大人の自動販売機
あれから一週間が過ぎた。集落は復興ムードに湧き、人とお金が大量に流入して、かなり活気づいてきている。
新たな住民の見分け方は俺を見て驚くかどうかだ。実にわかりやすい。
あれだけの人員を、実質この集落を取り仕切っているハンター協会はどうやって賄っているのかと不思議だったのだが、どうやら、あの二つ頭の蛇と王蛙人魔から得た素材が、とんでもない金額になったらしい。
ちなみに討伐隊は予め多くの報酬を約束されていた代わりに、魔物が落とした素材は全てハンター協会が所有するという契約済みだそうで、ハンターたちが地団駄を踏んで悔しがっていた。
最終的には、王様蛙討伐に参加していたハンターたちは特別報酬が貰えたらしく、それからは誰も文句を口にしていない。そういえば、怪我をして逃げられなかったハンターたちが「おまえのおかげだ、ありがとうよ」と大量購入してくれたな。
あの二つ頭の蛇は蛇双魔と呼ばれる魔物らしく、この清流の湖階層に生息する魔物らしい。予想通りカエル人間の天敵らしく、いつもは両者が争い大量発生を免れていたのだが、この蛇双魔は遠出していたようで、小さなカエル人間の集落を襲いながらその体を強化していったそうだ。
で、今から俺たちが戦っていた集落に、いっぱい増えているであろう蛙を食べに行く途中、人間の住む集落を見つけて、ああなったというのがハンター協会の見解らしい。
とまあ、何で俺がそんなに詳しいかと言えば、今、ハンター協会の会長室にいるからなのだが。
「とまあ、今回の一件のあらましはこんな感じだ。ラッミスもハッコンもよくやってくれた。キミたちがいなければ、事態は悪化の一途をたどっていた可能性も高い、感謝する」
「そ、そんな、頭を上げてください」
大きな机を挟んでソファーから腰を浮かした熊会長が頭を下げて、ラッミスがそれを止めさせようと両腕を激しく振っている。動きが余りに激しいので風が巻き起こっているな。怪力恐るべし。
そして、そんな二人の脇に立つ自動販売機。これって地球の人が見たら、我が目を疑う光景だよな。
「お主らを呼んだのは、特別報酬の件と今回の全貌を説明したかったのもあるのだが、ハッコンに一つ訊ねておきたいことがあってな」
ん? なんだろう。改まって言われると構えてしまう。熊会長の目が真剣みを帯びると、何と言うか動物としての生存本能が逃げろと囁く。自動販売機だけど。
中身は良い人だと知っているが、やはり巨大な熊が目の前にいる迫力には、そう簡単には慣れそうにない。
「ハッコン、お主は相手の望む物が何でも商品として出せると聞いたのだが、本当だろうか」
また過剰評価だな。確かに相手が望みそうな物をチョイスして商品を仕入れることはあるが、俺の商品と言うのは『自分が購入したことのある自動販売機の商品』という制限がある。
何でも出せるなら、それこそ拳銃や武器でも並べたら、あの戦いもかなり楽になっていたことだろう。自動販売機で売られていない物は無理だし、一応、目についた商品は殆ど買ってきたと自負しているが、それでも世の中には俺の知らない自動販売機の商品がまだまだあるだろう。
だから、返答は「いいえ」なのだが、ある程度は出せることも伝えたい。どう答えるべきか。
「いらっしゃい ざんねん」
「む、どういうことだ」
「たぶん、ハッコンは、できるけど、できないこともあるって言いたいんじゃないかな」
「いらっしゃいませ」
ラッミスの通訳には助けられてばかりだな。
熊会長もそれで得心がいったようで、何度も頷いている。あ、動物園でご飯をねだる熊みたいだ、とか思ってはいけない。
「そういうことか。ならば、可能であれば一つ頼みたいことがある。あー、ラッミスは席を外してもらえるか。ハッコンと内密な話があってな」
「いいけど、ええと一階で待っていたらいいのかな」
「ああ、頼む。話が終わり次第、使いを寄越す」
