表と裏
「もっと力入れて」
「ラッミスの偉大さが初めてわかったぜ、なあ、白」
「マジでマジで」
檄を飛ばすフィルミナ副団長の指示で、俺の体を懸命に紅白双子が押している。
初めは持ち上げようとしていたのだが、二人ではどうしようもなかったので足元に車輪を出してあげた。
拠点は石床で平らに均されているので何とか押せている。それでも結構きついようだが。
酔いつぶれている隙に見せてもらった見取り図を参考にすると、俺たちのいる場所は砦の様な建造物三階の一番東側。
スルリィムのいる部屋は真逆の西側。角部屋でやたらと大きかった。幹部ともなると部屋の間取りも選り取り見取りなようだ。
俺のいた部屋と比較すると約三倍はあった。あの部屋も一人で住むには充分だったのだが、スルリィムの部屋ぐらいになると大き過ぎて俺なら落ち着かない。
「ふぬうううぅぅ」
顔を真っ赤にして全力で押している彼らに楽をさせてあげるなら、商品を一度全部消して中を空っぽにするかフォルムチェンジで〈ダンボール自動販売機〉になればいい。だけどポイントがもったいないので、このまま頑張ってもらうとしよう。
「さあ、着いたわ。スルリィム様、ハッコンを連れてまいりました」
「そう、中に入れて」
三回ノックして声を掛けると、扉の向こう側からスルリィムの冷たい声がした。
木製両開きの扉を開けて、俺が運び込まれる。
予想はしていたが豪華絢爛な部屋だな。
毛並みが良い見るからに高そうな絨毯。アンティークの店で一桁値段違うんじゃないかと、目を疑うようなデザインの家具っぽいのが取り揃えられている。
天井からぶら下がっているのもシャンデリアみたいだな。異世界でも金持ちのイメージは地球と大差ないようだ、少し古い時代考証だが。
そんな中で一番目を引くのは対面にある巨大な窓だ。壁がなく一面ガラスの窓なので、外の景色が良く見える。
燦々と輝く太陽と何処までも広がる青い海。巨大な湖という線もあるが、何となく海のような気がする。嗅覚があれば潮の香りで判断ができたのに。後でピティーに訊ねてみよう。
「ご苦労。そのハッコンとやらを置いて下がって。戻す時は骨たちに頼むから」
窓際に立ち海を見下ろしている後姿はスルリィム。何かバスローブみたいなものを着て首にバスタオルを巻いているな。この部屋の雰囲気と相まって、完全に昭和のありがちな金持ちスタイルじゃないか。
後は高級そうな椅子に腰かけて膝の上に猫を乗せて撫でながら、ワイングラスを片手に持っていたら完璧だ。
「失礼しました……気を付けてください」
最後に俺の耳元で囁き、注意を促してくれたフィルミナ副団長が退室した。
敵側に回ったとはいえ、ケリオイル団長たちは俺の身を案じてくれている。不思議な関係だよ。
「貴方、意思のある魔道具だそうね。人間は嫌いだけど、その他の種族は敵視していません。敵対するなら容赦はしませんが」
いつもの高飛車で怒りの感情を露わにしている時とは全く違う雰囲気だな。落ち着いているようだし、口調も穏やかだ。
って、あれ? いつも手を握っている団長の子供がない。触ってないと『腐食』の加護が緩和されず、全身に激痛が走るのだよな!?
慌てて、子供の居場所を探るが部屋の中には何処にも見当たらない。
まさか必要なしと見限ったのか。いや、フィルミナ副団長たちが落ち着いていたということは、子供の姿が見えなくても大丈夫だということか。
となると、あの水晶の棺がここにもあって、必要のない時だけ眠らされているのかもしれない。そう考えると合点がい――
「お姉ちゃん、どこにいるのー」
スルリィムと同じバスローブ姿の少年が髪を濡らしたまま、隣の部屋と繋がっているらしい扉から跳び出してきた。
お姉ちゃん? 敵対している間柄で人質なのにお姉ちゃん?
「こら、頭ちゃんと拭いてないじゃないの。こっちに来なさい、拭いてあげるから」
「うん、ありがとう、お姉ちゃん」
駆け寄ってきた少年の頭を優しくスルリィムが拭いている。
その表情は今まで一度も見たことのない穏やかさで優しく微笑んでいる……誰だあんた。
年の離れた姉弟か若いお母さんと子供にしか見えない。少年も完全に油断した表情で懐いているのがわかる。
えっ、んっ、あれ?
