当たり付き
またも新しい機能を手に入れてみた。
この機能は前々から欲しいと思っていたのだが、何かと忙しくずるずると引き伸ばしになっていたんだよな。最近少し落ち着いてきたので、思い切ってそれを選んだのだが。
「あたりがでたらもういっぽん」
「よし、よし、こいこい、7、7、ろおおくううぅぅ、なんとおおおぉぉぉ」
「ざんねん」
そう、ようやくこの音声を本来の目的で使用することが可能になった。当たり付きの機能を追加したのだ。777の数字が揃えばもう一本当たるという、誰もが一度は期待をしたことのあるあれだ。
これを導入してから、売り上げが三割近く伸びた。この集落には娯楽施設が少ないので、こんな単純なスロットだというのに、はまる人が続出している。
他にも住民の間で当たりが出たら一日幸運が訪れるという胡散臭い噂が広がり、運試しを兼ねて購入する人も増えているようだ。
日常のちょっとしたスパイスとして楽しんで貰えるなら狙い通りなのだが、常連の一人が予想以上にハマってしまい、今日も無駄に商品を買い込んでいる。
「落ち着け、落ち着くのじゃ。これで、これで最後にするぞ。今までの統計では、水の勝率が高い。故に水を買うのが必勝への近道となるっ」
それは、圧倒的に水を買う回数が多いからだと思うよ、お爺さん。
充血した目で息荒く、ボタンに指をかけて気合を入れているのは、朝の常連三人衆の一人であるお爺さんだ。今まではお婆さんと一緒に来ることが多かったのだが、当たり付きを実装してからは、早朝の誰もいない時間帯に一人できて、最低六回はスロットを回して帰っていくのだ。
ちなみに自動販売機のスロット機能は自動販売機の設置者が自由に確率を変えることが可能となっている。
そして、豆知識としてはスロットを当てたいのなら、不人気な商品を選ぶといいという噂がある。
スロットのシステムなのだが、景品表示法という法律により、一般懸賞における景品類の限度額が決められていて、懸賞にかけられるのは売上予定総額の2%となっている。
つまり、その商品が100本売れれば2本までは当たりとして提供していいということだ。
まあ、何が言いたいかと言えば、結局は運なんだよな。どうしても当てたいのなら、全てを買い占める勢いでお金をつぎ込めば必ず当たるのだが。あ、ここの当たりの確率は2%にしている。日本ならかなり良心的な設定と言えるだろう。
「この一投に全てをっ、我が博打人生の全てをっ」
「何をやっているのですか、お爺さん……」
ハッとした顔でお爺さんが振り返った先には、笑顔のまま杖を振り上げているお婆さんがいた。とうとうバレてしまったか。そりゃ、毎日早朝に家を抜け出していれば、こうなるよな。
「まったく、昔の悪い癖が出て、女の尻でも追っかけているのかと思うたら……はぁ、そっちの病気が再発やとわ」
「い、いや、婆さんや、違うんじゃ。ほ、ほら、婆さんのスープも買っておいてやろうと思うてな、あいたっ!」
言い訳をするお爺さんの頭頂部に杖が振り下ろされた。結構、容赦のない勢いで叩いたが、大丈夫だろうか。
「頭が割れても、私が癒しますから安心していいですよ」
そういや、お婆さんは加護の〈癒しの光〉が使えるのだったな。なら安心だ……安心か?
「まったく、今日が何の日か忘れとらんのでしょう」
「わかっとる。わかっとるわ……最後にもう一回」
「お、じ、い、さ、ん」
お婆さんが杖を捻って引っ張ると、中から鈍く輝く刃物の光が見えた。え、それ仕込み杖なのかっ。柔和な笑顔のままで杖から現れた刀を構えるお婆さんに、お爺さんは完全に腰が引けている。
「よ、よさんか! 婆さんの腕はシャレにならん。わかった、ワシが悪かった」
「わかってくれたのですねぇ。ほなら、行きましょうか」
何度も名残惜しそうに、こちらをチラチラと見ながら、お爺さんがお婆さんに引っ張られていく。いつもはお婆さんがお爺さんに従っている感じだったのだが、実はお婆さんの尻に敷かれていたのか。
今日のお爺さん、いつもよりむきになってスロットをしていたな。お婆さんの口振りだと大事な用事があるみたいだけど、それに行きたくないから現実逃避をしていたのだろうか。
俺が会話できるなら、愚痴の一つでも聞いてあげたいところだが、自動販売機は物を売ることしか出来ない。
お爺さんのことが気になりながらも、いつものように商品を提供していると、気が付けば集落が紅く染まっていた。夕日か……ダンジョンの内部だというのに、当たり前のように陽が昇り、陽が落ちる。それに違和感を覚えなくなっているということは、俺も異世界に馴染んできたということなのだろう。
今日はラッミスが忙しいらしく、ハンター協会の近くで丸一日放置プレイ中だ。
最近では飲食店や屋台が、自動販売機の商品に触発されて料理の味が上がっているとの話をよく耳にする。集落が活気づくのは良いことだと思うので、夕方から夜にかけては食べ物関係の商品を並べていない。
