敵対する理由
「大事な子供がここにいるのだから、彼らが負の加護……呪いを解く必要はないわ。そして、痛みを無くして上げているのは、この私」
スルリィムが上機嫌で訊きもしないことまで話をしてくれている。あの勝ち誇った表情はこれが理由だったのか。
「でも、どうやって呪いを……だって雪精人って」
「そう、雪精人は成人を迎えたその時に首を切り落とされれば、体は呪いを解く彫像になるわ。じゃあ、殺されもせずに大人になった雪精人はどのような性質を持つか知っている?」
キコユからも聞かされていない情報なので俺たちが知る由もなく、黙り込んでしまった。
答えはわからないが予想はできる。彼女が手を繋いでいるということは、彫像になった時と同じような効果があるということだろう。つまり――
「雪精人は元来、呪いを解く能力を生まれつき所有しているのよ、成人になるとその効果が比較にならないぐらい増すわ。ただし、一定距離内に居る相手のみに効果がある。だから、無理にこの子を連れ去ろうとしたら、痛みでもがき苦しむだけだから気を付けた方がいいわよ」
「つまり、団長たちへの人質ってわけかよっ」
吐き捨てるようにヒュールミが言うと、スルリィムが嬉しそうに唇を緩めた。
キコユと戦っていた時も感じていた事だが、彼女は人間を苦しめることに喜びを感じている節がある。今も相手を見下して悦に浸っているようにしか見えない。
迫害された日々が彼女をここまで歪めてしまったのだろうか。
「人質じゃないわ。大事な子供の呪いを解除してあげたの。この子は私から離れられないだけ。団長たちも恩義を感じて協力してくれているだけよ」
そんな邪悪な笑みを浮かべて言われても説得力は皆無だよ。
手を繋いでいる団長の子供は悲しそうな表情で口を噤んでいる。長年の眠りから覚めたかと思えば、家族の足かせとなっている現状。
ケリオイル団長たちの話によれば、この子は三つ子の中で最も責任感があり、優しい子だったそうだ。この状況を良しとしているとは思えない。
何とか救ってあげたいが、自動販売機である俺になにができるのか。
「そういうことだ。だから、俺たちは冥府の王の配下となりダンジョンを攻略しなくちゃならねえ」
短剣を両手に握り、大きく息を吐くケリオイル団長。完全に吹っ切れてはいないようだが、俺たちと戦うことに迷いはないように思える。
彼らの目的だった息子の呪いを解く目的は、完全ではないが達せられたことになるのか。だとしたら、それを叶えてくれた相手に尽くすのは筋が通っている。
これまでなら、団長たちを説得する手段はあるのではないかと淡い期待を抱いていた。
だけど、呪いを解かれ人質を取られることになった一家はもう、こちら側に戻ることはない……だろう。
「こうやって兄貴と話せるようになったのは、スルリィムの力だ。だったら、恩は返さねえといけないよな」
「人の道に反したことであっても、曲がりなりにも兄貴を助けてくれた礼はしなくちゃなんねえ」
紅白双子も腹をくくっているようだ。
「清流の湖階層の皆さんの温情はとても嬉しかったです。でも、私たちはもう冥府の王の手下。遠慮はいりません」
フィルミナ副団長も覚悟を決めているのだな。
完全に決裂してしまったのか。キコユがいれば、あの子を取り戻して仲間に引き入れる手段も選べたが、いない者に縋っても仕方がない。
「そうですか、もう後には引けないのですね。わかりました、ならば力尽くで過ちを正してあげましょう」
「息子さんには悪いっすけど、完全に魔王軍の手先になったのなら、もう容赦はしないっす」
「愛する者の為……わかるけど……でも……愛は他人を……犠牲にしちゃ……ダメ……」
元団員三名が一歩踏み出す。
それに倣い、ラッミスたちも武器を構えている。ヒュールミは既に家の中へ退避したようだ。
勧善懲悪の展開なら迷うことはないのにな。俺も甘い考えは捨ててやるべきことに集中しよう。
「見たところ、雪精人はいないようね。なら私を止められる者はいない。全員氷漬けにしてあげるわ。前を開けなさい、貴方たち」
繋いでいない方の手を俺たちに伸ばし、前に並ぶケリオイル団長たちに命令をするスルリィム。
だが、団長たちは顔を見合わせただけで、その場から動こうとはしなかった。
「何をしているの。どきなさい」
「待ってくれ。こいつらへの対応は俺たちに任せてくれ」
「バカなことを。人数差でも戦力差でも負けているのがわからない程、愚かではないでしょう。どかなければ、貴方たちごと凍らせるわよ」