「あの時、突き飛ばしてごめんなさいね。痛くなかった」
「うん、全然平気だよ。痛い振りはあれでよかったのかな」
「完璧よ。すっごく上手だったわ」
あの痛みにのた打ち回る姿は芝居だったのか。泡まで吹いて演技力半端ないな、ケリオイル団長の息子。
そういや、三つ子の中で一番頭が良くてしっかり者だったって話だったが、あれが全て芝居で計算した行動だというのか。
となると、スルリィムの少年に対する冷たい態度も全て演技ってことになる。
「でも、あまり離れないようにしてね。この部屋でも端から端まで離れると、その負の加護を抑えてあげられないから」
「わかった、気を付けるね」
そう言って二人は微笑み合っている。うん、何処からどう見ても仲良しな家族だな。
呪いの効果を打ち消すのにも有効範囲があるのか。それは手を繋いでなくても大丈夫で、部屋の端から端となると二十メートルぐらいは安全圏だな。
あと完全に俺の存在を忘れられている気がする。二人の世界に入らないで欲しいのですが……いや、待てよ。この秘密を俺が知ったらやばいんじゃないか?
あれ、これは口封じフラグが立ってない?
「あっ、お姉ちゃんあれが噂のハッコンなの」
「ええそうよ。貴方が一度使ってみたいって言っていたから、持って来てもらったの」
「でも、意思があるんだよね。だったら、僕たちの関係を見せたのはダメなんじゃ?」
そこは気づいて欲しくなかったな、少年よ。お利口なのも困ったものだ。
恐る恐るスルリィムの顔色を窺うと――平然としている。
「大丈夫よ、固定の言葉しか話せないそうだから。意思の疎通ができる相手もここにはいないわ」
団長があえて正確には伝えなかったようだ俺の情報を。
都合よく解釈してくれているなら話を合わせておこう。
「いらっしゃいませ」
「わっ、本当にしゃべった! ねえ、ねえ、これでお買い物していいの?」
「ええ、いいわよ。好きな物を買って」
「こうかをとうにゅうしてください」
ここは普通の自動販売機に成りきらなければ。
「あっ、お金……」
「はい、これを好きなだけ使っていいわよ」
硬貨が満載された小袋を少年に渡している。銀貨だけではなく金貨もちらほら見えるな。どんだけ甘いんだ、この人。
まさかの少年の為にだけ呼び出されたオチとは。このまま、従順な自動販売機の振りを貫いて相手に悟られないようにしよう。
あと、ピティーにも口裏を合わせるように言っておかないと。
「変わった飲み物がいっぱいあるね、ど、れ、に、し、よ、う、か、な」
くっ、そっち系の趣味はないが可愛らしいじゃないか。
後ろで見つめているスルリィムの顔がとろけきっているぞ、呼吸も荒く頬も紅く染まって……ヤバくないですか、この人。
あれ、何かさっきと目つきが違うぞ。優しいお姉さんから発情期の獣みたいな目つきになっている。
「お姉ちゃんは何が飲みたいの? あっ、食べ物にする?」
くるっと少年が振り返ると、スルリィムの表情が一変して優しい笑顔になる。
「うーん、お姉ちゃんは何でもいいわ。好きなのを選んで……食べたいのは別の物だし」
最後の呟きは少年には届いてなかったようだが、俺は聞こえたぞ。
逃げて! ケリオイル団長の息子、早く逃げて! きっと、そいつショタコンだ!
少年が大事にされているのがわかって、命の危険がないことに安堵する間もなく、今度は貞操の心配をする羽目になるとは。
今のところ汚されていないようだが、どう考えてもヤバい状況だろこの子。
長年の眠りから覚めて人質になったかと思えば、こんな状況に……不憫でならない。でも、無理やり引き剥がしたら少年は激痛で悶絶することになる。
スルリィムの理性がある間は大丈夫だが、さっきの様子を見ている限りだと、いつ手を出してもおかしくない気が。
これ、どうしたらいいんだ?
何でこの状況で予想もしなかったが新たな問題が発生しやがった。
少年もスルリィムのことを慕っているようだし、もうこのままでいいのではと思わなくもないが、どう見ても犯罪行為です。
あれか、雪精人って成人になるまで体が子供のままだから、欲情するタイプが少年の年代なのかもしれないな。
って、そんな考察何の役にもたたない!
余計な悩み事が増えてしまった……助けて、ラッミス。
俺の悲痛な心の叫びが届くわけもなく、ひたすら目の前でいちゃつく二人を見続けることとなった。