異世界の人は就寝時間が早いらしく、遅くても22時までには店を閉めるので、それ以降は温かいカップ麺やおでん缶、最近仕入れたカレーうどん缶も置くようにした。
冷凍食品を温めて提供するモードもあるのだが、あれをすると自動販売機の半分がその機能で占められてしまうので、もう半分を飲料モードにするかカップ麺を置くかそこが問題だ。
「おじいちゃん、おじいちゃん。おなかすいてない? あのしかくいのって、たべものいっぱいでてくるハコだよね。メイはへってないけど、あれっておいしいのかな」
幼い女の子の声が聞こえる。あれって遠回しに催促しているよな。あくまで自分が食べたいわけじゃないという主張が可愛らしくもある。ちょっとませた子なのだろうか。
「おうそうじゃな。じゃあ、何か一つ買うとするか。メイは何が食べたいんじゃ」
ん、今の声は常連のお爺さんじゃないか。今朝の不機嫌具合が嘘のように、満面の笑みを浮かべて少女の手を握っている。その隣にはお婆さんと、二十代ぐらいに見える三つ編みの大人しそうな女性がいる。
「思い切って会いにきてよかった……親不孝な娘でごめんなさい」
「親にとって一番の親不孝は、先に死なれることやよ。まあ、あんたは年取ってから出来た子やから、甘やかしすぎたとは思うとったけどねぇ」
さらっと重い内容の会話をしている。こういうのを第三者である俺が聞くのは失礼だとはわかっているのだが、耳を塞ぐことすらできないので勘弁してもらおう。
あの女性は娘なのか。老夫婦は外見の印象だと六十後半といった感じなのだが、娘さんが実は三十代だとしたら、そんなにおかしい年齢差ではないな。
「あの人は、最後までしぶっとったけどねぇ。本心は会いたいと思うとったくせに、ほんまに素直じゃない人やわ」
「勘当覚悟で駆け落ちしたのだから、当たり前よね。それもお爺ちゃんが嫌っていた相手と。それで、捨てられておめおめと帰って来たら……」
「それは違う。あの人はあんたらが心配なんよ。ここはなんやかんや言うても、魔物が跋扈するダンジョンの中。最近も魔物の襲撃があったばかりやからね、守りも手薄なんよ。そんな時、あんたが一方的に会いに来ると手紙を寄越してきてもんだから、ずーっと心配しとったんよ」
「そう、なの?」
「そうやよ。だから、あんたがここを飛び出してからずーっと止めていたギャンブルも解禁して」
そう言ってお婆さんが、俺の前で商品を選んでいるお爺さんと孫娘を眺めている。
ああ、だからお爺さんは、最近ずっとスロットを回し続けて、攻略方法を探っていたのか。来たるべき今日に備え、藁にもすがる思いで一日幸運が訪れるという噂の当たりを引く為に。
「おじいちゃん、このすうじって、なあに?」
「ああ、それはな。ここで買い物をしたら回ってな、数字が三つ揃ったら当たりで、もう一個ただで貰えるんじゃよ。それにな、ここで当たりがでたら一日幸せになれるという話じゃ」
「えっ、そうなんだ! メイ、やってみたい! きっとあたりでるよ!」
手を挙げて、ぴょんぴょんと少女が跳ねている。お爺さんは目を細めて、眩しそうに孫娘を見つめ微笑んだ。あんなに優しい顔をしたのを初めて見たな。
「なら、やってみるか。爺ちゃんが硬貨入れたら、好きな商品押したらええ。ちなみに、爺ちゃんのおすすめは、水じゃよ」
「うん、やってみるね!」
この子が届きそうな一番下の列に、オレンジジュースを並び替えておこう。
少女は一生懸命背伸びをして、オレンジジュースのボタンに触れた。ジュースが取り出し口に落ちると同時に、スロットの数字が動き始める。
「7と7だよ! あと一つでいいんだよね!」
「そこからが、当たらんのじゃよ。そこまでならワシもいくんじゃがな」
「なーな、なーな、なーな、なーな……7きたよ! あたったあああっ」
「な、なんじゃとっ」
ファンファーレの音が鳴り響き、温かいと冷たいを表現している赤と青の光が交互に点滅する。飛び跳ねて喜ぶ少女と呆然と立ちすくむお爺さん。
目の前の光景が信じられないのだろう。今まで散々お金を注ぎ込んで一度しか当たったことが無いのに、孫娘が一発で引き当てたのだから。
「メイや、早く選ばんと、ただで貰える時間が過ぎてしまうぞ」
「じゃあ、これ!」
少女が選んだのはオレンジジュースの横に並んでいたミネラルウォーター。
「はい、これお爺ちゃんの!」
「ワシにくれるのか、ありがとうよ。じゃが、折角の一日幸せになるという効果が今からじゃと、直ぐに終わってしまうのぅ。もったいない」
「え、なんで。メイは今日、おじいちゃんとおばあちゃんにあえて、ずーっとしあわせだったよ! だから、もったいなくなんてないよ!」
その言葉を聞いてお爺さんが夕日に染まる雲を見上げた。俺の高さだとお爺さんの顔が丸見えなのだが、その目の端には光る滴があった。
お爺さんとお婆さん、そして娘さんと孫娘。四人が並んで歩いて行く影が、長く長く地面に伸びている。その影は幸せそうに絡み合い揺れながら、消えて行った。
メイちゃんが当たりを引き当てたのは偶然かどうなのか、それを語るのは蛇足だよな。