「うん、わかった。男同士の話に口を挟んだらダメだって、母さんも言っていたし。じゃあ、下で待っているね」
「ありがとうございました」
立ち去る背に声を掛けると、ラッミスが振り返り腕を大きく振って扉を閉めた。
密室に熊と自動販売機。そっちが切り出してくれないと、話が進まないのだが。
「まずは現状を伝えておこう。現在、この集落には多くの人々が押し寄せている。元々、ここは三年前までは、もっと栄えていた集落……いや、町と呼んでいい規模だったのだよ」
人が増えているのは売り上げから見ても実感しているが、三年前に何かあったらしいという話は宿屋の女将さんと、カリオスも口にしていたな。
ここが町と呼んでも差支えのない場所だった……か。ハンター協会周辺の建物は立派だし、どう考えても100人程度の人数にしては集落が広すぎるとは思っていたが、なるほど、納得したよ。
「その一件で住民の多くが亡くなり、生き残った人々もここから立ち去った。残ったのはハンターと、商魂逞しい商売人ぐらいでな。ここでは税金は一切かからない。それを目当てに残った彼らは、今回の一件でも物怖じすることなく、既に損害分は取り戻したそうだ」
本当に逞しいなここの人は。一住民として頼もしい限りだ。
「そこで今回の蛇双魔に対して、死傷者を出さずに撃退したことが広まったことにより、防衛機能を称賛する声が高まり、移民希望の人々が集まり、この盛況ぶりとなったわけだ。壊された住居の補修だけではなく、新たに民家や店舗も建築する予定にしている」
これは益々儲けるチャンスだ。新商品と新機能を何にするか、今から考えておかないと。
「人が増えれば、様々な問題が起こる。食料関連でもハッコンには期待しているが、それは商人も理解しているようで大量の物資が流れ込んでいるので、さほど心配していない」
ふむふむ。ハンター協会の前にも露店が並び始めているからな。最近、カップ麺の売れ行きが落ちてきたので、新商品を選んでいるところだった。まあ、その分、飲料が売れているので総売り上げは変わらないのだが。
やはり、日本の多種多様な飲料業界を生き抜いてきた猛者たちの味、飲み心地、アイデアは新鮮らしく、異世界の飲み物に今のところは圧勝している。
「すまない、話が逸れてしまった。そろそろ、本命といこう。現在、最も頭を抱えている事案が、性風俗関連なのだよ。我ら熊人魔は繁殖期以外は、そういった欲望が薄いのだが人間はそうではなくてな。人が増えたことにより需要に供給が追い付かない状態なのだよ」
そっち系の話だったのか。ラッミスを引っ込ませたわけだ。
熊会長が熊人魔という種族だという情報も貴重だが、今それは置いておこう。うーん、俺は鉄の体になったから、そういった欲望からは解放されているみたいだけど、切実なのはよくわかる。
「それに衛生面の問題もあってな、病気が蔓延すると復興作業も滞ってしまう。だからといって、取り締まりを強化してしまうと、別の問題が発生してしまってな。無茶な頼みだとは理解しているが、ハッコン、何か対策はないだろうか」
本当に無茶な申し出だな。う、うーん、病気対策は思い当たる節がある。ただ、この世界の事情に詳しくないので、似たような物が存在しているかどうかという疑問が。
試しに出してみて、反応を見てみようか。
これって箱型の商品だから機能追加しないといけないのか。ええと〈箱型商品対応〉でいいのか。ふむふむ、これで箱型のお菓子やたばこも可能になる。問題は俺が煙草を一回も吸ったことが無いので、煙草の販売は諦めるしかない。
商品も追加して、並べておこうか。
「ほう、このような感じで商品の入れ替えが行われるのか。ふむ、この箱は一体。これがハッコンの秘策なのか?」
「いらっしゃいませ」
「ならば、購入してみるとしよう。三種類あるようだが、全て買っておくか。銀貨十枚となると、安くはないようだが」
