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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
八章

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199/277

前日

 拠点に連れてこられてから五日目の朝を迎えた。

 俺の体にぴったりと背中をくっつけてピティーが朝食を取っている。


「今日も……朝ご飯……美味しいよ……ハッコン……」


 今更なのだが、前までハッコンさんと呼ばれていたような気がする。いつの間に呼び捨てに変化したのかは覚えていない。

 以前と比べて自ら話しかけてくれて、口調も明るくなっているのは嬉しいことなのだが、言いようのない不安が込み上げてくるのが不思議だな!

 あと、何故か怒っているラッミスの顔も思い浮かぶのが謎だね!

 依存が完全に移ったか。そういや、生前にテレビ番組で洗脳された人をカウンセリングで元に戻す時の話をしていたな。洗脳した相手より自分の方が魅力も能力も優れていると思わせることはご法度だとカウンセラーが口にしていた。

 それをすると洗脳が解けるのではなく、カウンセラーに対象が移るだけらしい。


「今日は……いい天気だと……いいね……」


 優柔不断と言われそうだが、この状況下で懐いているピティーを突き離せないよな。

 後にややこしいことになりそうだが、今は従順だと今後の作戦もやりやすいので、それで良しとしよう、うん。決して政治家のように問題を先送りしている訳じゃない、うん。

 一見和やかなムードで朝食の時間が終わり、いつもの乱入者がやってきた。


「ハッコン、飯頼む!」


「俺も俺も!」


「私もいただけますか」


「ハッコン……苦労するぜ」


 雪崩れ込んできた家族が次々と商品を購入していく。

 ケリオイル団長が俺とピティーを見て口にした言葉はあえて無視だ。

 一応、敵対関係の筈なのだが、毎朝この家族が転がり込んできてここで朝食を取るのが当たり前になっている。

 前に息子としたやり取りは録画済みで、ケリオイル団長たちにも観てもらった。

 監視カメラの様な魔道具や魔法で見張られてないか警戒をしていたのだが、ケリオイル団長の〈破眼〉で調べてもらったので、その心配はない。

 ここに連れてこられた初日と次の日は魔法で見張られていたらしいが、もう疑われていないようだ。


「あれは明日か……準備は万端か?」


「いらっしゃいませ」


 ケリオイル団長のさりげない問いに俺も普通に返す。


「明日だったっけ、白。屋上での飲食会」


「いいよなー、ハッコンとピティーとスルリィム、兄貴だけ参加なんだろ」


 羨ましがる紅白双子を眺めているとほんの少しだけ緊張感が和らぐが、頭の中は明日の予定でいっぱいだ。

 捕らわれの息子に頼んで明日の昼間に拠点の屋上で、バーベキューパーティーを開催してもらうこととなった。といっても、参加人数は三名プラス一台なのだが。

 これが許可されたのには理由がある。


「お姉ちゃん、ボクね大空の下でご飯食べてみたい。外はダメだから、屋上は無理かな……」


 と上目遣いと媚びるような仕草の併用で、スルリィムが速攻で落ちたそうだ。想像以上にチョロイな。

 当初、ピティーを参加させることに渋っていたのだが、ピティーの〈重さ操作〉の加護があればハッコンを移動させるのが楽だよと説得してくれた。

 決行は明日。その日を逃せばもう可能性は皆無に等しくなるだろう。

 団長たちも協力してくれるようで、屋上には誰も近づけさせないようにしてくれるそうだ。


「やっぱ、中将軍は近くにいるそうだぜ。配下の奴らが話していた。だが、俺たちも顔を見たことなくてな、すまねえ」


「あいつら暗いから話しかけても無視するか、直ぐ逃げるんだよ。なあ、赤」


「女の配下もいるけど、一切誘いに乗らねえからつまんねえ」


「はぁ、教育方針を間違えましたかね」


 家族の団らんを眺めながら今までに得られた貴重な情報を整理する。

 この砦には今のところ薬将軍であるスルリィムと中将軍が滞在中。ただし、中将軍の姿は不明。息子にも訊ねてみたのだが知らないと言っていた。

 ここは犬岩山階層で間違いなく、この砦は犬岩山の裏にある小さな島に建てられている。なので、向こう側からこの島は隠れているので気づかれることはないそうだ。

 ここの海は異様に広いので仲間たちが俺たちを見つけることはほぼ不可能。自力で脱出しなければならない。


 ラッミスたち心配しているだろうな……無茶言ってヒュールミたちを困らせていなければいいけど。俺のことが絡むと無謀なことも平気でやるから不安しかない。

 無事に帰還して早く安心させてあげないとな。俺もみんなに会いたいし。

 録画しておいた見取り図を一人で確認していた時に思ったことは、俺が普通の人間ならどうにか砦から脱出して船を奪って逃げるという手段も使えた。

 もし、それをやったとしても直ぐに追い付かれるか、下手したら船を沈没されかねない。そもそも、俺もピティーも操船技術がないので無謀すぎる。

 作戦は既に彼女にも話しているので後はぶっつけ本番に挑むしかないのだが、未だに無茶ではないかと躊躇い悩み続けていた。


「ハッコン……大丈夫……きっと……上手くいく……」


 また不安が表に出ていたようだ。灯りが点滅していたのを見て、ピティーに励まされてしまった。俺は万が一のことがあっても臨機応変に対応できるが、彼女はそうもいかない。不安はきっと俺より上だ。


