうか。ちなみに、俺はガチャガチャ派だ。
カプセルトイの面白いところは商品が多種多様な所だろう。正直、これはどこの層に需要があるのか悩む変な商品がかなりある。
自動販売機マニアとはいえ、ガチャガチャシリーズの商品を全て手に入れると破産を覚悟しないといけないので、あえて避けていた。
そんな俺でも惹きつけられた商品が幾つかあって、そのうちの一つがミニチュア工具セットだ。これは一回二百円でカプセルサイズの工具が入っている。
何故、これを集めようかと思ったのか。それは、ミニチュアの自動販売機が家に幾つかあるのだが、その隣に工具を置いたら本格的に見えるのではないかと考えたのだ。
ちなみに修理担当の作業服を着たフィギアも置いてある。
とまあ、それはどうでもいいか。そんな俺が集めたミニチュア工具を五種類取り出し、ヒュールミに渡した。
「また、珍妙な格好になったな。って、この球は何だ?」
開けていいのか迷っている様だったので、〈念動力〉で開いて中身を取り出した。
「おっ、これって工具っぽいな。それの玩具か……へええ、なるほど、こういう形の工具があれば便利かもしんねえ。こういう発想はなかったな、参考にさせてもらうぜ。ありがとうよ、ハッコン!」
喜んでもらえたようで何よりだ。
俺の捜索に協力してくれた仲間全員に、何らかのお礼の品を考えておこう。
何が喜ぶか頭を悩ませていると、俺の側面を指で突く人がいた。ってピティーが頬を膨らませて、こっちをじっと見ている。
「ぽ て い さ ん」
「ピティーです……」
呼び名は、ぽていで納得していてくれたのにどうしたのだろうか。
「ピティーには……何も……くれないの……」
ああ、女性二人に渡しておいて、自分だけのけ者にされたと思ったのか。
そうだよな。こういうのは公平に接するのが人としての常識だった。
ピティーは甘い物と花が好きだったな。花はもう使ったから、ここで甘い物を渡すのも何か違う気がする。
甘い物……ああ、姪っ子に強請られてガチャガチャで購入した、パフェのキーホルダーがあったな。日本の食品サンプル技術は世界に誇るレベルだから、きっと喜んでくれるだろう。
赤が映える苺パフェのキーホルダーを取り出してピティーに渡すと、機嫌が直ったようで前髪の隙間から見える表情が嬉しそうに緩んでいた。
「ありがとう……ハッコン……」
俺の側面に体を寄せてじっと見つめてくるピティーの背後でじっと見つめて――睨んでいるラッミスがいる。
あれ、機嫌が直った筈なのに、さっきより怒っているというか拗ねているように見えるのですが。隣に立つヒュールミも何故か半眼でこっちを見ていますね、はい。
「ハッコン。ピティーと凄く仲良しに見えるのだけど、うちの気のせいかな?」
「別れる前とは距離感が全く違うように見えるぜ」
あー、まあ、ずっと二人で過ごしていたから、ピティーが俺に懐いたのは確かだけど。たぶんそれは、頼れる人がいない状況で俺に依存しただけだよ。
俺のことを頼れる魔道具か兄か父親みたいな感覚で接しているのだよな。ねっ、ピティー。
「ハッコンと……仲良し……ずっと……二人で……暮らしてきた……トイレも……食事も……一緒……」
うん、間違ってないけど言い方には気を付けて欲しいかな。
確かに簡易トイレも出したし、食事も一緒だったけどね!
「うちだって、ずっと体密着していたもんね!」
「そこは張り合うとこじゃねえと思うが……」
俺が生身の人間ならこの状況も理解できるのだが、自動販売機だよ?
ちょっと、みんな落ち着こう。ほら、鉄の箱だよ、商品出せるぐらいしか取り柄ないよ。便利で手放したくない魔道具だとは思うけど。
「ハッコンはうちがいないと困るんだから。ねっ、ハッコン」
「いらっしゃいませ」
それは確かにそうだ。彼女がいてくれないと移動もままならない。
「ピティーなら……ハッコン……運べるよ……」
ラッミスの目の前で〈重さ操作〉の加護を使い俺を軽々と抱き上げている。
ピティーの加護にはお世話になりました。その点については感謝しております。
「う、うちはもっと軽々運べるもん!」
反対側にラッミスが抱き付き俺を持ち上げた、ピティーが抱き付いたまま。
ああそうか、重さを軽くしているだけだから踏ん張れないのか。
って、ピティー想い人はどうした。彼を待ち続けているのだよね?
「モテモテだねぇ、ハッコンさんは」
あの、ジト目で見てないで止めていただけないでしょうか、ヒュールミさん。
その後、ミシュエルがやってきて参戦することになり、益々カオスと化して熊会長が来るまで小競り合いが続いた。
俺の所有権を主張していた二人に「ハッコンは誰の物でもなかろう」と二人を説得してくれたおかげで本当に助かりました、熊会長。
懐いてくれているピティーには悪いけど俺の相棒はラッミスなので、そのことをもう少し流暢に話せるようになったら、ちゃんと伝えておかないとな。
「女として参戦した方がいいっすかね?」
俺の渡した大量の食べ物を抱えながら、合流したシュイがそんなことを言ってきた。
「か ん に ん し」
「て ください」