日本では一箱1000円ぐらいだから、飲料に合わせて値段設定をしたけど、高すぎる様なら変更も考えておこう。
「この箱を空けるのだな。切れ目の入っている小さな袋なのだろうか。これを破って中身を取り出すのか」
「いらっしゃいませ」
「ふむ、間違ってはいないようだな。これはこの手では少し扱い難いようだ。そうだな、丁度いい彼女を呼ぶとしよう。シャーリィ来てくれ」
熊会長の呼びかけに応じて、廊下側ではない壁際に設置されている片開きの扉が開き、そこから一人の女性が姿を現した。
体に張りつくイブニングドレスには腰辺りまでスリットが入っていて、すらっと伸びた陶磁器のような艶めかしい足が、歩く度に見え隠れしている。両肩を剥き出しにして、胸元も大胆なカッティングが施されているので、豊かな胸の谷間に思わす目がいってしまう。
理想的と表現しても過言ではないスタイルで、同性からも嫉妬されそうな女性は、体型だけではなかった。その上に乗っている容貌も負けてはいない。
艶やかな黒髪を背中に流し、目はどこか眠たげな感じで薄く見開かれているが、薄紅色の濡れた唇と相まって、壮絶な色気を醸し出している。
あ、この人、そっち関連の商売している方だ。そう断言できる女性としての魅力がある。
「あら、こちらがハッコンさんなのかしら。初めまして、シャーリィと申します。この度はお世話になります」
笑った顔まで色っぽい。自動販売機の体になっていなければ、まともに目を合わせられないぞ。ソファーに座るときの足の組み方なんて、見えそうで見えないギリギリを狙ってやっているとしか思えない。
「これがハッコンから提示された商品なのだが、この手では扱い辛くてな、やってもらって構わぬか」
「もちろんですわ。私たちの為になる商品なのですよね。ここを破るのかしら……あら、これは、不思議な素材ですわ。伸び縮みする何て面白いわ」
この背徳的な気分は何なのだろうか。
「ぬるっとした液体が片面に付着していますわね。これって用途は」
「それが、さっぱりでな。そういえば、箱の中に紙が入っていた。読んでみてくれ」
「拝見いたしますわ。あっ、そういうことですのね。図解されていましたので、わかり易くて助かります」
妖艶に微笑むのはやめて欲しい。自動販売機が不具合を起こしそうになる。
「おお、わかったのか。これはどういう用途で使われるのだ」
「これは殿方のあそこに装着して、女性の秘部に挿入するのですよ。箱の種類によって、殿方の大きさに対応されているようですわ。これだけ薄いのであれば、行為の邪魔にもならず病気の予防にもなる素晴らしい逸品です」
流石プロだ。コンドームが何であるかを一発で見抜いたか。お世辞ではなく、本気で喜んでもらえているようだ。
ちなみに余談だが、箱によってSMLサイズに分かれている。生前に購入した物しか並ばない商品で何故大きさの異なる三種類を取り揃えられたのか。見栄とプライドと現実とだけ言っておこう。男なら誰もが本番を想定して試したことがあるよな……あるよね?
シャーリィは箱ごとの大きさ、枚数、値段をチェックしているようで、メモを取ると小さく頷いている。
「是非、購入させていただきます。他にもおすすめの商品があるのでしたら、拝見させていただきたいのですが」
し、仕方ない。そこまで言われたら出すしかないよな。ま、まあ、俺もアダルト関連の商品は殆ど購入したことが無いので、そんなに商品揃えられないが。
その後、何とか商談が成立して、シャーリィさんは腰をくねらせながら会長室を出て行った。最後に一言「あなたが人間でしたら、私自らお相手しましたのに、残念ですわ」と囁かれたのはヤバかった。
だけど、それから合流したラッミスに、
「あれ、ハッコン体がちょっと熱いよ。何か嬉しいことでもあったの」
と言われた時に全身が冷たくなり、保温機能が壊れたのかと焦ったな。勘が鋭いというのは良し悪しだと、今日初めて思ってしまった。