「ありがとう」


 お礼の言葉を口にすると嬉しそうに微笑んでくれた。

 こうして見ていると魅力的な女性に見えるのに、もったいない。日頃からもう少し表情豊かに日々を過ごせば、あんなクズ男なんて選ばずに済んだのにな。


「くそっ、この姿を見ていると今後のハッコンを取り巻く展開が楽しみで、冥府の王から離脱したくなるぜ」


「わかるぜ、オヤジ」


「争奪戦開始か!」


「そんなことを言ってはいけません。ラッミスさんと再会した場面をちゃんと記録しておいてくださいね、ハッコンさん」


 この一家はニヤニヤしながらこっちに横目で視線を向けて、何を期待している……。

 ピティーは意味がわかってないようで、不思議そうにこっちを見ているだけだ。

 脱出が無事成功したら、彼女とはじっくり話し合わないとダメだな。優柔不断な態度をし続けて肝心な部分だけ聞こえない、なんちゃって難聴ラブコメ主人公のようにはなりたくない。

 って、何で自動販売機なのにこんなことで頭を悩ませないといけないんだ。

 まずは明日のことだけに集中しないと。頭に頬を膨らませてこっちを睨んでいるラッミスの顔が幾つも浮かぶが、今は気にしないでおこう。


「んじゃ、そろそろ運びますか」


 雑談が盛り上がり過ぎてもうスルリィムのところに行く時間のようだ。

 車輪を出して紅白双子に押されて部屋を出ようとすると背後からピティーの声がした。


「いってらっしゃい……帰りを……待っているね……」


 新婚夫婦の会話っぽいなと一瞬思ってしまったが、頭に浮かぶ幻覚のラッミスが笑顔のまま血管を浮かび上がらせていたので、思考を遮断した。

 俺は自動販売機。余計なことはカンガエナイ。





 いつもの日課を終えてピティーの待つ部屋に戻り、晩御飯を食べる姿を眺めている。

 食べ終わると、フィルミナ副団長が持ってきてくれた大きめの桶に温泉を溜めると、彼女が清潔なタオルを濡らして体を拭いている。

 もちろん、その際には視界を閉じ見ないようにしている。紳士として当たり前の判断だ。

 共同浴場では俺は仕事としてその場にいるので、目を閉じていては商売にならないから、あえて周囲を観察していたが。そう、別に女性の裸体を合法的に見たかったわけではない。


「ハッコン……見てない……」


「う ん」


 何処か残念そうに聞こえたのは聞き間違いだな、きっと。

 真っ白なバスタオルで体を拭き終えた彼女は盾の中で丸まって眠った。

 寝巻きは俺が用意した大きめのTシャツだ。彼女が脱いだ私服は俺の傍に折り畳んで置かれている。

 フォルムチェンジでコインランドリーに置いてある〈コイン式全自動洗濯機乾燥機一体型〉になると、予め準備しておいたペットボトル四本を操り、彼女の衣類を洗濯機の中に何とか運ぶ。

 そして、器用さの高さを利用してできるだけ静音になるよう注意をしながら、洗い、すすぎ、脱水、乾燥をする。

 全てが終わると籠の中に放り込んで洗濯は終了だ。


 だが、今日やるべきことはまだ残っている。明日のバーベキューの仕込みを始めないとな。

 肉はスルリィムが雪精人の能力を生かし、大量に冷凍保存しているそうなので向こうに任せている。

 俺の担当は野菜だ。〈野菜自動販売機〉になって大量の野菜をコンクリートの台の上に並べた。この台は〈自動販売機設置据付用コンクリート石版〉で事前に俺が出しておいたものだ。

 今回はまな板代わりに使用する。もちろん、綺麗に洗浄済みなので衛生面も問題が無い。

 さて、今までなら商品に包丁が無いので野菜を切ることを諦めていたのだが、意外な抜け道を見つけた。むしろ今まで何故気づかなかったのだと己の間抜けさに呆れたぐらいだ。


 またも姿を変えて〈高圧洗浄機〉になる。そう、発射口を絞り高水圧を撃ち出すことで、ウォーターカッターと化し野菜を切断する。

 コンクリートをまな板変わりにしたのはこの為だ。

 野菜は商品なので〈念動力〉で操ることが可能なのでコンクリートまな板の上に固定をする。そして、圧力を高めた水を撃ち出して野菜を斬る!

 高水圧のウォーターカッターは狙い通り野菜を真っ二つに切断した――が、コンクリートにも切れ目が入った。

 威力調整頑張ろう。床に零れた水は即座に消しているので水浸しになることもない。


 何度か試し撃ちをして最適な威力を理解すると、そこからは結構スムーズに事が運んだ。切った野菜は団長たちが用意した籠の中に入れた、布製の取っ手が付いたトートバックへ移しておく。

 このトートバックは自動販売機で売られていた商品なのは言うまでもない。ちなみに二十種類以上あってその中から好みのデザインを選ぶことができる。

 玉ねぎ、ピーマン、ニンジン、サツマイモ、キャベツぐらいだけど、これだけの量があれば四人分には多いぐらいか。

 野菜の鮮度が落ちないように今度は〈コインロッカー〉になって収納しておく。鞄の中にわざわざ籠を突っ込んだのはこの為だ。これなら〈念動力〉で運べる。

 コインロッカーに入れた物は実験の結果、他の機体になっている間は劣化しないことがわかっている。アイスで試してみたのだが半日後に戻ってロッカーから出してみたが、殆ど溶けてなかった。

 こうして夜なべをして野菜の下ごしらえをやり遂げた。あと少しで夜も明けそうだな。


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