それでも渋って動かない団長たちをスルリィムは睨みつけていたのだが、不意に目を見開き口元に笑みを浮かべた。
「そう、逆らうのね。じゃあ、この子がどうなってもいいの。そう」
スルリィムは繋いでいた手を離すと、その子を軽く突き飛ばした。
すると支えを失いその場に崩れ落ちた子供の口から、
「がああああっ、いたいいいいぃぃ! ああああ、いいいぎいぃぃぃ!」
絶叫が迸る。自分の体を抱きしめ痛みのあまり地面をのた打ち回り、口の端から泡が噴き出し、全身が激しく痙攣していた。
「や、やめろっ! 悪かった、歯向かわねえ! だから、早くっ!」
「やめてっ! 酷いことをしないで!」
団長たちが取り乱して叫びながらも、彼女の前から退き道を開けた。
「わかればいいのよ、わかれば」
片膝を突いて子供の腕を掴んだ途端、子供は暴れることも叫ぶこともなくなる。
「さてと、茶番劇はここまででいいわよね。あの方に逆らう、貴方たちはここで死ぬのよ」
相手の攻撃を絞らせないように、左右に分かれて走り始めようとした矢先、独り真正面から歩み寄っていく男がいた。
「ったく、ねちっこい真似しやがってよ! 戦いは熱い思いをぶつけ合うもんだろうがっ!」
手の平に拳を叩きつけ、灼熱の会長が怒りの形相でスルリィムへと向かっていく。
「とんだ間抜けがいたものね。雪精人の私に何の策もなく突っ込んでくるなんて。暑苦しい男は嫌いよ。あいつらを思い出すから」
俺たちが止める間もなく、スルリィムから放たれる極寒の冷気が灼熱の会長へと襲い掛かった。
今更引き留めることも出来ず、俺たちは冷気に呑まれる灼熱の会長の最後を看取るしかできない。
「生温いぜっ!」
冷気が触れる瞬間、何を思ったのかそれを灼熱の会長が蹴り上げると、冷気が掻き消され代わりに爆風が吹き荒れた。
凍り付くことなく平然と突っ立っている灼熱の会長の全身が、真っ赤に燃えている。
それは比喩ではなく、全身から本当に炎を噴き出した灼熱の会長がそこにいた。
「雪精人ってのは、陰気な奴らばかりで面倒くせえなあ!」
炎の人となった灼熱の会長がびしっと指をスルリィムへと突きつける。
突きつけられた当人は目尻を吊り上げ、同じように相手を指差しているのだが、怒りで指先が震えているのがここからでも見えた。
「まだ、絶滅していなかったのね、忌まわしき種族……炎精人!」
「雪精人ごときに、忌まわしいなんて言われる筋合いはねえがなっ!」
憎悪のこもった言葉と視線をぶつけ合う二人。
「灼熱の会長って人間じゃなくて、えんせいびと? って種族なんだね。ヒュールミ知ってる?」
困った時のヒュールミ頼り。あの二人を除いた全員の視線が一斉に彼女へと集まっている。
「おう、知ってるぜ。雪精人と真逆の性質を持つ種族らしくてな。炎を自在に操り、性格は豪快で豪胆。雪精人とは仲が悪く、昔からいざこざが絶えない種族らしい」
冷気を操る人に似た一族がいるのだから、炎を操る一族がいてもおかしくはないのか。
熊会長が灼熱の会長を推薦した意味が今わかった。あの力ならスルリィムと対等に戦える。
「この冷血女は俺に任せな! お前たちはお前たちでやるべきことをやれ! 俺たちはあっちで楽しもうぜ!」
全身を燃え盛らせて森の方へ走っていく。少年の手を引きながらスルリィムが後を追っている。
「会長! その子は傷つけないでね!」
「善処するぜ!」
ラッミスの大声に背を向けたまま手を振って答え、森の中へと突っ込んでいった。
「ああ……私の森が……」
ピティーが悲痛な声を上げている。
非常に申し訳ないので、いつか畑さんに植林を頼んでみよう。欠片であれだけの力があるのだから、きっと以前よりも立派な森を作り上げてくれる筈だ。
キコユならきっと畑さんと合流できるだろうから。
「んじゃ、こっちも始めるとするか」
「団長。あの頃とは違うのですよ。私も本気を出させてもらいますので」
「靴の一件が解決したそうだな。自分を偽るのはやめたのか」
ケリオイル団長はヘブイの秘めた実力を見抜いていたのか。
「こりゃ、厄介そうだな。スルリィムがいないなら丁度いい。赤、白、本気を出すのを許可する」
「あいよ、オヤジ」
「しゃーねえな」
おいおい、紅白双子も実力を隠していたとでもいうのか。強がりや虚言を口にした……わけじゃなさそうだな。
ほんと、食えない親子だ。
このままなし崩しで対話による解決ができるのではないかと甘い考えを抱いていたが、結局はこうなるのか。
引き延ばしになっていた戦いが始まろうとしている。




